レイン、宣戦

 人々が住む巨大な世界。その果ての果てにある荒野の奥底に、世界を手中に収めようとする魔王の根城がある。

 その中から、幾多もの声が響き始めた。


「おはよう、レイン♪」


 長い髪を1つに結い、健康的な肌を晒し、眩いほど純白のビキニ衣装のみを身に纏った、かつての女勇者レイン・シュドー。今日も彼女は、地下に築かれた小さな部屋の中で目を覚まし、笑顔でその扉を開けた。外に広がっていたのは、たくさんの扉を有した巨大な地下空間と、その扉と言う扉から溢れんばかりに現れる、無数のレイン・シュドーの大群である。全員とも頭からつま先、ビキニ衣装に包まれた胸の揺らし具合まで、何もかも全く同一、一切見分けのつかない、人間のような何かであった。


「おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」おはよう、レイン♪」……


 一斉に挨拶を交わし、レインたちは魔術の力で自らの体を中に浮かべながら同じ方向へと飛んでいった。 

 普段ならこの後全員揃って大広間で朝食を創造し、それを食べた後に剣術や魔術の鍛錬を行い、自らの力を高めるのが日課であった。だが、今日は全く異なっていた。朝食を食べるよりも前に、彼女たちを支配し、その面倒を見ている『魔王』から非常に重大な連絡を行う、と通達が来たのである。しかし、その内容はいつもの通り明かされないままであった。まるで彼女たちが驚くのを楽しむかのように、魔王はいつも通達の中身を無表情の仮面に秘めたまま、レインたちを集めさせるのである。

  ただ、今回は本当に重大な情報である、と言う事を示す確かな証拠があった。わざわざ朝食を食べるよりも前に、地下空間にいるレイン・シュドーの全員を一斉に集めて発表する、と言うことである。


 そして、大広間は――。


「せ、せまぁい……♪」あぁん、レイン……♪」む、胸が……♪」ごめんごめん♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」あぁん……♪」…


 ――あっという間に、350000人ものビキニ衣装の美女たちによってぎっしりと埋め尽くされてしまった。魔術によって空間はある程度拡張されているとは言え、自分自身のスタイルの良い体によってレインは様々な方向から圧迫されてしまっていた。だが、レインたちはそれを嫌がるどころか、むしろ楽しんでいた。たった1人のごく普通の人間がここまでに増殖し続け、あらゆる場所を覆いつくすという快感を、彼女は心の底から味わっていたからである。

 

 やがて、レインに覆い尽くされた大広間の天井付近に、魔王の姿が現れた。すぐさまレインたちは自分たちの体に触れ合うのを止め、一斉に真面目な顔を見せた。


 そして、この場に全員が集められた目的を、魔王は単刀直入に言った。レインにとって、本当に長い間、待ちに待ち続けていた念願であった。


 人間を始めとしたあらゆる命を駆逐し、地上を手に入れるべく、侵攻を始める、という。



「本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」本当!?」…


「本当も何も無いだろう……準備と宣戦布告が済んだだけの話だ」


「準備……」「宣戦布告……」「どういう事なの?」「説明してくれる?」


 ここまで、レインは魔王の指示で3度ほど地上の人間への襲撃を行ってきた。それらは全て、この時のための魔王による準備と宣戦布告そのものであったのである。


 まず最初に行った、地上の勇者たちと裏で結託していたならず者の集団『盗賊団』を壊滅させると言う行動は、彼らを醜く愚かな人間から、清らかで美しいレイン・シュドーに変貌させると言う地上侵略の概要をレインに認識させると共に、『盗賊団』と密かに繋がりを持っていた地上の勇者たちに揺さぶりをかけるという目的があった。

 2度目に行ったのは、この荒野に一番近く、他の町や村、国への影響が比較的少ない最果ての村を同じように襲撃し、全てをレイン・シュドーに変えるというものであった。これにより、レインたちは人間たちをどう襲撃するかをしっかりと学ぶ事が出来た。そして、人間たちにとっても――。


「前にお前たちにも見せただろう?あの村に住む友を失った者の無様な姿を」

「そうか……確かに言ってたわね」「魔物が蘇ったって」


 ――魔物がまだ生き残っている、いつ人間に牙をむくか分からない、と言う事実を知らしめるきっかけとなった。


 そして、間髪いれずに行った3度目の襲撃の際に、魔王ははっきりとレインにこれは人間に対する宣戦布告だと言った。その理由は、レインたちもよく分かっていた。地上の人間たちの希望である『勇者』の1人をこの世界から永久に消えさせる――ビキニ衣装の美女、レイン・シュドーの一部にしてしまうと言う行為は、人間たちの戦力を削ぐと同時にさらに恐怖を抱かせる目的があったのだ。

 今のところ、この事実は残りの勇者たちによって隠蔽され、彼らを除いて誰も知らない。だが、それによって彼らは凄まじい恐怖を覚える結果になった。魔王の策略は、見事に成功したのである。


「勇者たちは今頃世界中の兵士たちを集めて対策に乗り出そうとしている。

 だが、それらは全て無駄に終わるだろう。その理由、理解できるな?」


 その言葉に、350000人のレインは一斉に満面の笑みを返した。魔術を駆使して密かに人々の集団に侵入し、そこから『薬』の成分を流し込めば、一晩のうちに愚かな人々は皆レイン・シュドーに変貌し、あっという間に侵略を完了させる事が出来る。実に簡単な事だ、と。

 しかし、そんな彼女たちに対して魔王は大きな言葉の釘を刺した。その屈託の無い笑顔を見ていると、いつ人間に足をすくわれるか分からない、と。普段ならそのような魔王の言葉に対してレインは何も言えず、忠告を素直に聞く場合が多かったが、今回は違った。口元の笑みはそのまま、真面目な目つきになったレインは、その危険性はしっかりと認識している、と返したのだ。勇者だった頃の自分たちが魔物を圧倒したのと同じように、今度は自分自身が別の人間によって壊滅の危機に追いやられる事も十分に考えられる、と。


「でも、その時は私がさらに強くなればいい……」

「日々の鍛錬を怠らずに、ね」

「人間が無限の可能性を持っていても……」

「レイン・シュドーの全員がそれを越えれば、問題ないでしょ?」


 しばしの静寂の後、魔王は口を開いた。相変わらずの厳しい上から目線の口調だが、ほんの僅かだけ優しさが混ざったような響きであった。


「……どうやら、今の貴様らには『油断』と言う心は無いようだな」


「当然よ、魔王」

「「「「「私の目標は、世界を平和にする事だけじゃない」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「貴方を倒す事なんだから」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 350000人もの声が一斉に重なり合い、地下空間は決意の言葉に満ちていた。それをじっくりと見つめた魔王は、明日から本格的に『侵略』を開始する、と告げ、静かにその場を去っていった。相変わらず無表情の仮面を被ったままで、魔王の本心は結局今のレインたちにはさっぱりであった。



 だが、2つだけ確実な事があった。

 世界を魔物から救ってきた『剣の勇者』は、今日限りでこの世界から消滅する、と言う事。そして――



「レイン♪」うふふ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」……



 ――明日から彼女たちは、人間でも魔物でも、そして勇者でもない、『レイン・シュドー』と言う新たな存在になり始める、と言う事である……。

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