Re:第59話 桜の花、舞い上がる日々を

 三月も終わりの頃。春休みに入ったシロ達は少しだけ足を伸ばし、電車に乗って花見にやって来ていた。彼女達が暮らしている桜市さくらしには、北から南にかけて大きな川が縦断しており、市の中心部の川沿いには桜の木々が植えられ、満開を迎えたこの頃は市外からも連日大勢の人々が訪れその花を見て楽しんでいる。またその近くにはビル街の中にも関わらず小高い山があり、山上の広場では同じく桜の花が見頃を迎えていた。この二ヶ所が市の観光名所となっており、数十本もの桜の木がその名の由来になったという説もある。

 シロ達が生活圏としているのは市の南部であり、最寄り駅である南桜駅からターミナル駅となっている桜駅までは電車で十五分ほどである。

「おお~~~~これが桜! ジャパニーズ・ハナミ~!」

 山上広場に来ると両腕を広げくるくると踊る様に回りながら、桜を見上げてイヴが歓喜の声を上げた。なぜか言葉の最後は片言の外国人風だ。

「やっぱりアメリカのとは違うの?」

 彼女と同じ様に思わず見とれていたシロに陽菜が尋ねてきた。少ししてはっとなり「そ、そうだね」と答える。

 ……そういえばそんな設定・・・・・だったっけ……ついつい忘れがちだ。

 魔界にも桜と似た植物はあるが、その美しさは桜の比ではなかった。人々がぞろぞろと観賞しに来るだけの事はある。

「さあさあここにでもシート広げて、さっさと始めちゃいましょう」

 広場の適当な場所をイヴが陣取ると、各々は持って来たビニールシートを広げ、遠足の時の様にそれぞれをくっつけて大きな一枚のシートとした。

 今日の花見のメンバーは、ギルバートとイヴが入れ替わった以外は昨夏の海に行った時と同じである。彼女がギルバートにも声をかけたのだが、彼は花の観賞など全く興味が無かったとの事だ。それに子供だけの方が楽しいだろうとも言っていたらしい。

「は~、まったく、こんな街中まで出て来て、疲れたよあたしゃ」

「ささ社長、ジュースをどうぞどうぞ」

「こっちにはチョコもありますですよ」

「いや~すまんね~。ごくごくごく……ぷは~っ! 今日は無礼講じゃ~~~~!」

「……何か接待してるね」

「介護だろ? ほっとけほっとけ」

 よくわからない小芝居をしているイヴ、陽菜、結を無視してクロと薫は弁当を取り出した。その光景を見ていたシロはついくすくすと笑ってしまう。ああ、楽しいな。

 そっか。もうすぐ1年経つんだ……ちらりとクロを一瞥し、彼女はこの一年の事を思い出す。

 不安いっぱいで境界にやって来たあの日。クロと出会ったあの日。恋に落ちたあの日。聖道学園に編入したあの日。流星群の夜。夏休みの海。文化祭。クリスマス。バレンタイン。思えば、もういくつかの季節を彼と、彼らと一緒に過ごしてきた。

「シロちゃ~~~~ん!」

「わっ!」

 ぼんやりと桜を見ていたシロに突如、例の如く陽菜が抱き付いてくる。

「たっ! 助けて! イヴちゃんがセクハラ魔王に……!」

「へ? 何?」

「これこれ陽菜ぎみ……! よいではないかよいではないか……!」

 四つん這いになって今にも襲い掛かって来そうな鋭い(ちょっと艶やか)な目でイヴが彼女に迫っていた。

「だっ……駄目だよイヴちゃん! 代わりにシロちゃんをあげるから! シロちゃんで我慢して!」

 そう言って陽菜はシロの後ろに隠れる様に回り込む。

「ひょえっ!? ちょ、ちょっと、我慢してって何!?」

「よかろう! では、あたしが思う存分その体を弄んでやろうではないか!」

「私はよくないんですけど……ってあひゃ! ちょちょっとくすぐっ……ふあ、ふえあひゃひゃひゃひゃひゃきゃっ!」

 何て事の無い春休みの、とある一時。ああ、こんな時間が永遠に続けばいいのに。王女の心はこの時自分が境界に来た目的も忘れそうになるほど充足感に満ちていた。

 季節は巡り、また新しい季節へ―――。

 その時、春の暖かな風がふわりと吹いて、シロのつやめく前髪がそよいだ。

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