顧問

「順平、何があってもイライラした表情を浮かべたり、嫌そうな顔をしない事良いわね?」

工藤亜里沙が職員室に入る直前小声で僕に伝えるのだった

僕だって実習時間と指導員が欲しい。それに船外作業要員は何時だって平常心を求められる。どのような状況に対しても冷静に対処するためだった。

僕は船外作業要員になりに来たのだから少々の事は我慢しよう。

僕はうなずくとあたりを見回した。

職員室の中は人間に交じり教育型アンドロイドがたくさんいる。

その中を迷わず工藤亜里沙は一体のアンドロイドに向かって歩いていく。

目的地に着いたのか掴んでいた僕の腕を離し、アンドロイドに話しかける。

「先生お久しぶりです」

工藤亜里沙はにこにこしながら話しかけた。

「あなたに学費の為にこの学園に貸し出されてから二週間ぶりですね。細かい事を言うのは止めておきましょう。それに挨拶ではなく何か私に頼み事があってきたのでしょう?目的は何ですか?あなたの性格は知っているつもりですからね」

「宇宙船を使ったクラブ活動をする顧問になって欲しいのです」

「この学園に私を貸し出したのはあなたですよね。もうあなたの私物ではないのですよ?」

「まぁまぁ細かい事は良いじゃありませんか?それにビショップ型アンドロイドは男の子を鍛えるのが好きなのでしょう?相沢君の為に顧問になってもらえませんか?」

えっ?

僕はビショップ先生の方を見る。

にこにこした表情を浮かべているけど、眼光は鋭かった。

狩りをする時の獣の目だ。

「私がクラスを受け持つ生徒の相沢順平君ですね。確か船外作業要員が希望だとか?」

ビショップ先生は僕の全身を嘗め回す様に見る。

僕の本能が叫んでいた。

この人は危険だと。

アンドロイドだけど。

「右腕を出してください」

嫌だ。

激しく嫌だ。

「順平約束を忘れたの?宇宙空間では顧問の先生の指導は絶対じゃない。船外作業要員になりたいのでしょう?あらゆる恐怖に屈しない精神力が船外作業要員に必要なのでしょう?それとも順平は船外作業要員失格落ちこぼれなのかしら?」

くそっ。

腹が立つ。

何で工藤亜里沙の言う事を聞かないといけないのか?

だけど右腕を出さないと、船外作業要員失格となる。

指導員を得るためだ。仕方が無い。

僕はそう覚悟を決めると右腕を差し出した。

「失礼します」

ビショップ先生はそう言うと僕の右腕を両手で優しく包み込むようにつかむ。

全身に悪寒が走る。

今すぐ止めてくれと叫びたくなる。

だけど平常心が大切だ。

「ふむ。なかなか良い筋肉をしていますね。学園が推奨する自主トレーニングをしているようですね」

早く手を離してくれと思う。

これは訓練だ。

そう思い込み自分をごまかそうとする。

恐怖に対するメンタルトレーニングと対人コミュニケーション訓練の一環だ。

だから僕は笑顔を無理やり作り出し、返答をするのだった。

笑顔が固い自覚はあったけど。

「はい。学園に来てから学園が推奨する筋力トレーニングは毎日しています。時間があけば自主トレーニングをする様にしています」

「無重力浮かんでは筋力は衰えますし、船外作業は筋力を使いますからね。いざという時に筋力を鍛えていないと、何もする事ができません。努力家なんですね」

そう言って僕の腕を撫でまわす。

やっぱり悪寒が走る。

僕はまた叫びたくなる衝動をこらえるのだった。

これも訓練だ。

「先生、相田君は気に言ってくれましたか?鍛えてみたいと思いませんか?」

「そうですね。私も赴任したばかりですし、少し考える時間をください。短時間で答えは出ない問題ですからね。もしかすれば相沢君と一時間の低酸素閉所コミュニケーション訓練を行えば答えは出るかもしれまん」

この先生とは嫌だ。

何か恐ろしい目に合いそうだ。具体的には言えないけど。

だけど工藤亜里沙とも嫌だけど。

ビショップ先生も工藤亜里沙もきっと酷い事をするに違いない。

顔が引きつる。

「まぁ、相沢君。とてもうれしいそうな表情を浮かべて。船外作業要員は密閉空間に閉じ込められる事もあるから、訓練のチャンスじゃない。本当に訓練が好きなのね」

「相沢君は表情が冴えない時がうれしい時なんですね。それなら密閉空間訓練室に行きましょう」

そう言ってネクタイを緩めるビショップ先生だった。

どんな訓練だ。

やっぱり嫌だ。

創部メンバーとか社員だとか部員だからとか言う理由で従う気はない。

緊急時かつ納得が行く時にのみ、任務を果たして良いはずだ。それに工藤亜里沙を艦長とも部長とも認めた覚えはない。

「僕は嫌です」

「順平、いや相沢君。なんて事を言うのよ。ビショップ先生は好意で言ってくださっているのよ。ただちょっとだけ狭い閉鎖空間で二人きりで過ごすだけでしょう?創部できずにクラブ活動ができなくなっても良いのかしら。私は嫌よ。だから言葉を取り消して、心の底からビショップ先生の熱い指導を受けなさい。船外作業要員は艦長の言う事を聞くものでしょう?それに訓練を受けていないとパニックを起こして困るのは相沢君じゃない。それに相沢君も実習時間が欲しいのでしょう。これは相沢君為に良かれと思って言っているのよ」

にやにやとした顔で工藤亜理沙は答える。

「工藤さん、僕は嫌だ」

「順平、怒るわよ。艦長もしくは社長もしくは部長を敬意をこめて呼びなさい。先生になんて失礼な事を言うのよ。違います。これは工藤君の照れ隠しで、本当はビショップ先生と密閉空間で過ごしたいはずです」

「僕はまだどの役職も認めてないし、照れ隠しでもない」

「はい。正解です。船外作業要員は強い意志と自分で考える力が必要です。ただ命令されるがままに行動を行うと命を落とす事もありますからね。だから断固とした意思を示す事は大切です。私と一緒に閉鎖空間に言ってくれないのはいささか傷つきますが普通の高校生としては健全な反応です。工藤さんとは何かの縁でしょう。顧問になりましょう」

「生徒会に出すこの用紙にサインをもらえますか?」

「ええ。良いでしょう」

そう言うとビショップ先生は流れる様な字でサインを行った。

「オンライン申請を生徒会の創部申請ホームと教職員用サーバーに上げておきました。創部できると思いますよ。ただし法律で定めらえた、操縦手と汎用オペレーターを部員にしないあと宇宙船の運用は行えません。法律で決められていますからね。良い人材が来る事を祈っています」

「ビショップ先生ありがとうございます。早速生徒会に行ってきます。相沢君を好きにしていいですからね。鍛えてあげてください」

不穏当な事を良いながら工藤亜里沙は立ち去るのだった。

僕は少し悩んだ。どうしたら良いのだろう。帰りたい。

その迷いを見たのかビショップ先生が話しかけて来た。

「船外作業要員は判断力の速さも重要ですよ。工藤さんと一緒に帰るべきでしたね。相沢君はミスをしました。ペナルティが必要です。一緒に筋力トレーニングをしましょう。これは顧問としての判断ですから相沢君に拒否権はありません」

拒否権が無い?

激しく嫌だ。

絶対に嫌だ。

「さて行きましょうか」

脳内にドナドナが流れる。

連れていかれる子牛は僕だ。

そんな僕の表情を察したのかビショップ先生は優しく微笑んだ。

「総合トレーニング施設は人が多いですし心配はいりません。トレーニング内容を考えて、正しい筋力トレーニングを伝授します」

そう言って僕の右腕を掴み、職員室を無理やり連れだすのだった。

                          続く 

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