第3話 ハインツ・サザーランドの憂鬱

 

 エターニア城内の謁見の間でサザーランドとハインツ、グロリアはシャルル王に謁見していた。


 王と王妃は玉座に鎮座しこちらを見下ろしている。


「シャルル王様、お后様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


「堅苦しい挨拶は良い……それよりも朝早くからの俺の願いを聞き入れてくれて礼を言うぞサザーランド」


「はっ……勿体なきお言葉……」


 サザーランドと子供たち三人は片膝を着いて頭を下げる。

 ハインツとグロリアは生まれて初めて王に謁見した事もありガチガチに緊張していた。

 シャルルは決して尊大でも横柄でもない、どちらかと言うと温厚な人物なのだがその強面と体格の厳つさから相手に必要以上のプレッシャーを与えてしまう事がよくあった。


「ほう……それがお前の子達か……名を何と申す?」


「はっ……はい!! ハインツ・サザーランドと申します!!」


 多少あたふたしつつも何とか自分の名を言えたハインツ。


「……あっ……あうっ……あっ……」


 グロリアは緊張のあまり完全に動転してしまい声を発する事すら出来ないでいた。


「大変申し訳ございません!! 下の子はグロリアと申します!!」


 サザーランドがすかさず助け舟をだす。


「よい……気にするな……」


「そうですよ王……あなたのお顔が怖いのがいけないのです……」


「なっ……お前それは無いだろう……」


 エリザベートの機転で場の空気が多少緩んだ。

 しかし冗談と分かっていてもシャルル王の心はちょっぴり傷ついた。


「既に伝えてある通りお前の子たちには我が娘、シャルロットの友人になってもらいたいのだ……城内にはあの子と同世代の子供がおらぬ故にな……」


「はっ……承知しております……」


「うむ……これシャルロットや!! こちらに来なさい!!」


 王が手を打ち鳴らす……すると玉座の裏から一人の少女が現れた。

 美しい装飾が施され肩が大きく露出したピンクのドレスを着た美少女は、はにかみながらゆっくりと歩いて来る……そして王が座る玉座の脇まで辿り着くとサザーランドたちの居る方に向き直り立ち止まった。


「御機嫌よう皆さん……シャルロットエターニアです」


 スカートの両端を軽く持ち上げお辞儀をする。

 背中まで伸びた軽くウエーブの掛かった美しいピンクのグラデーションの入ったブロンドヘアはシャンデリアの光を浴びてキラキラと輝いている。

 その光が彼女の、あどけなさを残しながらも美しい顔立ちを一層引き立てていた。

 これで何度目かのお目通りにも拘らずサザーランドは得も言われぬ癒しを胸に抱いていた。

 グロリアも普段は表情を表に出さない子なのだが今ばかりは胸の前で手を合わせ瞳を輝かせていた。

 だが……この場でただ一人、全く姫の魅力に無反応な者がいた。

 そう、ハインツである。

 彼だけは実に詰まらないと言った表情でこちらを睨んでいる。

 それに気付いた姫が小さく手を振ってみせてもそれは変わらなかった。


「さあシャルロット、ここはいいからあの二人と遊んで来なさい」


「はい……お父様」


 駆け足気味にハインツとグロリアのもとへ歩み寄り二人に手を差し伸べる。


「では行きましょう!! こっちよ!!」


「はい」


「……はい」


 そして二人は姫にうながされるまま謁見の間を後にした。

 その様子を微笑みながら見送る王と王妃。


「良い子たちではないか……特にハインツと言ったか……実に良い目をしていた、彼は良い騎士になるな」


「ははっ!! 勿体なきお言葉!!」


 朝方自宅でのハインツの態度から姫に失礼をしないか気が気ではないサザーランドであった。




「二人共こっちよ」


 シャルロットはハインツ、グロリアの兄妹をとある一室に案内する。


「………!!」


 先に部屋へ通された二人は室内の光景に目を見張った。


 ちょっとしたダンスホール並みの広さの室内に大小さまざまなぬいぐるみが所狭しと置かれているではないか。

 子犬、子猫、などの小型の物から子供と同じくらいの背丈の大型の熊や象もある。


「……わぁ……」


 目を輝かせため息混じりに部屋中を見回すグロリア。

 思わず大きな熊のぬいぐるみに抱き着いてしまった。


「こらグロリア!! シャルロット様の物に勝手に触っては駄目だよ!!」


「……あうっ……ごめんなさい……」


 ハインツにたしなめられしょんぼりしてしまったグロリア。

 見る見る泣きそうな表情になっていく。


「あら……いいのよ? そんな事気にしなくても……グロリアはこの子が気に入ったの? じゃあこの子はあなたにあげるわ」


「えっ……?」


 きょとんとするグロリアに抱える程大きな茶色の熊のぬいぐるみを手渡すシャルロット。


「……ありがとう……」


 さっきまで泣きそうだったグロリアの顔が満面の笑顔に変わる。


「いけません姫!! こんな高価なものを頂く訳には……!!」


「いいのいいの、この部屋にある物はみんな私への献上品よ……それにこの部屋にはもともとそのつもりで連れて来たんだから……何でしたらハインツ、あなたもお一つ如何?」


「男の自分には必要ありません……」


「あっ……そうだ!! 今からそういう堅苦しいものの言い方やめにしない? 

 僕もそうするからさ!! 折角同年代のお友達なんだから……」


「そう言う訳には参りません!! 王族の方にその様な御無礼をしたとあっては父上に叱られてしまいます……それに姫様、女であるあなたが『僕』などと言ってはいけません!!」


 ハインツが急に声を荒げるものだからグロリアが怯えて小さく震える。

 ハインツはハインツで大声を上げるつもりなど無かったのだが今朝方の不満が燻っていた物がシャルロットの余りにマイペースな物言いで火が付いてしまったのだ。

 ハインツも一瞬しまった……と言う顔をしたがバツが悪そうに姫から目を背ける。


「……まあいいや……その気になったら変えてくれて構わないからね」


 しかしシャルロットは特に気にした風でもなくそう言い微笑えんだ。


「じゃあ今度はこっちの部屋に行こうよ……」


 グロリアは前が見えないほど大きな熊のぬいぐるみを抱えよたよたと姫に続く。

 胸にモヤモヤとしたものを抱えたままハインツも後に続いた。




「はっ!! や~~~~~っ!!」


 それから一週間後……ハインツは自宅の屋敷裏にある裏庭、案山子状の藁人形に対して槍を振るっていた……それはまるで何かのストレスを発散するかの様な激しいものだった。


「どうしましたハインツ? 槍捌きに迷いが出ていますよ?」


「……グラハム先生……」


 汗だくで息を切らせているハインツに後ろから声を掛けたのはグラハム・シュナイダー……ハインツの武術の師範だ。

 彼はまだ三十代前半ながらエターニア国のみならず隣国まで名前が轟く程の剣術の使い手であり、ハインツ以外にも何人もの弟子を持つ。

 しかし上品で優し気な眼差しと丸眼鏡、柔らかな物腰からは全くそれが想像できない程の優男なのだ。

 ハインツは週三度の彼の稽古をとても楽しみにしていた。


「先生はどうして我が家に? 今日は槍術の稽古の日ではない筈ですが……」


「ちょっと君の父上に用事がありまして……あっそうそう、小耳に挟んだのですけれど君、シャルロット様付きの世話係になったんですってね?」


 その言葉を聞いた途端ハインツは槍を力任せに案山子に突き刺していた……貫通し後方に藁が飛び散る。


「聞いて下さい先生!! その事で一週間前にお城に呼び出されたんですが、何をやらされたと思います!? ままごとですよ!? ま・ま・ご・と!!!」


 あの日……ぬいぐるみの部屋を出た後に訪れた部屋はシャルロットの遊び部屋、そこでハインツとグロリアは姫のままごとに付き合わされていたのだった。

 その時の父親役をやらされた時の恥ずかしい記憶が脳裏を過って頭に血が上る。

 姫と同世代で女の子であるグロリアはまだしも三つも年上で男の子であるハインツには堪ったものではなかった。


「それも毎日毎日……やれお人形遊びだ、やれお菓子作りだ、ピアノのレッスンだ、とそんな女がやるような室内遊びばかり……!!

 俺はそんな事をする為に槍術の研鑽に励んで来た訳ではありません!! 先生もそう思うでしょう!?」


「……まあ落ち着き給えハインツ……君は将来この国の騎士になりたいのでしょう? ならば自分の事だけではなく周りにも目を配れなければ駄目ですよ?」


 グラハムは興奮するハインツの両肩に手を置き語り掛ける。


「それはどう言う事ですか!?」


「君は妹のグロリアと一緒に姫様と居たんですよね……その時のグロリアの様子はどうでした?」


「え~と、そうですね……あいつはぬいぐるみや人形を姫様からもらっていたし、遊びもとても楽しそうにしていましたね……家では見た事無い位よく笑っていた気がします……あっ」


 どうして先生はそんな事を聞くのだろう? そう思ったハインツだったが言われた通りその時の状況を思い返し、そしてある事に気付く。


「まさか……姫様はグロリアの為に……? グロリアが引っ込み思案で友達がいないのを知っていて……?」


「シャルロット姫様はあの歳にしては聡明なお方です……ハインツ、君も人を上辺だけで判断しないでその行動から内面を推し量る目をお持ちなさい」


「……はい先生……」


 グラハムに諭され取り敢えず納得するハインツ、しかし……。


(じゃあ俺はそれをじっと我慢しなきゃいけないのか? 姫様は俺には気を配ってくれないのか?)


 そんな考えが彼の心の中で頭をもたげていた。

 彼が大人に成れる日はまだ遠いようだ。

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