44.怒らせちゃいました

44.怒らせちゃいました






 本来、俺自身の戦闘能力は低い。

 俺は召喚師。

 召喚というスキルを使って、契約魔物に戦ってもらうのが本領だ。


 契約魔物の力も俺の能力と言って差し支えないのだが、俺が今求めているのはもっと分かりやすい形だ。

 だから、召喚は使わない。


 スーちゃんには反対されたが。

 これだけは譲れないんだよ、ごめんよ。


「ルールはこれまで通りでよいのか?」

「いえ、攻撃が俺にかすりでもしたら、そちらの勝ちです」


 サンドロスさんの質問に答えながら、彼の剣を見る。俺から見ると大剣通り越して特大剣か? そんなカテゴリがあるかどうか知らんが。


 かすりでもとか言ったが、かすった瞬間に死にそうだ。振ったらソニックブームとか出そう。


「それだけの力があっての言葉と受け取っていいのだろうな?」

「ええ。遠慮はいりません」


 虚勢デース。


 いや、正直な話。サンドロスさんには悪いけど、彼の攻撃を俺は恐れていない。

 ただ、別の所に不安要素はあるんだ。

 まぁ、やるしかないんだが。

 ダメならその時考えるさ。……考える時間があったらの話だがな。


「じゃぁ、クレメンティさん。おねがいし――」

「この戦い。本当に必要なのか?」


 うぇーい?


 まさかのクレメンティさんから待ったが入った。


 いや、そもそもクレメンティさんのクランは《アルマリスタの盾》。その構成員は冒険者であり、同時に街兵士だ。


 街兵士の本来の使命は街の防衛。


 そして、ドラゴン族を侵略者と見なすとすれば、三勝した時点で目的は果たされている。その意味では五戦目はリスクだけの余計なものと見えるのだろう。


 勝った後せんごしょりが見えていないのだろうが、それは仕方がない。アルマリスタは平和が続いていたのだから。



 しかし、どうしたものか。

 説得するにしても、今この場で時間をかけたくない。こういうのは場の空気も大切なのである。



 ……仕方ない。後でモメ事になりそうな気もするけど。


 スーちゃんの【特殊:隔離空間】。隔離スペースに送ってもらうようお願いしようとしたら、その前にクレメンティさんの姿が消えた。

 そして、そこには代わりにニーナさんの姿が。それも二丁カマ装備済みで。


 うぇーい!?

 ニーナさん。何してんの!!

 地面に倒れてるクレメンティさんって、息してるよね!!?


「大丈夫です。峰打ちですから」


 カマって峰打ちするもんなんですか?

 って、そうじゃねーし!


「何してるんですか!! クレメンティさんは審判ですよ!?」

「いえ。話が長引いてはマサヨシさんが困ると思ったので」


 カクリと首を傾げつつニーナさん。


「少なくともマサヨシさんがやるよりは、私がやったほうが後々の事を考えると良いかと。私がやったという証人はカイサルさん達という事で」


 うーむ。読まれてたな。さすがニーナさん。

 首を傾げたまま、ニーナさんはサンドロスさんのほうを向く。


 いや、首を元に戻しましょうよ。サンドロスさんも、他のドラゴンも引いてるし。徹夜明けで、恐怖オーラが倍増しとる。


「クレメンティは残念ながら審判の続行が出来なくなりましたので――」


 いや、あなたが昏倒させたんですけどね?

 後、カマはどこに消えた? すでに両手に何も持ってない。


「私が五戦目の審判を引継ぎます。私はニーナ=アルマリスタ。賢者ギルドのマスター権限者です。異議がなければ始めさせていただきますが?」

「う、うむ。異議はない」


 若干気おされつつサンドロスさんが頷く。


 ……案外、ニーナさんが出たほうが穏便にきょうふでしはい出来たのかも。

 そんな事を思った直後に、彼女の声が響いた。


「五戦目、始め!!」



 勝負は開始の一瞬で決まる。

 この為に、『かすりでもしたら』と言ったのだ。余計な行動をはさまずにこちらを攻撃してもらう為に。

 ピシリと乾いた音が耳に届く。

 同時にスーちゃんの悲鳴の意思こえが聞こえた。






「なんだ? これはなんのつもりだ?」


 サンドロスさんの声に、落ちかけた意識をかろうじて取り戻す。


 うぇーい。

 やばかった。もうちょいで戻って来れなかったかも。

 まだちょっと頭がクラクラする。たぶん俺の顔は血の気が引いて真っ青だろう。


 だが、そうなった甲斐はあった。


 サンドロスさんが正方形六面体サイコロの障壁に閉じ込められている。

 イージスの杖のもつ能力。【盾】で作った閉じられた空間。


「それを破られたら、俺の負けです」


 サンドロスさんにそう告げる。

 実際、破られたらもう手はない。


「……つまりはこの壁を壊せと?」

「そうです。出来るのならば・・・・・・・


 あえて、挑発するように言った。


「ふむ」


 サンドロスさんは一瞬考えていたようだが、剣を引き照準のように空いた片手を前にかざす。


 ……まさか、牙突がとつじゃないだろうな?


 モーションはアレさいとうはじめに近かったが、それはスキルだった。


 ピアス。


 主に槍などの長柄の武器で使われるスキル。後、短剣。

 突きの威力を増幅させるものだ。


 人のそれとは違うドラゴンの顔だが、サンドロスさんの表情が変わるのがはっきりとわかった。

 手ごたえで気付いたのだろう。それがただの障壁ではない事を。


 そして、サンドロスさんの怒涛の攻撃が始まった。


 赤火しゃっかのブレスは障壁にはじかれ、彼の服を焦がすがそれを意に介さない。

 剣による連撃。ピアスつきスラッシュきりバッシュたたきチャージとっしん。俺の知っているもの、知らないもの。様々なスキルが繰り広げられる。

 そして、剣が砕けた。いや、砕いた。

 武器を代償に最強の一撃をぶつけるフェイタルクラッシュだ。



 うぇーい。

 このドラゴンだけだろうけど、なんつーもん使うのよ。それ武器スキルでも最高位クラスでしょ。

 ドラゴンにそんなもん使われたら誰が勝てんのよ。

 そりゃ、決闘に自信があったわけだ。


 ただ、それでも障壁は壊れない。その兆候もない。


 当然だ。

 その正方形六面体サイコロを作るのに消費した魔力は600000。各面に100000の魔力が込められている。

 この世界における魔力の上限は本来999まで。最強のドラゴンとて例外ではない。

 サンドロスさんが今感じている手応えは未知のもののはずだ。この世界ではありえない魔力で作られたものだからな。


 もっとも、これは賭けの部分も大きかった。


 まず【盾】の展開速度。障壁に閉じ込める事が出来なければ意味がない。

 これは魔力量に左右されないのでどうしようもない。ので、言動かすりでもしたらで相手の行動を縛った。

 そして、イージスの杖が魔力量に耐えられるかどうか。魔法具としては間違いなく一級品なんだろうが、それでもこの世界の規格内。

 普通にやったらまず耐えられない。

 ので、まず魔力を流す時にパイプをイメージし、さらにはそこに水を流すようにイメージした。これで魔力の通路パスを補強する。イージスの杖の運用を模索していて身についた技術だ。

 だが、こんな莫大な魔力を流すのは当然初めてで、その代償はイージスの杖を走るヒビという形でかえってきた。たぶん、もう二度と【盾】は使えないだろう。

 ……すまん、イージス。こんな使い方をして。


 最後に魔力低下によって俺自身にあたえる影響。


 現在値と最大値が存在するステータスは4つ。

 生命力、精神力、体力、魔力。

 生命力は字面からゼロになったら死ぬというのは誰もがイメージするだろうが。では、他の3つはどうなのか?

 結論から言うと死ぬ。というよりも、そもそもゼロになる前に死ぬだろう。1つが極端に低下すると他の3つにも影響を及ぼすからだ。そして、それにより原因となった最初のステータスの減りはさらに加速する。それが身体に悪影響を及ぼし、そしてまたステータスの悪化に繋がるというループ。


 今まで好き放題魔力を使っても影響がなかったのは、単に最大値の高さゆえだ。

 だが、今回は一度に9割。ここまでぎりぎりにする必要はなかったがワザとじゃない。制御しきれなかっただけだ。


 ……失敗してたら確実に死んでたよね、これ。




 しかし、俺は賭けに勝った。投げたサイコロしょうへきに目は刻まれていないが、その内側でサンドロスさんが今も暴れている。

 武器はすでにないが、拳で、蹴りで、尻尾で攻撃を繰り広げている。それは暴風が如くだったが、障壁の外側にいる俺には届かない。


 俺は動かない。というよりも動けない。

 静と動。俺とサンドロスさんでそれを体現しているかのように錯覚する。


 そして、静と動・・・だけになるのに、しばらくかかった。

 動きを止めたサンドロスさんが俺に尋ねた。


「お前は何者だ?」

「名はマサヨシ。アルマリスタ冒険者ギルドランクD。職業は召喚師」


 そして、付け加えた。


「ただの規格外はんそくですよ」

規格外はんそく?」

「ええ、規格外はんそく。先に戦ったエリカと同様に」

「……街にはお前のようなモノはんそくが他にもいるのか?」

「さすがにいませんよ。……今はね」


 いずれ、他のエレディミーアームズもこっちに来るはずなんだよね。

 俺やエリカのように、悪魔が肉体のベースにならなければ、ここまでの規格外の力を発揮しないかもしれないが。それでも、エレディミーコアは多大な影響を及ぼすだろう。


 あれはそれだけの力を持っている。


 そこまで話す必要はないけれど、俺達みたいな規格外はんそくが街側についている事がわかってもらえればオーケーだと思う。

 無意味に恐れられても困る。それはそれでトラブルあらそいの元だ。


「サンドロス族長。降伏しますか?」


 ニーナさんが問いかける。


「………………」


 サンドロスさんは目を伏せ、しばし沈黙したが。


「いいだろう。儂の敗北を認めよう」


 肩を落とし、静かな声を言った。


「五戦目、勝者アルマリスタ。そして、この決闘の勝者もアルマリスタとします。異議がある方は今のうちに申し出てください」


 ……ニーナさん。なぜに武装二丁カマをそうびしてるし。実は武闘派なのかも。

 そういえば、賢者ギルドの使命は異能を守る盾とか言ってたな。まさかと思うが、賢者ギルドの人ってみんなこうだったりするのかな?


「それで、この障壁を解いてもらいたいのだが」

「……え?」


 サンドロスさんの声に俺は凍りついた。

 思わず目が手にしているイージスの杖にいく。サンドロスさんの視線もそれにつられる。そして、イージスの杖はひび割れている。


「………………」


 非常に気まずい沈黙が訪れた。


「まさかと思うが……」


 恐る々々といった感じで、サンドロスさんが問いかける。

 あー、うん。実はイージスの杖が壊れちゃったので、【盾】の解除できません。てへ。

 ……とか言った日には、俺は周りのドラゴン達に袋叩きだろう。

 それにサンドロスさんも、このまま障壁のなかで飢えて死ぬのはごめんだろうし。


 だが、まじどうしよう。


 そんな俺の心配は。サクッ、パリンという軽い音と共に砕け散った。


「………………」


 俺と障壁から開放されたサンドロスさんの視線がニーナさんに注がれる。


 えーと、ニーナさん?

 それ魔力600000込めた障壁で。サンドロスさんがどれだけ暴れてもびくともしなかったシロモノなんですが。


 なに、ピザを切り分けるようにさっくりと切り裂いてるんですか?

 後、カマがまた消えましたが、どっから出し入れしているんですか?


 俺とサンドロスさんはアイコンタクトで意見が一致した。

 この人ニーナさんにだけは逆らってはダメだ。




 うえぇぇぇい!!

 賢者ギルド! ダメでしょ、こんなステキきけんな人を野放しにしちゃ!!

 霊能者は仮の職業で、本当は大魔王とかじゃねぇの、この人!! そのうち天地魔闘の構えとかやりだすんじゃね!?



 はぁ。とりあえず、カタはついたと思うのでよしとしよう。……現実逃避とか言うなし。


 後は街のお偉方にお任せ。むろん、あまりドラゴン族に対して高圧的に出るようなら介入する気でいるけどね。

 まぁ、カイサルさんもその辺は気にかけるだろうし、大丈夫だとは思うが。

 やはり、近所付き合いは仲良くに限る。


 とりあえず、カイサルさん達のところに戻ろうとしてそれは起きた。


「ぐはっ」


 何かが俺の腹を直撃した。腹っつーか、みぞおちにモロ入った。

 く、苦しい。

 何事!?


 涙目でその犯人を見つける。


「ス、スーちゃん?」


 スーちゃんがぷるぷると震えていた。さっきの一撃はスーちゃんのボディアタックによるものだ。

 えーと。あの、その。


「もしかしなくても、……怒ってます?」


 思わず敬語。返答は――。


 イエス! イエス! イエス! イエス!!


 怒涛の肯定である。


 大した事ないとはいえ、スーちゃんが俺にダメージを与えるような行為に出たのは初めてだ。元の世界の時も含めて。その怒りの深さが知れようというもの。


 ……みたいな、他人事のように言ってる場合か。


 ここはもう、平謝りするしかない!


 その場に正座して、両手をついて頭を下げる。土下座である。

 男の面子? そんなものはクズかごに捨てたよ!



 スーちゃん的には、俺が無謀な真似をした事を非常にお怒りのようです。


『当然だと思いますが』


 さらにヘルプさんの呆れたような声。

 とりあえず、そっちヘルプさんは無視して、スーちゃんに平謝り。


 契約を打ち切られていないので、見捨てられてはいないと思うが。いや、別に召喚契約が打ち切られても、元の世界で結んだ契約は有効なので、スーちゃんとの繋がりは切れないけどね。もっとも、本当に切られたらメンタルダメージが半端ないが。


 なにやら、ドラゴンサイドは呆気にとられ、アルマリスタサイドはやれやれといった感じで、俺が謝っているところを見ていたようだが、俺はすでにそれどころではなかった。




 結局、俺はスーちゃんから小一時間説教を食らい、もう二度と無謀な事はしないなど、様々な事を約束させられた。



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