4

「おはよ」

「うわっ」

「気づかなかったんだ、本当に」

 四ノ倉柚希がいた。

「ば、おま、いつからそこに」

 盤面の小さな腕時計と俺の顔を見比べて、

「十五分間待ったけど、全然動かないんだもの。寝てたの? 何してたの?」

 と真顔で聞かれた。

「『何してたの』って俺のセリフだ!十五分間も人の顔を……」

(そうか、そんなに寝顔を見られて……)

「なんか、顔色いいね」

「うるさい! 違う! これは……違うんだよ……」

 俺は熱を帯びる頭を抱える。は、恥ずかしい。




「で、何してたの?」

 四ノ倉柚希は、ツンツンした形状の雑草ばかりを一本一本抜きながら聞いてきた。俺は、真剣に答えを求めたいと思っていた。抑揚に気をつけて、芝に横たわったまま言った。

「沢山、あったんだ。でも一番引っかかるのは、どうして俺は、お前が生きていて良かったなんて思ったんだろう、って」

「死んでいれば良かった?」

 ……やっぱり、そうなるよな。

「違うんだ。悪い、言い方が悪かった。自分なんて生きていなくていいって思ってる俺が、どうして他人のことを生きていて欲しいなんて思ったんだろう」

 彼女は意外にも、考えるそぶりさえ見せずに即答した。

「自分自身のためだけに生きている人って、本当にいるのかな」

 俺はつい、彼女の表情を凝視する。この言葉の先に何が繋がるのだろうと、興味をそそられる。

「自分自身のためだけに生きて、自分のことだけを考える人生を送る人なんて、つまらないよ。少なくとも私は、あなたをそうは評価しない。

 それに、死は必ず悲しみをもたらす。逆に言えば、悲しみが生まれなければ、人は嬉しい」

 どう? とばかりに彼女は述べてみせた。そして、あの言葉を繰り返す。

「答えは探さず、作ってもいいのよ」

 その言葉で、俺の中の何かが吹っ切れた。上体を起こし、腕を伸ばす。

「じゃあ、俺の答えはこれだ」

 その手で彼女の腕を掴んで引き寄せる。少々強引だったが、想いに任せ強く強く抱きしめた。

「お前が……柚希が俺にとって大切な存在だった、っていうのはどうだ?」

 柚希は笑ってくれた。なかなか見せてくれない最高の笑顔で言ったのだ。

「すごく、いいと思う」

 俺は、有頂天だった。柚希が俺の思いを拒まなかった。それどころか、笑って受け入れてくれたんだ! 夢心地で、集中力が散漫になっていたのは紛れもない事実だった。

 どの高校にも必ずやってくる定期試験。その結果にひどく面食らった。ホームルーム中にも打ちひしがれ、柚希の顔は涼しげであった。

(こんな俺じゃあ、ダメだろ……)

 決断する。竹林に向かう足の歩幅を、意識して大きくする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る