第28話 地下遺跡探訪
「そっち行ったよ~~!!」
「よ~~~し!! 任せて!!」
ここはエターニア王国の市民公園にある広大な芝生…そこで大勢の子供たちとボール遊びに興じるのは活動的なキュロットスカート姿のシャルロットだ。
今日も今日とて社会勉強と称してお城を抜け出しては城下町へ繰り出し、お店を見て歩いたり子供たちと遊んだりしていた。
シャルロットは十五歳になった事で身体つきが僅かに丸みを帯びた女性らしいものになっていた。
本来男であるシャルロットがそのような身体的性徴を遂げる筈はないのだが、生まれた時から徹底して女性として育てられた事によって精神は完全に女性のそれになっており、尚且つ彼女が以前パイチの実を食べた際に大きく膨らんだ胸を、女神ベルダンデが神の御業によりそのまま固定してしまった事も影響していると思われる…要するにシャルロットは肉体が変化するほどの強い暗示にかかっている状態なのだ…しかし根本的に男である事に変わりはない。
「はぁ…あいつももう十五なんだから、もう少し落ち着きというものを身に付けて欲しいものだな…」
少し離れた芝生にあぐらをかき、ボール遊びをしている彼女を見ながら深いため息を吐くハインツ。
傍らには愛用の槍がすぐにでも取り回せるように置いてある。
彼は今年十八歳になっていた…この国では十六歳で成人する決まりなのでもう立派な大人だ。
数年前なら確実にボール遊びに付き合わされていたのだろうが、姫の警護で来ている以上シャルロットがしつこく誘って来ようとも突き放せる分別を身に付けていた。
シャルロットは大層不満な様だが…。
「分かってないな兄上…あの天真爛漫さがシャル様の良い所なんじゃないか…」
彼の横に並んで立つのは赤いメイド服姿の妹のグロリアだ。
彼女も十五歳になってショートだった髪が少し伸び、肩にかかるまでになっていた。
シャルロットを見つめる目はキラキラと輝き、とても幸せそうであった。
彼女もシャルロットの護衛ではあるが、ハインツのそれとは仕事内容が微妙に異なる。
姫が怪我をした時を想定して傷薬や包帯の入った救急箱を常備、お腹が空いたとい言い出した時用のクッキーやマカロンの入ったバスケット、喉が渇いたと言い出した時用の紅茶の入った水筒を携行するなど…メイドとしてのお世話も任務に入っているのだ。
「あなたも大変ね…」
そんな時、グロリアに話しかけてきた人物がいた。
「あっシオンさん…珍しいですねこんな所で会うなんて」
グロリアはシオンに対しての苦手意識が随分と薄らいでいった。
それと言うのもシオンの自分に対する態度が軟化してきているのが理由なのだが…それもそのはず、シオンは先の『
シオンは普段、誰にでも冷たい態度を取る事が多いので誤解されがちだが、根は実直で義理堅く人の痛みが分かる優しい娘なのだ。
だから自分が認めた存在に対してはとても友好的に接してくる。
ただグロリアは謎のくのいちの正体がシオンであることを知らない…故に何故シオンが急に優しくなったのか心当たりがないのだが、そのうち気にしなくなっていた。
「ええ…ちょっとそこまでお使いにね…」
シオンの腕にはバスケットが下がっていた。
実は先程までリサの家族の見舞いに行っていたのだが、この事はグラハム以外には誰にも知らせていないので未だにグロリアはリサの死を知らない。
しかし最近リサの妹であるミラがあまりに姉が家に帰ってこない事を不思議がり、シオンにしつこく聞いてくるようになっていた。
この訪問もそろそろ限界なのであろうか…真相を語らなければならない時期は近いのかもしれないとシオンも考え始めていた。
「これからみんなに声を掛けてお茶にしようと思うのですが、シオンさんもどうですか?」
「そう…私も準備を手伝うわ」
二人は敷物を広げお茶会の準備を始めた。
お茶会と言っても外で沢山の子供たちにも振舞う訳だから全く畏まったものではなくピクニック的なものである。
「あっ…どこに投げてるんだよ!!」
「ごめ~~~ん!!」
「ちょっと君たち!! あんまり離れたら駄目だよ!!」
二人の少年が遠くへ転がっていったボールを追いかけて走って行ってしまった。
シャルロットも少年たちを追いかける。
「馬鹿!! そっちは…!!」
槍を手に取り慌てて三人を追いかける…ハインツが何故そこまで慌てているかと言うと、この草原はそこそこの広さがあるのだが縁に隣接する林には古代の遺跡が倒壊したらしい構造物が至る所に無造作に転がっている上に地盤も不安定で立ち入ると危険なのだ。
よりにもよって少年たちが向かっているのはそちらの方角であった。
「こんなとこまで転がるなんて…」
先に来た少年がボールを拾い上げる…彼が立っているそこは石畳の様な素材で出来ていた…どうやら遺跡の上に立ってしまっているらしい。
「ボールは見つかった?」
もう一人の少年が追い付き先の少年が居た所に駆け寄る。
すると何と足元の石畳に亀裂が入り次々と崩れていくではないか。
「あっ…!!」
「うわぁっ…!!」
そのまま空いた穴に吸い込まれる様に落下していく少年たち。
しかし彼らがそれ以上、下に落ちる事は無かった…ギリギリのところでシャルロットが二人の腕を掴んだからだ。
「…くっ…二人共…大丈夫…?」
「姫姉様!!」
地面に腹ばいで左右の腕それぞれに一人ずつ子供委を掴んでいるせいで、腕力の無いシャルロットもろとも穴の方へとズルズル引き寄せられていった。
「まずい…このままじゃ…」
そう思った時、彼女の足を捕まえて引き止める者がいた…ハインツだ。
「大丈夫かお前たち!! 俺が押さえている内に姫の腕を伝って昇って来い!!」
「ええっ!! 出来ないよそんな事!!」
「うわーーーん!! こわいよーーー!!」
子供たちはシャルロットの腕にしがみ付くのが精一杯でそれどころではなかった。
「バカやろう!! 男だったらしっかりしろ!! こうしている間も姫は苦しいんだぞ!!」
ハインツにそう言われた少年たちはハッとして上を見上げシャルロットの顔を見た。
彼女は優しそうな笑みを浮かべてはいたが眉を顰め脂汗を垂らしていた。
「僕は大丈夫だよ…まったくハインツったら酷いな…男の子だって怖い物は怖いよね…」
絞り出すような苦しげな声でありながらもい少年たちへの気遣いを現わす彼女。
それを見た彼らは意を決してたどたどしい手つきでシャルロットの腕を掴み、上を目指して昇り始めたではないか。
「姫姉様…ごめんね?」
「焦らなくていいからね…気を付けて昇るんだよ…」
少年たちがよじ登るにつれシャルロットの身体は少しづつずり下がっていく…ハインツも必死に抑えるが限界があった。
「シャル様!? 兄上!? シオンさん、ここに居る子供たちの事をお願い!!」
「えっ…? ええ…」
異変に気付きグロリアまで皆を追いかけて行ってしまった。
やれやれといった表情で不安気な顔をしている子供たちの元へ向かう。
「二人は大丈夫なの?」
「大丈夫よ…私も様子を見て来るからみんなはここに居て頂戴…いいわね? 絶対にここを動いちゃだめよ?」
「は~い」
シオンが子供たちを宥める一方、昇る少年たちが地上に到達しそうな段階で更にシャルロットの身体が穴の中に向けて徐々に下がっていく…そこへグロイリアが駆けつけた。
「シャル様!! 兄上!!これは一体!?」
「グロリア!! いい所に来た…子供たちを引っ張り上げろ!!」
「分かったわ!!」
急ぎ二人の少年の腕を掴み勢いよく引っ張る、腕力だけでは無理があったので体重を掛け後ろに倒れ込むようにして何とか少年たちの救出に成功する…しかしその直後…。
「もう…ダメぇ…」
「くそーーーっ!!」
シャルロットとハインツは力尽き穴へと吸い込まれていった。
「シャル様!! 兄上!!」
思わず落下するハインツの足を掴んでしまったグロリア。
ハインツはシャルロットを掴んでいるので彼女は二人分の体重を支える事となってしまった。
当然女の子一人に支えられる重さでは無く、三人は揃って奈落へと落ちていってしまった。
「うわわっ!!」
「キャーーーーッ!!」
悲鳴を上げて暫く落下していく三人はやがて奈落の底に到達する…幸い下には砂が積もっており、高所からの落下による怪我を負う事は無かった。
「グロリア!! どうして俺を掴んだ!? 何もしなければお前だけは助かったものを!!」
「仕方ないでしょう!? 咄嗟に身体が動いちゃったんだから!!」
「ちょっとちょっと!! 兄妹喧嘩は後にしてくれないか?」
「ぐっ…済まん…」
「ごめんなさい…」
シャルロットに諫められ取り敢えず口喧嘩を収める二人。
「シャルロット様!! サザーランドのお二人もご無事ですか!?」
シオンが穴を覗き込んでこちらに向けて叫んでいる。
「うん!! 取り敢えずは無事だよ!!」
「…良かった…!! これから私がお城にこの事を知らせて参ります!! しばらくお待ちを!!」
「ありがとう!! 宜しく頼むよ!!」
シオンの顔がすっと穴から消えた…すぐさま救援を呼びに行ってくれたのだろう。
「さて…と、これからどうしようか…」
落ちてきた穴から陽の光が差し、地下は意外に明るかった。
周りを見回すと三方が石を組み上げた壁に囲われており、残る一方は横穴となっていて先がどうなっているのかここからでは分からない。
「ここで大人しく救助を待てばいいだろう…下手に動けば却って危険だ」
ハインツが言う通り遭難の定石はその場を動かずに助けを待つ事だ。
「でも折角通路があるんだから探検したいと思わないかい? …それにさっきからこの奥に何か重要な物がある気がしてならないんだよ…」
「また始まった…そう言ってお前は俺たちをトラブルに巻き込むんだ…」
「いや、冗談抜きでそんな予感がするんだよ…」
シャルロットが通路に一歩踏み出すと通路の両側の壁の上方にある溝に明かりが灯り、それが奥へ奥へと伝播していく…この仕掛けは以前『
「やっぱりだ…やっぱり僕を呼んでいるよ…」
フラフラと通路の奥へと引き寄せられるように歩みを進めるシャルロット。
「あ~~~もう!! 分かったよ!! ついて行ってやる!! お前のお守りは俺の役目だからな!!」
「はぁ…仕方が無いですね…シャル様らしいと言えばシャル様らしい…」
半ばあきらめムードでシャルロットに付き従うハインツとグロリア。
この先に彼らの運命を左右する重要な事柄が待ち受けているとも知らずに…。
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