第31話 狂信者の甘言
左側の首元を斬られた
突然の出来事に驚き、ハクとラドは思わず顔を背ける。
いくら敵対していたとはいえ、こんなにもあっけない終わりを迎えた男。それを目の当たりにして、同情とも歓喜とも呼べない複雑な心境になってしまったのだった。
「ではハク様。
そこらを歩く蟻を踏んだ後であるかのように、フルーレは平然とした態度でハクに語りかける。そばかすのある牧歌的な顔立ちが、余計に禍々しさを醸し出している。
「何なんだお前……!? いきなり出てきて、人を殺して……! お前みたいなやつに、ハクが付いていくわけないだろ!!」
ラドは守るようにハクの前に立った。混乱した頭が怒りに変わっていき、怒気を孕んだ否定を押し返す。
「黙りなさい、竜族。
スッと微笑みを消すフルーレ。酷く淡々とした語気と共に、彼女は冷たい目をラドに向ける。
「なっ——」
「ラドをいじめるな!!」
ラドがさらに食ってかかろうとした瞬間、兄の横に立ったハクはそれを遮った。笑う膝を隠し、ギュッと拳を握り締める。
「ハク様、どうなさいました? 導師であるハク様が、このような下賤な者を庇うなどと」
「ドウシとかなんとか、お前の言ってることはわからないけど……。ラドに酷いことをするのは僕が許さない!」
ローブ姿の女性を睨み、ハクは力強く言い放った。
対するフルーレは祈るように両手を合わせて握り、頭上を仰ぐ。
「ああっ! おいたわしや! ハク様は未だ、導師としての御自覚をお持ちでいないのですね!」
フルーレは目線をハクに戻し、再び気味の悪い微笑みを作った。
「ハク様。導師とは、我等が救世主。この狂った世界を創り還る、神にも等しい、我等の行く末をお導き下さる方のことなのです。そしてその身に宿す
「違うッ!」
ハクは拒絶するようにフルーレの話を遮る。何を言っているのか大半は理解できない。しかし、この女は自分のことを人族だと言う。
薄々は感じていた。
そうであるかもしれないと、あの日から何回思ったことか。
「僕は……。僕は、竜族だ! 人族じゃない!!」
ハクは現実を拒絶する。そして年相応の子どもが駄々をこねるように、心の中から目を逸らした。
—— — — —
鍾乳洞をひた走り、ライアスは立ちすくんでいるディオネ達を発見する。
「ディオネっ! 無事か!?」
見知った顔を見たディオネは、少しの安堵と共に身体の硬直から逃れることができた。
「ライアスさん……! 今、いま——」
「もう大丈夫だ。……君も、イルフィンの村の子だな?」
ライアスは未だ震えの止まらないディオネの肩を叩き、隣に佇むレントに優しく話しかける。
「は、はい。レントです」
「そうか。……その子は?」
「あたしと一緒に、奴らに捕まってたとしか……」
(——間一髪か……!)
ライアスは少しだけ胸を撫で下ろしながら、奥を向いたまま動かない極彩色の少女の側へ歩み寄った。
「君、大丈夫か?」
ライアスの問いに対し、少女は振り向くことなく頷く。
「そうだ、ライアスさん! ハクとラドがこの奥に……」
思考の緊張が少し解けたディオネは、現状を思い出した。
「……ああ。三人とも、私に付いて来い。いいか、決して私の側を離れてはダメだ」
怪しい者が一人であるとは限らない。ゆえにライアスは、子ども達をこの場に残すのは得策ではないと考え、三人に釘を刺した。
ディオネとレントはそれに頷く。
「よし、いくぞ」
ライアスは再び気を引き締め、子ども達を連れてハクとラドが待つ最奥地点へと歩み出した。
—— — — —
「ああっ、ハク様! どうかお気を確かに! ……失礼致しました、ハク様は女帝竜より、竜族として育てられたのですね」
フルーレは深々と一礼し、ハクの生い立ちを察する。
「……とすると。そこの竜族、お前は女帝竜の子か?」
先ほどよりは冷たさが和らいだ眼差しをラドに向けた。
「……そうだ。僕はラド、ハクの兄だ」
警戒の色を全面に出したまま、ラドは簡潔に述べる。
「なるほど……、なるほどなるほど。竜族の中で育ち、ハク様に宿ったお力も竜のそれというわけなのですね……」
フルーレは思案顔で、ぶつぶつと独り言を念仏のように唱え始めた。そして何かを思いついたのかパチンと手を叩き、ハクだけでなくラドにも向けて、嬉々として提案を持ちかける。
「ああ! ではこうしましょう! ハク様、そしてハク様の兄君であるラド。お二人一緒に、
(本当に何なんだ、こいつ……!!)
山育ちで他の種族との交流は無かったとはいえ、このフルーレという女が常軌を逸していることはラドにも理解することができた。来るや否や
分からない。
分かっていることは、この女に付いて行くことだけは、絶対ダメだということだ。
「それならば良いでしょう? そして我等と共に、この世界を壊しましょう!」
「世界を……壊す……?」
いきなりのスケールの大きい話に、ハクは理解が追いつかない。
「ハクっ! 聞いちゃダメだ!」
ラドの静止も
「ええ、そうです! ハク様。あなたの身体に宿った竜の
ハクは頷く。破壊の竜、なんてものは知らないが、言葉を交わしたのは事実であったからだ。
「やはりそうでしたか! ……しかし、ハク様はまだ幼くていらっしゃいます。簡単にご説明しましょう」
フルーレはそう言うと、しゃがみ込んでハクと目線を合わせ、ハクの頭を撫で始めた。
「ハク様。……人族は憎いですか?」
「「——っ!!」」
ハクとラドは息を呑んだ。ハクは母が天に昇っていった時のことを思い出したため。ラドは、ハクを罠にかけようとしていることを理解したためである。
「そうでしょう? ハク様の母君、かの女帝竜を殺した人族が憎くないわけありませんよね?」
フルーレの甘言は止まらない。ハクはといえば下を向いて黙りこくっている。
「ああ、ちょうどいいところに」
後方から、金髪の騎士を先頭にしてディオネ達が到着する。
フルーレはハクの耳元まで近づくと、黒く柔らかい声で囁いた。
「ハク様。憎い人族の兵士がそこにいますよ? 母君の仇……なのですよね?」
「ハク……!?」
ラドが見守る中、ハクはゆらりと体の向きを変えた。
「ハク! ラド! 無事だったか!」
ライアスは女性には警戒を忘れず、純粋に二人の無事を喜び近づいてくる。
ハクもライアスに応えるように、ゆっくりと近づいていく。
ただ紫に変わったその目は、どこか虚ろな色を纏っていた。
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