第1話 姫王子に三女神の祝福を…


16年前…


エターニア王国の城内、国王シャルル・ド・エターニアⅢ世の妃、エリザベートの寝室で一人の男の子が産声を上げた。


「お后様、玉の様に可愛らしい男の子でございますよ!!」


「ああ…この子が私の…私の愛しい赤ちゃん…」


侍女に抱きかかえられた産まれたばかりの我が子を見るなり喜びの涙を流すエリザベート。

やがて穏やかな寝息を立て始めた我が子を傍らに寝かせ愛おしそうに見つめる。


「おお~~!!でかしたぞエリザベート!!」


バーン!!と両手で扉を開け放ち寝室に入って来たのは国王シャルル・ド・エターニア3世だ。

筋骨隆々でその辺の衛兵よりも良い身体付きをしている。


「おおっ!!この赤子が俺の息子であるか!!何と可愛らしいのだろう!!」


半ば乱暴に赤子を抱き上げ頬ずりする。


「あなた…そんな乱暴な…それに声が大きいですよ…この子が驚いて起きてしまいます…」


「ふぎゃっ!!ふぎゃーーっ!!」


「あああっ…これはどうしたものか…!!」


「ほら御覧なさい…」


泣き始めた我が子にどう接したらよいか分からず狼狽える国王とその様子を呆れながらも優しく見守る王妃。

初めて授かった愛の結晶…二人にとって最高に喜ばしい瞬間であった。

しかしその時間も部屋の外から聞こえる喧騒に断ち切られた。


「止まれ!!貴様ら何者だ!?」


「…ちょいと邪魔するぞい」


衛兵の制止を振り切り、杖を突きボロボロのローブを着た背の低い人物が三人、王妃の寝室に入って来るではないか。

顔も布で覆われていて殆ど見えないが、甲高くもしゃがれた声から老婆ではないかと推測される。


「…何事ですかなご婦人方?…ここは仮にも一般市民の立ち入りが許されていない城内で尚且つ王妃の部屋だ…事と次第によっては然るべき応対をせねば成りますまいがどうか?」


赤子をエリザベートに預け、シャルル国王はこの如何にもな三老婆に対して特に取り乱すでもなく立ちはだかった…さすがは一国の王といった所だろうか。


「な~に…この国に世継ぎが生まれたと聞いたんで祝いをしようと思うてな…こうしてはせ参じた訳じゃ…ヒャヒャヒャ」


赤子が産まれたのがつい先ほどだ…まだどこにも公表していないのにこの言い草…明らかに怪しい…。

国王はポーカーフェイスを決め込んでいたが内心穏やかではなかった。

この三人はどこかの国が遣わした暗殺者だろうか?それとも王の地位を狙う国内の不埒者か…どちらにしろ警戒を解く事は出来ない…王は腰の後ろに忍ばせてある護身用の短剣に相手に気取られない様に手を回す。


「いやぁ~済まんのう…いささかいたずらが過ぎたか…ワシらは『モイライ』…お主らと事を構えるつもりは無いでな…」


その言葉を聞いた途端、王の表情から緊張感が消える。

大きく安堵のため息を吐いた。


「…皆の者、この方々は賊ではない…安心せよ」


「…ですが国王!!」


「良い…済まぬがお前達…暫くこの部屋から出ていってもらえるかな?俺はこの方たちと話がある…」


「…あなた…?」


警戒する衛兵を制し、シャルル王は部屋に居た衛兵と侍女たちに部屋からの退去を命じた。

釈然としない表情の者もいたが次々と部屋を出て行き、やがて室内には王と、赤子を抱く不安気な王妃、三人の老婆たちだけになった。


「…人払い感謝するぞシャルル王…」


先程のしゃがれ声から一転、美しいソプラノボイスで語り出す老婆。

彼女らがボロ布を自らはぐると何と…美しい純白の衣を纏った三人の美女が現れたではないか…身長も人並みになり、プロポーションも抜群だ。

王と王妃は驚きの余り目を皿の様に見張った。

そして三人の中で一番妖艶な雰囲気を醸し出す美女が口を開いた。


「我は過去を司る者…『モイライ』の長、ウルトである…今日は古い友人との約束を果たす為にここに参った」


次に母性を感じさせる優し気な笑みをたたえた美女が語り出す。


「私は『モイライ』が一人…現在を司る者、ベルダンデと申します…よろしくお願いしますね」


最後にまだあどけなさを残す顔だちの少女が元気一杯にしゃべり出す。


「あたしはスクード!!未来を司る者!!『モイライ』の一人だよ!!きゃはっ!!」


『モイライ』とは時を司る者三人の総称だ。

一人を指す場合は『モイラ』と呼ぶ。

シャルル王は『モイライ』の伝説は知識として知っていたが勿論直接会ったのはこれが初めてであった。

伝説は所詮伝説…まさか本当に実在するとは思いもよらなかったのである。

遥か古の、まだ人がこの世界に産まれ出でる以前の神話の時代から世界の時を見守ってきた存在…言うなれば彼女らは時の三女神と言った所か…。


「これはこれはモイライ、よくお越しくださいました」


王は床に片膝を着きお辞儀をした。

一国の王と言えど神に属する者には敬意を払う。


「さて…早速だが我々からその赤子に祝福をしてやろう…光栄に思うが良い」


「さあ…その赤子をこちらに…」


「ははっ!!」


王はウルト、ベルダンデに言われるままに赤子を抱きかかえ三女神の前に進み出た。


「へ~…睫毛が長くて可愛い子だね~ホントに男の子?あっ…そのようだね~…」


スクードが頭を振りながら舐める様に赤子を観察後、ある部分を見て納得していた。


「では我からだ…我からは『過去』に因んだ祝福を送ろう…」


ウルトは赤子の額に優しく口づけをした。

その部分が淡い青色の光を放つ。


「これでこの子にはあらゆる状態異常を招く魔法や毒物の類は一切効果を現わさないだろう…常に『過去』において一番良い体調が保てるのだ…」


この『過去』の祝福は魔法による毒、麻痺、混乱などはもとより幻術なども無効化するものであった。

これなら王族などに稀に起こる毒による暗殺を防げるという利点もある。


「次は私から『現在』の祝福を…」


ベルダンデが右の頬に口づける。

今度は薄紅色に光った。


「『現在』を健やかに生きるための人を引き付ける力を授けました…この子は誰からも愛され、誰もが力を貸してくれる事でしょう…」


『現在』の祝福は言うなれば魅了チャームの魔法に近い…人々は彼を見ただけで無条件に好意を抱くという物だ。

ただ魔法と違うのはわざわざ唱えなくとも常に効果が持続する事。

そしてこの力には一つ大きな問題があった。


「ただ一つお願いなのですが、この子が物心ついても絶対にこの祝福の事は本人に知らせないでくださいね!?絶対ですよ!?約束ですよ!?」


「はっ…はい…!!分かりました…!!」


先程まで物腰が柔らかかったベルダンデの突然の気迫に圧倒されるシャルル王。

ここまで彼女が念を押す理由は…この力を意識して使うと人を意のままに操る事が出来てしまうからだ。

しかし何故かベルダンデは敢えてその事を直接口には出さなかった。

『モイライ』はあくまで人間を信じるスタンスなのだ。


「じゃあ最後はスクードの出番だね!!ぶちゅーーっ!!」


少し強めに左頬に唇を押し付けるスクード。

最期は黄色い光が灯った。


「絶対にくじけない硬くて柔らかな心!!希望を抱いて『未来』目指して突っ走れーーーー!!!」


両手を広げクルクルとおどけながら叫ぶ。

『未来』の祝福は簡単に言うとメンタル強化…常に前向きで諦めないポジティブ精神を持ってこの子に未来を生きて欲しいとの彼女なりのエールだ。

先の二つの祝福に比べるとまじない程度のものだが、実はこれが大いに役に立ってしまうのはまだ先の話。


「ありがとうございます!!ありがとうございます!!」


赤子を抱いたまま何度も三女神に頭を下げるシャルル王。

人間が神に祝福を受けられると言うのはこの上ない幸運なのだ。

しかも一度に三つ…こんな事は過去のどんな文献を漁っても前例はないであろう。

しかし先程からずっと後ろのベッドで上体を起こしてこちらを見ているエリザベートは複雑な表情をしていた。


「オホン…最後に言っておかなければならない事がある…大切な事だからしかと聞くが良い」


「はい!!何なりと!!」


すっかり気をよくしたシャルル王は彼女たちの言葉を喜々として待つ。

しかし次にベルダンデから発せられた言葉は予想をはるかに超えた物であった。


「はい…ではこの子を今から女の子として育ててくださいね…」


「えっ…?」


聞き間違えたかと思った王は思わず聞き返してしまった。


「ですからこの子は今から女の子として育てよと…」


「え~~~~~!!!???」


訳が分からなかった…彼の脳が全力でその言葉の理解を拒んでいた。


「なっ…なっ…何故そのような事に!?」


この反応は至極もっともである。

折角産まれた世継ぎである男の子を何故女の子に育てねばならぬのか…。


「えっとね~そうしてくれないと今授けた祝福は全部なかった事になるんだよね~

大丈夫だよ…女の子するのは16歳の誕生日までだから」


スクードはさも他人事のように簡単に言ってのける。

彼女たち女神にしてみれば16年など欠伸程の時間なのかもしれないが人間はそうじゃ無い…シャルル王は大いに悩んだ…これ以上無い程の恵まれた力と息子の人生を天秤にかけるがそこはやはり人の親、この子の将来を考えるとおのずと答えは出ていた。


「折角ですがその話は…」


「あなた…お待ちになって…」


しかしそこでずっと傍観していたエリザベートが王の話を遮り三女神に対して口を開いた。


「モイライ…一つ質問宜しいでしょうか?」


「何だ?申してみよ」


「あなた方はこの子に…将来何をさせようと言うのですか?」


「………」


エリザベートの質問が余程都合が悪い事だったらしくモイライは押し黙ってしまった。

スクードに至っては目が泳ぎあからさまに挙動不審であった。


「16年後…何かが起こるのですね?この世界に何か恐ろしい事が…」


「…さあ…何の事でしょう…」


咄嗟に作り笑いで取り繕うベルダンデだったが明らかに何かを隠している様な素振り。

どうやら図星の様だ…恐るべき王妃の推理力。

大抵、神が人間に優れた能力を与えたりした場合、それに対して何か見返りを求めて来ることが多い。

それは魔物の討伐であったり、宝の探索であったり様々だ。

王妃の問いに尚も答えようとしないモイライは女神の癖に冷や汗を掻いている…その様子をみてエリザベートは覚悟を決めた。


「いいでしょう…その子を女性として育てる事に同意します…こうなったら徹底的にプリンセスとして教育いたしますわ…」


「ありがたい!!感謝するぞ妃よ!!」


礼を言うウルト、これではどちらが女神でどちらが人間か分からない。

いつの間にか女神とエリザベートは立場が逆転していた。


「そっそんなぁ~~~」


ガックリとうな垂れるシャルル王…残念でしたとしか言い様が無い…。


「では本当に最後の贈り物を我ら三人より送ろう…その赤子の名は『シャルロット』、『シャルロット・エターニア』!!」


こうして後に『女装王』と呼ばれるシャルロット王子の波乱の人生は幕を開けたのだった。

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