71.神の座と悪魔

71.神の座と悪魔





 ケンザンとマスターリッチの戦いは苛烈極まりなく、街中でおっぱじめたらよくて追放、悪けりゃ死刑なやつだった。

 守護者だから、取り巻きがいてもおかしくないんだが、いた所でこんなもんに巻き込まれたらひとたまりも無いと思う。



 観客は俺とスーちゃん、エリカとニーナさんだったが、時間がたつにつれ、一人また一人と増えていった。

 カイサルさんが、何やらボロボロの衣服に彼のマントを羽織ったクロエさんを伴って現れた時は、みんなで生暖かい目で迎えて上げた。

 カイサルさんが、なにやら弁解の言葉を並べていたが、誰もきいちゃいねぇ。

 それにどうせ、ハリッサさんがシルヴィアさんにありのまま脚色して報告するだろうし。


 全員・・がそろう頃には、勝負が決まっていた。

 分体のソードブレイカーが太刀を折り、戦槌が小太刀を砕いていた。

 そして、紫電に絡めとられたマスターリッチはケンザン本体に貫かれていた。


 スケルトンと違い、リッチには半物質的ながら肉体がある。

 並みの物理攻撃なら威力半減も期待できたろうが、さすがにケンザン相手には通用しない。それにあいつケンザンは感電と麻痺の状態異常2種持ち。物理攻撃以外でも攻められる。



 それでもまだ命の火が残っているのはさすがと言うべきか。

 生きているうちに聞いておくべき事がある。


「ラシードさんの遺体はどうした?」

「カカカッ。そこの火で焼いた。奴に限らず、我輩に挑んだ戦士達はその炎の内で、我輩もまた焼かれる日をまっておろう」


 あの焚き火か。

 スーちゃん曰く、普通の火ではなく魔力溜りに近い存在らしいが。

 マスターリッチは己の命が消えようとしているのに、笑い声は哄笑となり、ダンジョン内に響いた。


「我輩は負ける訳にはいかなかった。我輩に敗れた者達が弱者であらぬ事を証明する為に。ケンザンと言ったな、我輩に勝った以上敗北は許されぬぞ?」


 マスターリッチが突然燃え上がった。

 焚き火から離れているにも関わらずだ。


「あの火こそ、この階の宝。魂を継ぐ火だ。覚悟があるのなら喰らっていくがいい。炎の中に消えた魂の数だけお前は強くなるだろう。

 だが、覚悟するがいい。敗北はお前も炎の中の魂の一つにするだろう。この我輩のようになぁ!」


 その叫びを最後にマスターリッチは消えた。焚き火が一瞬だけ強く火の粉を撒き散らした。


「あれが宝か。どうする?」


 ケンザンに尋ねたが、ケンザンは当然とばかりに焚き火に己が身を突き刺した。

 焚き火が大火となりケンザンを包んでいく。その全てをケンザンは喰らっていく。

 やがて、焚き火は赤く焼け跡を残す灰となった。


 唐突にギチギチとケンザンから異音がした。


 みんなの中には不安そうな顔もあったが俺はまったく心配していなかった。

 やがて、ケンザンの剣先が縦に裂けていく、それは腹から柄まで続いた。


 そして、ケンザンの姿は小太刀と太刀の2本の刀となった。


「それが新しいお前の形か」


 俺の言葉に応じるように、はさみのように2本の刃を打ち鳴らす。


「マサヨシ。出たぞ」


 カイサルさんの言葉にそちらを向けば、魔法陣が出ている。80階、〈赤い塔〉最上階への唯一の道。


「とりあえず、ここで一度情報の刷り合わせをしましょう。皆、話したい事、聞きたい事があるでしょうし」


 俺の言葉に異議は一切なかった。






 皆が心配していたので、先にヴィクトールさんの事は話しておいた。

 敵の悪魔の罠にかかって死に掛けた事。リズさんのスキルという形で新たな命を得た事。

 みんな目を丸くしていた。リズさんも目を丸くしていたが、こっちはどこで知ったのかという事で驚いているんだろう。

 まぁ、それも後で説明するとして。



 焚き火はケンザンが食っちゃったので、スーちゃんの収納から新しいキャンプセットを出してもらった。

 いや、あの焚き火は過去にここで死んだ人の魂の集合体だったらしいので、それを囲む気にもなれなかったのだが。


 新しい焚き火を中心として、皆思い々々のところで座る。


 ちなみにスーちゃんがキャンプセットを持っていたのはたまたまではなく、いつも準備していたのだ。

 ダンジョンの奥深くになると、日帰りとか出来ない場合があるので、タープテントやら、薪やら、簡易組み立てベッドやら、食料やら。

 ただし、本来時間のかかる魔物の素材取りや採集物集めを、いつもスーちゃんがやってくれるので、使う機会がなかったのだ。


 ……少し、自分達だけでも出来るようにしとかないと堕落しそうだなぁ。手遅れやっちゃった感がしないでもないが。まぁ、人間を堕落させるなんてスーちゃん、悪魔らしいっちゃらしいか?



 そうそう、悪魔と言えば。


「マサヨシ。えーと、この人達は?」


 リズさんが困惑したように聞いて来る。

 例の二人悪魔がリズさんにジャンピング土下座をかましたからだ。


 正直、この階に生息するコメツキバッタ目・バッタ科・バッタショウリョウバッタです――とでも言ってやりたかったが、さすがにこの場でそれをすると収集がつかなくなるのが目に見えたので普通に紹介した。


「緑の方がアルラウネ、もう片方がイグドラシル。まぁ、いわゆる悪魔って奴です。俺達の世界地球の方のですが」

「はぁぁあ!?」


 いかん。普通に説明しても混乱した。

 他のみんなも目を丸くしてる。……エリカとニーナさんを除く。

 しかたなし。



「良い機会なので、詳しく説明しておきます」


 ここの面子パーティメンバーにはほとんどの事はオープンにしていたが、神明組の事だけは伏せてたのだ。

 やー、さすがに宗教からむしね。

 一応、エリカは勿論知ってるし、ニーナさんには相談とかする都合上打ち明けてた。

 まぁ、熱心な神明教徒いないし、大丈夫だろ。



 俺は手短に俺達の世界地球同様にこの世界シードワルド神明様が不在であり、本来であれば世界シードワルドは滅んでいた事。

 そこのコメツキバッタコンビが、神が作った見えざるシステムを操作して、かろうじて世界をもたせていた事を説明した。



 説明してる俺が言うのもなんだが、コメツキバッタのせいで説得力皆無。



「え、えーと。マサヨシが言ってる事が事実だと仮定するね?」


 リズさんが遠慮がちに二人に話しかける。


 ……お前ら。仮定の存在にされてんぞ。

 一応、あっち地球じゃ、どっちも悪魔では幹部クラスなんだがなぁ。


「なぜ、私に頭を下げているの?」


 恐る々々といった感じでアルラウネが顔をあげる。

 が、言葉がなかなかでないようで何度かぱくぱくと口を開閉していたがようやく口にした。


「ほ、本日はお日柄も良く――」

「はい?」


 あかん。てんぱってる。

 お前本当に悪魔か!? 

 コミュ障の悪魔ってどうなんだ?


「あー、もういい。お前らが言いたかった事は俺が代弁しとくから。補足があったら、それだけたのむ」


 へへー土下座状態があんまりなので、強引に二人を正座状態にしてから、俺はリズさんに向き直った。


「こいつらが頭を下げてるのはヴィクトールさんの事です」


 言いながら、俺はリズさんの脚甲に目を向ける。


それ・・が今のヴィクトールさんの姿ですよね」

「ええ、そうよ。え? ひょっとしてみんな、ヴィクトールの声が聞こえてないの?」


 リズさんは驚いて周囲を見渡す。

 誰もが首を横に振った。


「今のヴィクトールさんは厳密には魔物じゃないですけど、リズさんとの繋がりは契約魔法のような感じになってます。

 少なくとも、今のままじゃヴィクトールさんの意思こえが聞けるのはリズさんだけになります」


 図書館での勉強の成果もあるが、元々召喚師という職業上、契約魔法関連については詳しいつもりだ。

 リズさんと契約状態にあるヴィクトールさんはあくまでリズさんの契約ネットワーク内でしか意思のやりとりが出来ない。

 リズさんが新しい何かと契約したり、何らかの方法で他のネットワークに接続でもしない限りは、当人同士しか意思が通じ合わない。


 まぁ、それはそれでイチャイチャし放題という見方もあるが。


「まぁ、細かい所を端折ると……、ヴィクトールさんをそんな姿にしてしまって済みませんとの事です」

「端折りすぎでしょ!」


 ナイスな時間短縮だと思ったが怒られてしまった。


「確かに、ヴィクトールが死んだ――ううん、死に掛けたのは悪魔のせいだと聞いてる。だけど、ヴィクトールの話だとグレムリンって名前の悪魔だって言ってるわよ」


 グレムリン……ね。

 実はそっちの名前の方は神明バッタ組から初めて聞いた名だ。

 ヘルプさんが知っていて、なんでもハッキング部隊の下っ端だったそうだ。

 なので、最後の決戦の時は待機だったはずだけど、気付いたらいなくなっていた、と。



「さっきも言ったように、この世界に神はいません。ただし、神のアカウントと世界を運用する仕組み見えざるシステムが残っていたので、この二人が運用していた訳ですが。

 こいつらが、神の座に居座り仕組みを運用する限り、この世界シードワルドは破滅の危機を逃れ続ける事が出来ますが、逆に言うとそれはこいつらが神の座を降りた途端、再度この世界シードワルドは破滅へと向かいます」


 一度、言葉を切って皆を見渡すが、どこか実感が無い感じだった。

 そらそうだ。

 おれだってエレディミーアームズ脳みそくり貫きの経験が無ければ。そして、スーちゃんとの出会いがなければ、神がどうのこうのなんて信じなかった。


 まぁ、実感はさておいて現状だけでも把握してくれればと思って説明を続ける。


「で、そんな事態を避ける為に、こいつらは神の代行者を作ってたんです」

「神の代行者?」

「ありえるのか、そんなもの」


 さすがに黙っていられなくなったのか、カイサルさん、ニコライさんが突っ込んで来る。まぁ、そこら辺はもう完成してるんで、あると言うしかないんだよな。


「まぁ、代行者と言っても本当の神と違って、決められた通りに仕組み見えざるシステムを操作するだけのものでしかないらしいですが。

 それでも神の座に置こうってもんですから、結構な手間暇がかかるものだったらしく。こいつらはそれにかかりきりになってしまった。

 まぁそれでグレムリンって奴に隙を突かれたらしいです。どうもダンジョンマスターの権限に問題セキュリティホールがあったらしく、そこから仕組み見えざるシステムに侵入したらしいです」

「隙を突かれたって、具体的にどういうことっす?」


 ハリッサさんが首を傾げ――を通り越して90度くらい首が折れ曲がっている。

 まぁ、地球ではコンピューターやインターネットなど、例えるものに不自由しなかったけど、この世界にはパソコンもないしな。

 一応、魔法スキル系のネットワークの概念はあるが、これは地球のそれとは違うし、それ以前にハリッサさんは、その手のスキルに縁がない。

 要点だけでも掴めてくれればいいけど。スキルの第六感考えるな、感じろに期待するのは無茶だろうか。


「神の座を乗っ取られかけたらしいです。代行者ごとね。

 幸いな事に僅差で密告者から警告を受けて、神の座、代行者、その他諸々の機能を停止させて時間をかせぐ事に成功したんですけど。

 こいつら神明組自身も巻き込んだ為、自分達も一緒に機能停止しちゃったんですよ。今ここにいるのは、予め分離していた分体です」



 今度はリズさんが首を傾げた。


「で、この人達が私に頭を下げている理由が結局分からないのだけど。

グレムリンという悪魔にしてやられた。それは分かったけど、ヴィクトールの件には何も繋がらないわよね」

「私達が気を抜かなければ、今回の事態は起きなかったはずです」


 それはアルラウネの声だった。

 今度は大丈夫そうだ。


「ヴィクトール様だけじゃない。私達の犯したミスで、多くの方に迷惑をかけてしまいました」

「うぇぇぇぇい!!」


 隣のイグドラシルが突然大きな声を上げて、全員がびっくりする。


「イグドラシルも言っています。我らが責務を怠ったのは弁解しようのない失態。死してなお許されざる大罪だと」


 ……大罪って、お前ら原罪の悪魔だろうに。


 一方、リズさんはさっきのイグドラシルの発言うぇーいに納得がいってないようだ。


「……今の叫びに本当にそんな意味が含まれてたの?」


 これも説明しとくか。


「イグドラシルは向こう地球じゃ、最大の力を持った悪魔なんだけど。力がありすぎて上位の次元に半分突っ込んでて、悪魔達に対しても、まともにコミュニケーションがとれなくなってまして。

 で、スーちゃんが特定機能に特化した分体を作れるように、イグドラシルも俺らの次元に合わせたコミュニケーションのとれる分体を作ったんです。それがこっちのアルラウネ。

 力が余って、独立した自我を獲得しちゃったんですけどね。

 ……悪魔のメディックさんのように」


 リズさんは目を見開いた。


「マサヨシ! 悪魔のメディックさんの事知ってたの!?」

「いや、二人神明組から聞いただけですよ。さっき言った密告者ってのが、そのメディックさん。

 ……消えちゃったんですよね? そのメディックさん」


 リズさんは決まり悪そうにためらっていたが、結局コクンと頷いた。


 仕方がない――なんて思わない。

 例え、ヴィクトールさんのように、別の存在となっていても。会いたかったよ。


「悪魔のメディックさんはグレムリンから溢れた力が悪魔と化した存在だった。そして、俺がここに来た時に、自分の中のエネルギーエレディミーを皆の強化に使った。それが、みんなが突然転職した理由です」


 ちょっとメンタル的に限界近かったので、クールダウンする冷静になる為に口を閉じた。


「マサヨシ君。キミがそんな悲壮な感じだと、私がした事の意味がないじゃない」


 声が聞こえた。

 ここにいないはずの人の声。

 聞き覚えのある声。

 聞き覚えのある意思こえ


 俺の目の前に軍服に赤十字の腕章をした女性が現れた。


 俺は開口一番に言った。


「……どなたですか?」


 メディックさんが涙目になってた。

 いやいや、さすがにメディックさんの意思こえは忘れないって。




 ……ただ、ごめん。

 実は男性だと思ってたことを心の内であやまっておく。

 恨むなら、実はネカマなんだぜ、とか言ってたカニさん変態紳士を恨んで。

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