03/15/11:00――シュリ・人と狐と竜と

 その日、仕事として――とは、まあ、まだ決意もついていない私、シュリ・エレア・フォウジィールの元へ訪れたのは、奇妙な二人組だった。

 奇妙。

 奇を衒ったわけでもなく、珍しく私にしては相手に配慮した表現だったのだろうけれど、率直に言えば怪しいというより、危険な二人組だった。見ただけでわかる、異常性。道から外れている、なんて言えるほどその道を知らない私だが、しかし、人からは徐徐に外れているようにしか思えず、ましてや、その片割れが間違いなく人間ではなかったのだから、嫌だと突っぱねることも私には可能だったのだ。

 コノミ。そして玉藻と名乗る、あまりにも巨大な狐の妖魔。ヒトガタにはなっているものの、尾や耳を隠しておらず、そのスケールは人よりも大きい。これはもう最大級の厄ネタだ。御引き取り願うのは必然――と、まあ、なるのだが。

「あんたも、似たようなものだろ」

 なんてことを、平然と言われたら、二の句を失い、その先に諦めが浮かんで乗せることにもなる。というか、なったのだ。くそう、どうしてそこで断る精神的な強さを持っていなかったんだ私は。

 まあたぶん、ここ一ヶ月くらい一人で海に出れていたから、浮ついていたんだろうなあ。

 六番目の大陸から出向した私が、しかし、大陸を見送っていると、前甲板に座り込んで、どこからともかく酒を取り出した玉藻はともかくとして、コノミがおうと、声を上げた。

「面白い見世物があるから、ちょっとここで止まらないか?」

「え? ――見世物?」

「馬鹿が、馬鹿をするだけだ。この位置ならよく見える」

 やや小柄とも思えるコノミは、ポケットに左手を入れたまま、やや細い睨むような目で私を見る。これが平時のものらしい。特に問題はなく、海も凪いでいたため、私はエンジンを停止させた。多少は動くが、問題ないだろう。

「悪いな」

「いいけど。なにがあんの」

「ほれ見ろよ、馬鹿なことをしてる」

 やや上空を指す。

「おー、魔術飛行? 船?」

 金属の翼をつけた、空を飛ぶ何か。目を凝らしてもわからないので、オペラグラスを覗き込めば、どうやら人が乗っている。

「二人乗り用? あー、あっちにある船が着陸用か。目測で二十マイル? 距離としては、大したことなさそうだけど」

「ま、そうだな。高度は百フィートくらいなものか」

「そうなの?」

 でもまあ、いずれにせよ、低すぎる。

 着陸のため、待っている船舶の上空で旋回を開始した直後、ソレは出現する。海の中から、巨大な触手を天空へと伸ばす、海に棲む妖魔。その数をいちいち指折るのが面倒なほど、次に次にと出現し、上空のそれを掴みとって――ばしゃんと。

 海の中に潜ってしまう。

 波の一つすら、立てずに――そこには、着陸用の船すら、残っていなかった。

「ほう、なかなか大きい妖魔じゃのう」

「わかるか」

「うむ。わたしは陸側だったから、知り合ったことはないが」

 ――やった。一番。

「あはははは」

 届いた意志に、私は船首に立って、笑う。嬉しそうな意志には、嬉しい応えを。

 ――美味しい? 食べれる?

いや冗長不可無たべれないって

 ――残念。帰るね? またね?

「あーはいはい、またね」

 何も見えない海に向かって、ひらひらと手を振ってから、私はエンジンを再始動させるが、どういうわけかコノミの視線が痛い。

「な、なによ」

「てめえ、妖魔の言葉が使えるのか」

「――え? 使えないの、コノミ」

「ああ」

「ははは! いや、いや、懐かしい言の葉を聞いたぞ。嬉しいのう。お主、陰陽師としての性質でも持ち合わせておるのか?」

「なにその面倒そうなの。性質なんていらないから。あの子は以前に遭ったから、ちょっとした知り合いってだけ。それ以上はなにもないの」

 しかし、本当に馬鹿な真似をする。いくら空だとて、海に至ればそれは海のものだ。そして空の覇者は、常に、海の届かない空を牛耳る。その常識を打ち破るには、あまりに足りていない――なんてことは、わかりきったことだろうに。

「ふむ。しかし、となれば妾とも知り合いになれると、そういうことじゃな」

「すげー嫌な予感しかしないけど、コノミと玉藻の関係はなに?」

「ああ……一応、血が繋がってる。世代はそこそこ前だけどな」

「曖昧にぼかした説明をするでない。ひ孫じゃろ、コノミ。まるで妾がババアのように言うな」

「実際にそうだろーが……ああ、安心はしとけよ、シュリ。いや、シュリ・エレア・フォウジィール。私とこいつは契約で結ばれている。首輪は両方についてるが、切れてはいないからな」

「そっか」

「それだけか? お前のフルネームを口にした私に対して」

「え、調べたの? 物好きな……」

 ということは、事前情報があるはずだけど、誰だろう――そういう視線を向ければ、ため息を落としたコノミがポケットから手を出し、煙草に火を点けた。左手には携帯用灰皿も握られているので、うむと頷く。

「お袋から聞いた。面白い船乗りがいるってな」

「誰それ」

「イザミ・楠木だ」

「え? 似てない。――あ、顔だちは似てる? まあいいか」

「いいのかよ……」

「だって。文句あるのこっちよ? 三日間、何度も試すようなことするんだもの、イザミは。こっちは全無視して、やらないって言ってんのに、鬱陶しいったらありゃしない」

「素通りしてたと、言ってたが?」

「させてたの。相手になんかしてらんない。私、武術家じゃないから」

「お袋の評価は随分と高かったがな、それも大きなお世話ってか。だったらガキはどうだ」

「ん? ああ、フジカだっけ? 素直で良い子だったよ、うん」

「それだけか」

「釣りは下手だったね、二人とも」

「それだけなのかよ……」

 だから、どうしてそこで呆れるんだ、この人は。

 陸地が見えなくなってから、帆を張る。自動操縦のコマンドを入れて制御は任せる。今日は凪ぎだ、風を捉えるくらい自動で済む。急ぐ旅路でもなし――だ。

 そう、急ぐ旅ではない。何しろこれは私の行く道であって、ただの一度も、私は彼らの目的を訊ねない。それが表面化しても、何のことはないと済ませてきた。

 今回も、そうするつもりだった。

「私の契約は、一緒に歩くってくらいなもんだが……お前はどうなんだ?」

「へ?」

「私が見た限り、少なくとも――その〝牙〟は、お前のモンじゃねえだろ」

 お、おおう、そこまで見抜けるのか、この人。すげーな。

「牙っていうか、厳密には口と鼻くらいなものだけどね」

「面倒なことに、玉藻が見れるものは、私にも見えるんだよ。……面倒なことに」

「ははは、二度も言うものではあるまい。もう十年にもなる、慣れたものじゃろ」

「うるせえ。見て見ぬ振りってのは、面倒だろうが」

「じゃあ私にもそれやってよ」

「さてはお前も面倒な人種だな……? どうしてこう、私の周りにはそういうやつらが集まるんだか」

「世話の焼きがいがあってよかろ」

「うるせえ。お前の面倒を見るのが一番大変なんだってことを自覚しろ」

「うむ。その自覚も酒と一緒に飲んでやろう」

「これだ。――おい、シュリ」

「なに、コノミ」

「酒は?」

「いらん」

「煙草は?」

「いらん。灰を落とすな、吸い殻を海に投げたら蹴っ飛ばして取りに行かせる」

「オーケイ。それで?」

「……うん?」

 なんだこいつ。え、なに本当に。

「お前の目には私がどう見える?」

「え? 目つきの悪い不良少女上がりの怖い狐を連れた怖い人……?」

「外見の話はしてねえよ……だいたいなんだ、その怖い人ってのは」

「そのままの意味だけど。あ、物騒って言った方がいい? 拳銃とかナイフとか、そういうのを自然に持ってるところとか? こう、月を背にして背後から拳銃を突きつけるのが似合うとか……ところで、私、十五分くらいの短時間睡眠を、ちょいちょいやるからね」

「……、お前、物騒な評価の流れでそういうことを言うか……?」

「だって教えておいた方がいいでしょ?」

「まあ、そりゃそうだが」

 うん。だから私は、きっと間違っていない。

「私を殺すつもりなら、陸でやった方が得策だし、殺意なさそうだし」

 いやまあ、そもそも、死者を殺せる人なんて、そうそういないだろうけど。

「だいたいイザミ、そんな〝面倒〟なこと、しないっしょ?」

「まあな。そのために乗ったわけじゃない。というか、そこらの事情も聞かないんだな」

「めんどい。私は海に出るために、こうして出てるだけ」

「ほかに理由があっても、ただ同乗しただけってか。お袋の件にしても、よくもまあ正規の手続きをしない連中を乗せるもんだ」

「いや、これでもある程度は断ってんだよ?」

 事実、ここ一ヶ月は断り続けていた。きちんと相手を見て、キナ臭い匂いを拒絶している。鼻は――利くのだ。良い方にも、悪い方にも。

「厄介な人に捕まったなあ……」

「おい、いいかよく聞けシュリ。てめえ、そりゃ私の台詞だ。お前がこんな面倒なヤツなら、私だってもう少しよく考えてから決断したっての」

「失礼な。それは――ん? あれ?」

 風がおかしい、と思った直後に、ため息が聞こえて横を向けば、イザミが頭を掻いていた。

「なによ」

「悪い。上見ろ」

「ん?」

 見た瞬間、雲が裂けた。何かが一直線に飛来してきている。

「わーお。隕石? ……じゃないか」

「私の知り合い」

「お前のせいか! なにあれ! 船が転覆したら怒るからね! 傷一つつけたら怒るから!」

「うるせえ――対応してやる。殺さなきゃどうとでもなる相手だ。お前も動け、シュリ」

「なんでよ」

「船を傷物にしたくねえだろ? 半端な術式防御なんざ意味はねえから、応じるしかねえだろうが……」

「嫌だ知るか。で、なにあれ」

「竜族の急速落下」

「ばーか! ばーか!!」

「私に言うなよ……ああ面倒だな、私が対応すりゃいいんだろ」

 翼を閉じて体面積を減らし、一直線に降下するそれに対して、いつの間にかナイフを抜いたコノミは吐息を落とし、直後。

 七つの銀線が虚空を刻んだ。

 あろうことかその衝撃は空を震わせることもなく、落下速度を打ち消すほどの威力を持ち、更には、空中で竜がバウンドするような動きを取る。つまり、落下速度以上の衝撃を面で与えたのだ。お蔭で特に突風が発生するわけでもなく、その竜は。

 どうにかヒトガタになったかと思うと、私たちの足元に、べちゃりと落ちた。無様である。しかし、びくりと痙攣したかと思えば。

「ち――ちょっと! なにすんのよ!」

 さすがは竜族、治癒力が高い。

「うるせえ」

 まったくだ――そう思った私は、勢いよく立ち上がった彼女の尻を蹴り飛ばす。ロングスカートにぱりっとしたシャツ、その上から白衣を着ており、でろんと出た尻尾が竜族のそれであったが、お構いなしに。

 音を立てて海の中に沈んだ。

 ややあって、左手が船の縁にかかり、右手が金属の手すりにかかる。私は腕を組んだ状態で、彼女を見下ろした。

「なにすんの――は、私の台詞なんだけど?」

「そ、な、……え、っと」

「ごめんなさい、は?」

「ご……ごめんなさい」

「いい? この船は私のもの。船上では私がルール。あんたがトカゲの進化種だろうが何だろうが関係ない。わかった?」

「は、はひっ、わかりました……」

「ん、よろし。乗っていいよ、おいで」

 片手を差し出し、そのまま引っ張り上げてやる。ここでもう一度落とすほど鬼ではない。

「ククッ、古今東西、船乗りは怖いのう」

「まったくだ。悪かったなシュリ、この馬鹿は昔の知り合いだ。つーか、何しに来たんだよ、キリエ」

「なにしに――じゃないでしょうが!」

 先ほどの勢いを思い出したのか、ぶるぶると躰を振って水を落とした彼女は、今にもコノミに掴みかからんばかりの勢いだった。

「あんたなにしてくれてんの!」

「あー?」

「ジェイセクさんやミヤコさんが亡くなって、ファビオも一人前になったから暇を持て余してた頃、古巣からお父様が直直に私のところに来て、盛大に愚痴言って帰ってったのよ! あんた、私の古巣で何をした……!」

 古巣――というと。

「え、なに、三番目の竜族の棲家?」

「おう。厳密には、古代竜の棲家、に近いけどな。もう三年も前の話だぜ」

「なにしたの」

「……活造り?」

「なんでそこが疑問形なのよあんたは! ちょっとコノミ、本当になにしたわけ!?」

「え、美味しかった?」

「シュリもそこ食いつくところじゃないから!」

 じゃあどこに食いつけと。

「うるせえな……馬鹿な竜を三匹ばかり、生死の境を彷徨わせたくらいだっての」

「内二匹は殺したじゃろ」

「だっけ? あんなのは、ただの挨拶だろ」

「人間が、竜族の敷地に踏み入って、荒らしたことが挨拶……!?」

「おー、フェス・グランシアって、だいぶ古い家系だったんだな」

「言ってなかったけど、……言ってなかったけど! 一応! 最古参の二人、その片側の系列なのね、私は! それを、あんたは……! 呑気に酒飲んでる狐! あんたもでしょ!」

「む、何を言うトカゲ」

「トカゲじゃなくてキリエ!」

「うるさいぞ、トカゲ。いいか、わたしとコノミが契約して以来、まともにコノミを相手以外で力を振るったことなど、ついぞないわ、馬鹿者め。訓練相手だと、コノミは気軽に言いよったがのう」

「んなっ……」

「あー、借り物の力って、嫌だよね。この前、金欠で喘いでた時にクソ野郎が、金貨を二枚ばかり目の前に落としてさあ。メガネの代わりに目に埋め込んで大笑いしてやったんだけどね」

「ははは、そりゃ良いのう! 気に入ったぞお主、名はシュリじゃったか」

「そう。そっちは玉藻ね。なんか――いや、まあいいか」

 センセイの傍にいる誰かに、ちょっと似ている気配があったけれど、それを口に出したら藪蛇のような気がした。

「で? 実家に帰ったら、敷居を跨ぐことも許さんと絶縁でもされたのか?」

「……なんかみんなびびって近寄ってこなくなってた」

「良かったじゃねえか」

「よくないよっ!? 私なんもしてないからね!? もうお前んとこが仕切れよって、お父様に全権限が集中しちゃって、どうしよう――って私に言われてもね!」

「面倒になったら全部捨てろよ」

「そういうわけにはいかないでしょーが!」

「つまり? 次期候補であるお前に重圧がかかったから、私に対して文句がある? 壁に向かってやってろよ、医者のトカゲ」

「ああもうっ、トカゲとかげ言うなあ――!!」

 空に吼える。私は拍手。勝手にやれ。

 私は外に置いてあった釣竿を手に取り、吐息を一つ。

「で――ええと、キリエだっけか?」

「はあ、はあ……う、うん。そうだけど」

「私はシュリね。べつに怒ってないって。ところでキリエ、その尻尾で魚釣る?」

「今時、猫だってそんなことしないっての!」

「よろしい。じゃ、はい、釣竿。――魚くらい釣らないと、夕食もなしになるからね」

「そん時はてめえの尻尾をこんがり焼いて食うから問題ねえよ」

「美味しくないからね!?」

 そこまで拒絶されると、味を確かめてみたくなるのが人というものだ。〝あの人〟が食べたことがないのなら、だけれど。

「陸地かあ……面倒な条件だなあ」

「どっちがだ?」

「そりゃもちろん、海で確保する方の条件」

最初ハナから陸地で捉える方は除外か。船乗りだな」

 それ以外になった覚えはない。

 ひょい釣竿を投げる――厳密には、疑似餌をつけた糸を投げるのだが、まあ表現としてはそう間違ってはいないだろう、そんなキリエを横目に、私は手近なところに腰を下ろして足を組んだ。

「さすがにこういう展開は初めてだなあ。コノミの顔が広いから?」

「かもな。目的を聞きたくなったか?」

「それはいらない。ただ、武術家みたいなのとは違うね」

「誰彼かまわず、得物を持ってりゃ挑みたがる連中はよく、よーっく知ってるけどな」

「まあ、イザミがあれだもんね」

「お袋を間近にして、そしてお袋は親父に挑んでたからなあ……。そりゃ、私だって似たようなもんだ。未だに親父を越えたいと思ってる。旅も、その一環だしな」

「ふうん?」

「ただ――シュリはよくわかんねえ」

「そう?」

「うむ。妾もようわからんのう」

「怖いのは良く理解したよ、私、うん……」

 わからない……とは、どういうことだろうか。私が、彼女たちをわかろうとしないことと、何か関連性でも? それとも、性格の問題か?

「お前にとっちゃ納得も理解もできねえだろうが――親父と似た気配を感じる」

「む……そうか、そうか、なるほどのう」

「お、おおう」

 と、何やら知っているらしい二人は、微妙な反応をした。微妙、つまり。

「褒められてない……?」

「そうじゃない。じゃないが、なかなかに不透明だ。ヴィジョンが見えない。お前はきっと、私と遊びで手合せはしないだろう。戦闘が全てだと思っていないのは私も同様だが、突き詰めれば戦闘に至ると理解しているのも、同様だろう。それは本質だ、あるいは理でもある」

「そうだね」

 たぶん、と付け加えるべきだが、私は言わないでおく。確かに理解して納得しているし、センセイがそれを言ってくれた時には得心だったが――しかし、だからといって、そうあるべきだとは思わなかったからだ。

 理屈はそうで、本質はそうで、理がそうだったとしても。

 その道に乗る必要はないと、そのルールに則る必要はないと、私は思ってしまった。

「たとえば――だ。キリエは嫌な顔をするだろうが、たとえ話だから気にするな。一緒に対応しろと私は言って、お前は嫌だと言った。その言葉の裏を読めば、私一人で充分だろうと見抜いたことにも思えるが、その場の雰囲気であるようにも聞こえる。だから、たとえ話だ」

 新しい煙草に火を点けたコノミは、竿を持つキリエの隣に腰を下ろす。ふと気になって見れば、既に玉藻は一升瓶を空けていた。何が楽しいんだろうか。

「もしこの場に私がいなかったら、キリエはここへ来なかっただろう。だが、たとえばキリエじゃない誰かが、竜族の誰かが、同じように高高度より飛来したら――シュリ、お前は間違いなく殺していただろうな」

「……え、ちょ、怖いんだけど、ちょっとコノミ、やめてよ」

「事実だろ、なあ?」

「んー……じゃないと、船が壊れるしね」

「で、続けると、それで海に落ちた竜族が生きていたとしたら、お前はさっきと同じことを言って、船に上げるだろ」

「まあ」

 いわゆる防衛本能みたいなものだ。その結果が果たされているのならば、それ以上は関係がない。

「さっぱりしておるのう」

「いや、できるかどうかは断言してないからね?」

 風が出てきた。やや船の速度が出始めるが、釣りには問題ないだろう――会話をしながらも、そうした感覚は最優先で、私の中にはある。

「そう、できるできないの判断がねえ。やるかやらないかの二択だ。この場合、やる相手ってのは限られる。守るため――なんて言えば格好はつくが、それもやや違う。拙速に結論を求めれば的外れになり、考え込めばそれだけで可能性の列挙が追い付かなくなる。ま、親父の場合は、求められれば応えるんだが……シュリはそういうタイプでもねえしな」

 自己研鑽とか、そういうことを否定しないが、私にとっては――やっぱり、海が一番なわけで。

「だからこそ、得体が知れない。正直に言うと弱音に聞こえるかもしれないが、玉藻」

「なんじゃ」

「ここで、たとえお前の力を借りたとしても、そして敵になったとしても、私はどうも、シュリを相手にすることができねえと、そう思う」

「……ま、そうじゃろうなあ」

「うわ、本当に弱音みたいに聞こえるし」

「うるせえぞ、トカゲ」

「しかし、このような人種はおる」

「前例でもあるのか、玉藻」

「うむ。妾にとっては失敗談じゃがのう。ま、連れない相手じゃな。こちらが遊ぼうと言っても逃げる。延延と追いかけっこを続けるようなものじゃ。そこで妾は思索に耽って、ではまず囲うところから始めてやろうと思うわけだ。やや面倒じゃがの」

「王道の手だな」

「そう、手じゃよ。故にこれは人種と言うよりも策に近い。現に、妾の場合は策じゃった。ようやく囲うことができて、これで遊べると思っていたら、囲われたのは妾の方じゃ。――相手の土俵にまで引きずり落とされておった現実が、見えておらんかった。結果として封じられてしまえば、笑い話じゃろ」

「へえ……確かに、親父も似たような手合いにはなるか」

 お前もな、なんて言われても、どう答えろというのか。過大評価の上に同じものを乗せられたような気分だ。嫌な顔の一つもしたくなる。

「そんなのと一緒にされてもなあ……実際、コノミとやり合っても勝てる気はまったくしないし、だったらやるだけ損だし」

「困ったことにのう、勝てる気があったとしても、やらんというのが、こやつらの常套句なのじゃよ」

「む……そうだけど、そうだけどね!」

「不満なのかよ」

「言い当てられるとなんか癪」

 私が言う前に言うな、といった具合である。

 じゃあこっちの土俵に乗せるならどうする――なんて話を始めた二人をさておき、私は立ち上がって伸びをした。

 良い天気だ。とりあえず、操縦室で毛布にくるまって寝よう。


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