第33話 団員…それぞれの想い

 「あの…」


「あれ…グロリアさん?どうしたんですか?」


作戦会議のあと、グロリアはアルタイルの魔導工房を訪れていた。

イオに迎え入れられ工房内に入る。

杖を付きながら一人で地下の工房まで来たのはさぞ大変だったであろう。


「これは珍しいね、君が一人でここを訪れるなんて…」


「あのっ…アルタイル様に折り入ってご相談が…」


「何だい?」


俯きながら緊張気味に言葉を発するグロリア…いつもはシャルロットや兄、ハインツと一緒の時しか彼らに会った事が無かった上に直に言葉を交わす事が今迄殆どなかったのだから。


「アルタイル様は薬学が専門と聞きました…怪我が早く治る薬はありませんか?」


じっと自分の右足首の辺りを見つめる…捻挫をした足だ。

接ぎ木をして包帯でグルグル巻きに固定されている。

アルタイルは何度も軽く頷きながら先程のグロリアとシャルロットの会議のやり取りを思い出していた。




「…作戦は以上、決行は五日後だよ、それまで各自準備をしておいてほしい…解散!!」


席を立ち皆が会議室からゾロゾロと出て行く…捻挫のせいでもたついているグロリアの元にシャルロットが立った。


「みんなの前では言い辛かったんで今言うけど、グロリア…君には今回の作戦から外れて欲しいんだ…」


「なっ…何故ですか!?」


突然の事に動揺し取り乱すグロリア。


「何故って、その足じゃまともに歩く事も出来ないだろう…?ましてや戦いになったら…虹色騎士団レインボーナイツの初陣に君が居ないのは残念だけどね」


「そんな…」




(あの時のこの子の悲しそうな顔ときたら…まあここは私がひと肌脱いであげようか…)


「…今丁度、最新の回復薬を研究していてね…試薬が出来た所なんだけど…試してみるかい?」


「えっ…!?いいんですか…!?」


期待に顔を綻ばせ色めき立つグロリア。


「この薬は短時間で回復力を増大させる事をコンセプトに開発した物なんだが…まだ直接、人間に試した事が無い…どんな副作用が出るか分からないんだが…それでも試してみる覚悟はあるかい?」


トンっと彼女の目の前に置かれる紫色の液体の入ったガラス瓶…見るからに怪しげで食欲を減退させる色をしている。

恐る恐る手に取るが微かに手が震えていた。


(足の怪我が治らなければ作戦に参加できない…そんな事になればきっと私はシャル様を失望させてしまう…それだけは絶対に嫌だ…!!)


アルタイルとイオが見つめる中、意を決してガラス瓶の蓋を抜き取り一気に煽る…口の中いっぱいに、えも言われぬ不快な味が広がり盛大にむせた。


「大丈夫ですか?グロリアさん」


「…だいじょう…ぶ…ぶふっ!!」


グロッキー状態の彼女の背中をさするイオ…そしてアルタイルの方をじっと見るが彼は目を逸らした。


「まあ、味の方はさておき…どうだい…足の痛みは?」


「はい…あっ…あれ?痛みが和らいでる…」


アルタイルに言われて挫いていた右足首に意識を集中してみると随分と痛みが治まっている…包帯と当て木を外して杖なしで立ってみるが全く問題無い様だ。


「さすがに即効性とはいかなかったか…まだ改良の余地があるな…」


「いえいえ!!これは凄いですよ!!作戦開始の日まで安静にしていれば治るのではないでしょうか!!」


興奮を抑えられないグロリア…彼女がシャルロットとハインツ以外の人間に感情を表すのは滅多に無いのだ、それだけで彼女がどれだけ喜んでいるのかは想像に難くない。


「アルタイル様!!本当にありがとうございました!!」


深々と頭を下げグロリアは工房を後にした。


「もう、お師様も人が悪い…試作段階でもあの薬には副作用なんかなかったじゃないですか…」


二人きりになったのを見計らってか、イオがアルタイルをあきれ顔でなじる。


「いや分からないぞ?個人差というものがあるからな…それにさっきのはグロリアの覚悟を見定めたかったんだよ…」


「覚悟…ですか?」


小首を傾げるイオ…アルタイルの言わんとしている事がイマイチ理解できないでいた。


「気のせいかもしれないが、最近のグロリアを見ていると時々こう…何かに迷っている様な感じがしていてね…とても危なげでそして脆い…鬼気迫るとでもいうべきか…」


「そうですか…ボクには何も感じ取れませんでした、まだまだ修行が足りませんね」


「何を言ってる、そんな事ではいつまで経っても私の『アルタイル』の名をお前に譲れないではないか」


「えっ!?お師様それって…」


それを聞いて目の色が変わるイオ。

実はアルタイルとイオの名前は本名ではない…それはこの世界の魔導士の古い慣わしで魔導士はほぼ全員が星や星座から名前を取っているのだ。

そしてエターニア王国最高峰の三人の魔導士に与えられる名前がアルタイル、ベガ、デネブであり、その名前を名乗るの事を許されるというのはとても名誉な事なのだ。

しかし師匠が弟子に名を譲ると言う事は、その人物の引退を意味する。


「だからまだまだだと言っている…魔導士たる者、魔法の知識のみならず洞察力にも優れていなくてはならない…王族の相談役を仰せつかる事もあるのだからな」


「あはは…ですよね~」


イオは力無く笑う。

しかしアルタイルは尚もこう続ける。


「だが、このまま私の魔法力が戻らなければいずれはそうなる…それを見越して私自身の身体をもう一つの薬の実験に使っているのだからな…なるべく早く成長してくれよ?」


「はい…お師様…」


今は弟子より背が低くなってしまっているので背伸びしながらイオの頭を優しく撫でる…イオは恍惚とした表情でアルタイルの手を取り自らの頬に当てた。




「なあ…ちょっといいか?」


「あれ、ハインツ…どうしたんだい?会議で何か言い忘れた?」


会議後に立ち寄ったサロンで寛いでいたシャルロットにハインツが話しかけてきた…傍らにはサファイアが等身大のお人形の様に佇んでいる。


「いや…そう言う訳じゃないんだが…その…」


「何だいその人見知りの子供の様な物言いは…君らしくないよ?それで?」


シャルロットに失笑されてしまう…いつものハインツならここでケンカ腰になる所だがそうはならなかった。


「…『虹色騎士団レインボーナイツ』の事だよ…これってやっぱり…いや、そんな筈はない…忘れてくれ」


『騎士団の結成は俺の為か?』…そう言いたかったのだが喉まで出掛かった言葉を寸での所で飲み込んでしまった…恥ずかしすぎてとてもではないが口に出せない。

背を向け立ち去ろうとするハインツにシャルロットが声を掛ける。


「毎度僕の思い付きで君らを振り回すのは気が引けてね…騎士団の形を取れば大手を振って正門から出ていける、もうこそこそ抜け出さなくていいんだよ」


「お前な~…」


呆れかえるハインツ…一人で浮足立っていた自分が情けなく思えたがシャルロットの話には続きがあった…。


「それにハインツ…君は昔、騎士団に入りたいって言ってたよね?それじゃあ僕が困るんだよ…エターニア騎士団はお父様の持ち物だ…それに入ると言う事は君はお父様に仕えると言う事…僕の側から居なくなると言う事…そんなの僕が許さない…

だから僕は『虹色騎士団レインボーナイツ』を創った…君に所属してもらう為に…僕の側にずっといてもらう為に…」


シャルロットの顔が見る見る赤く染まっていく…恥じらいでハインツから目を背ける。


「お前…」


ハインツにも赤面が伝染していく…これではまるで告白ではないか。

突然の展開に身体が固まってしまったハインツ…何か言おうにも頭が真っ白になり言葉が出て来ない。


「もう!!何とか言ってよ!!僕がここまで言ったんだよ!?」


痺れを切らしたシャルロットがハインツのもとにそよ風の様に駆け寄り、目を閉じ、そして唇を重ねた。


「!!!!!!」


二人の通算三度目のキス…二回目は毒により気を失っていたからハインツにとっては二度目になるのだろうか…無意識に唇がお互いを求めて絡み合う…そしてハインツはシャルロットの腰に腕を回した。




グロリアが地下から登って来る階段の途中、でシャルロットがサロンに居るのが見えた。


「あっ…シャル様だ…丁度いい、足の具合が良くなったと報告を…えっ!?」


喜び勇んで階段を駆けあがるにつれ、シャルロットに近付くにつれ彼女の全身が視界に入る…何とシャルロットがハインツと抱き合いキスをしているではないか。

慌てて階段を上るのを止め、手すりに身を寄せる様に移動し二人の様子を窺う。

二人は激しくお互いを求めて唇を夢中でついばんでいる…見ているグロリアには刺激が強すぎた…思わずその場から立ち去ってしまう。


(そんな…二人の仲があんなに進んでいたなんて…)


足が完治していないのも忘れる位動揺し、グロリアは何処ともなく走り出していた。




「シャルちゃん、ちょっといい?」


ツィッギーがサロンに現れた。


「なっななな…なに!?ツィッギー…さん!?」


つい今しがたまでハインツと夢のような時間を過ごしていた事で心ここに在らずだった所に話し掛けられあからさまに動揺するシャルロット。


「ちょっと気になる事があって…あのシェイドと言う者の側に居た耳長族の事…ってどうしたの?何だか落ち着きがないわね…」


「そっ…そんな事無いよ!?それより座ったら?紅茶でも飲みながら話しましょう?」


どこか挙動不審なシャルロットが気になりながらも、ツィッギーは話を元に戻した。


「ああ…あのティーと呼ばれていた黒い耳の娘だね?君たち耳長族には黒い毛並みの人もいるのかい?」


ツィッギーは一瞬、思い詰めた顔をしたがすぐにいつもの調子に戻る。


「居ないわ…少なくとも私が知る限りでは…ただ私達耳長族に伝わる伝承には『心を闇に飲まれし者は身を黒く染めるであろう』って言うのがあってね…これは恐らく強く深い憎しみや悲しみに囚われた耳長族に起きる肉体変化だと私は思ってるの…伝承が残っている以上、過去に実際起こっていたはずなのよね…」


「なるほど…そして現代にもそれが起ってしまったと…」


「そう…なんだけど、私の村にティーと言う名の娘はいなかったのよ…勿論偽名の線はあるし、他所の部落から来た同族の線もあるけど、うちの村には居所が分からない娘はいなかったし、長年ドミネイト帝国が西側の交通を遮断している以上、他所の部落説も理由付けが弱いのよね…転移の魔法を使っていたのだとしたら話は別なんだけど…」


腕を組み天井のシャンデリアを見つめる。

シャルロットは一口、紅茶を口に含み一息つく。


「転移の魔法は十分あり得るね…シェイドが容易くドミネイト帝国を通って来れるとは考えにくいし…最悪、奴らがドミネイト帝国と結託している可能性もあるって訳だ…」


「そんな事が…!?」


ツィッギーは思わず大きな声を出してしまった。


「ありえない話じゃないよ…シェイドは『絶望の巨人』を探していた…サファイアこの子は私達が抑えたけどまだ二体巨人があるのを考えるとそちらを先に探そうとするはずだ…サファイアの言う通りドミネイト帝国にその内の一体があったのならばそれを餌に軍事力の増強になるとかなんとかドミネイトの国王をそそのかせばすぐにだって取り入る事は可能だろうからね…」


(シャルロット様…この若さで何と思慮深い方なのだろう…)


すました顔で以上の事を述べたシャルロットにツィッギーは背中に冷たい物を感じゾクッと身体を震わせる。


「だからこその作戦だったんだよさっきの会議のはね…まあ一種の博打にはなるんだけど…」


(敵わないなこの方には…)


改めてシャルロットの女王の器の大きさの片鱗を垣間見たツィッギー…果たしてシャルロットの立てた作戦とは…。

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