第31話 サファイアの謎


 「こんにちはシャルちゃん!!」


「ツィッギーさん!! ご無沙汰しています!! お元気でしたか!?」


 地下遺跡の騒動の次の日、この日はツィッギーがエターニアに遊びに来ていた。

 シャルロットに会いに来て王城内の応接室で二人は再会した。


「それはもう、そちらも元気そうね……あら、そちらの女の子は? シャルちゃん妹さんがいたんだ?」


「いえ、この子は色々と訳アリでして……その事で少し出掛けなくてはならなくて、済みません……」


「あらいいのよ!? 突然訪問した私が悪いんだし」


 頭を下げるシャルロットに慌てるツィッギー。


「でもお出かけと言っても城内なので少しだけ待っいて頂けませんか?」


「分かったわ、じゃあ後でね」


 二人はお互いに手を振る。


「そう言う事なら私がお話し相手になりましょうか?」


「お母様!!」


「これは王妃様!! お久し振りです!!」


 応接室にエリザベート王妃が入って来た。

 ツィッギーが深々と頭を下げる。


「本当にお久し振りですねツィッギー様、取って置きの茶葉がありますのよ、いかがですか?」


「はい、是非!!」


 さすがにツィッギーを一人待たせるのは忍びなかったが、エリザベートが話し相手をしてくれるなら安心だ。

 シャルロットはサファイアを連れなるべく速足で目的の場所に向かった。


「やあアルタイル、連れてきたよ」


 シャルロットはサファイアを連れて城の地下にあるアルタイルの魔導工房を訪れた。

 今日のサファイアは目にも鮮やかな真っ青なフリルいっぱいドレスを着ていた。

 このドレスはシャルロットが八歳の時、悪ふざけでハインツに着せようとして決闘にまで発展してしまった曰くつきの一品であった。

 身体が成長して着れなくなったというのに何故かこのドレスだけは処分せずに残していたのだ。

 さすがに遺跡から連れ帰ったサファイアを裸のままにはしておけないので、折角だからとこのドレスをクローゼットの奥から引っ張り出して来たのである。


「これは姫様、待っていたよ」


 アルタイルが二人を出迎えてくれた。

 ただシャルロットは彼の服装の違和感にすぐに気づく。


「あれ? アルタイル……君、どうしてスカートなんて履いてるんだい?」


 アルタイルは何とスカートを履いていた、それも鮮やかなイエローのミニのプリーツスカートだ。


「いやこれは……その……」


 赤面しスカートの裾を引っ張りもじもじしだす。



「それはボクが作ったんですよ!! 可愛いでしょう!?

 森で見たお師様のスカ―ト姿があまりのも可愛らしかったものですから……でもお師様ったらスカートを履きたがらないからボクも履きますからって説得してお揃いで用意したんですよ!!」


 奥からイオが出て来た。

何と彼もアルタイルと同じデザインのミニスカートを履いている…こちらはオレンジ色だ。

 満面の笑みでアルタイルにくっ付き頬ずりをする…彼はすこぶるげんなりしていた。

 この彼らの女装はを偽装するために行われているのだが…この時点でシャルロットにはそれを知る由も無かった。


「しかしアルタイル…君の身体はどうしちゃったんだろうね…あれから少しか変化はあったのかい?」


「いえ、それがさっぱり……最近ではもう諦めてますよ……」


 実はアルタイルの身体は相変わらず子供のままだった。

輝ける大樹グリッターツリー』での一件から二年以上経っているというのに一向に身体が成長する兆しは無かった。

 したがって魔法力も回復していない。

 しかし彼はそんな事を気にする素振りなど微塵も見せずに毎日毎日研究に没頭していたのだ。


「ほう……この子が例の巨人ですか? それがこんなに小さな女の子に姿を変えるなど、にわかには信じられませんね…」


 アルタイルは目を爛々と輝かせ色々な角度からサファイアを観察する。

 しかし目の前で挙動不審な動きをとられてもサファイアは動揺どころか瞬き一つしなかった。


「あの~お二方は平然としてますけど…この子ってその巨人が少女の姿を取ってるんですよね? 危なくないんですか? 突然暴れ出したりとか…」


 イオが怯えながら言う。


「う~ん……それは大丈夫なんじゃないかな……大人しいものだよ? この子」


 シャルロットはサファイアを遺跡から連れ帰って、それからずっと彼女を見ていたが、特に不穏な行動を取る事は無かった。

 それは地下に落下したショックで再起動し、その際ユーザー登録をシャルロットがしてしまった事にあるのだが、そんな事になっているとは彼女には思いもよらない。

 言語を話す事から対話も試みていた。

 こちらの質問に対して最低限の受け答えはするが、感情らしきものを表す事は無かった。

 やはり魔導により創り出されし機械人形、もしかしたら感情そのものが無いのかもしれない。

 それから二人は工房の奥へと案内される、暫く石で組まれた通路を進む一行。


「姫様の欲しがっている聖魔戦争時の魔導兵器の情報が載っている文献は確かにこの工房にあるはずですよ」


「随分曖昧な言い方だね、不安だな~」


「いえ、ここ最近その文献に目を通していないのでね……ご心配なく、ちゃんとありますよ」


 やがて到着した部屋の中は壁全てが本棚になっており、そのすべてにぎっしりと本が収められていた。

 まるでちょっとした図書館と言った所か。


「へえ、ここが資料室なんだ……僕が入るのは初めてだよね?」


「そうだね、ここには貴重な文献や資料が多く収蔵されているから普段は私とイオ以外は入室させていないんだよ」


 そうは言ってもそもそもこの魔道工房にはアルタイルとイオしか所属していない…たまにシャルロットが遊びに来ていたくらいでそれ以外の人間が寄り付く所ではなかった。

 しかし貴重な蔵書を持ち出そうとする賊が来ないとも限らないので、常に魔法で扉にロックが掛けられていた。


「え~~と……ああ、これだ」


 木製の踏み台を使って天井付近の棚から如何にもな感じの古びた一冊の分厚い本を抜き取り、部屋の中央にある机の上に置いた。

 舞い散る埃…サファイア以外のその場にいた全員がせき込んだ。


「ちょっと、埃くらい掃っておいてよ!!」


「済まない……」


 気を取り直し本を開く。

 誌面には見た事の無い不思議な図解と、現在は使われていない旧王国文字がびっしりと書き記してあった。


「何これ……全然読めないんだけど……」


 シャルロットが眉を顰め目を細める、しかしそんな事をしても知らない文字を読む事など出来る筈はない。


「実はすべての旧王国文字が解読出来ていないのが実情なんだ……固有名詞くらいは解読できているけどね……本当なら我が盟友、ベガがここに居ればより詳しく解説出来るんだが、あの者は常に古代の遺跡を探索に世界中を回っていて中々捕まらないんだよ……」


「引き籠っているお師様とは正反対ですよね」


「イオ、余計な事を言うんじゃない……」


 エターニア王国には王宮所属の高位魔導士が三人いる。

 まずは今シャルロットの目の前に居る『アルタイル』……若くして王宮魔導士に抜擢された天才である。

 三人の魔導士の中で一番使用出来る魔法のレパートリーが広い。

 彼の専攻は主に薬学だ、解毒や回復力の高いポーションなどを次々と開発している。

 そして今現在は秘密裏にエリクサーを開発するべく日夜研究中だ。


 二人目は『ベガ』……おとめ座の名を冠しているだけに美しい顔立ちをしている男性だ。

 しかし彼はかなりの高齢の筈なのだが身体は若々しさと美貌を保っている、どうやら何かしらの魔導具を使用している様なのだが定かではない。

 彼の専攻は世界中の古代史の研究であり、古代の魔道具や古文書を収集するのがライフワークで常に世界中を旅して周っている、エターニア王国に居る事の方が珍しい位だ。

 アルタイルが古代魔導兵器に詳しいのは彼の影響が大きい。


 そして三人目は『デネブ』という白く長い髭を蓄えた見るからにこれぞ魔導士と言った風体の老人だ。

 彼の専攻は召喚術であったのだが、数年前にその召喚術の実験中の魔法の暴走に巻き込まれ現在行方不明中である。


「まず見てもらいたいのがこれ……」


「これって……!!」


 アルタイルが指差すのは蛇の様な細く長い身体に巨大な一つ目、無数の触手が生えた物の絵だったが、シャルロットには非常に見覚えのある物だった。

 そう、『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』だ。


「そして昨日姫様が見た巨人はこんな姿では無かったかい?」


 次に指差したのは全身に鎧を着ている様な人型の物体の絵…それは少女の姿になる前のサファイアが巨人だった時の姿に瓜二つだった。


「そうそう!! これだよ!!」


「ふ~む、そうか……それは困った事になったな……」


「えっ……? お師様、それはどういう意味ですか?」


 アルタイルの意味ありげな言葉に食い付くイオ、シャルロットも同様だ。


「これは『絶望の巨人デスペアジャイアント』と呼ばれた魔導兵器で主に魔王軍が女勇者の軍勢の砦や街などの拠点を破壊するために用いられた云わば攻城兵器なんだ、しかもこの巨人は複数体居たと記されているのさ……」


「何だって!? それじゃあシェイドの狙いは……」


 驚きを隠せないシャルロット。

 一体でもまともな戦いにならなかった相手が複数いて、もしシェイドたちがそれらを探し出して操りエターニアに攻めてきたともなれば大変な事になってしまう。

 この推論は恐らくもっとも正解に近いであろう。


「そのシェイドとか言う男、一体どこから古代魔導兵器の情報を掴んだのやら……このままシェイドを野放しにしてはいけないと私は思う……」


「それは勿論さ!! でも僕たちには彼の動向を掴む術が無いんだよ、どうしたものか……」


 部屋の中に重苦しい空気が漂う。

 そんな時、意外な人物が口を開いた。


『シャルロット様……私ハ他ノ姉妹ノ居ル所ガ探知出来マス……』


「ええっ!? 本当かいサファイア!!」


『ハイ、姉妹ハ私ヲ含メテ全部デ三体……ソシテココカラ近イノハコノ方角デス……』


 サファイアが指差す先は西方にある隣の国家、ドミネイト帝国がある方角であった。


「姫様、さらにマズい事になったな……その巨人がドミネイト帝国にあるのか、はたまた更にその先に在るのかは分からないが、西方に行くにはどうしてもドミネイト帝国の領土を通過する必要がある……」


 深刻な顔つきのアルタイル。

 彼が何故ここまで深刻になっているかと言うとそれは全てドミネイト帝国と言う国の存在自体に問題があった。

 ドミネイト帝国は長きにわたり近隣の国を侵略するべく兵を動かし常に軍事衝突を繰り返しているのだ。

 エターニア王国は強力な兵力で帝国の進行を何とか食い止めているが、常に緊張状態が続いており予断を許さない状態だ。


「そんな事、世界平和のためと言って通してもらえばいいじゃない!!」


「姫様、かの国とはそれはもう遥か昔から国交が断絶しているんですよ? 過去に使者を送った事があったのだって皆殺害されてしまった程なんですから……」


 イオがシャルロットに進言するが彼女は諦めきれない。


「それなら僕が少数の精鋭を連れて密に侵入して巨人を破壊して帰って来ればいいよ!!」


「それもお薦め出来ないな、もし隠密行動がドミネイト帝国にばれて姫様達が捕まったらどうなる? みすみすドミネイト帝国に侵略行為の口実を与えるだけだ」


「む~~~~っ!!!」


 今度はアルタイルに計画を否定され唸りを上げるシャルロット、悔しさで口がアヒルの様に尖がっている。


「そうなると北のアンデスト山脈を越えていくか……『輝ける大樹グリッターツリー』の南から海路を使って大回りするかしか思いつかないね」


「ドミネイト帝国より西に行くならそれでもいいさ、でも帝国内に巨人が眠っている可能性だってあるよね? その時はどうするのさ?」


 アルタイルとシャルロットの意見が対立する、このままでは埒が明かない。


「ねえサファイア、君の姉妹の正確な位置は分からないの?」


『距離ノ概念ガ私ニハ分カラナイ……デモ私ガ呼ビ出セバ姉ハ来テクレル……』


「えっ!? そうなんだ!?」


 新事実、何とサファイは別の個体の巨人を起動し呼び寄せる事が出来るらしい。

このことを聞いてシャルロットはある作戦を思い付いた。


「よし!! これで僕らの次に取るべき行動が決まったよ!! これからみんなを集めて作戦会議をするからアルタイルとイオも一時間後に会議室に来て!!」


 そう言い放つとシャルロットはサファイアを連れ大急ぎで工房を後にした。

 後に残されたのは何が何だか分からずポカンとするアルタイルとイオがいた。

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