第86話 後悔しないための航海


 「ムゥ……そんな事があったとは……」


 シャルル王が悲痛な表情を浮かべる。

 無理もない、実の息子チャールズが魔王の手に落ちてしまったのだから。

 しかも彼の生死を知る術を今のエターニア王国は持ち合わせていない。


「はっ、差し出がましいお願いでございますが傷が癒えたのち、私にチャールズ王子の捜索をお命じくださいませ……どうか汚名返上の機会をお与えくださいませ」


 片膝をつき深々と頭を下げるグラハム。


「そう急くな、その事に関してお前にもう一つ悪い知らせがある」


「悪い知らせ?」


「ウム、お前たちが遠征に向かった直後、ハインツが行方不明になった……」


「ハインツが!? まさか……我々を追って!?」


「恐らくはな……そして奴も未だ戻らぬ」


「もしや敵の妨害で私が王子の元に辿り着くのが遅れた時、私より先に連れ去られる王子を見つけたハインツが後を追ったのかもしれません」


 下唇を噛みしめ険しい表情のグラハム。

 自分さえしっかりしていればチャールズは元よりシオンやリサ、ハインツまでも危険に晒す事は無かったのだから。


「やはり早急に捜索部隊の編成を進言いたします……では失礼致します」


「まあ待て、何度も言うが少し落ち着けグラハムよ……此度の敗北はお前のせいではない、チャールズの好きにさせた儂にも責任がある」


 すぐさま立ち上がろうとするグラハムをシャルル王が引き留める。


「ですが……!!」


「聞けグラハムよ……お前たちの出撃中に我々は得難い戦力を迎えた」


「それは一体?」


「シャルロットだ……異別の世界より参ったもう一人のチャールズよ……」


「はい……?」


 グラハムの目が点になる……シャルルの言っていることが全く理解できないからだ。


「ムゥ……儂には説明しきれん!! アルタイルよ、グラハムに教えてやれ!!」


「はっ!! 仰せのままに!!」


 アルタイルからグラハムにシャルロットがこちらの世界に現れてからこれまであったことが全て語られた。

 当然時間がかかり、明るかった空は既に宵闇に包まれ始めていた。


「そんな人物がいらしたとは……してそのシャルロット様は何処いずこに?」


「そうですね、直にお会いした方が早い……今呼んできましょう」


「待ちなさいアルタイル、シャルロットなら今は城に居ませんよ」


 椅子に座ったシャルルの横に王妃エリザベートが現れた。


「王妃様、ではシャルロット様はどこへ出かけられたのですか?」


「何か重要な案件の為に南方へと旅立ちました……いつ戻るかは分かりません」


「私たちと入れ違いになってしまいましたか……」


「アルタイル、グラハム、二人ともよく聞きなさい……今の私達では魔王を打ち取ることは叶いません……これよりシャルロットが帰還するまで一切の出撃を禁じます」


「お言葉ですがそれではチャールズ様が……!!」


「良いのです、国の為に命を懸けるのは我ら王族に努め……チャールズの為にこれ以上大事な国民を失う訳には参りません」


 毅然とした態度で振舞うエリザベートにグラハムはそれ以上食い下がれなかった。

 王妃だって辛いはず、だがそれを配下や国民の前で語ることは立場上許されない。

 そこまで考えが及ばぬほど気が動転していた自分を心の中で恥じた。


「そういう事だ……グラハムよ、よく働いてくれたな、今はゆっくり傷を癒せ」


「はっ!!」


 グラハムはお辞儀をし、謁見の間より去っていった。


「シャルル王、エリザベート様、大変申し遅れましたがこちらが『最古の接ぎ木オールダーグラフト』より参られた耳長族の長、フランク様です」


「おっ、お初にも目に掛かる、フランクと申す」


 フランクが些か窮屈そうに振舞う。

 それもそのはず、フランクは長きに亘って『最古の接ぎ木オールダーグラフト』の森の中に住み、周辺諸国との外交などやった事がなかった。

 元々のぶっきらぼうな人柄と人間への不信感も合わさって振る舞いが不自然になっていたのだ。


「おお、お話は聞き及んでおりますよフランク殿、大変な思いをされましたな

 今日からはこの国を自分の国と思ってお過ごしくだされ」


「ありがたい、一族を代表してお礼申し上げる」


「まあ堅苦しい挨拶はこの辺にしましょう……おい、フランク殿と耳長族の方々を宴の場にご案内せよ」


「はっ、畏まりました……ではこちらへ」


 侍女の案内でフランクとティーナ、イワンは謁見の間から出ていった。


「疲れているところ悪いがお前の首尾はどうだった?」


 ただ一人残ったアルタイルにシャルルが問う。


「はい、目的の物はすべて手に入れました……シャルロット様がお戻りになるまでには超回復薬を完成させるつもりです」


「そうか、任せたぞ」


「はっ!! 失礼します!!」


 アルタイルも一礼後、部屋から出ていった。


「フゥ、本当に大丈夫なのだろうか……シャルロットたちはよくやってくれているが、この劣勢を覆せるのか……」


「何を弱気な、私たちが信じなくてどうしますか……私はあの子なら必ず事を成し遂げる、この世界を救ってくれると信じています……チャールズもシャルロットも私たちの自慢の子供なのですから」


「そっそうだな、儂も信じよう」


 シャルルとエリザベートは見つめあい微笑みあった。


 


 五時間前……ポートフェリア。


「覚悟はしていたけれどこれは……」


 シャルロット、ベガ、デネブ、エイハブ、サファイアの五人は日が沈む前にポートフェリアに到着していた。

 美しい街並みだったポートフェリアは建物は倒壊し、人っ子一人いないゴーストタウンと化していた。


「見たところ炎で焼かれた形跡は無いわね……何か強い力で薙ぎ払われた感じだわ」


 瓦礫を見ながらベガが分析する……町中に散乱する瓦礫はどれも何か固い物を叩きつけられ、強い力で押し潰された様な粉々に砕かれている……もし怪物の大軍が押し寄せたのならここまで執拗に建物を粉砕するまで徹底的には暴れないはずだ。

 どちらかというと地震や津波といった自然災害による被害に似ている。

 だがそれを意味することが今の段階では皆目見当がつかない。


「魔王軍め!! 許せん!! 必ずや打ち倒してやる!!」


 拳を握り締めエイハブは怒りを露にする。


「嫌な予感がする……取り合えず港へ、船着き場へ行ってみよう!!」


「あっ!! 姫様お待ちを!!」


 シャルロットはその身軽さで皆より先行して港へと走り、エイハブが慌てて追いかける。

 港が見える所まで来て彼女の足が止まる……やはり悪い予感というものは的中してしまうものだ。


「そんな……」


 シャルロットの眼下に広がるのは海上に浮かぶ夥しい数の船舶の残骸……さながら船の船の墓場であった。


「こいつは酷いのぅ……これでは無事な船を探すのも難しいわい」


 額に掌をかざし辺りを見回すデネブ。


「またなの? また船が手に入らないの?」


 以前、元の世界で船を調達するためにポートフェリアを訪れた事を思い出すシャルロット。

 あの時は死神グリムの襲撃の騒動により街を追い出され、グリッターツリーの樹々を使ってサファイアが船を建造し、何とかマウイマウイに渡った経緯がある。

 しかし今度はそうはいかない……船を造るにもグリッターツリーは焼かれてしまい木材が調達出来ない上に、一から船を建造する程の時間的余裕が無いのだ。

 シャルロットは海を見つめ途方に暮れる。


『シャルロット様……?』


「ごめん、ちょっとある事を思い出して……」


 サファイアは見た、シャルロットの目には涙が溜まっているのを。

 眼前の海路をプリンセスシャルロット号で公開中に巨大イカに襲われグロリアを失ったことを思い出したのだ。

 

「うっ……うわっ……うわああああん!!」


「あらあらどうしたの!? 大丈夫!?」


 シャルロットの涙は次第に溢れる量が増え、とうとう座り込み嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。

 ベガが彼女の肩に手を置き優しく寄り添う。


『シャルロット様、もうあのような悲劇は絶対に起こさせません……私の誇りに賭けて』


 サファイアが何を思ったか勢いよく海に飛び込んだ。


「サファイア!? 何してるの!?」


 シャルロットは泣くのも忘れ目を見張った。

 見た目以上の重量のサファイアが海に沈んでしまっては浮いてこれないからだ。

 サファイアが飛び込んだ際にできた海面の波紋……それを一同が見つめていると、やがて海面が大きく盛り上がってきた。


「何!? 一体何が起こっているの!?」


 海中から浮き上がってきた物は船……青い金属で出来た船だった。


『巨人への変形機構を応用して船に変形しました……皆さん私の上に乗ってください』


 船からはサファイアの声がする。

 サファイアも元の世界での失敗を踏まえて自身が出来ることを模索し実行したのだ。

 そう、彼女も成長していた。


「サファイア、ありがとう……みんな行くよ!!」


 シャルロットは船に飛び乗る。


「本当に大丈夫なのか?」


 エイハブが片足だけ船に乗せたり引っ込めたりを繰り返す。

 しかし鋼鉄の船だというのに海に沈む気配は全くない……それどころかとても安定している。


「何をビクビクしているの? 近衛隊長だったらもっとシャキッとしなさいな」


「ひいっ!!」


 ベガに背中を叩かれ船の甲板にうつ伏せに倒れ込む。


「これは興味深いのぅ!! 帆もない上に鋼鉄で出来た船など初めてじゃわい!!」


 さすが好奇心の塊であるアルタイルとベガの師匠だ、デネブは何の抵抗もなく船に乗った。


『では出発します、船室に入ってください』


 おもむろに全身を始めた船は徐々に加速していき、風を切るほどの加速を見せる。

 『サファイア号』は一路マウイマウイを目指し出航したのだった。

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