第105話 サファイアの怒り


 「えっと、そこを通してくれないかなトパーズ?」


「なりません、シャルロット様はまだ先日の戦いの疲労が抜けておりません、外出は控えてください」


 シャルロットの部屋から廊下へと続く扉の前でシャルロットとトパーズが対峙する。

 トパーズは例の車椅子に座った状態だ。


「どうしても?」


「はい、サファイアお姉さまの言いつけですので……必要なものがあれば仰ってください、メイドの方々が持って参りますので」


「むう~~~」


 つまらないといった表情で口を尖らすシャルロット。




 会議室。


「赤い巨人にベヒモスの思念が乗り移り帝国で暴れています、自分の叔父グラハムが命を賭して作ってくれた時間もそう長くはありません、巨人には我々の武器は通用しませんがそれでも我々はこのエターニアを守るために闘わなければなりません、どうか皆さんのお力をお借りしたく改めてお願い申し上げます」


「固い、固いぞエイハブ殿……貴殿に改めて頭を下げられなくても俺たちはそのつもりだよ」


「フランク殿」


 イワンやティーナも黙って頷く。


「で、どういう作戦を考えてるんだ?」


「はい、今言った通り我々だけでは足止めにもならないでしょう、ですから彼女の力を借ります……サファイア」


「はい」


 会議室にメイド服姿のサファイアが姿を現した。


「話しは聞いていたね? サファイア、君の力を借りたい」


「分かりました、私も微力ながらお力添えいたしましょう」


「君、随分と難しい言葉を使うようになったね」


「おかしいでしょうか?」


「いいや、何もおかしな事は無いよ」


「?」


 エイハブの言動にサファイアは首を傾げる。

 無論エイハブにはサファイアを馬鹿にしたつもりは毛頭ない、むしろ逆でサファイアたち巨人の頭脳に使われている未知の技術に感心していたのだ。


「自分たちはエターニアから少し離れた西の地で巨人を待ち受けます、そこで我々が足止めしている隙にサファイアに赤い巨人からベヒモスの意識を引き離してもらいます」


「何!? そんな事が出来るのか!?」


 驚愕するフランクをよそにサファイアが口を開く。


「はい、私達巨人は全ての個体で意識を共有することが出来ます、ただ現在はベヒモスの支配のせいで私の呼び掛けにルビーお姉さまは反応してくれませんが、物理的に直接接触出来ればルビーお姉さまの意識を呼び覚ます事が出来るかもしれません」


「ルビーお姉さま?」


「はい、赤い巨人は元の世界でシェイドによってルビーと名付けられていました、私とトパーズはシャルロット様にお名前を頂きました」


「あら、赤いからルビーなのね? あなた達姉妹は宝石が名前の由来の様だけど別々の人間が名付けたにしては出来過ぎた偶然よね……シャルロット様とそのシェイドって男は感性が似ているのかしら」


 ティーナが何の気なしに放った一言にベガの表情が曇った。


「どうかしましたかベガ様?」


「いえ、ちょっと今妙な考えが頭の中を過ったんだけど……今はいいわ、それどころではないし」


「そうですか」


「そんな事より作戦をもっと詰めましょう、そう言う事ならこのザマッハ砦を利用しない手は無いわ、ここはご存じの通り深い峡谷になっているから頭上からサファイアが飛び降りれば巨人に飛び付くのは容易だわ」


「成程!! さすがベガ殿!!」


 自分の奇妙な考えを掻き消すかに様に作戦立案に没頭するベガ。


「時にエイハブ様、グラハム様は今どういった状況なのでしょう?」


「残念ながら生きてはいないと思う……職業軍人として立派な最期を迎えたのなら叔父上も本望だろう……」


 サファイアの問いに沈痛な面持ちで答えるエイハブ。

 彼は実の父親より叔父であるグラハムを尊敬しており、心中は如何ばかりか計り知れない。


「今からでも行きましょう、もしかしたらグラハム様はまだご存命かも知れませんし」


「君の気持ちは嬉しいがそれは出来ない、今作戦を立てたろう? ザマッハで巨人を待ち伏せするんだ」


 以前のエイハブなら二つ返事でサファイアの申し出を受けたかもしれない……だが彼はもう以前の血気盛んな若造ではない、シャルロットたちとの旅を通して成長していた。


「エイハブ様、大変申し訳ないのですがその作戦を実行する事は出来ません」


「ええっ? どうしたっていうんだサファイア?」


 そうこう言っている間にサファイアの背中が開き飛行機の様な翼と推進器が構築されていく。

 そしてエイハブを両腕で抱え上げた。


「おいサファイア!? 何をする!?」


「本当にいいのですかこのままで? 今行けばまだグラハム様を助けられるかもしれないんですよ?」


「もういいんだ!! エターニアを、シャルロット様を守れるならそれで!!」


 一個人の感情より国や民全体を視野に入れた発言や行動を取る、これこそがエイハブの選択だった。

 それこそが自分に対してグラハムが望んでいると。

 

「嘘ですね、本当はあなたはグラハム様に死んでほしくない……あなたのバイタルが嘘を吐いている事を裏付けています」


「なっ……」


 エイハブは思った、サファイアは未知の技術により人に触れる事で嘘を吐いているのかどうか見分けることが出来るのではないか? 

 実際はそうではないのだが、サファイアの言った事を真に受けてしまった。

 それこそがサファイアの吐いた嘘なのだ、しかしまさか造られた存在が嘘を吐くなど誰が考えるだろう。


「では私たちは一足お先に帝国へ赴きます、皆さまは後からおいでください」


 そう言い放つとサファイアは背中の推進器から魔法力を噴出して会議室の窓から飛び立っていった。


「ちょっ……ちょっと待ったーーーーー!!」


 情けない悲鳴を上げるエイハブを連れて。


「待て待て待て!! 分かった!! 行く!! 行くからせめて地上をだな……!!」


「地上を移動していては間に合いません、エイハブ様には申し訳ありませんがこのまま飛行を継続させて頂きます」


「ひょわーーーーーっ!!」


 情けない悲鳴を上げエイハブは顔を引き吊らせる。

 彼の人生において馬より速い移動など経験が無いので無理もない。

 サファイアはエイハブの心情などお構いなしに跳び続けた。


「見えてきましたよエイハブ様」


 程なくして帝国領の上空までやって来た。

 馬の早駆けでも半日は掛かる距離のはずがものの数分しか経っていない。


「むっ、あれは……」


 紅い巨大な影、巨人ルビーに間違いない。

 そしてその足元には一人の騎士が今も尚抵抗を続けていた。


「叔父上!!」


 その岸こそ王国でそのなお知らない者がいない程の武勇を誇るグラハムその人であった。

 全身が血と埃に塗れ、何とか立ち回っているが大きく肩で息をしており限界が近いのが見て取れる。


「叔父上ーーーーー!!」


「あっ……」


 エイハブはサファイアの手を振りほどき飛び降りる。

 建物の三階ほどは有りそうな高さからのダイブ。

 普通ならただでは済まない。

 だがエイハブは膝を抱えて回転、落下の衝撃を減少させて大地に降り立った。


『ゲハハハハハッ!! しぶとく逃げ回っていたが流石に体力が尽きただろう騎士団長殿? そろそろ部下の元へ行ってやったらどうかね?』


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 高みからグラハムを見下ろし勝ち誇ったように嘲る巨人ルビーに取り付いたベヒモス。

 しかしグラハムに言葉を返す余裕はない。


『返事も出来ない程衰弱したのかよつまんねぇな、じゃあそろそろ死ねやーーー!!』


 持ち上げた右足をグラハム目がけて踏み込むベヒモス。

 無情にもグラハムの立っていた岩場は巨大な足によって踏み抜かれてしまった。


『ゲハハハハッ!! 虫けらの様にくたばったわ!!』


 勝ち誇るベヒモス。


「残念ですがそうは参りません」


『なっ……何者だ!?』


 ベヒモスは突然の女の声に戸惑い首位を見回す。

 そして右前方に居る人影を発見した。

 そこに立っていたのは三人。

 メイド服を着た小さな少女とグラハムに肩を貸す青年だ。


『何者だお前たちは!?』


「私はサファイア、かつて絶望の巨人と呼ばれた存在の内の一体です……大変恐縮があなたにはルビーお姉さまの身体から出て行って頂きます」


『何だと!? お前が絶望の巨人だと!? ふざけるな!!』


 ベヒモスは右の拳を振りかぶり三人目がけて振り下ろす。

 拳がサファイアに中る瞬間、彼女は右手でその拳をいなし、ベヒモスの拳は彼女の左横の地面に突き刺さる。


『馬鹿な!! どうなっている!? その小さな身体のどこにそんな力が!?』


 目の前で起こったことが信じられないベヒモス。


「さあこの隙にエイハブ様はグラハム様と一緒に安全な所へ、後は私が引き受けます」


「済まないサファイア、さあ叔父上、こちらへ……」


 エイハブはグラハムに肩を貸しながらその場から遠ざかる。


『野郎、逃がすかよ!!』


 我に返ったベヒモスが二人を捕まえようと左手を伸ばす。


「させません!!」


 刹那、サファイアは瞬時に跳び上がりベヒモスの顔面に強烈な蹴りを見舞った。

 彼の巨体が揺らぎ、そのまま横倒しになってしまう。


『そんなぁ……まさか本当に……』

 

 ベヒモスの声色には恐れの感情が漂っている。


「だから先ほど言いましたよね? あなたには散々私の姉さんの身体を弄んだお礼、たっぷりとさせて頂きます」


 少女の姿のサファイアからは虹色に光る閃光が発せられていた。

 それはとても激しく、怒りに燃える彼女の今の心境を現したかのようであった。


 

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