3.夕暮弥彦
富山に戻り葬儀は何事もなく終わった
人が死んでいるのに何事もないというのは、なんだか死が簡単なものに思えた。
母の死は偶発的な事故だった。
そこに意志はなく、偶然に。
何もかも無くした僕はここからおかしくなったのだと思う。
壊れていたのだ
母の死は悲しいという感情より、羨ましいと真っ先に思ってしまったのだ。
今まで生きてきた自分の人生が吹き飛ばされた気がした
ああ、なんて羨ましい事だ
羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい妬ましい
羨ましいほどに妬ましい
そうか、そうだ
――僕も死ねばいいじゃないか。
その晩、誰もいなくなった実家で自殺を試みた
部屋は昔使っていた僕の部屋
ここを出た時から部屋は何も変わっていなかった。
母が手入れをしていたのだろうか汚れた様子はない。
天井にかけたロープ。
準備にさほど時間はかからなかった
ドアノブで首吊りというのもあるらしいけど、首吊り自殺と言ったらこれだろう。どこかの映画で見たように、天井に先を輪にしたロープを括り付けた。
首を掛ければあとは死ぬだけ
自殺者の死に際の心情なんてわからないが、きっと今の僕みたいに興奮しているのだろう。
死ねる。母が死ぬまで気が付かなかった。
上京してもやりたいことなんてなかった。
見栄をはって生活するのに意味なんてなかった。
だけど見つけた。
ありがとう母さん。とつぶやいた
つぶやきの真意は自分に死ぬことを教えてくれた感謝であることは言うまでもない。
自分がやりたいこと
それは、死ぬことだ
死にたがり屋は最初の自殺を実行した。
―――目が覚めると夕方になっていた。
ほぼ、丸一日気を失っていたのか気分が悪い
頭がぐらぐらする。体に血がかろうじて流れている。
起き上がろうにも体が重い。
家は相変わらず人の気配がない。数日前までここで生活していた母の気配はない。
重い体をやっとの思いで起き上がらせた。
天井に吊るされていたロープは輪の形ではなく、ほどかれたのか一本のロープがだらしなく吊るされていた。
失敗したのか。
幸か不幸か夕暮弥彦は一命を留めた。
いや、不幸か
やっと自分のやりたいこと、目標を、意義を見出したのに、自殺は未遂に終わったのだ。
でもなんだろう。この満たされていく感じは。
心が満たされていく感じは。
ははっ
自殺を経験したことで空っぽの心から欲求が溢れてくるようだった
この日を境に弥彦の自殺行為が繰り返された。睡眠薬、リストカット、感電、硫化水素。家でできる自殺は思いつく限り実行した。だが、どれも結果は良くなかった。苦しんで苦しんでそれでもかろうじて生きてしまう。もしかして僕は死ぬことが怖いのではと考えたが、そんなことは無い。だって自殺をすればするほど、心は満たされていくのだから。
これで本当に死ぬことになったら、僕の心はどれほど満たされるのだろう。
知りたい。
味わいたい。
自殺の失敗によって諦めるどころか弥彦の自殺衝動は止まらなかった。
今までは家でできる自殺だったけど次は外に出てみよう。出来れば人に迷惑をかけずに死んでみたかったが、やむをえまい。この欲求を満たせることができるのなら、どんなことだってできる気がした。
廃ビルの階段を上った。弥彦が選んだのは飛び降り自殺。自殺は他人に迷惑がかかるものだが、飛び降り自殺はその中でもかなりの迷惑度を誇るだろう。電車での飛び込みも考えたが、さすがに止めておいた。この廃ビルは自殺の名所として昔から自殺者が多かった。自分もその中の一人になるのは我ながらつまらない人間だなと思ったが、劇的な死なんて初めから求めてはいない。僕の自殺は心を埋めることが目的なのだから。現実を敵視しているわけでは無い。人生に絶望しているわけでは無い。生きることが出来なくなったわけでは無い。苦しんで追い詰められたわけでは無い
僕は僕のために死にたいのだ。
屋上の扉を開いた。
夕暮れ、空は赤かった。
そこに一人
赤いワンピース、赤みのある髪、深紅の目
真っ赤な女性が一人
それが最初の出会い
死にたがり屋の夕暮弥彦と
伝説の彼女、赤神茜の出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます