第17話 森の麗人


 キュウウン……!!


 角兎の一頭が鳴き声を上げこちらに向かってくる…するとそれに呼応するかの様に別の個体が一斉に襲い掛かって来たではないか。


「くっ……!! このっ……!!」


 ハインツは槍のリーチを利用して次々と飛び掛かって来る角兎を薙ぎ払う。

 一匹一匹突き刺していては埒が明かないので槍を風車の様に回転させて弾き飛ばしたりとその都度戦法を切り替えていた。

 グロリアも負けていない…こちらはレイピアの取り回しの良さを生かし高速で突きを繰り出し手数で大群に対処していた。


「二人共やるね!! 僕も負けてられないよ!!」


 シャルロットが剣を顔の前に構え集中すると彼女の身体が分身を始めた。

 これは五年前、ハインツとの決闘で見せた分身殺法だ。

 ただ依然と違い分身数は十体にまで増え、一体一体の輪郭もブレが無くより技に磨きが掛かっている様だ。


「やああああっ!!」


 流れる様な動きで角兎を討ち伏せていく。

 分身同士の連携が取れており実に無駄がない……元が一人なのだから当たり前と言えばそうなのだが。


「いや~~~ん!! 来ないでくださいです~~~!!」


 イオが嫌々と頭を振りながらながら両手を突き出す……するとその前方に青白い円形の光の壁が現れる……これはイオが魔法力を収束させて作り上げた防御障壁だ。

 ドリル弾丸と化して突っ込んで来る角兎たちがその障壁にぶつかりはじき返されていく。

 地面に落ちた角兎たちは自らの突進力が災いして皆、脳震盪を起こし痙攣していく。


 十分後……。

 

 角兎たちの攻撃は収まる気配すらない。

 いくら傷つけられても命ある限り立ち上がり飛び掛かって来る。


「はぁはぁ……一体いつまで続くの……これ?」


 始めは優位に立ち回っていたシャルロットたちであったが、いつ終わるかもわからない戦いに次第に疲弊していった。


「……参ったな……一対多数の戦い方を先生に習っておくべきだった……」


 顔中汗だくになりながら思わず弱音を吐いてしまったハインツ。

 武芸の訓練や練習試合などの一対一の戦いを想定した鍛錬を積み、かなりの勝率を誇っている彼だが、こういった多数のモンスターを同時に相手をするといった経験は今まで無かったのだ。

 周りを見ると他の三人も大きく肩で息をし、疲労により動きが鈍くなったせいで敵の攻撃が掠る事も多くなってきた。


「万事休す……」


「ふええっ……お師様に会う前に死にたくないです~~~!!」


 一行に諦めムードが蔓延し始めたその時……。


「目を瞑って息を止めなさい……!!」


「えっ……!?」


 突然何処からともなく女性の大声が響く。

 何が何やら分からないままその場の全員がその指示に従った。

 するとシャルロットの足元の地面に一本の矢が刺さる。

 その矢には何やら袋が結び付けられていて、着弾の衝撃でそれが解け内容物が飛び散った。

 それは粉だった……黙々と黄色い粉塵を巻き上げ、シャルロット一行はおろか角兎の群れまでも包み込んでしまった。

 辺りに猛烈な刺激臭が充満する……何かが腐敗した様な、排泄物の様な嫌な臭いだ。


 キュウン……キュウン……。


 するとどうだろう角兎たちが次々と苦しみ出したではないか。

 そして文字通り脱兎のごとくその場を離れ、遂には一匹も居なくなってしまった。

 ただ目を瞑っているシャルロット達には何が起こっているのか分からない。

 そして突然の強風……黄色い粉は全て吹き飛んで行き、不快な臭いも消し飛んでいた。


「はい、もう目を開けて息していいわよ」


 一行が恐る恐る目を開けると目の前に一人の女性が立っていた。

 すらっとした長身にたわわな胸、金髪碧眼で透ける様に白い肌、若草色のノースリーブトップスにミニスカート……その姿はとても美しく皆暫く無言で息を呑んだ。


「あら、みんなどうしたの? ボーっとしちゃって……あっ、さてはお姉さんの美しさに見惚れちゃった?」


 いたずらな笑みを浮かべる美女……ただこの美女には明らかに人間でないことを示す部分があった……それは頭の上にそびえ立つ白くて長い耳だ。


「あっ……耳長族……?」


「はい、正解!! 私はツィッギー……耳長族のツィッギーよ!!」


 右目を右手の人差し指と中指で挟むポーズをして微笑むツィッギーと名乗る美女。

 どうやら彼女が角兎から助けてくれた声の主らしい。

 危機を脱した安堵感からか一行は気が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「あらあら、お疲れの様ね……ここで少し休憩がてらお話しましょうか……」




 シャルロット達がツィッギーに対して助けてもらったお礼と自己紹介を終えると彼女は傷の手当てを手伝ってくれた。

 ツィッギーが敷物を広げてくれたのでその上で皆、車座になって座る。

 そしてこの森に来る事になった切っ掛けと、森に入ってからさっきまでの事の顛末をすべて彼女に話した。


「まあ!! アルタイルさんのお知り合いですか!? あの方なら私の家でお世話してますよ!!」


「本当ですか!? 良かった~~~お師様は無事なんですね!?」


 イオはほっと胸を撫で下ろす。


「ところでさっきの角の生えた兎はどうやって追い払ったのですか?」


 ツィッギーの声に従い目を瞑っていたせいで何が起きたか分からないまま角兎が居なくなっていた事をハインツは疑問に思っていた。


「あれはね、角兎の大嫌いな臭いのするオーナラの木の実を粉末にした物を矢でばら撒いたの、そうするとあの子たち一目散に逃げていくのよ」


「そうなんですか……」


「ただ人間にとっても嫌な臭いがするからあなた達には息を止めてもらったの…残った臭いは私が風の魔法で吹き飛ばしたわ」


 そう言いながら差し出した掌の上で小さいつむじ風を出して見せるツィッギー。

 耳長族は総じて魔法の才能があり特に風の魔法を得意としている者が多いという。


「でもねあなた達……子供だけでこの森に入るなんて…少しオイタが過ぎるんじゃないかしらね……」


「ううっ……ご免なさい……」


 シュンとするシャルロット…いつもトラブルが起こっても比較的何とかなってきたものだから今回も少し楽観視していたのは否めない。

 もしさっきの角兎との戦いでツィッギーが助けに入ってくれなかったらどうなっていた事か……。


「それとこの子たちもあなた達が自分たちのテリトリーに入って来たから追い出そうとした……私達耳長族なら迂回ルートを知っているもの」


 ツィッギーは傍らに集めた夥しい数の角兎の亡骸を見て悲しそうな顔をする。

 その横顔に一行の胸が痛んだ。


「でも命を奪ってしまったからにはその責任を果たさねばならないの……これは私達耳長族の流儀……せめてその身を美味しくいただかなくてはね……」


「食べるんですか? 耳長族は肉は食べないんじゃ……」


 イオが疑問に思う……彼が書物で得た知識では耳長族は菜食主義者と言う事になっていた。


「あら……それは何百年も昔の話よ? 今は普通にお肉をいただくわ」


「そうですか……お城の文献は随分前から更新されていないのですね……」


「それは無理も無い事ね……私達耳長族と人間は永く交流を断って来たのだから……」


 少し寂しそうな顔をするツィッギー。


「………」


 それを聞いて考え込むシャルロット……やがておもむろに口を開く。


「相手の事を理解も尊重も出来ないなんて悲しい事だね……僕が女王になったら真っ先に取り組みたい案件だよ……」


「ふふっ……」


 不意にツィッギーが含み笑いをする。


「あれ? 僕、何か変な事言ったかな?」


「いいえ……あなたみたいな人間が増えれば楽しい世界になるのにと思っただけよ……ふふっ」


「あっまた笑った……も~~~っ……僕には出来ないと思っているんでしょう?」


「それはどうかしら?」


 場に流れる和やかな空気……。

 それから暫くお互いの種族の近況などを話し合った。

 これも小規模ながら立派な異種族間交流であろう。




「暗くならないうちに私の集落に行きましょう……今夜は私の家に泊っていくといいわ」


 角兎を数匹づつ耳を縄で結んで肩に担ぐ……十匹は倒したので五人で分担して担いでもかなりの重量だ。


「角に気を付けて……毒があるから」


「えっ!! この兎、毒を持ってるんですか!?」


 グロリアが狼狽える……先程の戦闘では運よく角の一撃は受けていなかったが今になってぞっとしてしまった


「でも毒があるのに肉は食べられるんですか?」


「不思議と毒があるのはこの螺旋状の角だけなのよ……だから切り取って矢じりにしたり、煎じて毒薬にしたりするの……さすがに肉は焼かないと食べられないんだけどね」


 ツィッギーがこの森特有の知識をグロリアに披露していると…。


「僕……角に掠ったかも……」


 シャルロットの顔が見る見る青ざめる。


「大変!! 大丈夫なの!? この子の毒は猛毒なのよ!?」


「うん平気……前も毒を飲んでしまった事があるんだけど何ともなかったんだ……

 もしかして僕には毒に対しての耐性みたいなものがあるのかな」


「……そう……ならいいんだけど……」


 ツィッギーも最初は慌てたが本人に症状が出ていない以上問題ないと判断するしかなかった。

 暫く歩き林道を抜けると急に開けた場所に出た。


「さあ着いたわ……ここが私の集落『グリッターツリー』よ!!」


 まず大木で組まれた門が彼らを出迎える。

 そして中央にかなり奥まで続く幅の広い道があり、遥か先にはこの集落の名前の元になっている『輝ける大樹』が見える。

 道の両脇には木造の家屋がびっしりと並んでおり、その中には商店もいくつか見受けられ、数人の耳長族が行き交い賑わっている。

 華やかさこそないが、さすが耳長族最大の集落と言われるだけの事はある様だ。

 村の中を歩くと視線を感じる……見渡すと何人かの耳長族たちが訝し気にこちらを見ていた。


「……僕たち、あまり歓迎されてない様だね……」


 シャルロットが小声で呟く。


「ごめんなさいね……耳長族の中にはあまり人間を快く思っていない者も少なからずいるのよ……」


「いえ……ツィッギーさんこそ人間の僕たちと歩いていて大丈夫? 迫害されたりしない?」


「はい!! ここが私の家よ!!」


「わぁ~!! 何これ!! スゴ~~イ!!」


 目の前にはとても大きな建物が現れた。

 そのしっかりした美しい佇まいは木造とはいえここに来るまでに見てきた民家とは作りその物が違っていた。

 しかし何故彼女はこんなに立派な自宅を持っているのだろうか。


「シャルロットさん……さっきの話の続きだけどその心配はいらないわ」


「どうして?」


「だって私はこの村の長だから……」


「「「「えええ~~~~~っ!!?」」」」


 一同は驚きの声を上げる……まさかこんな若い女性が村長だとは全く思いもしなかったのだから。

 いや、耳長族は長寿なので外見が若く見えるのだ、なので彼女は実は相当な年齢なのかもしれない。

 村長なら自宅が豪華なのもうなずけるというもの。


「やあイオ、来てくれたね……まさか姫様たちを連れて来るとは……」


 玄関の扉が開き聞き覚えのある声がした……アルタイルの声だ。

 当然一番に反応したのはイオである。

 

「あっお師様!! 心配しましたですよ!! ってあれれ!? どうしたんですかその姿!?」


 イオだけではない……アルタイルを見たシャルロットとハインツ、グロリアも一応に目を丸くする。

 いったい彼らは何を見て驚いたのだろうか……。

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