第6話 私の本気を見せてやるのですぅ

 シホーヌと双子の新居となる家を住める状態にまでにやっと整えた、2人の女神は食堂のテーブルで一休みしていた。


 ホルンは疲れて溜息が零れる状態だが、シホーヌはご満悦に台所のほうを眺めていた。


「アンタね? 掃除してる時は、「もう、動けないのですぅ~」とか騒いでたのに、台所の必要品……私から見れば不要な物の方が多かったように思うけど、それを集め出し始めたら急に元気になったわよね」

「楽しい事の体力は別腹なのですぅ~」


 まったく便利で都合の良い体力の小分けをしているらしい。それを半眼で見つめるホルンは、「きっと、牛のように胃袋が一杯あるのね」と皮肉を言う。


 だが、シホーヌには効果がなかったようで、指で角を作ると、「モゥーモゥーのホルン牛なのですぅ」と踊り出すので、手元にあったコップを手加減少なめにシホーヌの額に目掛けて投げる。

 狙いは違わず、シホーヌの額に当たるとコップは粉砕し、シホーヌは目を廻して倒れる。


 倒れるシホーヌを見下すホルンは、シホーヌを無視して粉砕したコップをホウキで掃き集め、ゴミとなったコップを処分して帰ってくるとシホーヌが首を振りながらホルンに問いかけてくる。


「どうして、私は床で寝てるのですぅ?」

「隕石が落ちてきて、貴方の額に当たったのよ」


 鏡を渡すと額が赤くなってるのを見て涙目になるがすぐにクエスチョンマークを浮かぶような表情をする。


「あれれ……なんか、ホルンにコップを……」

「隕石よ」


 シホーヌは、でもぉ、と呟き、天井を指を差す。


「天井に穴がなぃ……」

「シホーヌ……知りたい?」


 目が笑ってないホルンに問いかけられたシホーヌは生存本能の訴えに従う。


「私は、運が良いのか悪いのか悩むところなのですぅ。だ、だよね? ホルン?」

「そうねぇ、もし神クジを買ってたら前後賞あったかもね?」


 シホーヌは何が理由かは分かってないが、どうやら温厚の友人の逆鱗に触れたらしいと理解して、ガックンガックンと頷く。


 ちなみに、前後賞1等を当てる確率は隕石が直撃して死ぬ確率に近いと聞いた事があります。興味がある方は調べてみてください。




 ホルンの怒りに怯えてる事30分ほど過ぎると気持ちの切り替えが済んだらしく、溜息一つ吐くとシホーヌに声をかける。


「とりあえず、こっちでの用は済んだから一旦、神界に戻ってアンタの相棒の選定に行きましょう」

「分かったのですぅ!」


 長年の付き合いから、すっぱりと気持ちを切り替えた事を見抜いたシホーヌはホルンに纏わりつき、えへへっ、と笑う。

 ホルンは、眉間に皺を寄せながらも、苦笑しながら、「現金な子だわ」と呟くと力を行使して神界への道を開き、仲良く並んで2人で戻っていった。



 戻った先は真っ暗で何もない空間であったが、ホルンが指を鳴らすとシックな調度品に囲まれた趣味の良い書斎のような場所になる。


 応接用のソファを挟んだテーブルの上には山のように積んだ資料を目にしてホルンは呻く。


 とりあえず、手近にあったものを手に取り、中を確認する。


「シホーヌ、この資料の山。アンタの相方候補者の情報みたいよ?」


 シホーヌは、「ほぇぇ……」と馬鹿な子のように、いや、本性を晒すような顔をして積まれる山を見つめる。


 そこで、ホルンにコールが入る。


 そのコール主はホルンの直属の上司で、目の前に置かれているのは、日本という国で、条件を満たしている者で、1次審査を通り抜けた者という話である。

 ホルンのカミレットにそのリストを送って来てくれており、検索する時にでも使ってくれという事らしい。


 その中に良い人物がいなければ検索範囲を他の国にも広げると言われて、感謝は告げたが、資料の数を見てウンザリする。


 コールを切るとカミレットで調べるとどうやら1万人近くの候補者がいるのを見て、頭を抱える。


 この条件を満たすのは、神々のなんらかの審査基準に合格した性格の持ち主で、調理スキルが3以上あり、現実世界に希望を持たない者、もしくば、異世界に行きたいと心から思っている者だけである。恐るべし、日本である。

 潜在的な数がどれだけになるかと思うと頭が痛くなりそうだから考えるのを放棄する。


「とりあえず、見ていきましょうか?」

「えっと……はい、なのですぅぅ……」


 ホルンの言葉にウンザリとした表情を見せるが、本来なら付き合ってるホルンがすべき顔だろうと突っ込みたいが無駄と悟るホルンはいつも通りに溜息を吐くだけで済ませる。


 2人は項垂れながら、目の前の山を崩しにかかった。



 30分ほどした頃、ホルンはキレる。


「なんなの? このほとんどの者が今の世界で無理だから異世界でならモテモテになれるとかハーレムやら……どこの世界でもモテる基準は多少違えど、そんな都合のいい話なんてないわ。今いる世界でも金や権力を持っていたら真実の愛が手に入るとでも思ってるのかしら」


 一応、チートと呼ばれるモノは渡す予定にはなっているが、強くなったら金や異性を手に入れる事はできるが、所詮、利用し合うモノでそこに心の安寧などない。それをいかにして使うかが肝になる事を考えない者が多すぎて、ホルンは頭を抱える。


 中には、元の世界で重婚が認められる国が少なく、そこに住むのが嫌だからそれが叶う異世界に行って嫁100人出来たらいいな、と飛び抜けた馬鹿がいたが、この面子に混じると、とてもピュアな少年に見えてしまうのが不思議である。


「というか、これを選別した神は仕事する気ないでしょ!」


 確かに膨大な量の仕事を少人数でやらされているのはホルンとて理解していた。今は、大半の神々があるプロジェクトにかかりっきりで、人手不足ならずの、神手不足なのである。


 眉間を揉んで溜息の数が加速的に増えるホルンは当事者のシホーヌが何をやっているかを見ると、写真をチラッと見ると後ろに放り投げる、また見て、放り投げるを繰り返して、シホーヌの後ろには紙くずになっている資料が山積みになっていた。


「シホーヌ、ちゃんと見てるの?」

「んっ、見てるけど、ピンとこないのですぅ」


 ホルンには見てるようには見えないが、本人は見てると言い張る。ホルンの処理速度は早いが、さすがにシホーヌに追い付ける訳ではなく、ホルンが500ほど処理した時間でシホーヌは3000近くは処理したという扱いのようである。


 積まれた山になった書類が落ちてくるので、シホーヌは「えいっ」と掛け声をかけるの資料の下に黒い空間が広がり、そこに落ちていく。


 さっぱり片付いたといった顔をするシホーヌを見て、更に頭が痛い思いだが、先程まで見ていた資料を思い出し、シホーヌのような捜し方をしても大差がないかもしれないと泣きたくなった。



 それから数時間経ち、やっとホルンが持っていた資料の選別が済む。


 目の前にある3つの資料を見つめて項垂れる。1万は届こうかという数の資料を選別してみれば、できたのが3件のみという事実に頭を抱える。


 気分を切り替えて、シホーヌに声をかける。


「こっちは済んだけど、そっちでいいな、と思える人いた?」


 こっちは3件だけよ?と愚痴ろうとシホーヌのほうを見るとあれだけあった資料は姿を消しており、当のシホーヌはテレビに釘付けでこちらに反応を示さない。


「アンタねぇ、誰の相方を捜す手伝いをしてると思ってるのよ」


 長い事座っていた事で体が固くなってるのを無理矢理立たせると、テレビを見ているシホーヌに近寄っていく。


 どうせ、シホーヌの好きな忍者の卵のアニメを見ているのだろうと怒る為に近づいていくと、シホーヌが見つめるテレビにはアニメは映ってなく、華やかにイルミネーションされた商店街が写されていた。


 その画面の中央には、ジャンバーに手を突っ込んだ大柄な少年、ブレザーを着ているところから、おそらく学生と思われる少年が辺りをキョロキョロするようにやさぐれた目をして睨みながら歩いていた。


「ちぃ、今日は日本で一番、ズッコンバッコンやってる日だって言うのに、俺はなんで一人でこんなところを歩いているんだぁ?」


 と周りを気にせずにボヤく彼はきっと本当にモテないのだろうとホルンは残念そうに見つめる。


 シホーヌは、そんな彼を爛々とした目で見つめ、そして、彼が周りから目を反らすような行動を取ると、「可愛いのですぅ」と呟いた瞬間、シホーヌの頬が桜色に染まる。


 ホルンは息を飲む。


 初めて、そう、初めて、人であろうが神であろうが恋に落ちる瞬間を目撃した。それもそういったものから一番縁遠く、きっと子供のままでいるだろうと誰もが思っていたシホーヌが恋に落ちる瞬間を目撃する。


 シホーヌに恋を教えた少年が空を見上げて言葉を紡ぐ。


「チート貰って、異世界いきてぇー」


 シホーヌは慌てて、カミレットでマイクを取り出し、違う操作も同時にこなし始める。


「では、行きますか? 目の前の扉を開くのです」


 マイクに向かって話すシホーヌは、今まで見た事もない嬉しそうであり、恥ずかしいような表情をする姿は少女から女になったようにホルンには見えた。


 そう言うと、シホーヌはホルンがいるのも忘れたかのようにこの部屋から飛び出していく。


 色々、ビックリし過ぎて反応できなかったホルンは、我に帰ると、目の前の少年を検索始める。


 最初に渡された資料に該当人物はなく、違う検索方法で調べると情報が出てくる。


 名を北川 雄一といい、両親は中学生の時に死別。親戚とは縁を絶っているようで、家族と呼べるような者はいない。


 性格は、基本的に温厚であるが、強権を振り翳す者には後先を考えない無鉄砲な行動をする事がある。

 独自の信念を持ち、弱き者に手を差し出したくなり、困る事もしばしば。


 そして、両親と死別した理由を見た時、ホルンは眉を寄せる。

 その後の親戚とのやり取りなどを見て、呆れ、感心する。


「この子はよく歪まず、生きてこれたわね。最近の子だったら自分だけが辛い目にあってるのが納得できないと虐げるか、現実から逃げて引き籠りそうだけど」


 実際のところ多少の歪みはあるが、これだけの事を体験していて、この歪みで済んでるのは本人、いや、両親の育て方が良かったと言わざる得ない。


「調理スキルは4。凄いわね。今いる世界に執着もないみたいだし、私が妥協した相手なんて比べるまでもないわね」


 そう言うと資料を黒い空間へ放り投げる。


 雄一がいた世界とトトランタの間の空間でシホーヌが必死に説得する姿を眺め、目を細める。


 帰ろうとする雄一を引き留める為に足にしがみつくシホーヌを見て、お腹を抱えるホルン。


「トトランタにいけば、私からユウイチが読んでるお話みたいなチート? をあげる事ができるんだよ? 行ってみたくなったでしょ? そう、その時が行く時なのですっ!」


 そのセリフを聞いたホルンの顔が固まる。


「待ちなさい! 相方にあげるチートは成長促進を図れるモノを転移する時に存在を書き換えする時に加えるモノだけよ。何をする気!」


 慌てたホルンは、画面を揺さぶるがこれでは伝わらないと気付き、シホーヌが捨てるように置いていったマイクを取るが、画面を見た瞬間、マイクを落とす。


「アンタって子は……」


 神が加護を与える方法は3種類ある。


 1つ目は、巫女としての資質を持つ者に力を分け与える方法。自分が管理する世界であれば、使徒と呼び、違う世界で与えるモノを宣託の巫女と呼ばれる者へと与える方法である。


 2つ目は、神気と人間の生命力を繋ぐ事で加護を与えた人物に驚異的な力を与える方法。これは間違った加護と呼ばれ、この加護を使うと人から流れる生命力に神は酔う。最初の内は気分が高揚するだけで特に害はないが、それが長く続くと精神が崩壊が始まり、狂うのである。その生命力の逆流して受けるモノを私達は『毒』と呼んでいる。

 その方法で加護を与える神達のせいで、もう少しで枝分かれする全ての世界の崩壊の危機に瀕したが、その危機はかろうじて、ある少年が止めてくれた。


 もう一つの方法、神、そして精霊も同じ方法で加護を与える方法がある。


 相手の半身と自分の半身を交換してしまうという方法である。


 神は神を辞め、人は人を辞める。


 半神半人と呼ばれる存在になるのである。


 この方法をシホーヌは何の躊躇もせずに取ってしまったのである。確かに、毒は発生しないし、正しい加護の使い方だが、


「アンタは、ゆっくりとはいえ、老いて死んでしまうのよ……」


「馬鹿っ」と呟きながらも嬉しそうに少年、雄一を見つめるシホーヌを羨ましく眺める。

 神を殺す術はあるだが、自然死だけはなく老いるという概念から離れた存在なのである。それをシホーヌは自分から捨てたのだ。彼と同じ時を歩む為に。


 気付くと涙を流していたホルンは、涙を拭うと呼吸を整える。


「よし! この選別した神に文句を行ってこよう! 何を見ていたんだ、と言って騒いできてやる」


 ホルンは当たりどころを見つけて、肩をいからせて扉を開ける。そして、閉じる時にもう一度テレビに映るシホーヌを見る。


「貴方の人として生きる人生、私が最後まで見守ってあげるからね。私が貴方の一番……いえ、私の一番の友達のシホーヌが歩む道を……」


 下唇を噛んで耐えるように俯き、「幸せになってね……」と呟くとホルンは扉を閉じた。

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