荘子の大須でコスプレパレード☆
第56話 メイド服と、首都クライシス
斑目沙亜紗は、アニメが好きである。
しかし、その多忙さ故、その趣味を十分に楽しめていない。仕事熱心だから捜査本部に泊まり込む事が多いし、家に帰ったとしても、シャワーを浴びて、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、お気に入りの赤いソファーに座り、録画したアニメを見始めるのだが、大体、エンディングの曲を聴くことなく眠りに落ちてしまう。
そして朝目覚めて、まだスチール缶の中に3分の1残っているビールに気づき、
「あぁぁもったいないぃぃぃ!」
と、後悔の念に苛まれながら、朝の支度をするのである。そんな沙亜紗が最近めっちゃしてみたい! と密かに思っている事があった。それは、アニメキャラクターの、コスプレである。
アニメキャラクターの格好をして、街に繰り出したい。
けっこう本気でそう考えていた沙亜紗は、コスプレ用の衣装を自作した。後はそれを着て外に出るだけだ。しかし、1人でコスプレをするのはなかなか勇気がいる。それに、万が一コスプレしたところを真山や納屋橋に見られたらと思うと、インフルエンザにかかった時のような寒気がした。
沙亜紗には、アニメについて語れる友人もいない。現代ではSNSを通じて友人を作るのは当たり前だが、沙亜紗はSNSをあまり使用しない。ツイッターのフォローは5人で、フォロワーは8人だ。
そんな中、次の週末に、大須でコスプレイベントが開催される事を知った。沙亜紗は、そのコスプレイベントのサイトを目を輝かせながら眺めていた。
私にも、コスプレ友達がいたら……
その時、沙亜紗はふと思いついた。1人いるじゃないか。素晴らしい人材が。若く、日本人形のような整った顔立ち。絶対、様になる。必ず、彼女を取り込んでこのコスプレイベントに参加してやろう。
沙亜紗は、1DKの薄暗い一室で、決意を固めるようにグッと拳を握った。
荘子は、警視庁のスカムズ対策室でテスト勉強をしていた。モニターに映る問題を解いていたその時、背後にただならぬ気配を感じた。荘子はスカートのベルトに挟んであるスタンガンに手をかけながら振り向いた。そこには、笑顔で近づいて来る沙亜紗がいた。
「沙亜紗さん?」
沙亜紗は荘子のPCのモニターに表示されている数式を見た。
「こんなところで勉強?」と沙亜紗は尋ねた。
「はい、いつスカムズの予告状が届いても対応出来るようにここで勉強した方が良いと思いまして」
もちろんそれは嘘だ。荘子はスカムズなのだから、予告状がいつ届くかなんてことはわかりきっている。荘子は勉強する振りをして、普段のスカムズ対策室の、警視庁の様子を探っていた。
「本当、関心しちゃうわね。ところで——」
沙亜紗は荘子の隣りの椅子に座った。
「荘子さんって、アニメに興味はない?」
「アニメですか? あまり見ないですね。勉強や捜査など、他にすることがありますので」
勉強を怠ることなく、スカムズの活動と国家公務員としても活動しているのだ。趣味に割くような時間はまるでなかった。
「では、アニメが嫌いってわけではないのね」
「そうですね、うさ助とかは好きですし。ぬいぐるみなど集めたりしていますよ」
「それなら——」
沙亜紗は、周りを注意深く見回した。
よし、誰も居ない。
「単刀直入に言うわ。私と、コスプレしない?」
「は?」
思いもよらない言葉が飛び出した事により、荘子の頭脳はフル回転を始めた。コスプレとは、特定の職業専用の衣服や、またはアニメの登場人物の服装を真似てその人物になりきる行為の事だ。話しの流れからすると、アニメのコスプレだろうか。
「私がしたいのはこのキャラクターなんだけど……」
そう言って、沙亜紗はタブレット型PCの画面を荘子に見せた。
「じゃーん!」
そこには、仲良さげに寄り添う2人のメイド服を身に纏った双子のような可愛らしい女の子のキャラクターが表示されている。片方の娘は綺麗な水色の髪で、もう一方の娘はピンク色をした、ふたりとも同じようなショートカットの髪型をしている。
「可愛いでしょ! これ1人でやるよりも2人でやった方が断然良いと思ってさ!」
まさか、この女性はわたしにこのコスプレを一緒にやろうと言うつもりなのだろうか。
「ひとりでも良いと思いますが。十分可愛いです」
「そんなことない! こうやってふたりでやると——」
沙亜紗は、タブレットに表示されている画像と同じようなポーズを取った。
「どう、様になるじゃない! さぁ、荘子さんもやってみて!」
「遠慮しておきます」
そう言って、荘子はまたパソコンに向かった。
別に、コスプレに抵抗がある訳では——本音を言うと多少ある。恥ずかしい。マキナ達ならまだしも、わたしにあんなキラキラした姿は似合わないと思う。それに、勉強や理想の世界を造る作業の方が大切だ。
趣味に興じる時間など、ない。
荘子がパソコンに向かってキーボードを叩いていると、後ろからさっと、沙亜紗のスマホが差し出された。その液晶画面には、何かのクーポンチケットのようなデータが表示されていた。
「もう、わたしは食事のクーポンなんかで釣られたりしま……こ、これは……」
「ふふ、荘子さん、ここ、行きたがってたでしょ」
それは、農場レストラン『モクモク』の特別お食事券だった。
モクモクは直営の農場があり、新鮮で健康的な野菜や肉などの食材が味わえるビュッフェスタイルのレストランだ。他のバイキングスタイルのお店と一風変わっていることや、健康的な料理が味わえるという事で大変評判が良く、常に3時間待ちは当たり前の人気店だ。
野菜が大好きな荘子にとってはとても気になるお店だったが、3時間も待たないといけないという事で(実際はそんなに待ちませんでした。電話番号を登録すれば、順番が近づくと連絡してくれるシステムがあります)学業やスカムズ、捜査に携わる時間を考えるととても行けるものではなかった。
理想の世界を創った後で、ゆっくりとモクモクで食事をしようと密かに考えていたほどだ。しかし、この特別お食事券があれば、一切待つ事なく食事が楽しめる(この券もフィクションです)。しかし、このお食事券は通常では手に入らないものだ。まさかこの女、コスプレをしたいという私欲の為に国家権力を振りかざしてこのお食事券を手に入れたのではないか、その可能性は十分にありえる。
「それで、わたしを揺するつもりですか?」
沙亜紗はニヤリと笑った。
「揺すりじゃないわ、お誘いよ」
そう言って、スマホを左右に振ってみせた。
食べ物に釣られるなど、新しい世界を創ろうとしている者が、そんなこと、あってはならない……
ゴクッ——荘子は大きく生唾を飲んだ。
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