第26話 『秘密の庭園』


 『ギャアアアアアアアア…!!!』


無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』の断末魔が『輝きの大樹グリッターツリー』の森中に響く。


『シェイド様!! この声は!!』


 黒耳長族の弓兵ティーが驚きの声を上げる。


『…まさか…そんな事が…!!』


 シェイドと呼ばれた角のある兜を被った男も驚きを隠せないでいた。


『ティー!! 急ぐぞ!!』


『はい!!』


 二人は全速力で『輝きの大樹グリッターツリー』を目指す。

 しかし大樹に辿り着く前に開けた土地に出た。

 ただ元々ここには広場は無かったはずなのだ。


『…ティー、隠れろ…』


 シェイドは後続のティーを制し近くにある大木の後ろに隠れた。

 彼らの視線の先には巨大なクレーターとその前に倒れる三人の人物があった。

 そう…ここはシャルロット達と『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』が激戦を繰り広げた場所であり、その戦いに決着が着いた直後であったのだ。


『…あれはシャルロット…何故ここに…? いやそれよりも奴がどうやって『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』を倒した?』


 顔まで覆う兜で表情は見えないがシェイドは明らかに動揺していた。

 続けて様子を見ていると倒れている彼らに近付く三人の人影があった。

 三人とも仮面をつけているが、正体はシャルル王とエリザベート王妃、そしてグラハムだ。

 そして新たに三人の女性がいきなり姿を現す…モイライだ。


『一体どうなってる…王族に女神だと? 何だってここに揃っている…まさか我々の計画を知っているのか?』


 シェイドの身体がワナワナと震えだす…これは怒りから来るものだ。

 目の前の彼らは少しの会話後、忽然と姿を消してしまった。

 シェイドとティーはすぐにその場に移動し辺りを見回すがもうどこにも彼らを姿は無かった。


『チッ…』


 思わず舌打ちをする。


『ティー…さっきの奴らの会話…聞いていたか?』


『はい…』


 ティーは王妃たちとモイライの会話をシェイドに語り始めた。






 ツィッギーの屋敷の居間。


「今、我々があなた方に話せる事は全てお話しました…そろそろお暇しようとおもいます」


 女神ベルダンデが微笑みを浮かべ一同にお辞儀する。


「…『今は』と言う事はまだ何かあるのですね?」


「あら…やはりあなたには隠し事は出来ない様ですわねエリザベート王妃…

 時が来ればいずれお話する機会もあるでしょう…」


「分かりましたわ…今日の所はここまでにしておきましょうか…」


 お互い穏やかな表情をしてはいるが身体から滲み出る雰囲気は全く逆の物だった。


「あっと、最後に助言を一つ…シャルちゃんが十六になるまでに『現在の盾』は見つけておいて下さいね…あれ無くして魔王を倒す事は出来ませんから…」


「ありがとうございます…肝に銘じておきますわ」


 それだけ告げるとモイライの三人は一同の目の前からふっと姿を消した。


「ふう…」


 エリザベートが思わずため息を漏らす…流石の彼女でも女神相手に対等に渡り合うためにかなり気を張っていたらしい、疲労からか少しふらついていた。


「お疲れ様…」


 シャルルが彼女に椅子に腰かける様に促し彼女もそれに応じる。


「皆さんを大変な事に巻き込んでしまって謝罪の言葉もありません…しかしこうなってしまった以上もう王家だけでは秘密を守り通す事が難しくなりました…

 どうか力を貸してもらえないでしょうか…」


「もちろんですとも!! シオンさん、明日から『現在の盾』の情報を集めてもらえますか?」


「はいグラハム先生…」


 シオンがグラハムに対して膝ま付いて命令を請ける。


「皆さん、お腹が空いたでしょう? 食事を用意させました、ここを自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいね」


 ツィッギーが居間に戻って来て給仕の女性に朝食を運ばせた。

 すでに色々あったがまだ日が昇ったばかりの朝方だったのだ。

 一同は珍しい料理に舌鼓を打ったが、シャルルとグラハムがパイチの実の餌食になってしまったのだった。

 それを教えないでほくそ笑むアルタイルとイオのなんと意地悪な事か…さすが師弟と言った所か。




 そして昼過ぎ。

 王妃たちが森を去るにあたって耳長族が大勢見送りに集まっていた。


「我々はこれで帰ります…ツィッギー様、大変お世話になりました…引き続きあの子たちの事、よろしくお願いしますわね」


「いえいえ!! こちらこそ『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』を倒してもらい何とお礼を申してよいやら…」


 そしてツィッギーが膝ま付くのを合図にその場の耳長族全員が一斉に膝ま付いた。


「我々耳長族は未来永劫エターニア王国に忠誠を誓いましょう!! 何か不測の事態がありましたら何なりとお申し付けください!!」


「ツィッギー様…ありがとうございます!!」


 エリザベートも礼で返す。

 今まさにエターニア王国と耳長族の協力関係が築かれた歴史的瞬間であった。




「ツィッギー殿…ちょっとよろしいか?」


「アルタイル様…どうなさいました?」


 ツィッギーが王妃たちを見送り屋敷に戻るなりアルタイルが声を掛けてきた。

 先に帰ったのはエリザベート、シャルル、グラハム、シオンだけでアルタイルとイオは残っており、未だ目を覚まさないシャルロット、ハインツ、グロリアはベッドで眠っていた。

 アルタイルがまだ残っているのはこの森に来た当初の目的を達成するためだった。


「『秘密の庭園シークレットガーデン』に案内してはもらえないだろうか?私も取り急ぎ用を済ませたいのでね…」


「あ~そう言えば約束でしたね…いいですよ、では準備を…」


 探索の準備を整えた後、ツィッギーを先頭にアルタイル、イオが続き森を進んで行く。

 暫く進むと突然ツィッギーが立ち止まった。


「ツィッギー様、どうされました?」


 何の変哲もない林道の途中だったのでアルタイルは怪訝に思った。


「着きましたよ…ここです」


「えっ?」


「何もないですよ?」


 アルタイルとイオは首を傾げる…そこはまだ林道の途中だった。

 その先には延々と今通って来た景色と似通った林道が続いており『秘密の庭園シークレットガーデン』らしき場所は辺りには見受けられない。

 ツィッギーは正面の何もない空間に両手を突き出した。

 するとまるで水面に手を突いたかのごとく宙に波紋が広がっていく。

 波紋が広がるにつれ段々とそこには無かった景色が見えてくる…

 何とその先には綺麗に手入れされた深緑の生垣のある庭園が姿を見せたではないか。


「なるほど…結界で庭園の周りの景色を捻じ曲げているのですね…」


「これがこの庭園が『秘密の庭園シークレットガーデン』と呼ばれる所以なんですよ…さあ着いて来て下さいな」


 貴重な植物が自生している場所なので耳長族も一部の者を除いてこの庭園の所在を知る者はいない。

 万が一、窃盗目的の不心得者が入らない様に結界が張ってあるのだ。

 三人が庭園に入るとその後ろで結界が閉じる…これで再び外からは庭園の位置を見付ける事は出来なくなった。


「ほう…これは…!!」


 アルタイルが感嘆の声を上げる。

 そこには風の噂や古文書でしかお目に掛かった事の無い貴重な草花が見渡す限りに咲き乱れていた。


「村を救ってくれたお礼です…ある程度希少な物でもお持ちくださって結構ですからね…但し必ず最後の一株だけは残す事をお願いします」


「ああ、心得てるよ」


 アルタイルは舞い上がる気持ちを押さえ切れず忙しなく庭園内を駆け回る。

 他では入手困難なレアな素材が手に入るのだ…無理もない。

 イオはテンションの上がった彼に付いて行くのがやっとであった。


「ねえ、お師様…お手紙をもらった時から気になっていたのですが…ここへは何が目的でいらしたのですか?」


「ん? ああそうか…お前にも話して無かったな…それはな『万能薬エリクサー』を作るための素材が欲しかったのだよ…」


「『万能薬エリクサー』…!!あの伝説の秘薬ですか!?」


 イオは思わず声を張り上げた…『万能薬エリクサー』と言えば古今東西、薬学や魔法、魔術そして錬金術に携わる者なら誰もが製造を夢見る至高の逸品である。

 その効力は飲んだ者を不老不死にするだとか、どんな怪我や病気も立ちどころに治してしまうと言われている…但し古文書によればだが…。

 実は『万能薬エリクサー』は存在が確認されていない…伝説は数あれど、実際に目にした者も、生成した者は居ないのだ。


「ああ済まんな、ちょっと誇張が過ぎた…言うなれば『万能薬エリクサー』に限りなく近い超回復薬と言った所か…」


「超回復薬…?」


「そう…お前も知っての通りこの世界には回復魔法と言えるものが存在しない…

 これから起こるであろう魔王の勢力との戦いにおいて迅速な怪我の治癒と体力の回復は三種の神器を捜索するのと同等の大きな課題だと私は思っている…

 その超回復薬が完成すれば姫様たちの大きな助けになると思わないか?」


「…なるほど、さすがお師様!!」


 アルタイルが言った通りこの世界には傷の治療、解毒、麻痺の解除などの回復魔法が存在しない…いや、それは正しくない…正確に言うならば過去に存在はしたが現在は使えない状態なのだ。

 彼が文献などを調べた限りでは先の聖魔戦争までは回復魔法が使われていた様なのだ…しかし何故現在は使えないのか…それは未だに結論が出ていない。

 それ故にアルタイルが魔導を用いた薬品の生成に没頭していたのも頷ける。


「それだけではないぞ、上手くいけば私のこの身体も元に戻せるかもしれんしな…」


「え~お師様は今のままでもいいのに~~~」


 イオが不機嫌そうに頬っぺたを膨らませアルタイルの背中から抱き付いて来た。


「ちょっ!! ここでは止めろ!! ツィッギー殿が見ている!!」


「ここでなければいいんですね? じゃあ奥の方へ行きましょうか、ジュルリ…っていった~~い!!」


 アルタイルが手に持っていた魔法の杖でイオの頭をこずいたのだ。


「…いい加減にしなさい」


「…はい、ごめんなさいです…」


 イオの頭には大きなこぶが出来ており、そこから湯気が立ち昇っていた。


「ほらあったぞ!! これが私の探していた『オーディーン草』だ!!」


 アルタイルがある薬草を地面からむしり取り誇らしげに掲げる。

 それは黄金に輝く葉を持つ不思議な形をした薬草であった。


「『オデン草』? 確かにおでんみたいですね…」


 オーディン草は三つの部分に分かれており、一番上が三角形、真ん中が楕円形、一番下が長方形とまるでおでんの具が三つ串に刺さっている様な形をしていた。


「何を言う…これ無くして超回復薬は作れないのだぞ、もっと敬意を払え」


 次々と採取しバッグに入れる。


「ややっ…あれは…?」


 アルタイルの前方に見覚えのある形の果実があった…女性の乳房に酷似した、男性が食べると数日間胸が腫れ上がるあのパイチの実の様だが大きさが桁外れであった…一房がスイカ程ある。


「あ~それはパイチの実の原種で『ドーター・プーン』と言います…すごく大きいでしょう? でもこれを男性は絶対に食べてはいけません…」


 ツィッギーが人差し指を顔の前に立て神妙な顔つきになった。


「と言いますと…?」


「パイチの実は数日胸が大きくなるだけで済みますが、『ドーター・プーン』は一生大きなままになるそうです…しかもとても大きな胸のままに…」


「なるほど…それは恐ろしい…」


 アルタイルの脳裏に一瞬イオが巨乳になって悶える絵が浮かんだが慌てて掻き消す。


「でもその『ドーター・プーン』も一つ頂けるかな? もう一つの薬に使えそうだ」


「えっ? 何を作られるので!?」


 ツィッギーは驚きを隠せない。


「済まんね…これは王家からの依頼なんで秘密なんだ…」


「そうでしたか…では仕方が無いですね…これ以上の詮索は致しませんわ…」


「理解いただけて助かるよ」


 それからアルタイルはひとしきり目ぼしい薬草や果実を採取するとほくほく顔で『秘密の庭園シークレットガーデン』を後にするのだった。

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