魔神が目覚めた日
白髪のエルフが市場を歩く。とある少年にお使いを頼まれて、目的のモノを真っ赤な瞳を忙しなく動かして辺りを見渡しながら歩いていた。
「あら、テツ君。散歩中ならお姉さんと一緒に飲み物でも一緒にどう?」
市場にあるオープンカフェで座る妙齢の女性に手を振られたテツは、照れ笑いしながら頭を下げる。
「有難うございます。でも、ユウイチさんにお使いを頼まれているところなんです。失礼しますね」
テツは、頭を下げると恥ずかしそうに小走りに去る。
その去るテツの後ろ姿を頬に手をあてた女性が頬笑みを浮かべて「残念っ!」と言って見送る。
それからも道具屋の美人三姉妹に声をかけられて店に連れ込まれそうになったり、果物を売ってるお姉さんに頭を撫でながらリンゴで餌付けされそうになったりと忙しいテツは市場を駆け巡る。
とりあえず、東の門の辺りまで来たがそれまでに見つからなかったテツはどうするか考える。
「うーん、西から捜し始めたから、後は北か南か。でも訓練の帰りとかでも見た記憶がないから南から行ってみようかな?」
とりあえず、南からと決まったテツは向かおうとした時に門のほうで人が集まって人だかりができている事に気付く。
テツは、「なんだろう?」と呟くと人だかりの中に向かうと着流しを着たテツと同じぐらいの少年がうつ伏せで倒れていた。
隣にいた以前、テツに服を売ってくれた女性の店員がいる事に気付き、声をかける。
「あの~、これはどういうことでしょうか?」
「あら、テツ君だったかしら? どうやら行き倒れのようよ?」
そう聞いたテツは可愛そうに思い、遠巻きに見つめる廻りの人を掻き分けて、声をかけようと近寄っていく。
傍に来ると、少年の肩を叩いて、「大丈夫ですか?」と問いかけると激しい腹の音と共に「腹減った」と言うので、担ぎ上げると近くの食堂に連れていく。
店に着くと店内を駆けまわるようにするウェイトレスを手を上げて呼ぶ。
「お姉さん、注文いいですか?」
「はーい、あら、テツ君、ご飯? オヤツかな? そ、れ、と、も、お姉さんかな?」
クスクスと笑うはち切れんばかり胸を揺らす雄一と同じぐらいのウェイトレスが、悪戯ぽく笑う。
テツは、顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振り、目の前でテーブルに突っ伏しながら廻りの匂いに反応してピクピクする少年を指差し伝える。
「どうやら、お腹が減ってるそうなんで、お腹に優しいモノを適当にお願いします」
「テツ君が優しいのは知ってるけど、お節介は程々にしたほうがいいよ?」
テツに人差し指を立てて、お説教するウェイトレスにテツは頭を掻きながら答える。
「そうですね、でも、ユウイチさんならきっとブツブツ文句言いながらでもご飯を食べさせてあげたと思うんです」
テツの物言いに呆れた顔を隠さず、ウェイトレスは「本当にテツ君はユウイチさんが好きね」と言うと元気良く「はいっ」と答えられて苦笑する。
ウェイトレスは、「じゃ、適当に用意させて貰うわね」と言うと厨房へと注文を届けに向かった。
それから少し経つとテツ達の席にシチューとロールパンの入った籠を置かれる。
すると着流しの少年は飛び起きると了承も取らずにがっつくようにパンとシチューを飲むように食べだす。
「ああっ、取らないから、ゆっくりと噛んで食べたほうがいいよ? お腹が減ってる時に馬鹿食いすると良くないってユウイチさんも言ってたからっ!」
テツの言葉が聞こえてないようで、止まらない様子をウェイトレスと共に見つめる。
「お姉さん、もう1セットお願い」
テツが苦笑いしながら注文するのを嘆息するウェイトレスは肩を竦めて、再び厨房へと消えた。
結局3セット食べるとどうやら落ち着いたようでお腹を摩りながら、手持ちの楊枝で歯の掃除をしているのを見ながら、テツは自分の財布を覗いて、こっそり涙した。
「いやぁー助かった、助かった。拙者、岩男と申す。一飯の恩、決して忘れないぞ」
「どう見ても、軽く三飯はあったわよ?」
着流しの男、岩男はウェイトレスの言葉に「細かい事を気にされるな」と笑うが、ウェイトレスは半眼である。
「いえいえ、気にしないでください。でも、今度はこういう事がないように、お仕事をしっかりされるか、食糧はしっかり余裕を持っておくようにしてくださいね」
「そうでござるな、この街で路銀を稼いでおくとするぞ。だが、その前に拙者には武者修行があるから、せめて初日ぐらいは道場破りをしてからでござる」
岩男の言葉を聞いたテツは、「道場破り?」と聞き返すと大仰に頷き返される。
「然り、拙者は自分の腕を上げる為にに海を渡って、この大陸に来たでござる。沢山戦って強くなるのでござる」
「へぇー、凄いですね」
楽しそうに相槌を打つテツに呆れた笑みを浮かべたウェイトレスは、代金を請求すると首を振りながら他の客の注文を受けに行った。
「おお、そうだ。一飯の恩には足らないが、気持ちばかりにこれを、そなたにこれを贈らせて貰おう」
岩男はテツに細く黒い紐が2つ付いた平たい丸いモノを見せられる。
「お礼は別に要りませんけど、それは何ですか?」
「これはこう使うモノでござる」
そう言うとテツの背後に廻り、装着させる。
「うわっ、片目を塞いでどうするんです?」
岩男が着けたのは眼帯であった。
ふっふふ、と笑う岩男はテツの正面に戻るが、テツが眼帯を外そうとすると慌てて止める。
「しばし、待たれよ! 今、外すと秘められた力が噴き出すでござる」
岩男の言葉にビクッとして手を止めるテツに話しだす。
「先程の女給の言葉で聞いた名前を呼ばせて貰うとテツ殿、それを着けると凄い力が生まれるのでござる。どことなく、塞いだ左目が疼くような気がしないか?」
「えーと、言われてみればチクチクするような?」
テツは眼帯を押さえて、そう答えると岩男は、「そうでござろうっ!」と叫ぶが、眼帯の繊維が瞼に当たってチクチクしてるだけである。
「テツ殿の瞳に封じられた魔獣が黄泉がらせない為に、外してはならん」
「ええっ! そんな恐ろしいモノが!?」
ノリノリの岩男が、ウンウンと頷く。
「しかし、悪い事ばかりでもござらん。その力がテツ殿を強くしてくれるはず、感じぬか?」
「おおっ、何やら体の奥底から湧き上がる力がぁ……」
テツは自分の掌を見つめて、興奮に手を震わせて、その手で自分の顔を覆う。
岩男は目をキラキラさせる。
「同士よっ! その力で拙者と共に道場破りに行こうではないかっ!」
「ふっ、俺の力が暴走しても知らないぜぇ?」
テツも悪ノリし始めて、口の端を上げて笑みを浮かべる。
テツの肩を両手で掴み、頷く岩男は店の外を指差し叫ぶ。
「さあ、修羅の道へと行こうではないかっ!」
馬鹿2人が目をキラキラさせて外を見つめるのを後ろで見ていたウェイトレスは、微笑ましそうに見つめる。
「テツ君楽しそうね、新しい遊びかしら」
ここでウェイトレスが気付いて止めていれば、テツの歴史に黒いモノが刻まれる事はなかったであろう。
テツと岩男は、早速、店を出ると剣術道場に殴り込みをかける。
「たのも――!」
岩男の叫びを聞いた剣術道場の30後半の先生は、眉を寄せて出てくるが、テツを見ると驚いたような顔をする。
「おや、君はユウイチさんのとこのテツ君じゃないのかね?」
「違うっ! 俺はブラックテツだぁ!」
テツは、「左目が疼く」と呻くのを、剣術の先生は首を傾げながら見つめる。
ドヤ顔する岩男が前に出る。
「拙者達、ガンテツコンビの挑戦を受けろっ!」
そう言われた剣術の先生は、「えーと」と呟き、対応に困った顔をして2人を見つめる。
岩男がテツに、「先生、お願いします」と道を開けると同時にテツに木刀を手渡す。
それを受け取ったテツは木刀を正眼に構えると苦しそうに呟く。
「今宵の村雨は血に飢えておるわぁ!」
「あのね、テツ君? まだ昼前だからね?」
もっとな突っ込みをしてくる剣術の先生の言葉にテツは被り振る。
「問答無用っ!」
飛びかかり、剣術の先生との対決が始まった。
「明らかに馬鹿みたいなのに、さすがユウイチさんに鍛えられてるだけあって強いっ!」
片膝を着いて悔しがる剣術の先生を眺めて2人は高笑いをする。
岩男が勝利の余韻に浸るテツの替わりに指を突き付けて言う。
「負けたのだから看板は降ろして貰うでござる」
歯を食い縛る剣術の先生を横目にテツ達は、看板を1cm下に釘を打ち直して下げる。
馬鹿2人は頷きあうと「ガンテツコンビ最強っ!」とハイタッチすると剣術道場を後にする。
それからも、いくつものの色んな武器の道場破りを続けて、時には看板を地面に置いたり、引っ繰り返したり、道場の壁に穴の空き方に浪漫を感じた2人が悔しくなって穴を塞ぐなどの悪行の数々を繰り広げた。
街歩くテツは増長に増長を繰り広げて、長楊枝を咥えて、頬に黒いモノで筋を描くといった駄目な方向に進行していた。
「拙者達、ガンテツコンビに敵はいないなっ!」
「当然だろう? 俺の左目の魔獣が俺が負けるのを許さない」
風を切って歩く2人はお互いの肩を叩きながら街を歩くが、女性にはクスクスと笑われ、大人の男性には、「あちゃ――」と呟かれているが当人は気にしていない。
「確か、俺の記憶では、ダンガである最後の道場のはず……」
「そうなのか? 次は拙者の番、最後だから譲れと言わんでくれよ?」
テツは失笑すると「好きにしろ」と呟くと最後の道場へと入って行った。
「たのも――道場破りだっ!」
毎回のように岩男が叫ぶ。
その岩男の後ろを着いていくようにしてテツも中に入っていくと岩男越しに見えるモノを脳が拒否してくる。
「はい、はい、道場破りですね? 本日限定の師範代の俺が相手になってやろう」
口の端を上げる長髪を後ろで無造作に縛る偉丈夫の少年が2人を出迎えた。
「先生っ、やってやるといいさ。コテンパンにして悪い病気が逃げるぐらいに激しくやってやるのが優しささ」
軋む音がしそうな動きで声がする方向を見つめるテツは、カチューシャをする少女に気付くと長楊枝を取り落とす。
そんなテツの様子に気付かない岩男は空気も読まずに、「覚悟っ!」と飛びかかるが木刀を一閃されると道場の端に吹っ飛ばされると白目を剥いて気絶する。
それを目で追った後、前を向くと鬼に笑われて尻モチを着く。尻モチを着いた同時に眼帯も落ち、涙目になりながらズリズリと後ずさりをする。
「さぁ――て、だいぶオイタをしたようだな、近隣の道場から苦情が沢山きてるぞ? お前にはお使いを頼んだはずだが、こんなところで何をしてるんだ?」
「いや、その……」
言葉を詰まらせながらもにじり寄ってくる少年を涙を限界まで溜めて見つめる。
少年はニッコリと笑う。それを見たテツが希望を見出したかのように笑みを浮かべる。
少年が笑みを浮かべたまま木刀を掲げるのを見て、テツが、「アレ?」と首を振ってイヤイヤをする。
「お仕置きだ、テツ」
お昼のお知らせをするかのように、ダンガの街にテツの悲鳴が響き渡った。
これは、平和なダンガの一日の話とテツに初めてできた同じ年頃の友達の話。
この時の眼帯はテツの部屋の秘密の隠し場に今もひっそりと置かれていた。
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