春の陣

 雄一とテツは一枚の紙を前にして、真剣そのものの表情をする。


 テツは雄一から発する気迫に飲まれたらしく、生唾を飲み込んで気合いを入れ直す。


 そんなテツを見つめる雄一の目は、いつもの余裕など皆無で焦りが強く出ていた。ドラゴンがダンガに飛来しそうになってる時ですら、慌てた様子も感じさせなかった雄一がコメカミから汗を垂らす。


「テツ、今日の戦いは訓練じゃない。命をかける覚悟はできてるか?」

「えっと、気合いは入れてますけど、命をかけるほどのものなんですか? さすがに無茶する価値があるかどうか……」


 テツは、さすがに大袈裟だと表情が物語っていた。


 だが、雄一は被り振って、両手を広げて、如何に大変かをオーバーなリアクションで伝えてくる。


「馬鹿野郎、以前、落ちてたのを拾ったテツが、ホーラに言った『ホーラ姉さん、さすがにブラジャーはまだいらないんじゃないんですか?』と言った時と同じぐらい、いや、それ以上に危険な場所だ」


 テツは、「それほどに危ないんですか!」とガクブルするのを見て、頷く雄一。


 そう言ったテツは、ホーラに半日、ナイフとパチンコの玉が無くなるまで追いかけられた。


 ホーラが感情的になっていて、狙いが素直だったとはいえ、テツはよく無事に逃げ切ったと当時の事を思い出す雄一は遠い目をする。

 テツは、あの一件を体験した事により、殺気を肌で感じれるようになった。


 まあ、あんな危険な方法じゃない訓練で感じとらせる予定ではあったが、雄一は手間が省けたと思う事にした。決して、ホーラの怒りの矛先がこちらに向く事を恐れたという事実は確認されてない。


 物思いから戻った雄一は、再び、テツを見つめる。


「いいか、テツ。これは一瞬の油断が地獄に突き落とされ、帰る事もままならなくなる。そう、これは、修羅の道だ」


 テツは雄一の言葉に更に震える自分の体を抱きしめて震えを抑える。


 雄一が、「着いてこいっ!」というと頷き、テツがツーハンデッドソードを担ごうとするので、雄一は、テツを殴り飛ばす。


「馬鹿野郎、武器を持つとは何事だ! 俺達は戦場に行くんだぞ!」

「す、すいません、ユウイチさん!」


 謝ってくるテツに雄一は大きな唐草模様の布を手渡す。


 受け取ったテツに頷いてみせる雄一も同じ物を手に持つ。


「さあ、俺達の戦場に行こうっ!」


 そう言うと雄一とテツは胸を張って歩いて家を後にした。



 雄一が置き去りにした紙にはこう書かれていた。



『ダンガ商店街、春のバーゲン開催!! 5割引きから。ダンガにある商店、露店問わず、開店してる店は全て対象。奮ってご参加してください!』




 雄一とテツがメイン通り沿いにやってくると凄い人だかりと熱気があった。


 主婦層のおばさん、お姉さんが雄一に威嚇をしてくる。


 雄一も負けじと全力で威嚇し返すが、鼻で笑われ、悔しげに舌打ちする。そんな雄一を見て、敵じゃないとばかりに違う相手と火花を散らすのを見て、テツに言う。


「絶対に俺達が勝つ。主夫は主婦に勝つ事もある事を教えてやる!」


 そう言ってるとこちらを見てきた冒険者達が雄一にサムズアップして、「頑張れよ」と応援してくれる。

 冒険者達と雄一の買う物はバッティングしない為、同じ冒険者同士の連帯感から応援をしあう。


 雄一は、食料品で、主だった冒険者達の今日のお目当ては、武器防具、旅の消耗品である。


 特に駆け出しの者が良く目に付き、更に見ると落ち着いている者と迷いを見せる者の2通りという事に気付く。


 不思議に思った雄一が、落ち着いている者に理由を聞く。


「んっ? ああ、俺達は、どこの店が開いてるか調べてあるし、買う予定の物もいくつも候補を立ててるから、バーゲン開始の合図と共にそこに駆けるだけだが、バーゲンビギナーはそういう事をしてないから、行き当たりばったりの運勝負になるという差かな」


 それを聞いた雄一は顔を引き攣らせる。


 同じように聞いていたテツが固まる雄一の服の袖を引っ張りながら不安そうに言ってくる。


「あの~、僕達も危ないんじゃないんですか? 下調べしてないですよね?」


 テツの言葉に頷く雄一は、沈痛な表情をしながら主婦軍団の方を見ると笑みを浮かべられる。

 だから、先程の睨みあいに余裕があり、自分が負けた事を知る。


 挽回する為に、必死に頭を回転させているとメインストリートに一人の男がやってくると辺りを満足そうに頷きながら見渡す。


 そして、おもむろに宣言する。


「只今より、ダンガ春バーゲンを開催します!」


 その言葉と共に地響きをさせて周りの者達が走り出す。


 出遅れた雄一は、テツに指示を出す。


「テツは、ジャガイモと卵を買ってこい。ジャガイモは人気もあるが数も多いから買えるはずだ。卵も人気もあるが日持ちしないから、まとめ買いする奴も少ないはず」


 そう指示するとテツは、「はいっ!」と元気良く返事すると人の波に飛び込んでいった。


 それを見送るのも惜しい雄一はテツとは反対側へと飛び込んだ。



 雄一が最初に目指したのは、一番人気だと思われる、そう、肉である。


 家のちっちゃい3人は、共通して肉が大好きである。これはなんとしてもゲットしなくてはならない食材である。


 肉屋に着くと予想通りの人込みで顔を顰めるが秘策がある雄一はすぐに表情を明るくする。


 ジャンプして空中に躍り出ると生活魔法の風を利用して空中を走っていく。走りながら、雄一は、ちっちゃい3人が満面の笑顔で、「大好き」と雄一に抱きついてくる夢想に頬を緩ませる。


 順調に走り、後、5mといった所で雄一は足を掴まれる。


「行かさないよっ!」


 そう叫ぶ、ゴリラ面のパンチ頭の主婦が雄一を地面に引きずり落とす。


 引きずり落とされると主婦達に揉みくちゃにされながら、元の位置に戻される。


「くそう、油断はあったとはいえ、あっさり掴まれるとは思わなかった!」


 悔しいが正攻法で抜けるしかないと諦めた雄一は、自分の力をフルに使って人を掻き分けて前に進んだ。



 やっとの思いで店の前にやってきた雄一は、丁度、肉が空になって奥から追加が入ってくるタイミングに間に合い、出てきた一番良い肉を見つけた雄一は「貰ったっ!」と叫んで飛びかかる。


 雄一の手が後ちょっとで触れるところで、その肉は掻っ攫われる。


「貰わせてやれないねぇ!」

「また、お前かっ!」


 再び、雄一を阻止したのはゴリラ面したパンチ頭の主婦であった。


 雄一はドヤ顔をされて、奪われていく肉に舌打ちをするが気を取り直して、次の肉に手を伸ばし、肉に触れると同時に触れる者が現れる。


 その相手を雄一が睨むと相手は雄一と年の変わらない可憐な女性であった。


 睨む雄一を見つめて、涙を浮かべる女性に「スマン」と言って手を離してしまう。

 すると、可憐という言葉が吹っ飛んだような笑みを浮かべた女性が「よっしゃあっ!」と叫ぶと肉を掻っ攫う。


 雄一は茫然としながら、周りの喧騒に包まれながら、弱肉強食という言葉が脳裏に過った。


 結局、雄一は肉を手に入れる事はできなかった。



 その後も行く先々でゴリラ面のパンチ頭の主婦とバトるが、全戦全敗を喫した雄一は、ズタボロになって家の玄関で力尽きる。


 先に帰ってきたと思われるテツが玄関前で三角座りをしながら卵の殻を持ちながら、虚ろな目をして呟き続ける。


「バーゲン、怖い。バーゲン、怖い。バーゲン……」


 そんな2人をシホーヌ達に発見されるまで、雄一とテツはそのまま3時間ほど放置された。


「次は負けない! 待ってろよ、パンチ頭っ!」


 雄一は再戦の誓いを叫ぶと、本当に力尽きて気を失った。




 ○ダンガ春のバーゲン  戦果


 卵の殻


 バーゲンの恐怖と勝ちたい相手



                   以上

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