レイン、戦慄

 この世界で生き続ける上で、どうしても人生における「障壁」を避ける事はできない。

 レイン・シュドーにとって、それは愚かな人間たちであり、それらを裏から支配する裏切り者の魔物軍師ゴンノーであり、そして真に倒すべき存在である魔王であった。


 一方、そのゴンノーにとっては、敵対するレイン・シュドーという存在に加え、もう1つ面倒な「障壁」があった。勇者トーリス・キルメンと共に推し進めていたダミーレインの導入計画を頑なに拒否し、その存在すら認めないという姿勢をとり続けていた『村』である。自らに有利な展開を進めても、必ずその村の代表者は大声で意見を押し通そうとし続けていたのだ。

 勿論ゴンノーも手をこまねいている訳ではなく、その村以外の世界の全ては純白のビキニ衣装を身に纏った最強の味方・ダミーレインを受け入れている、という現実をこれでもかと突きつけることで、代表者を黙らせ、会議に出席させない状況に追い込むことに成功していた。既に世界は、ゴンノーの掌の上におかれているに等しい状況だったのである。


 

 そこまでの経緯、そして世界から見放された村の住民たちの絶望を、本物のレインたちもしっかり目や心に焼き付けていた。だが、彼女たちは判断を見誤っていた。ここまで追い詰めたのだから、そのまま村は自ら衰え、やがて仲間同士の憎しみあいの末に自滅していくだろう、と考えていた。


 ところが――。



「「「「……本当に……惨いわね、これ……」」」」

「「「「「そうよね、レイン……」」」」」



 ――世界の果てにある本拠地を埋め尽くすレイン・シュドーが共有した記憶にあったのは、いくつもの煙が立ち上る、かつて人々の暮らしがあったであろう残骸が広がる空間であった。誰がこのような事態を引き起こしたのかは一目瞭然だった。大量の瓦礫を感情のない瞳で見下ろす存在――何十万人ものダミーレインの大群が何重にも渡って村のあとを取り囲んでいる様子を、偵察中のレインがしっかりと確認したからである。



「……貴様らの推測では、この事態を引き起こしたのはゴンノーである、と」


「「ええ、魔王……ダミーを動かせるのはあいつしかいないし……」」

「「「それに、あの調子だと勝手に動いたようね」」」



 ほう、と興味深そうながらもどこか舐めたような声を漏らす魔王に、レインは自らの考えを語った。

 これまで魔王から見せられた、世界最大の都市における会議の様子を見ても、最早どの人間もゴンノーやトーリスには逆らえない状況になっていた。会議を円滑に運営する役割を持つ女性議長も立場ゆえに自らの意見をはっきり告げることは許されておらず、無法地帯を止めることは出来なかった。そのような状況では、会議を経ずにゴンノーが村を滅ぼすという自分たち『魔物』と全く同じ事をしても、その罪を問うことは非常に難しいだろう――レインはこう推測した。もしくは、答弁や採決など面倒な過程を経ずに襲撃を行うため、各地の代表者を独自で呼び集めて勝手に承諾を得た可能性が高い、と付け加えながら。


「「「そもそも、あの村自体が目の上のたんこぶって言う感じだったから……」」」

「「「「滅ぼされても仕方ないのは仕方ないけど……」」」」

「「そもそも村人自体凄い醜かったし……」」



 しかし、何億もの口から同じ言葉を述べ続けていたレインたちは次第にその口をすぼめ始めた。

 あまり例えたくはないが、もし自分たちがゴンノーと同じ立場ならば、村への物資供給を絶ったり、ねちっこく嫌味を告げたりもっとじわじわと痛めつけ、そして相手が自滅する様を高みの見物という形で楽しむだろう。にもかかわらず、何故ゴンノーはこの段階で呆気なく村を滅ぼしたのか、どうしても分からなかったのだ。


「「「どうせ滅ぼすなら、もっと早くしても良かったんじゃないかな……?」」」


「……ほう、まだ分からんか。貴様らも未熟だな」


 よく言えば叱咤激励、悪く言えば嫌味のような言葉を足しながら、悩むレインたちに向けて今度は魔王が語り始めた。

 一部の彼女たちが『村』だった場所を訪れ、その惨状に驚愕しながら急いでほかの自分に召集指令を出した頃、既に魔王はあの村で何が起こったのか、その全容を確かめていた。レインが村が全滅した、という事実のみを重要視していた一方、魔王は自らの魔術を駆使し、その村の『過去』を覗いて最期の瞬間をじっくりと見物していたのである。

 今回も魔王のほうが一枚上手だった事にレインたちは一瞬悔しさを覚えたが、今はそのような細かいことを気にしている場合ではない、とすぐに考えを切り替え、魔王からその時の情景を記憶として受け取った。そして――。



「「「「……!?」」」」



 ――皆一様に目を見開き、驚きの表情を作った。


 何の前触れもなく、突如として村の外側を爆破しながら現れた集団は、全員ともダミーレインであるのは間違いなかった。だが、魔王が見せた住民の『眼』――レインや魔王に比べて一回りも二回りも劣る魔術しか使えない人間たちの視線からは、その大群は全く別の存在に見えたのである。

 魔法を操る長髪の美女――魔術の勇者、キリカ・シューダリアに。


 当然、村の中は阿鼻叫喚となった。最初は尊敬し持て囃したが役に立たないと分かるとぞんざいに扱い、挙句の果てに逃亡させる事態にまで追い込ませた勇者が、何千何万もの大群となって村に押し寄せてきたのだから。キリカに化けたダミーたちもそれを認識していたかのごとく振舞い続け、慌てて謝る住民たちに向けて、自業自得だ、過去の貴様らに謝るんだな、とキリカの声で彼女らしい冷たい言葉を投げていた。そして彼女たちは、怯えたり泣き叫んだりする住民たちの体に老若男女関係なく触れ続け、その存在を――。


「「「「……!」」」」


 ――眩い『光』の粒に変え続けていた。


 レインたちは、すぐにそれが光のオーラを利用したものである事に気がつき、また同時に違和感を覚えた。紛い物の命を持つ魔物などには強烈な浄化の効果がある光のオーラだが、複雑かつ悪質な愚かさに満ちた人間たち相手にはほとんど効果がないはずなのだ。にもかかわらず、彼女の記憶の中でキリカ・シューダリアの姿を模したダミーレインの集団は、容赦なく人々を浄化し続けたのである。

 しばしその光景をじっくりと味わう中で、レインはその理由を認識することが出来た。


「「「ねえ、レインこれって……」」」

「「「「うん、光で隠れているけど、一緒にも流し込んでる……」」」」


 本物の彼女が得意とするもう1つのオーラ――上級の魔物が得意とする『漆黒のオーラ』を同時に使用することによって、一瞬だが人々を『魔物』に近い性質に変え、その上で浄化を行っていたのである。人間にも効果がある漆黒のオーラの力を使えば、確かにこのようなことを行うのは容易いかもしれない。だが、レインは次第にその光景に緊張感を覚え始めた。ゴンノーたちの完全な支配下にあり全ての力を出し切れない状態にあるとはいえ、ダミーレインたちも確実に強くなっている事をまざまざと見せ付けられたからである。なにせダミーたちが行っていたオーラの応用方法は、まだレイン・シュドー本人も実行に移していなかったものなのだから。


 そして、ようやくレインは、何故ゴンノーが今の段階になってダミーレインに村を滅ぼさせたのか、その理由を知る事が出来た。目の上のたんこぶ、厄介な障壁だった『村』をキリカ・シューダリアの大群が滅ぼすという絶望を味あわせると同時に、より彼女が人間たち、世界そのものの敵であることを明確に示すことが出来る事もあるが、それに加えてもう1つ――。



「「「「「……私たちへの、挑発ね……」」」」」

「……ふん」



 ――人間の村を絶望感たっぷりに滅亡に追いやる様を敢えて見せ付け、いつかこのようなやり方でレイン・シュドーと魔王による世界征服を抑えつけ、自らが世界を征服してみせる、とゴンノーは伝えたいのだろう――レインも魔王も、同じ考えであった。


 最後に残った村の代表者が、あまりの恐怖に引きつった笑いを見せながら何十万人ものキリカ・シューダリアに囲まれ、その存在が消されていく様子を、レインたちは何度も心の中で反芻した。次は『貴方たち』がこうなる番だ、と言わんかのごとく、村の外側を一斉に見つめるダミーたちの様子を焼き付けながら。



「「「「……キリカ……」」」」


 

 そして、日々苦しい立場に追い込まれ続けていくかつての『魔術の勇者』に、思いを馳せながら……。

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