75.虚本偽書

75.虚本偽書






 やはり、機動力は空中移動出来る面子が早い。


 エリカ、リズさんがすでにグレムリンに肉薄している。

 ケンザンは少し、遅れているがそれは未来の改竄に備えてのサポートだからだ。

 今回のキモは相手を生命いのちをいかに削るかではなく、気の遠くなるような数の選択肢をいかに潰すかだ。


 そのため、全員が臨機応変かつ意思統一を実現する為にハンドサインを活用する事になっている。

 といっても、特殊なものではなく、冒険者達で使われている既存のものに、いくつか付け加えた程度のものだ。

 それでも、グレムリンが内容を知っていると思えないので有効だろう。


 現在のフォーメーションは、前衛オフェンスにエリカ、リズさん、ハリッサさん。後衛サポートに俺、ニコライさん、ユリアさん。ニーナさんは遊撃てきとう

 カイサルさんとクロエさんは、取り巻きである本の魔物の相手に俺の契約魔物を指揮しつつ、それぞれ攻撃にも加わっている。



 10分という時間は長い。グレムリンに継続攻撃を維持しつつ途切れさせないという、中々に無茶な事をやろうとしてるが、皆の表情に悲壮感もあせりもない。



「あら」


 グレムリンにニーナさんのバックスタブ背後からの一撃がはいった。大きい方のカマの先が裏表紙から、表紙のマネキンの胸を貫いている。

 そして、その背後をとった相手グレムリンに背後から捕らわれかけたニーナさんが、闇の中に消える。……闇なんてどこにもなかったはずなのにな。


「即死効果ですか。どうやら複数のスキルの組み合わせで実現しているようですが、なんて恐ろしい」


 恐ろしいと言いつつ嗤っているグレムリン

 俺の近くサポートラインまで戻ってきたニーナさんに悔しそうな顔はないが、俺としては多少の期待があった為、むしろこっちが落胆した。

 やはり、死という事象すら無かった事に出来るのは凶悪だ。


 それと、エリカの時もそうだったが、わざわざ捕まえようとするあの手は要注意だ。

 エリカの場合、捕まえたところで絶対矛盾で離脱出来る事が分かっているはずのグレムリンが、あえてそうしたのだ。

 即死効果か、そうでなくても決まれば戦闘不能と見るべきだろう。


 こちらは向こうと違って、キャンセル不可時間を巻き戻せないなのだ。




 リズさんの蹴りがグレムリンの即頭部に命中し、頭が消し飛ぶ。

 恐らくインパクト衝撃の上位スキルと思われるが、威力は凄まじい。だが、同時にグレムリンからも複数の魔法が放たれた。


 氷の槍はリズさんのカバーに入ったエリカによって全て破砕された。

 地面から生まれた闇の巨大な手は、再度接近しようとしていたニーナさんの足を止めたが、二丁のカマに切り払われて消滅した。


 こっちサポート陣にも石弾と光弾がとんで来たが、ユリアさんが襲ってくる魔法スキルを魔力に還し喰らう事によって防いでしまう。


 ユリアさんの職業の美食家はユニーク職業ではないらしいが、職業がそうなのか、メディックさんの強化のおかげか、なかなかに頼もしい。


 お返しにこっちから、スーちゃんの射撃モード、ケンザンの電撃、ニコライさんの銃弾が、今だ頭を失ったままのグレムリンを貫く。


 ニコライさんが使う拳銃は【特殊:メディック】によるもので、かつてメディックさんが衛生兵であった頃に使った事のある、武器や救急キットを魔力さえあれば無限に生成出来るというもの。

 この世界シードワルドに拳銃がないので、使い慣れておらず、ニコライさんは弾切れになるとリロードマガジン交換ではなく、拳銃ごと再度生成しており、魔力効率はあまりよくないが、ユリアさんは喰らった魔力を他人にも与える事が出来るので、今回は問題なし。


 RPG対戦車ミサイルも生成出来るらしいが、危ないので今回は禁止している。

 つーか、メディックさん。なんで、衛生兵がRPG対戦車ミサイルなんぞ使ってるんですか。




 さて、対グレムリンにしても、大量の本の魔物にしても持久戦になっている。

 まぁ、相手は不死身に近いので当たり前っちゃぁ当たり前なんだが。


 10分相手を削りつつけるというのは、10分間だけ攻撃を続ければいいというのではなく、相手に少しでも余裕を与えてしまったら、カウント再度10分間のやり直しだ。


 こりゃ、想像以上にきつい。

 皆表情に出してないだけで、思いは同じだろう。

 俺を含めて桁あふれオーバーフロー組は魔力が潤沢だが、他はユニーク職業であっても、そこまでいってないだろう。

 魔力管理しつつ、戦闘能力を維持しなければいけない。



 ケンザンをグレムリンの取り巻き対処に回し、代わりに家具ズをこっちに呼んだ。

 ケンザンはどちらかというと、対多数向きだ。エリカがリズさんやニーナさんのカバーにまわってるから、あっち取り巻きに回した方がいいだろう。



 って、おい。なんか、額縁が能天気にグレムリンの手に捕まってんぞ!

 何してんのあいつ!?


 一瞬だった。額縁が風化して崩れ去った。


 ……まじかよ、おい。




 しかし、俺の意思にその額縁からのコンタクトが入る。


 高速で時間を進めるスキルみたいだぜ、ってお前なんで生きてるの!?


 気付けば、俺のすぐ近くにティーポット先生と並んで額縁がいやがる。

 なんでもフェイクというスキルで、魔力で作ったほぼ同性能の分体を作るらしい。普通の分体と違い、本体とほぼ同性能なのでグレムリンも見抜けなかったのだろう。

 便利なスキルだが、魔力消費が大きすぎて来たばっかりなのに額縁ダウン。

 いや、ちゃんと仕事はこなしたと思うけどさ。


 裏庭界一の策士ティーポット先生の案だそうだが、だったら先に言っとけ。

 心臓に悪いわ!


 だが、相手の手の内が分かったのはありがたい。

 ありゃ、守護者まものとしての能力じゃなくて、悪魔としての力だろうな。

 即死効果みたいなもんだ。魔法スキルより、要注意。



 ハンドサインで、近接オフェンス組にもなるべく距離をとるように伝達する。

 10分間削りきるという目的がさらに厳しいものになるが、仕方ない。



 俺はへたれだ。死ぬ覚悟でやれなんて皆に指示出来ない。

 例え、皆にその覚悟が出来ていたとしてもだ。



 まだ、魔力消耗による影響は見えないが、俺の焦燥感は募っていく。

 なにか、打開策はないのか?



 ふと、スーちゃんがコンタクトをとってきた。


 取り巻き組みが変?


 え? まさかあっちが苦戦してんの!?



 慌てて確認するが、むしろこっちより安定してる。

 脅かさないで。スーちゃん。


 ん? 取り巻きの死骸?


 よくよく見ると床に結構な数の死骸が積み重なってる。まぁ、本の魔物なだけあって、燃えるゴミ置き場を連想させるが。


 それも、すぐに復活す――。


 俺はふと書架を見渡した。隙間無く埋まっていたはずなのにスペースが目立つ。

 いや、そもそもこの本の魔物はそこから出てきたのでスペースが出来て当たり前なのだが、俺が記憶していたよりも大幅に増えている。


 なぜ?

 基本、復活出来るはずのこいつら本の魔物にはお代わりなんて必要ない。


 よく、取り巻き本の魔物を観察する。

 カイサルさんの魔獣の咆哮によって、取り巻き本の魔物の一部が瞬滅した。職業が魔法具師となったカイサルさんは、魔法具の力を本来のもの以上に引き出す事が出来るようになっている。

 魔獣の威力も、向こう地球のものと遜色ない。

 あれを喰らっては、本の魔物も形すら残らない。だが、奴ら本の魔物の復活に威力の大小は関係ない。


 やはり、消滅した奴ら本の魔物は復活し――足りない分・・・・・が書架から補充された。



 ………………。



 床に積みあがった死骸はそういう訳か?

 でもなぜ?

 グレムリンのエレディミーは書庫に満ちている。範囲外という事もない。




 ……エレディミー?



 もはや、ハンドサインを使わず叫んだ。


「弓部隊とクマ軍団はこっち! カイサルさんとクロエさんもこっちへ! 残った奴らも完全にブロックする必要はない。こっちで対処する!!」




 くそったれ!!

 考慮漏れもいいところだ!


「何かあったのか!?」

「カイサルさんは魔獣を消耗ペース気にせずぶっ放してください。クロエさんは弓部隊の指揮をお願いします。それとクマ軍団を使って・・・下さい!」


 カイサルさんに答えず指示を出す。

 クラントップでパーティーリーダーに不敬もいいところだが、今は時間が惜しい。


 そして、契約ネットワークを通じて追加の指示を出す。



 俺の考えが当たっているか否か。

 ここがこの勝負の分水嶺だ。



 こちらの攻撃密度が急に増し、あきらかにグレムリンの余裕がなくなってきている。


「ぐっ、なんですか。この属性攻撃の数は!?」


 特に手を焼いているのは、一番威力のなさそうに見えるスケルトンアーミーの弓での攻撃だろう。

 奴らスケルトンアーミーの後ろにクマ軍団がいる。


 クマ軍団はクロさん夫妻を除けば全員が属性持ちな上に、しかも属性バラバラ。おまけに他人にも属性を付与出来る。それを弓部隊に付与させた。16種の属性攻撃だ。


 伝説クラスの魔物様だ。いくつかの属性防御魔法くらいはもっているだろうが、16種全部なんて防ぎきれるか? しかもこの世界シードワルドにおいては、物理と属性は別物。どちらにも対処しなければならない。



 そして、さっきまでの攻撃に加えてカイサルさんの魔獣と、ケンザンの電撃が加わるのだ。


 ボロボロになっては復活し、ボロボロになっては復活を繰り返すグレムリン。

 しかし、奴は内心ほくそ笑んでいるだろう。

 こっちはあきらかにオーバーペース。焦りで判断を誤ったと思っているだろう。



 グレムリンの周囲を魔力の波が広がっていき、今まさに攻撃態勢に入ろうとしていたエリカの隠遁が破られる。


「一度ならともかく、二度も同じ手はくいませんよ!」


 とっさにエリカは逃げようとするが、足首をグレムリンにつかまれる。

 恐らくは、額縁に使ったあの攻撃をしようとしたのだろう。



 焦っていたのはどっちだ?

 絶対矛盾を持つエリカの足をつかめるのは不自然だとは考えなかったのか?



 次の瞬簡に起きた事を、グレムリンは理解出来たろうか。



 エリカを掴んでいた腕がひじのところですっぱりと切り取られたのだ。

 隠遁の上位スキル、【影技:影遁】で潜んでいたハリッサさんの四重スラッシュによって。

 切り取られた腕は、エリカの足首から離れ床に落ち灰のように崩れた。


 そして、グレムリンは我にかえって、切られた腕を治癒魔術で再生させた・・・・・・・・・・



「未来の改竄は使わないのか?」


 俺の言葉に、グレムリンは己の失態を悟ったようだ。



 スーちゃんの指摘によって、俺は取り巻き本の魔物が全て復活している訳じゃない事に気付いた。


 そもそも、カイサルさん達の強化をしたのは誰だ?

 悪魔のメディックさんだ。

 悪魔のメディックさんはなぜ生まれた?

 エレディミーアームズオリジナルのメディックさんを喰らい、ただでさえキャパ許容量オーバー気味だったのに、そこにさらに守護者エルダーマギペディアを喰らったからだ。


 これは悪魔のメディックさんだって想定外だっただろう。

 グレムリンの最大の強みは未来の改竄。

 それが自分悪魔のメディックさんが抜けた事によって弱体化していたなんて。



 全ての取り巻きをフォロー出来ず、遡れる時間は恐らく十秒程度。



 いける。


 【召喚魔法:召喚】


 ここで俺は切り札を召喚した。

 本来は負担が大きすぎた為、10分の壁は厳しいとお蔵入りになったもの。


 召喚したのはゲートさん。

 しかし、ゲートさんが戦うわけじゃない。ゲートさんはただ、それ・・を保管してもらっていただけだ。




 あまりにも、それは危険すぎたから。




 ゲートさんが隔離空間から出したそれ・・を受け取り、使うにもっとも相応しい人物の名を呼んだ。


「ニーナさん! 受け取って!!」


 俺が乱暴に投げ渡したそれを、ニーナさんは二丁カマを手放して両手で受け取る。

 それは一冊の本だった。鍵がかかっていたが、ニーナさんが受け取ると勝手に外れた。


 本を管理する賢者ギルドの長。禁書の閲覧権限を持つ者。

 この人以外に、それ・・を扱うに相応しい人はいない。


「マサヨシさん! これは!?」

「イカイシラベです!」


 正真正銘の偽書マガイモノ。そしてそうであるが故に本物の力を秘めたるモノ。

 ゲートさんの【特殊:可能性ノ世界】で召喚した、虚本である存在しないが故に、アルマリスタに伝わる伝承という架空世界から招きよせる事が出来たモノ。



 普段表情が分からないニーナさんの顔が歪むのが分かった。

 そう、この偽書イカイシラベは本物の力を持つが故に負担がきつい。そして、その負担は魔力ではなく、別の何か。

 俺では触れるだけで精一杯だった。



 事前に何も言ってないし、ニーナさんだって万能じゃない。

 それでも、もし扱えるとしたら、ニーナさんだろう。



「なんです、それは!?」

「皆! 絶対にあいつグレムリンをここに近づけるな!」


 恐らく本能的に危険を感じたのだろう。

 無表情だったはずのマネキン顔から、必死になっているのがわかる。

 なにせ、影響がでかすぎるのでこっちもスーちゃん、ヘルプさん、ガイドさんの感覚をシャットアウト遮断してるぐらいだからな。



 ニーナさんは苦しげに一息つくと、片手でイカイシラベを支え、もう片方の手を表紙に乗せた。



 ≪ニーナが要請を行いました≫

 ≪代行者天照がニーナの要請を優先度最上位で受諾≫

 ≪ニーナがスキルカスタムパックを実行≫

 ≪ニーナの職業が悪魔祓いに変更されました≫



 謎お告げシステムロググレムリンにも届いたのか、皆の攻撃を受けてボロボロになっても、なりふり構わずこちらへこようとしている。




 だが、その動きが止まった。


 ニーナさんの厳かな詠唱によって。




『我、呼びかける。応えるモノへ。死者の都に眠りし罪を赦すホノオ。罪を焚べる免罪のタイカ』




 ニーナさんは本を開いていない。閉じたまま、表紙に手を置いたままで詠唱している。

 そもそもこの世界シードワルドの魔法には詠唱なんて必要ない。

 複数人で使う合同魔法でのタイミング合わせや、未熟な使い手がイメージ力を補完するのに使う程度だ。


 しかし、その詠唱は違った。言葉そのものが力だった。


 ヘルプさんが、この本の事をこう分析した。

 これこそ、魔法。神の奇跡本物の魔法だと。



 凄まじいまでの怖気が走った。感覚を通り越して衝撃に近かった。

 これはヤバイ。あまりにもヤバすぎる!!



「皆! 目を伏せろ!! 絶対に見るなぁ!!」


 言葉で、契約ネットワークで警告する。

 悪魔どころじゃない、これは生命いのちを持つ全てに対しての危険物。


 敵を前にして目を伏せるなんて自殺行為だが、まともにみたらそれこそ自殺になりかねない。




『悔いを喰いて杭と成し、供物をニエタギル大地へと届けん』




 目を伏せてなお、書庫に光が満ちたのが分かった。

 俺は、俺達は震えてそれが終わるのを待つしかなかった。


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