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ある日、気の弱そうな男子(名前は確か……杉が付いていたような)に声をかけられた。陽気で賑やかな昼休みの最中に、だ。彼は明らかに周りを気にしていた。
「あ、あのよう……」
目がザブンザブンと泳ぎまくっていて、笑いを堪えるのに精一杯だった。
「何か用か?さては何か知りたい事でもあるんだろう女の子のことか、誰だ」
「な……! どうして分かった!」
態度でバレバレである。気づいてないんか。
「どこのどいつの事が知りたい? 大丈夫、誰にもバレないようにするし、俺がもともと知っている情報でも構わないだろ」
こうやって生々しい言葉を選ぶのも、作戦のうちだ。このときの相手の出方を想像するだけで、背筋がぞくぞくするのは否めない。生唾を飲み込んで、杉ナントカは即、応じた。
「あ……ああ、じゃあ頼むよ。名前は……」
騒がしい教室に溶け込んでしまいそうなほど、小さな声で告げられた名前。
四ノ倉、
その時彼女は、窓側の前方角席で静かに文庫本を読んでいて、俺はその様子を遠くからパチクリと眺めている事しかできなかった。
彼女の事を全く知らないことにそこで初めて気が付いた俺は、数日の「猶予」をもらい、簡単な「調査」を開始した。なに、「好みのタイプ」とか「恋愛経歴」を知りさえすれば、イッパツだ。それも、過去の同級生を当たれば済む話。「好きな食べ物」っていうのも、ポイントは高いけど。
杉ナントカの話を手がかりに、四ノ倉さんと同じ中学出身の女子生徒三名との接触が果たせた。
「前回の進級直後考査も、今回の中間考査もその人に負けちゃってさ、中学の時どんな勉強していたのか、気になってね」
世間話の途中、冗談混じりにそう切り出して探りを入れる。だが三人とも良い顔はしてくれなかった。
そのうちの一人がご丁寧に眉をひそめながら、そっと教えてくれた。
「私、知らないの。その……四ノ倉先輩の事」
ん?
「先輩? ああ、大人っぽいからそう呼ぶわけか。ナットク」
俺のその返答に彼女はかぶりを振って答えた。
「違うのよ、あの人、一年間休学していた時期があったんだって」
へえ。
さすがの俺も、これには驚かされたさ。
「だから……その事については、ちょっと」
「そっか……悪かった、ありがとうな、わざわざ聞かせてくれて」
彼女にとっちゃ、何が「ありがとう」だったのか、分からなかっただろうに。
その日、俺は一人で考えていた。
いや、考えていたと言うのはやや語弊がある。ただ、思っていたんだ。
成績優秀で、その殆どが謎に包まれた少女。そして。
(一年間の休学……)
これはまさに俺の求めたる「人は知りたがるだろうけれど知らない情報」ではないか。
ただし、だ。
これは俺が扱うにはちと重すぎる話だ。ただの好奇心だけでは済まされない。彼女には、誰にも持ち得ない何かがある、これは確かなことなんだと思うけれども。
そして、ここまで俺を確信させるものは、何だろう?
今はまだ、分からない。だから、知りたくなるんだ。
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