6
「いつも、何読んでんの?」
結局こうして穏やかな毎日を竹林で過ごしている。あの日の二人から、少しずつ温かい何かが戻ってくるような、優しい時間。
手渡された本は、詩集だった。
「谷川俊太郎の……『二十億光年の孤独』? 知らないなぁ」
「そう?……じゃあ、読んであげる」
「……『万有引力とは/孤独の力である』……」
「『孤独の力』……」
「そう、『孤独』。一人ではいられないから、そんな力を備えた物質たち。でもなぜ? なぜ人はそれを見つけることができたの? どうして名前をつけたの? ……つくづく不思議」
「見えなくても、ある。身体で感じ取れなくても、存在はする。そんなの沢山あるじゃないか」
柚希が俺を見ている。その知的好奇心に輝く瞳に、立場の逆転を実感する。
「視点を変えるんだ。なぜその力を見つけたのか、じゃなくて、『その力が存在しうる根拠を、どこで見つけたのか?』ってね」
俺は枯葉をつまみ上げ、落とす。
「どんな物質にも万有引力が働いているとしたら。今の状態がいわゆる『つりあい』の状態なのだとしたら……」
「作用反作用!」
右手の親指をグッとつきたててみせ、俺は頷く。
「質量ある物体は、引きつけ合うと同時に反発しあっているとしたら。そしてその合力がゼロになっているのだとしたら。……こんな考えは、ダメか?」
柚希が俺の手をとる。温かくて柔らかい手のひら。腕が波打つくらいにブンブンと振って、
「すごいよ望道!」
と称えてくれた。
「な、名前で……」
二つの感動で、熱いものが込み上げてきそうだ。
「『孤独』って、そういう意味もあるんだね……」
しみじみとつぶやく柚希。そうだな、俺は胡座をかく。
生きる、この世に存在するということは、何とも寂しい。でも、一人じゃない。反発しても、引きつけ合う力がある限り、俺らもまた地球の摂理の一部であることを感じることができるのだ。
「生きている証は、名前なのかもしれない。私という証は、四ノ倉柚希であること。あなたという証は、紺崎望道であること。それが、生きるっていうことなのかもしれない」
俺は苦笑いするしかなかった。
「ごめん、わかんねえ」
柚希は柔らかく微笑んだ。
「ううん、正しくないかもしれない。ただ、私の考えがこれっていうだけの話」
俺は、柚希の隣で強く思うのだ。何が何でも、生きてやろう。大切な人のために、と。
万有引力。俺たちはこの世で一番美しい力で結ばれているのだ。
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