07/17/10:30――サクヤ・指揮官任命!

 毎日のように、鍛錬をしているわけではない。

 特に街の中に入ってからは、早くても数日は滞在するため、行動はばらばらになる。夜に宿で一緒になって情報交換などはするが、特にサクヤは戦闘を前提としたような躰を動かす行為をしなくなる。逆に、移動途中などの野営では、翌日のことも考えるため、やはりハードな鍛錬を敬遠しているのだから、こいつらはどうやって躰を持たせているのだろう、なんてことはよく考える。問えば、慣れと返答があるので、それはそれで疑問ではあるのだが。

 一度、サラサの部屋に行っていたサクヤが戻れば、大きな木の下で二人は両足を投げ出すようにして休憩していた。周囲にも似たような木が多く、それなりに視界を遮蔽しているが、完全に隠れられるほどではない。サクヤであっても、遠くに映るイウェリア王国が見えるくらいだ。ざっと見て千ヤードほどの距離、こりゃ狙撃でも当たるなと鍛錬を開始する前に軽く話していたのを覚えている。

「――おう、飲んどけ。あと補給食な、味はあんま期待すんな」

「ありがとうございます、サクヤさん」

「いつも助かるー」

 ボトルと一緒に紙に包んだ固形の補給食を渡す。期待するなとは言ったが、旅の移動中などではよく食べるものなので、彼らも慣れているだろう。

「え、あれ、どんくらいやってた?」

「一○三○時だから、四時間くらいだな。さっき考えてみたら、俺も二時間くらいやってた計算になって、体力がそれほど減ってねえ現実に驚いたもんだ」

「良い動きをするようにもなっていますよ」

「あーうん、それは思う。っていうか、鍛錬に付き合わないのにあんだけ動けるハクナがおかしい」

「おかしいのはサラサも負けてねえよ」

「なんだとう!」

「はいはい。それよりどうですか、コウノさんからいただいた小太刀は」

「ああ、鍛錬に付き合えって、それが理由だったな」

 さすがに戦闘をまともにするのならば小太刀がいる。そう思ってアルノの元を訪ねたのだが、やはりというべきか、満足に扱えるようなものはなく、その経緯をどういうわけか知っていたコウノが、組み立てアセンブリの術式で一振りくれたのだ。

「うん。さすがだよね、コウノさん。私が扱える得物でありながらも、卯衣ういほどじゃなくて、絶妙なバランスで創ってある。なんだろう、不可じゃないけど、良くもないっていうか」

「さしずめ評価は〝可〟といったところですか」

「良でも優でもないってのが、らしいっつーか……」

「見透かされてる感じがなんかヤだ」

「ははは、コウノさんは昔からそうですよ。だから怖いんです」

 そうだけどさあ、なんて言いながら、一気に半分ほどを飲んでサラサは一息。

「ともかく、戦闘には問題ないかな」

「あとは相手の情報次第、ですね」

「錬度そのものは当日になるんだろうが、まだ規模なんかの情報も来てねえな。ヴァンホッペだっけ? どのくらいの距離なんだ?」

「行軍を考えても、野営二日くらいの距離でしょうね。強行軍や電撃作戦を考えるなら、早朝に仕掛けて昼過ぎには到着するでしょう」

「近いな。まあオリナが言うには〝草〟はいないし〝偵察〟は、こっちの準備が露呈するからしたくないってことらしいぜ」

「その辺り、詳しく聞いているのですか?」

「世間話程度にはな。俺とハクナも後方配備で、騎士二名の護衛つき。オリナはコウノさんとイザミさんを連れて、俺らの後方って感じらしい。何事もなけりゃ、一緒に行動するんだろうけどな」

「見届け役ってわけかあ。――じゃ、ほかの情報を集めよっか」

「休憩は中断、あとで休みましょう」

「あー」

 どうして、こんな場所で鍛錬を行うのかは、サクヤも事前に聞いていたので、すぐにギィールが姿を消しても、疑問を口にするようなことはなかった。

 簡単なことだ。さっき言っていた〝偵察〟を、逆に捕まえる話である。こちらがそれを考えるのと同様に、相手側でもそのような動きはあるという確信から、二人はしばらくここらを使って鍛錬をしつつ、様子見をしていたらしい。

 そして今日、ようやく動きを掴んだというわけだ。

「攻める側ってのはさ、守る側が無自覚なら、偵察なんて簡単なもんじゃん」

「だから油断もしてるし、見ただけでわかる――か?」

「そんなとこ」

 しばらくすると、ギィールが男を連れて来た。掴んでいた腕を離し、近くの木の根元へ放り投げるようにして解放しつつ、すぐに騎士証を見せる。サラサも同じことをしていたので、サクヤもそれに倣った。

「自分たちは〝旅人〟です。こちらには来たばかりでしてね」


 ぴくり、と男は反応を見せた。


「どうやら、コウノやイザミといった〝旅人〟の存在は、大陸中に知れ渡っているようですね? ああ、余計なことは話さない方が身のためです」

 あくまでも柔らかく、いつもの態度でギィールは肩を竦めた。

「さて、自分たちが聞きたいことは三つです。一つ、決行日時。一つ、軍隊規模。一つ、作戦内容――もう一度言いますが、自分たちは旅人で、国に属してはいません」

「……」

「この三つのうち、一つだけお答えいただければ、すぐにでも解放することを約束しましょう」

「――、……答えたくはない、と言ったら?」

「答えたくなるようにするか、あるいはイウェリア王国に〝任せる〟ことになるでしょうね。六十秒待ちましょう」


 男はギィールを見たまま、動かない。


「今の自分たちは、そう、何のことかはわかりません。三つの内の一つを聞いたところで、なんのためのものかは〝知らない〟のです。――わかりますか? あなたは情報を売ったわけではない。旅人に質問され、ただ答える。問題が起きたか? それも否でしょう、つまりあなたの〝目的〟は達成される。何しろ国とは無関係な旅人ですからね。あなたが罰せられることもない――黙っていれば、ですが」

「脅迫か……?」

「さて、どうでしょう。考えを誘導するわけではありませんが、10等かそこらの騎士証を持つ旅人に、何ができるというのです? そろそろ時間です」


「一万だ。約、一万」


「結構。――お時間を取らせたようですね、どうぞお帰り下さい。自分にはどこへ帰るのかも、わかりませんが」

 視線を外さないまま、ゆっくりと男は立ち上がるが、ギィールは本気でそれ以上何もせず、腕を組むようにして去るのを待ち、姿が消えた先をしばらく見ていたが、吐息を落としてからサラサの隣に腰を下ろした。


「ま、こんなものでしょう」


「ギィール、お前あれだろ、軍隊規模だけ聞きたかったんじゃね?」

「はは、冷静になっていれば、すぐわかりますね。何しろほかの二つは〝決定的〟すぎます。軍隊規模なんてものは、誤魔化しもききますから、鵜呑みにはできませんが――少ない、なんてことは、まずないでしょう」

「〝戦争〟の始めにしては、少ないかなーとも思うけど?」

「さて、落としどころをどこへ持って行くのか、そのあたりの考えを見抜かない限り、その答えは出そうにありませんね」

「ま、どうであれ、偵察が〝帰る〟ってことは、そう遅くはねえってことだろ」

「そうなります。なので一つ、頼みたいことがあるのですが」

「あ? 俺にか?」

「はは、こちらも準備がありますからね。午後からフルールに、上空を飛んで周囲の地形確認をしてもらおうと思っているのですが、その情報を元にハクナさんには〝図面〟を引いてもらいたいんです」

「ああ……そりゃ俺の仕事だな。つっても、そっちはいいのか?」

「竜化して高度二千ほど上がれば、地上からの目視は困難ですし、竜の姿ならば視力も高い。視覚情報そのものの共有はサラサ殿の術式の〝応用〟ができたそうで、フルールにもおそらく扱えるのではと。できれば、サラサ殿に助力を願いたいと、そう言っていましたが?」

「え、私?」

「それとなく自分が誘導して、止めておけと言っておきました。見返りに何を要求されるかわかったものではありませんよ、と」

「いやサラサは要求しねえだろ」

「そうだよ。背中に乗って飛ばせろって言うくらいだよ」

「だよな。要求じゃなく半ば強要、あるいは命令だもんな。ははは……はあ」

「失礼な……だって空って楽しそうじゃん」

「酸欠になりたいなら、枕に顔でもうずめてろ」

「うっさい」

「まあいずれにせよ、楽観はできませんからね。こちらの戦力は限られますし、サクヤさんにもフォローを頼むことになるかと」

「そんくらいはやるさ。保存食も用意しておくつもりだが、どれくらいを想定してるんだ?」


「短期決戦」

「――が、理想ですね。長くて五日を想定しています」


「五日か……長いな」

「物量で押してくるとなると、いささか厄介だとは思いますが、今回はチィマさんもいますからね」

「そのチィマはどうなんだ?」

「ありがたいことに、乗り気のようです。少なくともオリナさんに対しての恩を返したいと。あとは――そうですね、サラサ殿と行動したいという気持ちもあるのでは」

「あー、それは私の方かな。テンション上がりそうだから、引き留め役はサクヤに頼むね」

「マジかよ……そこまで織り込み済みにしろってか」

「じゃ、どこまで?」

「そりゃお前――……ん? ちょっと待てギィール、この流れも自然に作ったろ、おい」

「なんのことでしょう」

「てめっ、まさか俺を指揮官に据えようってわけじゃねえだろうな⁉」

「後方支援組でしょう?」


「てめえ――」


 だが?

 ほかに誰がいる?


「――消去法じゃねえか」


「おそらく戦術構築に関しては、経験はともかくも理論はフルールの頭にありますが、当日はそれ以上に動いてもらわなくてはなりません。――自分だけでは機動力に欠けます」

「ってことは、考えてんじゃねえか、お前」

「まだ地形も調べてはいませんからね、予想です」

「そりゃそうか」

 追加のボトルを渡しながら、サクヤはしばし思案する。

「――二番目の時との差異は?」

「たぶん規模はこっちのが小さい。錬度は不明ってことにしておこっか」

「しかし〝目的〟があります」

「あー、以前の時はあれだったけど、今回はイウェリア王国そのものだしな。つまり、あれか? 生き残ることができても、イウェリアを潰されたらアウト……ってことか」

「逆に言えばわかりやすくもありますが」

「良くも悪くも、移動範囲そのものは狭いから、あの時ほど長くはならないと思うけど」

「常に最悪を想定しろ――だったか、ギィール」

「ええ。サギシロさんに言わせれば、想定できたのならば最悪を回避しろ、です。無駄だと思える一手は、無駄になったことに喜べと教わりました」

「完全に想像力の問題だろ。んで、想像に必要なものは知識と経験、柔軟性に飛躍思考と考えりゃ考えただけ出てくる」

「では、そういう時の常套句を教えましょう」

「あ? なんだそりゃ」


「〝現場の判断に任せる〟ですよ」


「はは、そりゃいい。――その責任を俺が取るんじゃなけりゃな」

「そこまでは求めませんよ」

「しょうがねえか。年寄り連中の手を借りるのは癪だしな。この流れだと、最終的に王城地下にまで同行させられそうな気もするが、そっちは遠慮するぜ。映像だけ繋いでくれ」

「あーうん、そっちは私の目的だし、そんくらいなら問題ないけど……なにその流れって」

「予防線を張っておかねえと、面倒だと思ったんだよ」

「ふうん?」

「ちなみにギィール、失敗した時の予防策は?」

 聞けば、苦笑して肩を竦められたので、サクヤも頭を搔いて苦笑した。

「戦闘に関しての〝経験〟は、とやかく口を挟まないけどなあ」

「でもさ、チィマが同行してくれるなら、六番目に行けるかもよ」

「そうだな」

「それに関しては自分も考えました。そもそも、カイドウさんたちに止められましたから、あえて聞いてはいませんでしたが、サラサ殿も知らないのですか?」

「基本的に、私は港にしか入らないから。んでも、六番目だけは必ず父さんか母さんが同行してたし、宿場から外へ出ることはなかった」

「徹底してたってことか」

「うん。そういうものだって思ってた。両親は出歩いたことがあるらしいけど、情報は貰えなかったから」

「ことが済んだら、コウノさんとイザミさんに聞いてみるか……」

「――しかし、お二人の目的はよろしいのですか? まだ二つほどしか街を巡っていませんが」

「ああ……」

 大前提として、次もあるとサクヤは考えているし、それ自体は間違いではない。やり残しというのは避けるべきだが、その上で。

「オリナんとこの料理長、腕が良いんだよ。いくつかレシピも試したし、騎士制度そのものも理解はできた。ハクがどう言うかは定かじゃないが、俺としてはまあ、次を考える段階に入ってる」

「お、んじゃ次どうすんの?」

「チィマが同行するようなら、次は〝海〟だろ。二ヶ月くらいを目安に」

「それは良いですね。フルールも馴染むことができるでしょう」

「今回はまだ一ヶ月も経ってないけど、まあいいや。うちの船に連絡入れておくよ」

「そちらはお任せします」

「んで? どうなんだギィール、いつだ?」

「そうですねえ……戻るのに二日、準備が既に整っているなら一日、つまり三日後くらいから〝動き〟が見えるかと」

「ブリーフィングは明日ね、よろしくサクヤ」

「マジかよ……せめて午後にしてくれ。今日の午後にフルールとハクが情報出して、そこから俺の出番なんだからな? さすがに時間が欲しい」

「しょうがないなあ……」

「おい、なんか急に忙しくなった俺に対して、しょうがないってどうなんだ?」

「あははは」

「ギィール、笑って済ますなこの野郎」

「でもハクナが、自分で栄養になるもの作れるし、半永久機関だって自慢してたし」

「なんの自慢にもなっちゃいねえし、俺はあいつの所有物でもねえよ!」

「はは、自分も手伝いますよ」

「そうしてくれ……」

 これで午後からの予定も決まってしまったようなものだ。どうせなら、もっと早く――ああいや、もっと早く言われていれば、断る口実を作ることができてしまった、か。

 つまり、最高のタイミング。

 それを計算していないサラサに、考えに入れていたギィール。

 だったら仕方がないかと思うサクヤは、果たして、甘いのだろうか。


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