20.隠れ里

20.隠れ里






 とりあえず、黙ったままなのは悪手なのは分かる。


 このまま、お見合いを続けても、ゴブリン族の少年の恐怖が増幅されるだけだ。――少年? だよね? 胸ないし。でも、子供だしなー。それに胸で判断するとエルフ族は男性しかいない事になってしまう。


 なんとか、話しかけないといけないのだけど、何を言えばいいのか思いつかない。ここに来る間に考えておくべきだった。でも、ゴブリン族とは予想外だったしな。


 しかし、冒険者が魔物とそうでない種族を間違えるのってありえるのか?

 いや、俺を基準に考えちゃダメだな。スーちゃんは魔物を識別出来るが、識別出来るようなスキルを持ってなかった場合、見た目で判断するしかない。ましてや、人型魔物の報告をしたのはFランク冒険者だ。そういったスキルを持ってる可能性は低い。

 それにゴブリン族なんてアルマリスタで見かけた事がない。こんな森深くだ。恐らく森に住んでいるんだろうから、あまり知られていない種族の可能性だってありうる。


 なんて、考えてる暇があれば話しかければ良かったんだろうけど……。

 これって、状況が悪化するフラグだよね。そして、律儀にフラグを回収してしまったようだ。


「動くな!」


 言葉と同時に矢が飛んでくる。スーちゃんがそれをキャッチする。


 木陰から飛び出して、子供を背に庇い、俺に向けて弓を構えている。その子もゴブリンだった。年齢は庇った子供より上だろうけど、まだ子供っぽい。

 ちなみに女の子だ。出るところおっぱいは出てる。とりあえず、リズひんにゅう代表さんは泣いていいと思う。


「動くとうつよ」


 いや、うったよね、君。警告前に。それも顔面直撃コースで躊躇無しに。

 だが、おかげでかえって、頭がすっきりしたよ。


「俺はその子を守っただけだけど?」

「何?」


 疑わしそうな、といっても顔があまりに人間と違いすぎるので分かりづらいのだが。気配はそんな感じ。


「そこにスパイクボアの死体があるだろ? その子が襲われているのを助けたんだ。この子がね」


 俺は視線でスーちゃんとスパイクボアの死体を順に示す。倒したのは立体機動型スーちゃんだった為、取り込むにはサイズが足りなかったのだが、それが幸いした。

 まぁ、立体機動型スーちゃんもスーちゃんには変わりないので、収納スペースに待機している分で増量も出来るんだろうから、あるいは説明の為に、あえて残した可能性もある。


 まぁ、さすがに動かぬ証拠があるからか、女の子の方も若干うろたえて、俺と庇ってる子の間で視線を何度もさまよわせる。


 そして、俺もちょっと気になる事がある。

 どうも、スーちゃんが女の子から嫌な気配がすると言うのである。ただ、それは敵意、害意があるとかそんな感じではなく、純粋に近づきたくない、という感じである。リズさんにはされるがままだった、スーちゃんにしては妙な反応だ。


 庇われている子も落ち着いたようで。


「うん、お姉ちゃん。そのスライムが助けてくれたんだ」

「スライムがどうやって、あんなの倒すのさ」


 ああ、姉弟きょうだいなのか。美しきかな姉弟きょうだい愛。

 それに免じて見せよう! そして、魅せられたまえ!!


 再度、立体機動型スーちゃんを出してもらって、周囲を高速移動してもらう。

 あきらかにただのスライムと違う。というよりも、恐らくここまでの動きが出来る魔物はこの森にはいないと思われる。


 姉弟きょうだいはぽかんと呆けている。


 二人の様子に満足して立体機動型スーちゃんには戻ってもらう。


「この子はスライムの進化種でね。そこらの魔物よりもよっぽど強いんだ」


 姉が眉を潜める。


「あんた何者?」


 それは出来れば、まず矢を放つ前に聞いてほしかった気もする。スーちゃんのおかげで事無きをえたが、低ランクの冒険者だったら、死んでるよ?

 とりあえず、名乗る。


「俺はマサヨシ。アルマリスタ冒険者ギルド所属の冒険者だ。職業は召喚魔術師だ」


 正しくは召喚師なのだが、ユニーク職業がばれると面倒な気がしたので、そこは誤魔化す。それで、迷惑がかかる訳じゃないしね。


「召喚魔術師。じゃぁ、このスライムは契約魔物?」

「そうだ。名前はスーちゃんだ」


 名前を聞いた途端に姉が、珍獣を見るような目で俺を見る。何か文句があるか? ネーミングに関しては本人(?)以外の苦情は受け付けないぞ。


「街の人間か。なら、あたし達を見てなんとも思わないの?」

「ゴブリン族でしょ?」


 何が言いたいのか、一瞬分からなかったが、反射的に返答して気付いた。


 この姉弟きょうだいだけでこの森で暮らしているなんて無理がある。きっと他にもゴブリン族はいる。

 だが、そんな情報は聞いていない。何故か? 彼らが隠れ住んでいたからだ。


 そして、この言いよう。たぶん、街の人間なら知ってて当然の理由があるのだ。


「俺はアルマリスタにきて、まだ半月ほどなんだ。それまではかなり辺鄙な田舎で育ってね。この辺の事情に明るくないんだ」


 まぁ、大きな嘘は言ってない。田舎ではないとは思うが、異世界は辺鄙とか言うレベルではない遠さだ。


 姉はまだ困惑した風だったが。


「ここへは何しに?」

「調査だ。見慣れぬ人型の魔物がこの森にいるから、正体を確認して欲しいと言われてる」


 その見慣れぬ人型の魔物が自分達をさしている事が分かったのだろう、姉は不快そうな顔をする。弟君は姉にひっついたままだ。こうして見ると顔とかあまり気にならなくなるし、かわいく思える。


「で? あんたは帰ったら、どう報告するつもり?」

「どうと言われても見たままとしかな。ゴブリン族でしたって報告するつもりだが。……何か不都合があるのか? 報告されたら困るようだったら、相談に乗るぞ」


 俺の依頼はあくまで調査。だが、その結果で地域抗争勃発しましたではさすがに寝覚めが悪い。ご飯はおいしく食べたいし、寝るときに悩み事に煩わされたくない。


 姉弟きょうだいは顔を見合わせていたようだが、やがてお互いうなずいた。


「あたしはエステル。この子は弟のエドガー。マサヨシ、あんたは嘘をついてるようには見えないから、本当に辺鄙なところから来たんだね。戦争の事も知らないのかい?」

「戦争?」


 何のことだ?

 しかし、図書館の街史にそれらしいのがあったが。それか?


「神明教統一戦争の事か? 本で軽く読んだくらいで詳しくないんだが」

「ああ、その事だ。だけど、その様子だと本当に分かっていないようだね。いいさ、ついてきな。事情を説明してやるから」


 弟であるエドガーの背を押してエステルが背を向ける。

 いいの? と小さく聞くエドガーに対してエステルは。


「ふん。危険な奴なら村で始末すればいいさ。いくらあのスライムが強くたって、みんなでかかればどうとでもなる」


 微妙にイントネーションが違うのは、たぶん彼ら特有の言葉で喋ってるんだろうなぁ。

 【無:万能言語】のおかげで物騒な内容が丸分かりだが。


 何か殺伐とした空気を放つ姉君様あねぎみさまの背を俺はついていった。例によってスーちゃんがいればなんとかなるだろうと思って。




 さて、しばらく歩いていて、森の中心にまっすぐ向かっているのに気付く。

 スーちゃん情報では森の中央に行くほど魔力が濃い。魔物を生み出すほどの魔力は、長期間の生活に適していないはずなのだが。

 俺が首を傾げていると、怖い姉君こと、エステルが振りむいた。


「そいつを一度送還させな。ここから先に結界があるから魔物は通り抜けられないよ」

「おいおい。召喚魔術師の俺から身を守る契約魔物を引き離すつもりかよ」


 エステルは嘲笑するように言った。


「キモが小さいね。結界は内外を魔物が通行出来ないだけさ。入ってから召喚すればいいじゃないか」


 ……キモが小さいって。君、さっき村でみんなで俺を襲うみたいな事言ってたよね。


 まぁ、ここで文句を言っても仕方がない。が、送還しようとするとスーちゃんがダッシュ。


 うぇーい?


 エステル達を追い越していった。彼女達はポカンとしてる。

 いや、俺もだが。スーちゃん、どしたの?


「え? け、結界を通り抜けた? なんで? 魔物なのに?」


 あ、なるほどね。エステル達のすぐ前に結界があった訳だ。そこを通った瞬間だけ、スーちゃんの不快感が伝わってきた。まったく通用してない訳じゃないっぽいが、スーちゃんはラスボスステータスだからなぁ。


「まぁ、スーちゃんは色々と特別でね。言ったでしょ、進化種だって」


 進化種でも普通あそこまでは、強くならないけどね。ユニーク個体のケンザンにすら圧勝してるし。


「そ、そんなものなの?」

「いや、スーちゃんが特別なだけ……だと思う」


 ハウスさんは精霊だから別勘定だし、ゲートさんはそもそも魔物というよりかはダンジョンの一部だったしな。


 それと、スーちゃんがエステルに対して感じている嫌な気配の正体も分かった。今通った結界と同じようなものを感じるそうだ。恐らく、スキルで似たような事をしているか、個人用の魔法具があるんだろう。それなら、あの森の中を子供だけでいたのも納得がいく。

 ただ、スーちゃんによると、エドガーからはそんな気配はしないそうだが。まぁ、だからこそ魔物に襲われたんだろうが。そこも何か事情があるのかな?


 まぁ、そこはついて行くしかないか。





 そして、森が開けた場所についた。

 俺は言葉を失った。

 そこには俺がこの世界で見ることの出来なかったものがあったからである。


 畑である。まだ距離があるので農作物の種類までは分からないが色取り々々である。


 5うぇーいくらい驚いた。


 ダンジョンにも畑はあるそうだが、ここはダンジョンではない。明らかに人の手によって農作物が手入れされている。


 アルマリアの森の中にあった、ゴブリン達の隠れ里。その正体は農村だった。







 実の所、それは当たり前だった。

 森の中に隠れ住んでいたのでは、当然、ダンジョンの恩恵に与れない。

 であるならば、何らかの方法で食物の確保をしなければならない。

 魔物や獣を狩れば肉は取れるだろう。しかし、それでは供給が安定しないし、危険をともなう。何よりも、人は肉だけでは健康を維持出来ない。健康を考えないのならともかく、健康的に生きるのならば野菜は不可欠。


 俺は村の住居区画と思わしき場所にある広場に連れていかれた。周りからの視線を感じる。それは、アルマリスタでスーちゃんを連れ歩いている時に感じるような、好奇のようなものではなく。警戒、そして恐怖。

 これは、うん。やっかい事確定だね。俺は調査に来ただけなのにな。

 理不尽な気分になりながらも、そこで待っていた。エステル達は誰かを呼びにいった。恐らく長老といった所かな。


 戻って来たときには、エドガーの姿はなく、エステルとその背後に数人の大人を引きつれていた。その中でも威厳を放っているのは白ヒゲをたくわえた最年長らしき人だ。絶対、この人が長老か村長だ。

 2うぇーいぐらいなら賭けてもいい。


「儂はこの村の長を務めているエトムントと言う。エドガーの危機を救って頂いたそうで。この村について色々と説明が必要かとは思うが。まずはその事にお礼を言わせて下され」


 そう言ってやっぱり村長だった白ヒゲの老人は、深く頭を下げた。


「大切な孫を救って下さり、ありがとうございます。マサヨシ殿」


 エステルが慌てる程の丁寧ぶりだった。そうか、エステルは村長のお孫さんか。それって結構重要人物だったんじゃないか? あの二人。


「とりあえず恩人を立たせたまま話すのもなんですので、どうぞこちらへ」


 村長に連れられ、住居というよりは会館っぽい場所に案内される。


「だれぞ、お茶をお持ちしろ」


 お茶まであるのか。それもここで作っているのか。それとも、どこかと交易? エステルの様子だと、少なくともアルマリスタとは交流がなさそうな雰囲気だが?


 俺は勧められるまま、席に座ったんだけど、ここ上座だよね? いいのかな?

 まぁお客様に上座ってのは普通かも知れないけど、ここの人達にとって俺は得体の知れない人物。それどころか、場合によっては危険人物のはずなのに。

 ちなみにスーちゃんの居場所は、例によって俺の足元。テーブルに隠れて、みんなから見えそうにないが。


 村長、それに恐らくは村の幹部らしきものが数名、最後にエステルが席に着いた。

 その後、入って来た女性のゴブリンが、陶器の器を各席に配っていく。

 おお、これ湯のみ? いや、偶然同じようなものになったのかも知れない。

 思わず、それを手にとり、湯気ののぼる中身を口にする。

 味は緑茶じゃなく麦茶系だな。そのものではないけど。香りも良い。


 そして、俺は気付く。己の無作法に。


 周囲の視線が俺に集まっている。

 うぇーい!

 いきなり悪印象与えてどうするよ!

 内心頭を抱えつつどう言い訳しようかと思っていると。


「驚きました。まさか、何の疑いもなく手をつけるとは」


 えーと? 全員の視線は咎めるような類のものではなく、純粋に驚いていた。

 ……これ、飲んでいいんだよね?


「その様子ですと、マサヨシ殿は本当に何もご存知ないようですね。少し驚きました。あるいはこれが時代の流れだとすると、次の世代の未来に希望がもてそうです」


 何か大げさな事を言われた。

 いや、俺は出されたお茶を飲んだだけだよね?

 俺が混乱してると、エトムント村長が話し出した。





 神明教統一戦争。字面からすると宗教戦争のようだが、実態は違う。

 ダンジョンの権益を求めて、複数の街を巻き込んだ、欲望にまみれた薄汚い戦争。まぁ、戦争に綺麗も汚いもないが。

 そして、勝者が街を乗っ取り、敗者は街を追い出された。多くは他の街に保護を求め受け入れられ、その道のりの途中でのたれ死んだ者も少なくなかったと。



 ここまでは、俺もある程度把握していた。図書館の街史でも触れられていたし、スーちゃん情報による補完もある。

 問題はここから。



 神明教統一戦争に巻き込まれた街の中には、大半がゴブリン達の街があったのだ。そして、彼らは敗者になった。他の街の敗者のように難民として保護を求められればよかったのだが、彼らの場合は問題があった。

 ゴブリンは保守的な種族であり、他の街との交流がほとんどなかったのだ。どこの街にもあってあたり前であったギルドという制度も、ゴブリン達の街にはなかった。もし、ギルドが存在していたなら、他の街のギルドと横のつながりを持つので結果は違っていたかもしれない。が、歴史にもし・・はない。

 結局、ゴブリン達は他の街に受け入れられなかった。

 そればかりか、下賎な者として蔑まれた。勝者からはもちろん。敗者からすらも。

 恐らく、それは敗者の不満の捌け口として使われたのだろう。

 追われ、虐げられ、弱いものから死んでいく。辛うじて生き延びたものがたどりついたのがこのアルマリアの森だった。

 ゴブリン達の街にギルドは存在しなかったが、だからといって職業という能力がなかった訳ではない。

 彼らはそれらを駆使して、まさに命懸けでこの村を作った。



「ちょっと、待って下さい」


 俺は声をあげた。あげざるを得なかった。なぜなら納得出来なかったからだ。


「それって100年以上前の話ですよね?」


 そうなのである。神明教統一戦争が起こったの約3世代前。すでに昔の話だ。

 しかし、エトムント村長は首を横に振った。悲しそうな表情で。


「我々も、何度か外の者と接触を持とうとはしたのです。万が一があってはなりませんから、森から近いアルマリスタではなく、他の街へと」

「それで、どうなったんですか?」

「我々は受け入れられませんでした。それどころか、武器を向けられ追い立てられました。中には命を落とした者も。

 どうやら、森に隠れている間に私達は野蛮で凶暴、そう言い伝えられたそうです」


 エトムント村長は顔を伏せた。他の人達も似たような感じだ。涙を堪えるように目元を押さえてる人もいた。


「儂達はすでに神明様の子ではなく。神明様に捨てられた子。棄民なのです」


 その言葉は重く々々、俺にのしかかってきた。


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