その12
「本日は急な招集に応えていただきまことにありがとうございます」
午後二時頃、チエはロビーに集まったギルドメンバーたちに礼を述べた。
作戦参加者を募る時間は短かったものの、十数人ほどの人員が集まってくれた。四つの丸テーブルに分散してつき、チエを注目している。
「さっそく用件に入りたいと思います。コウガ、地図を」
チエに促され、アシスタント役のコウガは大きな地図を取り出した。
チエの背面に立つ掲示板――ホワイトボードを木材で作ったような代物だ――に地図を広げ、ピンで留める。
「私たちは先日現れたミアズマンサーの潜伏先を突き止めました。ここです」
そう言って、チエはバルデンハイム南方の一点にバツ印をつけた。
「サン・マルテロ教会遺跡。ご存じの方もいるんじゃありませんか」
「おー、知ってる知ってる。あそこはミームが溜まりやすいんだよなあ。三度くらい行ったことあるぜ」
手前の席に座る魔法使いの男の発言に、他のメンバーが同意の声を上げる。
「敵はミームリングの力でミームを手なずけ、身を潜めています。故に、今回のターゲットを仕留めるにはまずミームの群れを片付けねばならず、どうしても人手が必要なんです。なので皆さんにはミームの対処をお願いします。報酬はギルドが保証しますよ」
チエが訴えると、奥のテーブルについているエルフの女戦士が質問を投げてきた。
「いつやるんだい?」
「今夜やります」
チエの断言に、ギルドメンバーがざわつき出す。パーティごとに今夜の予定を確認しているのだ。
「午後九時半にここ集合、即時出発。私は先行偵察に出ますので、コウガが皆さんの先導を行います。午後十一時までに現地で合流し作戦決行、というプランを考えています。一晩がかりになるものと思ってください。参加しかねるという方は席を立っていただいて結構です」
そう語りかけて、チエは待った。
しかし結局、誰一人席を立たなかった。
「ありがとうございます」チエは一礼した。「皆さん、他に質問はありますか?」
「はい」異邦人の女性レンジャーが挙手した。「集合時間早すぎない? 教会跡なら徒歩で三十分ちょいと思うけど。夜襲をかけたいのはわかるけど、現地で一時間待機なんてしたら敵に気づかれるんじゃ?」
「あー、それはですね……」
チエが返答に詰まったところを、
「十一時作戦決行ってのは目安ですよ」コウガがフォローに入った。「わかりやすく時間を区切っただけで、現地で準備ができ次第仕掛ける形になるかと」
了解、と女性レンジャーは納得した。
「これ以上質問はありませんかねえ?」
もう一度呼びかけたものの、新たな質問は出てこなかった。
「でしたら、この場は解散ということで。よろしくお願いします」
チエの一礼を合図に、ギルドメンバーたちは席を立った。
「……あ、おい、レンデル! レンデルじゃねえか!」
オークの男戦士が、ロビーのやや離れた場所にレンデルの姿を見いだした。
「おまえは参加しねえのかよ! おまえの仲間の仇を討とうって話だぜ!」
と呼びかけられて、レンデルは申し訳なさそうな顔をした。
「すまねえな。今晩は外せねえ用事があるんだ」
それだけ言うと、さっさとロビーから出て行った。
「なんでえあの野郎。仇討ちより大事な用があるってのかね……」
オークの男戦士はそう呟いたが、大して気にせず、ギルド内のレストランに向かった。
コウガは掲示板から地図を回収して畳み、チエとともにロビー入口へと歩む。
「まあまあ人数集まったじゃねえか」
ロビー入口そばで、アイリが腕組みして柱にもたれていた。
「うまくいったはずです」
チエは入口の向こうを見やる。
レンデルの背中が見える。レンデルはしばらく普通に歩いていたが、不意に進路を九十度変えて、早足に姿を消した。
「あとは偽情報が騎士団に伝わることを祈ろうか。……そういえばカーラ見なかった? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
問われて、チエもアイリも肩をすくめる。
「そうか。じゃ、パテルは?」
「そっちも知らねえな」アイリが首を振る。「カーラにパテルって何の関係だよ?」
「いや……まあ、別に」
コウガは口を濁した。
丘での会合で目の当たりにした、カーラの素顔。
――あの付け髭を取り払ったら、パテルそっくりになるんじゃないか?
二人の間に何か関係があるのか、という疑問がコウガの胸中に引っかかっていた。
もっとも、急を要する疑問ではない。コウガは好奇心を頭の中から追い払い、今夜の作戦に意識を移した。
「午後九時半出発……午後十一時頃決行……場所はバルデンハイム南方サン・マルテロ教会遺跡……っと」
レンデルの語る言葉を、ティルが紙に書き留める。
書き終えた内容を、ティルはまずレンデルに見せて確認させ、しかる後ジャバートに提出した。
「今夜決行とは、ずいぶん急いだものですね」
とジャバートは感想を述べた。
「騎士団の皆様に獲物を横取りされたくないんでしょうよ」
愛想笑いをレンデルは浮かべた。
「それで……報酬の方は……?」
「こちらです」
ジャバートはテーブルの上に小袋を置いた。
レンデルが小袋を取り上げると、じゃらりと音がした。小袋の口を開き、中身を確認して、にたりと笑う。
「今回もすいませんねえ」
「あなたには今後も期待していますからねえ。お願いしますよ」
「わかっております。……で、今回の件はどうなさるおつもりで?」
レンデルの問いかけに、ジャバートは冷たい視線で応じた。
「あなたに教える必要がありますかね? もう結構です、下がりなさい」
小さく頭を下げて、レンデルは部屋から出て行った。
騎士団詰所内、俗に「告解室」と呼ばれる部屋である。裏通りに面した狭い一室で、騎士団に貴重な情報を上げてくれる密告者が人目を気にせず入れるようになっている。
「で、どのようにしましょうか」
おとなしくレンデルの密告を聞いていたマイアが、ジャバートに問いかける。
「提案、よろしいでしょうかね」
ティルが小さく手を上げた。
「聞きましょう」
促され、ティルは私見を語る。
「敵は強そうですし、ミームの群れもいるらしい。となると、我々騎士団が真っ向からぶつかって消耗するのはうまくありませんな」
「その通りですね。続きをどうぞ」
「そこでですね。連中が作戦を開始して、ミアズマンサーが十分に消耗したところを見計らってから、我々が突入して捕まえる……というのはいかがでしょうな」
「獲物を横取りですか。悪くありませんね」とジャバート。「とはいえ、こちらも部隊を動かすとなると、向こうに気づかれるかもしれませんね。先だってのように」
「そこですよ」ティルは身を乗り出す。「こちらの部隊は先に移動して教会跡近くに潜伏し、冒険者とミームが戦い出すのを待つ……という線でいけるのではないかと」
「素晴らしい。素晴らしい作戦ですね、あなた。私も似たようなことを考えていました」
拍手して、ジャバートはティルを褒め称えた。
「欠点を言うと」ティルは付け加える。「待ち時間が長くなるかもしれないという点なんですが……」
「ハンドバーナーを捕まえるのに、少々の苦労がなんだというんだ」
鋭い口調で、マイアはティルをたしなめた。それからジャバートに向かい、
「時間がありません。早々に実働部隊を選抜するべきです」
と提言する。
にっこり、とジャバートは笑った。
「マイアさん、あなたがそんなにやる気になってくれるとはうれしいですね」
「騎士として当然のつとめです」
「ますます結構。ついてきなさい」
席を立ち、マイアを手招きして部屋を出て行く。
「了解です! なんとしてもハンドバーナーを捕まえて、最近でかいツラをしている冒険者どもの鼻柱をへし折ってやりましょう!」
意気高揚してマイアも早足にジャバートについていく。
「あの、私は……」
おずおずとティルが声をかけると、
「もちろんあなたも実働部隊に加わってもらいますよ。今のうちに仮眠しておきなさい」
そう言い置いて、ジャバートはマイアとともにドアの向こうへ姿を消した。
「……これでよし」
少し間を置いて、ティルも部屋を出た。
レンデルが出て行った詰所の裏口からふらりとさまよい出て、
「いたいた」
目的の人影を見いだし、そばに寄る。
「うまいこと行った。ジャバートは今夜、教会跡に向かうぜ」
とティルが報告する相手は、
「わかったッス」
パテルだった。
パテルがすぐに踵を返そうとするところを、
「ちょっと待って」
ティルは呼び止め、懐中からかんざしを取り出した。
「こいつを持ち主に返してやってくれ」
「了解ッス」
パテルはかんざしを受け取って、静かに去って行った。
ティルも周囲に同僚の目がないことを確認してから詰所に戻った。
昼からの快晴は夜まで続き、作戦決行の時間帯にはきれいな星空が天を覆っていた。風も穏やかで、作戦を決行するのになんの不都合もない環境である。
「待っていました」
バルデンハイム西方の遺跡に先行していたチエは、現れたギルドメンバー一行を安堵の表情で迎えた。
「ターゲットは?」
一行を先導してきたコウガが問い、
「砦の中にいます」
チエは杖で砦を示した。この日、チエは作戦のために金属製の杖を用意していた。
「そちらこそ、目的地が偽だったことは……?」
「もう伝えてある。みんな納得してくれた」
コウガは連れてきた十数人のギルドメンバーを手で示した。全員、不満を示すどころか、
「俺たちゃミームを叩けりゃなんでもいいぜ!」
「クソミームどもをぶっ倒したらいいんだろ!?」
「偽の作戦なんざよくあるこった!」
これから始まる死闘を予期して高ぶっている。
「助かりました」チエは胸をなで下ろす。「もう一つ、騎士団の動きは?」
「パテルから連絡があった。奴らは九時くらいに南を目指して出発したそうだ。今頃教会跡をアホみたいに眺めているだろうな」
アイリの答えに、チエは小さく笑った。
「申し訳ありませんが、夜のピクニックを楽しんでもらいましょうか」
くるり、と砦の遺構に体を向ける。
「ふむ。ミームがうじゃうじゃおるのがここからでも見えるわい」
オークの男戦士が手をまびさしにして遺構を見やる。
灰色の石造りの物見塔や崩れかけの壁が、白い月の光を背景にして鍵の歯のような凹凸の黒い影を作り出していた。
その影の手前に、静かな足取りでうろつく背の低い獣影がある。
女レンジャーが双眼鏡を取り出し、ミームを観察する。
「オオカミ型、ライオン型、トラ型と犬科猫科系のミームが一杯いるわね。丸まって寝てる奴も多いけど」
「どうする? 今日はあんたが大将だぞ」
エルフの女戦士が、チエに作戦を求める。
「はい。それでは、ですね……」
チエの作戦はシンプルな挟み撃ちだった。
「私たち三人は砦の反対側に回り込んで、準備ができたら照明弾をあのミームのもとに撃ち込みます。それを合図にして、攻撃を開始してください。鬨の声を派手に上げて、でもここから前には出ず、できるだけ敵を迎え撃つ感じで。砦の中のターゲットは皆さんめがけて突進するはずですから、そこを背後から襲って仕留めます」
作戦に異を唱える者はおらず、すぐさま作戦決行となった。
チエ、アイリ、コウガの三人は砦を回り込む道なき道を行く。
地形はほぼ真っ平ら、下生えがちょろちょろと生えている程度。視界を遮るのはまばらな木立くらいだ。
「なんでこんなところに砦があるんだろうな。昔はこの辺に国境でもあったのか……」
少し考え込んでから、コウガはチエに問う。
「その辺の事情、なんかご存じ?」
しかしチエは歩きながら砦の方を凝視、コウガの声に反応しない。
「チエさん?」
「……あ、なんか言いました?」
肩を叩かれ、やっとチエは気づいた。
「復讐にはやる気持ちもわかるけど、冷静でないといけないよ」
「…………」
少し考え込んでから、
「やはり危険じゃありませんか? コウガの策は」
とコウガに言い返す。
「今更それを言うかな」
「今回の件は、結局のところ私の私怨です。ギルドメンバーの皆さんの力を借りる時点で気が重いのに、コウガを危険にさらすなんて……」
「強敵を倒すには、でかいリスクを踏む必要がある。一ヶ月分の便秘を出すには痛みを覚悟しなくちゃならないのと一緒だよ」
「下品な表現でごまかすのはやめて下さい。何故リスクを踏もうとするんですか」
「それは……チエの話を聞かされたから、としか言いようがないね」
進行方向を見据えながら、コウガは答えた。
「あんな話を聞かされたら、誰だって頭にくる。俺も頭にきた。この世界には、生きてちゃならない奴が多すぎる。しかもそういう奴らに限って法で裁けないときたもんだ。だったら仕置にかけるしかないだろう」
長いため息を、チエは吐き出した。
「どんな事情があろうと、人を殺すのは罪深いことです」
「だろうね。とはいえ、俺は割り切ったぞ。日本の常識にこだわっていたら、殺されるのは俺の方だ」
「あたしもコウガに同感だ」アイリが口を挟んだ。「第一、ギルドメンバーを殺して回る野郎を許すわけにはいかねえよ。ギルドメンバーは仲間だ」
「そしてチエも俺たちの仲間だ」
最後にコウガが付け加え、ポン、とズボンのポケットを叩いた。
「なあに、フレイを普通に倒せれば、こいつの出番はないよ。というか出番なしで済んで欲しいね」
「……そうですね」
一息ついて、チエも割り切った。
「考えるのはやめです。今は目の前のことに集中しましょう」
そう言って――足を止める。
「…………?」
数メートル前方に小さな木立がある。背の高い、やや細めの幹が数本固まり、長い影を作っている。
その中に、人型の影が混じっていた。
こちらに背を向け、股を広げて仁王立ちした男の姿。
ジョボボボ……と液体が地を打つ音。
フレイが立ち小便をしていた。
「…………!?」
想定外の事態に、声を失う三人。
奇襲をかけるには遠すぎ、今更逃げて身を隠すには近すぎる。
あまりにも半端な距離での事故的遭遇。
「……どわあ!?」
用を足し終え、くるりと身を翻したところで、フレイも気づく。
「なんだてめえら!?」
びくりと身を震わせ、すぐさま瘴気の鎧に身を包む。
翼を振り抜き、鋼の鞭としてしならせる。
三人はそれぞれに飛び散り、間合いを取った。チエは金属の杖を、アイリは拳を、コウガは剣を構える。
「……誰かと思ったらてめえらか……!」
やっとフレイは三人を認識した。右足を前に戦闘態勢を取る。
「チエ、合図を送れ!」
アイリの声に、
「! は、はい!」
慌ててチエが魔法を発動。杖を掲げて火の玉を打ち上げ、砦周辺のミームを狙う。
「行くぞォ!」
フレイが地を駆け、チエに突撃する。
なし崩しに、殺し合いは始まった。
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