56.やましい事はありません

56.やましい事はありません






「さて、と」


 ふいにニーナさんが立ち上がった。

 片手にはダンジョンで得た本。もう片方には巨大キャベツ。


「私はこれでおいとましますね。このキャベツも研究対象になりそうですので貰っていきますね」


 まぁ、それ自体は問題ない。いくら野菜不足とはいえ、キャベツ1玉でどうこうはならない。

 ただ、俺にとって意外だったのは、パーティの反省会がまだ途中だったに中座したからだ。

 てっきり、最後まで聞いていくと思ったのに。


「キャベツはかまいませんが。何か用事でも?」


 言ってから、この人は仕事から逃げてきた事を思い出した。

 そろそろ仕事に戻らないとまずいからかなと思ったが違ったようだ。


「この本は少し早く調べたほうがよさそうですので」


 本?


 ダンジョンのハコさんから得た本は、読めこそしなかったものの、それがただの書物。魔法具の類などではない事ははっきりしている。


 なにせ、魔法具の専門化たるカイサルさんと、解析が得意じゅうどのフェチなヘルプさんのお墨付きだ。



 もしかして、ニーナさんにはあの文字が読めるのか? あれは地球でもこの世界シードワルドにもない文字なんだぞ?


「これはイカイシラベである可能性があります。であれば、早急に真偽を調べる必要があります」


 イカイシラベ?


 その単語が出た瞬間、周囲の空気が一変した。

 なんだ? 有名な本なのか?

 いや、ただ有名なだけでなく。周囲の空気は何か驚異的なものと対峙しているかのようだ。


「確かなのか?」


 カイサルさんの問いにニーナさんは首を横に振る。


「繰り返しますが、あくまで可能性。まだ真偽には至っていません。そして、これが真であるならば、賢者ギルドとしては禁書指定として扱うでしょう。

 可能性とはいえ、そんなものをいつまでも外部におく訳にもいきません」


 話についていけない。

 図書館の資料にもそんな話はなかったし。念のためにスーちゃん情報を検索してみたけど、やはりない。


「イカイシラベって何ですか?」


 とりあえず、知っておいたほうが良いと思ったので聞いてみた。

 そしたら、爆弾発言が返ってきた。


「対悪魔用の兵器。あるいは悪魔に対する対処方が記されているものをそう呼びます。この世界のものではなく、異界の書物である事以外は賢者ギルドでもあまり知られていませんし、口外する事も許されていません」


 うぇーい!?

 ちょっと、まって!


 ヘルプさん、ヘルプさん!

 ニーナさんだいまおうがあんな事言ってますが!?


『いえ、あれは間違いなくただの本のはずなんですが』


 絶対に?


『ええ。まぁ。読めませんので情報的な価値は分かりませんが、そんなものが我々あくまに害するものとは考えにくいです。

 エクソシストが使っていた聖書の一文とて、ニホン語で読み上げられた場合、こっちもニホン語が理解出来なければ効果はまったくありませんしね』


 まぁ、ああいうのは相手に伝わってこそ効果があるもんな。


 しかし、だとするとニーナさんの意図はなんだ?

 あれがイカイシラベであるかどうかはともかく、ここで悪魔関連のものであると口にする意味はどこにある?


 念話で聞く手もあるんだが、たぶんハリッサさんの第六感が察知する。


 迷ってるうちにニーナさんが俺の背後を通り過ぎる。


「そろそろ、潮時でしょう。今回の騒動の発端が予想通りなら、いつまでも黙っているわけにはいきませんよ」


 それは大きな声ではなかったものの、俺以外にも十分聞こえる声だった。


 そして、そのままニーナさんは出て行った。

 自然、みんなの視線は俺に集中する。


 背中を押した、と。まぁ、そういう事なんだろうな。

 結局、あれが本当にイカイシラベとニーナさんが思っているかは不明だが、本命はこっちだった訳だ。



 アルマリスタを大混乱に陥れている改変期。

 三つのダンジョンが同時に改変期に入ったという事実に、俺は悪魔がからんでいると見ている。そして、それはニーナさんも同じ結論のようだ。


 俺には秘密が多いが。異世界と悪魔、この二つはその中でも双璧ツートップだろう。この部屋にいるパーティメンバーにはかなり俺の秘密をオープンにしているが、それでもその二つに関しては口にした事はない。


 言い訳するなら機会がなかったというのもあった。

 言ったからと言って何が変わるでもないものな。



 ただ、今は状況が違う。

 もし、今回の改変期騒動が俺の予想通りなら、その二つを黙っているのはパーティにとって不利益であるだろう。



 選択肢は二つ。


 あくまで隠し通すか。

 全てを晒すか。


 俺一人の問題ではなく、エリカも関わる話だが、あいつの決断はいまだ俺が預かったままだ。

 つまり、俺が選択しなきゃならない。



 ……なら、決まっている。

 俺の選択は――



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



 ハウスさん家の裏庭の端。……とはいっても、あまりにも広大なので適当な範囲に柵で区切りをつけているだけなのだが。

 そこでエリカが短剣は突いては切り下ろすを繰り返している。その隣には見本を見せているハリッサさん。

 そばにはリズさんがいる。


 あれはスキルの練習なのだが、あまりうまくいってないのは遠目にでも分かる。

 想像なのだが、やはりエリカの職業である戦闘機は、スキルの適性が特化されているのではないかと思う。

 それも恐らく、機動力に。

 元より、絶対矛盾という最強の武器と防具を持つエリカには、本来他の戦闘スキルは必要ない。

 強いて言うなら、レーダー系だがそっちはガイドさんがいるしな。


 俺はだいだいのスキルは訓練すれば手にはいるが、それはあくまで神明組に無理を言った結果だし、そのおかげで連絡不通なんて事態にもなっている。


 まぁ、言っても今更。あの時は自分の事すら分かっていなかったし、あるいは選択のやり直しが出来ても、やはり俺は力を求めただろう。


 俺は俺。状況が同じなら、同じ選択肢を選んでしまう。

 人によってはそれを愚かと笑う人がいるかも知れないが、甘んじて俺はうけるよ。でも、いまさら他の生き方なんて出来ないよ。



 頭を振って、益体もない考えを振り払う。


 エリカががんばっているように、俺は俺でやらなきゃな。

 そして、止まっていた作業を再開する。


 両手をバレーボールを持つように構える。

 傍目にはそう見えるだろうし、実際に何も起きていない。というか起きたら困る。


「危なくないのか?」


 背後から声がかけられた。カイサルさんだ。

 俺はスキルに集中する為振り向かなかったが、スーちゃんを通して見ると一人だけだ。


「危なくならないようにする特訓ですので」


 俺のやっているのはメドローアマトリフししょうもどきである。

 すなわち【火魔法:炎撃】、【水魔法:冷撃】の合成。

 漫画のような物騒な事にはならず、ただ対消滅するだけなのだが、的を用意せず周囲に迷惑をかけないという点ではなかなかのトレーニング方法だと思っている。

 ……まぁ、魔力消費が酷いのでやれるのは俺くらいなんだが。


 カイサルさんは、どうやら見ただけでやっている事を理解しているようだ。

 とはいえ、俺の最大魔力量を知らなければ、可能性から排除している行為だろう。



 俺はみんなパーティに全てを話す事を選択した。


 俺達が別世界の人間である事。

 エレディミーアームズという禁忌の兵器と悪魔の存在。

 そして、俺達の持つ法則外はんそくの力の事。



 まだ付き合いの浅いクロエさんは動揺していたが、他のみんなはそれ程驚かなかった。

 結構、凄い事実だったはずなんだが。まぁ、ここまででも色々見せちゃってはいるしな。


「魔力を込めすぎると、不安定になって、ただの自爆になりかねないんですよね」


 同じスキルでも、そのスキルの熟練度と込める魔力によって威力は変化する。

 実際、イージスの杖の能力であった【盾】は、サンドロスさんを完封した。

 魔法具で出来て、スキルで出来ないというのは理屈に合わないと思うのだが。


「イージスの杖は、高品質なものだけあって魔力回路パスも強固だったからな。

 ゼロから魔力回路パスを構築するのとはわけが違うさ」


 うーん。やっぱそうか。

 ……と言っても、イージスの杖は修理のめどが立たないし。


「無駄なあがきですかね?」


 カイサルさんは苦笑して頭をかいた。


「本来、冒険者は己で試行錯誤して大きな力を手にしていくんだが、お前は逆だな」

「悪い事なんですか?」

「まさか。いい心がけさ」


 立ったままトレーニングしている俺の横にカイサルさんは腰をかける。足元にいたスーちゃんにポンと手を乗せる。


「まぁ、お前の秘密については、正直今更って感じだったんだが」


 デスカネー。


「改変期に悪魔が関わっているって話。信憑性があるのか?」

「正直言うと分かりません。ただ、俺がアルマリスタに来たタイミングに、改変期が起きたのは都合が良すぎと考えています」


 ダンジョン一つならともかく三つ同時だしね。


「悪魔がなぜアルマリスタのダンジョン。それも三つのダンジョンのそれぞれの意思。ダンジョンマスターの位置を知っていたのかも疑問ですしね」

「結局、よくわからない、と?」

「ぶっちゃけ、そうです。すいません」

「謝るような問題でもないさ」


 俺の両手の間。何もなかったはずの空間に突如、色が滲み始める。


 おっと、危ない。気を抜いたせいか?


 スキルが不安定になったので解除した。アークウッドゴーレムに使った程度の威力なら、正直世間話をしてても問題ない程度なのだが。それ以上の出力で安定させようとするとこのざまだ。


「イカイシラベでしたっけ? あれ本物だと思います?」


 ごまかしがてらに話題を振ってみる。


「さてな。所詮、俺が目利きできるのは魔法具だからな。お前に発破をかける方便だったのかもな」

「やっぱり、そうですかね? ちなみに本物はどんなのです?」

「俺も詳しい訳ではないが、それが魔法具ではない事は確からしい。何でも異世界の法則を召喚する力があるとか」

「……まぢですか?」

「さてな。ただ、アルマリスタでは過去になんらかの形で使われたとは聞いた事がある。だからこそ、賢者ギルド長の言葉を否定もできん」


 本の権益を支配するのは賢者ギルド。そこの長の言葉じゃなかなか疑えないよなぁ。


 カイサルさんはスーちゃんに乗せた手を上下させる。ぽよんぽよんとスーちゃんが弾む。


「まぁ、気になるなら直接聞いてみるといいだろう。向こうもお前相手に隠し立てするつもりはないんだろう?」

「隠し立てするような事柄には首を突っ込むつもりはないですけどね」


 祟られるのが目に見えてるし。


「ところで……」


 スーちゃんを通して振り返らずに後ろを見ると、ずっとこちらを見てかんしいる人がいる。


「クロエさん。待ってますよ」

「………………」


 平静な表情だが、脂汗を隠しきれないカイサルさん。

 さては、ここが安全地帯だと思ったのか?

 すでにあなたは三角関係シボウフラグという、歩く危険地帯デッドオアライブだというのに。


「いいじゃないですか、両手に花ですよ」

「……お前、人事だと思って」

「クロエさんとの夜這いの攻防がうるさいから部屋かえてくれって人が多いんですよ」


 カイサルさんの表情が青ざめる。

 ……気付かれてないと思ってたのか。夜のクロエさんは意外な程アグレッシブなのに。


「まさか、シルヴィアには言ってないよな」

「……俺は・・言ってませんよ」

「……誰が・・言った」


 ごまかす理由は俺にはない。ので、素直に話した。


「ハリッサさんです。なんでもシルヴィアさんからの正式な依頼だとドヤ顔してましたが」

「………………」


 顔を抑えてうめくカイサルさん。

 が、スーちゃんから手を離して立ち上がる。


「冒険者ギルドに行ってくる」

「ご武運を」


 そのまま立ち去るのかと思いきや、カイサルさんはすぐに立ち止まった。


「そういえばな、俺もお前に秘密にしていた事がある」

「無理には聞きませんが」


 俺の秘密を話したのはあくまで、俺が必要だと判断したからだ。

 交換条件みたいなもんは、毛頭考えていない。


「前に特殊系スキルを持ってる奴を判別するスキルを持っているといったな。だが、本当のところ、そんなスキルを俺は持っていない」

「え?」


 たしかにそれは結構な秘密かも知れない。

 しかし、同時につじつまが合わなくなる。俺にしろ、ハリッサさんにしろ特殊系スキルを所有しているのをカイサルさんが見破ったからだ。

 ハリッサさんはどうか詳しく聞いてないが、俺はもってるそぶりも見せていない。


 俺の疑問を読み取ったのか、カイサルさんは苦笑を浮かべる。


「別に特殊系スキル持ちってのはあてずっぽうじゃないんだぜ」

「だったら」

「要はスキルじゃないんだ。分かっちまうんだ、同類がな」

「……同類?」

「はっきり、これがどういう力なのか分かったのはエトムント村長とニーナギルド長に会ってからだがな」


 エトムント村長とニーナさん。二人に共通するのは。


「まさか、ユニーク職業を見分ける事が出来るんですか?」

「というよりも、ユニーク職業の適性を持つ奴を判別できるんじゃないかと俺は考えている。実際、ハリッサも俺もユニーク職業じゃない」


 そして、カイサルさんは付け加える。


「今はまだ、な」


 地球ではすでにエレディミーコアを持った人間を調べるすべは失われている。


「まさか、その事を誰にも喋ってませんよね?」

「当たり前だ。やばいんだろ?」

「ええ」


 こっちの悪魔がエレディミーコアを探す方法を持ち続けているかは分からない。

 だが、手段は多いにこした事はないだろう。

 カイサルさんのそれは危険すぎる。


「これはあれか? 個性って奴か」

「分かりません。この世界で生まれたエレディミーコア所有者のデータなんてありませんし」


 俺の知っているユニーク職業はエトムント村長とニーナさん。

 それも、俺は二人の事を何もかも知ってる訳じゃない。


 そして、ふと俺はある事に気付いた。


「まさか、ヴィクトールさんとかもそうだとは言いませんよね?」

「それこそまさかだ。ヴィクトールもリズも強いが、たぶんあいつらはユニーク職業の適性はない。ただ……ニコライについては微妙だな」

「ニコライさん?」


 微妙?

 どういう事だろう。


「俺のそれ・・には引っかかるんだがな。じゃぁ同類かと言えば、断言できねぇんだよな。ユニーク職業になれるかどうか微妙って感じというか」


 ああ、そういう事か。


「恐らく、ニコライさんはエレディミーコア持ちですが、サイズが小さいんでしょう」


 そして、サイズの判別までつく、カイサルさんのそれ・・はかなり危険なシロモノだ。


「それの事は俺とニーナさん以外には絶対話さないで下さいね。もちろん、シルヴィアさんやクロエさんにも」

「……なんでそこでクロエが出てくる」

「ベッドの上で思わず口が滑るとか」

「いや、ありえねぇからな! 絶対、ありえねぇから」

「釈明は直接シルヴィアさんにどうぞ」


 ヨロめきながらカイサルさんが去っていく。

 そして、途中でクロエさんがその横をついていく。

 そこで彼女を突き放せない時点で終わってる気もするんだが。




 まぁ、スーちゃん一筋の俺には理解出来ない気苦労である。


 ちなみにこの時の事はカイサルさんに生涯根に持たれる事になるのだが、この時の俺には知る由もなかった。



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