02/03/10:50――サクヤ・オトガイとの付き合い

 翌日になって、今度もまた一人でオトガイ商店の扉をくぐれば、眼鏡をかけた若い青年が、おやと目を丸くするようにしてから、口の端を歪ませるようにして、小さく笑った。

「いらっしゃい、サクヤ。昨日はすまないね、俺が出ていたから先代の対応だったろう」

「おう。じゃ、改めて、あんたが――」

「そうだよ。俺が当代のクーク、餡子屋のクークだ。覚えておいてくれよ」

「わかった」

「改めて昨日は悪かったね。先代が脅しを入れただろう? あんまり真に受けて貰っちゃ困る」

「脅しっつーか、顧客の判別? 区別? それを聞いただけだ。真に受けるなってのは、どういうことだ?」

「あの人の性格は、弟子だったからよく知ってる。脅しが半分入ってただろうって話だよ。確かにあの二人は赤だけど、先代が話さなかったこともあるから、勘違いはしない方が良い」

「ふうん? それは、クーク……いや、オトガイにとってなんか、あったってことか?」

「トラブルじゃあない。こう言うと変に聞こえるかもしれないけれど、俺たちオトガイにとっては、劣等感がある――といったところかな」

「同業者じゃないだろ」

「まあね。そして、先代が言っていたことは冗談じゃなく、本当のことだ。間違いなくあの二人が敵になったのなら、俺たちにはちょっと打つ手がない。そうならないことも、わかってはいるけれどね」

「そう言ってたな」

「うちにはマエザキというのがいてね、彼は刃物を創る。その技術はかなり高くて、今でもマエザキといえば、俺たちオトガイにとっての象徴だ。まあ複雑な部分もあるから、いわゆる統括をしている人間だと思ってくれればいい」

「鍛冶屋とは違うのか?」

「一応、違う分類にはなるかな。彼が創るのは術式で、刃物自体の完成度も高い。そっちに特化してるし、技術も継承してる。あの〝千本槍サウザンドデット〟――と、言ってもわからないか。まあ、性質の違う刃物を、それこそ千本くらい軽く創れるっていう馬鹿だ」

「馬鹿かよ。すげーのはわかるけど」

 長い話になりそうだ、ということもあって、カウンター傍の椅子を引っ張って、サクヤは腰を下ろす。どうせ今日は、話を聞きにきただけだ。

「二年前だったかな、そのマエザキの刃物を、ギィールは全部壊した」

「――……、ちょっと待て。もう一回言ってくれ」

「ははは、ギィールの情報も入るから、先代は言わなかったんだろうね。俺たちから見たギィールは、対武器戦闘の専門家だ。しかも、人じゃなくて武器だけを壊す。その鍛錬にマエザキが呼ばれて、面白半分で参加した結果、あの若造にすべて壊されたわけだ。この結果を聞いた俺の判断は、つまり、俺が作った銃器や弾丸なんてものは、一つも通用しないってことになる」

「そんなにかよ、あいつ……全然気づかなかったぞ」

「それは君が武器を持っていないからだし、そういう相手じゃなかったからさ。だからこれは、あくまでもオトガイの考えだ。サクヤが気にする必要はない」

「まあ俺としても、俺が見たあいつらを信じるけどな。ギィールはともかく、んじゃサラサはどうなんだ?」

「あの人は、得体の知れなさ――という部分も強いんだけど、それ以上にオトガイとして、明確な理由がある。小太刀を一振りいているのは知っている?」

「いや……見たことはないな。いや、武装くらいしてる、とは思ってたけど」

「その小太刀が厄介でね」

「業物なのか?」

「ありていに言えば、そうだ。あのマエザキの〝師匠〟が創ったものでね……製作者はオトガイの上役どころか、それこそ手の届かない高みにいる。変な言い方だけど、たとえば五千年以上生きている人がいて、その人が刃物の創造主だったりしたら?」

「そりゃ……手が届く届かない以前に、あれだろ、なんかもう子供扱いだろ」

「つまりは、そういうことだ。あの二人にある劣等感だよ」

「あー、しかもオトガイの客じゃないって部分が、余計に引っかかるわけだ。隣の料理店に常連を取られたような気持ちはわかるが、それより厄介そうだな」

「まあね。だから赤っていう分類なのさ」

「なるほどねえ。つーかでも、そこまで関係があるのに、客にならないっていうのも、変な話だなあ」

「これは劣等感ではなく、癪な話なんだけど、二人にとっては〝必要ない〟ってことなんだよ。あるいはそれを、オトガイの実力不足だと考えれば、奥歯を噛んで己の腕を鍛えるしかない」

 武器を創る人間ではないが、料理人としては納得できる話だ。

「それを含めて、厄介だな、そりゃ」

「ま、そういうことだよ。さて、うちの〝薬局〟から返事がきてる。以前にくれた二つに関しての詳細だ。まず〝コールゲン〟を使用した方」

「ああ」

 コールゲンとは、ある魔術素材で、植物の根を乾燥させたものだ。香りが良く、一部地域ではデザート類の香りづけで使われる。それ自体は安価であり、毒性もない。素材としても、どちらかといえば魔術品の調合で活性化させるというよりも、やはり香りをつけておく利用法ばかりだ。危険性が高くても、低くても、特定の香りをつけることで判別をたやすくする手法は、料理だけではない。

「毒性は低いが軽く中毒性がある。胡椒と砂糖、その分量が規定値で投入された場合に活性化されるそうだ。リリーの宝水を魔力抜きして使わなくてはならないという、前提はあるけれどね」

「どの程度の中毒性だ?」

「催眠効果に限りなく近い結果を出すには、三食の料理に三グラム投入時、一週間程度で効果が出始める。身体反応としては、夢うつつの状態ができあがる、といったところか。暗示が一番効きやすい状況だね」

 それらの説明を、要点だけ抜き出してノートに記す。もちろん、当時調合したページにだ。

「身体の成熟の関連性はどうだって?」

「どちらかといえば年配者の方が効きやすいとある。ただし、常連客ができる程度のものでしかなく、麻薬のように必要としなくてはならない、といった状況に陥ることはない」

「逆に言えば、それだけ使いやすいってことか……諒解だ、食べる時には注意しておく。解毒は?」

「摂取を止めれば自然と落ち着くよ」

「オーケイ。もう一つの方は?」

「ああ、あれはお湯に溶かすと、丁度良い疲労回復――風邪の処置、特に睡眠時に効果的だと言っていたよ」

「身体活性っつーよりも、温まる料理の元くらいの考えだったんだが……」

「コップ一杯に対して小さじ一杯。やや苦いのが難点だと言っていたけれど、感冒は複合作用だ、特効薬は難しい。睡眠導入の効果もあるし、固形物にして販売すれば、それなりに儲けが出ると言っていたよ。どうする?」

「俺は商売人じゃないから任せると伝えておいてくれ。どちらにせよ助かった……俺の〝分析アナライズ〟じゃ程度が知れるからな。黒か白かがわかるくらいなもんだ」

「君にそこまで求めはしないよ。そして、経験を積んでわかるようになっても、頼って欲しいものだ。それで? 〝次〟の向かう先は決めたのか?」

「ん、ああ……まだだ。足を一歩踏み出したからといって、それが地続きであっても、先が沢山ありすぎると足が止まるってのを実感中だ」

「まあそうだろうね。君の場合は目的がはっきりし過ぎているから、それが余計に選択肢を増やす。逆に考えれば、どこでも良いんだろうけれど」

「深く考えなきゃ、そうだよな」

「で? あの二人とは、どうするつもりなんだ?」

「あー……昨日の夜にもハクと話はしたけど、まだ結論は出ない」

「そうか――ん?」

 出入り口の扉が開き、振り向けば来客だ。やや老いた風格のある男は、扉を閉めて早早、すぐに煙草へ火を入れてから、足を止めた。客なら出て行くかと思っていたサクヤにしてみれば、出口を封鎖されたかたちだ。

「いらっしゃい。どうしましたか?」

「ああ……お前らが余計なことを、こいつらに吹き込んだんだろうなと、そう思ってな」

「余計なこと、ですかねえ」

「俺に言わせれば、ギィールみたいなガキにでも壊せるような得物を、客になんて出すな馬鹿」

「反論はありません」

「そこが情けないと言ってるんだ。ちなみに、俺はコノミの父親だ、料理人」

「サクヤだ。そっか、コノミさんの……」

「サラサもギィールも、付き合いはそこそこある。――おいクーク、イザミの所在地を探ってくれ。あの馬鹿、何してんだ」

「ああ、そっちの用事ですか。諒解、ちょっと打診してきます。悪いなサクヤ、しばらく相手を頼む」

「頼むって言われてもな……なあ、コウノさん。聞いていいか」

「なんだ」

「コノミさんに、俺らは面白いパーティになると言われたんだが、コウノさんはどうだ?」

「あいつがそう言ったのか。旅に適した人数や、都合の良い相手もいるにはいるが、どうだろうな。少なくとも、お前ら二人が目的を持っているのならば、あるいはな」

「俺らの目的? そりゃ、どういうことだよ。目的は違っても、過程は同じにできると、コノミさんは言ってたけど」

「違う、そういう意味合いで言ったわけじゃない。それは事実で、現実だが、あいつら二人の事情だ。何しろサラサもギィールも、旅に対しての目的を持たない。持ったとしても一時的なものだ」

「……たとえば?」

「ギィールなら修行だろう。サラサの場合は依頼だ。そのどちらも、極端なことを言えば、旅をしなくたって構わない部類だ。逆にお前たちは、最初から目的を持っている」

「それが面白いのか? 聞いた限り、なんていうか……いつ行動を一緒にしなくなっても構わないって聞こえるんだけど」

「そういうことだ、間違っていない。つまりは他人でいられると、そういうことだ――が、ここにも問題は潜んでいる。単純に考えて、お前たちにとっては即戦力を得ることになる。そのため、トラブルの解決は容易くなるというメリットを持てるわけだが、それは逆に、あの二人が呼び寄せた、あいつらレベルのトラブルにも、遭遇するということだ。それはあいつらが解決するだろうし、手を貸せとはまず言われないだろう。そういう荒事だ」

「けど、身近で感じることにはなる、か」

「さらに言えば、だ――あの二人の足は、軽い」

「……、俺たちと違って目的がないからか」

「そうだ。だから今のお前みたいに、迷うことはほとんどない。気分的にはそうだな、連れまわされるような感じになる。だが、それを許容できるのなら、役には立つだろう。ギィールはあれで知識欲が旺盛で、雑学めいたことをいろいろ知ってるし、サラサは旅のイロハを嫌でもかってくらい教え込まれてる。まあ、教えられたというか、否応なく知ることになったというか……そこらはあいつの生活環境だな」

「だとすりゃ、あいつらにとってメリットがあんのかよ」

「少なくとも飯の心配はせずに済む。旅人にとってそいつがどれほどありがたいかって話は、サラサに聞いとけ。ギィールじゃ駄目だ」

「なんでギィールは駄目なんだよ? 粗食に慣れてるとか何とか、言ってたような気はするが」

「粗食、なあ……。俺もコノミも経験したことはあるが、ありゃ粗食とかいうレベルじゃないけどな」

「は?」

「お前、一緒にいる人間を食べたくなったことあるか?」

「ねえよ!」

「だろうな。いや、実際に食べるヤツは稀だ、心配するな。木の根をかじって空腹を紛らわせ、雨が降らないかと祈る――くらいの〝余裕〟がありゃ、まだマシだって話」

「おい……ギィールはいい、本人から聞く。コウノさんはどういう経験をしたんだ?」

「俺か。あん時は、俺も――お前よりも若かったな。戦場に放り込まれて、第三勢力として単独行動が課せられてな、落としどころを見つけて落とすまでが訓練内容だ。最初はいい、食料なんて敵を倒して奪えば済む。それが戦場だ――が、こっちが第三勢力として認識された途端、やりにくくなる。簡単に言えば囲まれて、俺は常に警戒状態だ。それでも逃げ道なんてのは用意されてない。飯の確保? その前に、敵から逃げつつ撃破する方が先だ。極度の緊張状態を、三日間保ち続けていれば、空腹は忘れられる」

「――忘れたら、それは」

「そうだ。気づいたのは動けなくなってからだ。そうなったら〝最悪〟になる――ということを、俺はこの身で覚えさせられてな。忠告もなしだ、どんだけ辛いかよくわかったら、次からは回避しろと笑いながら先代……じゃないか、お袋に言われた時は、マジこいつ殴ってやろうと心に固く決意したもんだぜ」

「もうなんか、あれだ、俺がその場にいたらマジで流動食からメインまで作ってやるのにとか思っちまった」

「ははは、それでいい。……ギィールも同じことを経験してる。俺が指示したからな。だから逆に言えば――あいつは、俺たちに似てる」

「たち?」

「係累だよ。俺や、コノミや、あるいはサラサの両親や祖父なんかと同じ。二人以上でやることが鉄則だ、なんてことは理解しつつも、旅なんてものは一人でもあっさりできちまう馬鹿な連中だ」

「いや、馬鹿じゃないだろ、それは」

「どうだかなあ――っと、戻ったか。煙草三本、まあまあの遅さだ」

 なんだと思うと、すぐに扉が開いてクークが戻ってきた。

「ああ、お待たせしました」

「おう。で?」

「直近ではリーリンが顔を見たと。三日前ですね」

「お、おおい、ちょっといいか? なあクークさん、オトガイってそんな簡単に情報渡さないだろ?」

「基本的にはね。ただ、コウノさんには〝返せないモノ〟の方が多いんだ、こっちとしては困る話だよ」

「困ることはないだろ。それに、返せと言ったことはない」

「だから返せませんって……」

「まあいい、一番目か。オリナあたりが引き留めてなけりゃいいが……ああ、それと追加だ」

 懐から取り出した煙草を一瞥して、もう一度しまい、違うものを取り出す。布にくるまれたそれは、カウンターに置いて広げると、錆びた鉄塊のようなものだ。

「――失礼、この処遇は?」

「気に入ったなら調べろ。ただし、復元ができないなら撤回だ。言っている意味がわかるな?」

「はい。オトガイに〝作れない〟はありません」

「俺のお袋の形見だ。記憶している限り、三番目を所持していた頃から、ずっと好んで使っていた。それを回収したのはサラサだが――ま、いい。一年以内に復元しろ」

「お引き受けします」

「ん、俺の用事はそれだけだ。サクヤはどうなんだ?」

「え? いや、俺も用件は済んでる。ただまあ――決めきれなかった部分が、ある程度は、前向きになったというか」

「なんだ、あの説明で乗るのか、お前」

「正直なところを言ってもいいか」

「言ってみろ」

 許可が下りたので、深呼吸を一つして、真面目な顔で言った。

「――ハクナの感想は〝美味い〟しかない。大問題だ」

「クッ、……そいつを、てめえの腕が良いって言わないあたりが料理人だ。さすがはイルゴの弟子だけではあるな」

「は……え? ちょっと待て、なに、店長のこと知ってんのか⁉」

「おいクーク」

「本人が隠してるんだ、俺からは話せないよ」

「いや、オトガイを勧めたのは確かに店長だけど……」

「オトガイには〝料理〟って項目がないのは、知ってるだろう」

「ああ、それは最初に聞いてる」

「料理なんてのは相手次第でどうとでも変わるものだからな。だが、完全に不要ってわけでもない――つまり、オトガイ側から面白い料理人はどうだって話が持ち掛けられてな、その初代とも言えるのが、イルゴだ。いわば、料理人の客としては、初めてってことになる」

「んなこと、一言も……」

「そりゃ言えるわけないだろ。奇しくも? てめえと同じ道を歩こうって、足を一歩踏み出して旅を始めるガキを前に、言えることがあるとすりゃ、全部終わったら見せるものを見せろ、くらいなものしかないだろ。文句があるなら、ツラ見せて言え」

「ちっ、クソッタレな大人ばっかだぜ! あー! あれこれ考える俺が馬鹿みてえじゃないか!」

「なに言ってんだ、馬鹿そのものだろ」

 訂正だ。

 口の悪い大人ばっかりである。


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