--/--/--:--――円つみれ・可能性と条件
問題は問題として、疑問は疑問として――とりあえず現実を直視しなければ何も始まらないわけで、眼前の状況をクリアせねばならないのならば、いちいち頭を悩ませて引きずられるわけにもいかないので、切り替えが必要だ。
ただ、やることが多いなあ、なんて思うことが最近はよくあるので、ほかの人間でもできることならば、白井やミルエナに任せようと頷き、意識を切り替える。
早朝からやってきたのは鈴ノ宮が所有する山だ。山頂にあるログハウスの外にいるのはつみれを含め、
この場所は彼らにとっても馴染みらしく、何度か訓練で使わせてもらっているらしい。一応、地図も渡されていたが、ほとんど確認はできているようだ――が、しかし。
ログハウスの入り口を振り返れば、テラスにあるテーブルに一人、少女が座っていた。
「――で、
「端的に言えばアルバイトです。全体の進行を確認、状況通達などの役目を振られました」
「なんでまた」
「慣れていこう、そう思っての判断です。イヅナさんを経由して、鈴ノ宮さんには仕事を回して貰えるよう頼みましたので」
久しぶり、というほど日数が空いていないようにも思うが、どうやら彼女も前へ進もうとしているらしい。だったら、余計な口出しは無用だろう。
視線を戻せば、全員が軍服に似た動きやすい服装でいる。つみれも同様で、どうせなら揃っていた方がいいだろうと芽衣に渡された服だ。いや、渡されたのは最後で、その間に何度か着せ替えを楽しまれたのだから困ったものだが、まあいいとしよう。あれは忘れても良い記憶のはずだ。
「おい円、どーすんだ?」
「え? ああ、うん、そうだねえ……」
田宮の声に反応しながらも、とりあえず二度ほど頷いておく。それはこちらの問いだったから、どうしたものか。
「基本的にはペイント弾を使用。着弾そのものは死亡扱い。あたしらはスペシャル扱いってことで、ベース……つまり、ここに戻ってきた十分後には、復帰できる。武器は拳銃やライフル、マシンガン系もあり。ただし攻撃術式のみ使用禁止。ESPによる攻撃も禁止。よって防御術式も禁止とする。部隊が全滅した時点で終了だけど、あたしらだけは最後まで生き残るか、ギブアップを表明しなくてはならない――と、基本ルールはこんな感じでよかったよね?」
「そうだよ。間違ってない」
「つまり、それくらいの力の差があるんだってことだよね。ららさんはライフルなんだ」
「うん」
ある程度、彼らの動きはわかっている。だが、今回はつみれ自身が動いて結果を出そうと思っていた。もっとも、何をするかまでは決まっていないのだが。
「白井さんと少尉殿は別なんだな……つみれさんが望んだのか?」
「うん、そう。まあそっちは、あまり気にしないで。ええと、相手の数はソプラノ部隊、テノール部隊の侍女部隊が四人編成で二つ、あとは詰所部隊が五人編成で四つ。そしてあたしらで七つか……よし」
時計に目を走らせて時間を確認したつみれは、一つ頷いた。
「んじゃ作戦会議しよっか。といっても、確認ね。そっちはあたしの指示に従うつもり、ある?」
「そうね、そのつもりでいるけれど?」
「あーうん、それね? もしも、適時指示を飛ばすような内容を考えてるなら、期待しないで欲しいんだけど」
「あら、ということは基本的な行動だけかしら」
「その上で、――あたしの都合で利用するんだけど、それでもいいの?」
構いやしねえよと、田宮が言う。
「戌井が言ったろ、そのつもりでいる。だいたい、俺らだけじゃどの部隊にだって勝てるわけがねえと、朝霧のお墨付きだ。海兵隊の前期訓練課程を終えたって勝てねえんだと。本気なら、せめて軍曹の勲章を胸につけてこいってさ」
「あはは、そりゃそうだ」
「勝つつもりなのか?」
「まさか――勝つか、負けるかじゃない。どう対応して、どう動くかが問題であって、どこまであたしができるかってのを確かめたいの。そのために、まずはミュウかなあ」
「エル? おいおい、待てよ。聞いた話じゃ、鈴ノ宮の部隊連中でも、エルの技量にゃ舌を巻いてるって話だぜ」
「田宮はそういうの耳が早いなあ。私は知らないし」
「ああ、僕が話したんだ。この前、白井さんが戦闘訓練をやっていたのを僕も見てた」
「私がやっていた時は見なかったわね……」
「その評価自体は知らないけど、でもミルエナを相手にする前に、ミュウを動かしておかないと大変だから――とりあえず、部隊の配置図は頭に入ってるよね? ミュウのいる部隊はチャーリーなんだけど」
「初期配置な、わかるぜ」
「四人は一直線に向かって、対応して、一回全滅してきて」
言うと、ぽかんと口を開いたまま反応がなくなった。そのためつみれは、言葉が足りなかったかなと首を傾げる。
「あ、いや、相手を打倒して生き残れるって自負があるなら、それでいいんだよ?」
「全滅って、お前……そりゃ、真正面から対応すりゃ、たぶんそうなるだろうけど」
「だから、そうなってって言ってんだけど」
「反論はないんだけどさ、つみれちゃん。どうして?」
「せっかく十分で復帰できるんだから使わないと損だし、ららさんだって相手の力量を確認しないと、どのくらい自分たちと違うのかもわかんないでしょ? 訓練なんだから、最大限有効活用しないと、経験にならないからね。最初から相手を分析するつもりでの突撃なら、そういう余裕も生まれるじゃない」
「そういうことか。――で、円はどうすんだよ」
「あたしはあたしで動くよ。一応、今みたいな簡単な指示は飛ばすから、無線はちゃんと入れておいてね」
まばらな返事を聞きながら、どうしたもんかなーと脳内に地図を広げる。人員の配置、動き方の想定、そこから盤面の構築。
あとは、状況に対応できるだけの手札を揃える。その手札となるのは――今回、つみれ自身の動きと、彼ら四人だ。数でいえば、二つしかない。
条件は一つだけ。
白井とミルエナを脱落させるまで、つみれが被弾しないこと。
それも可能ならば、という話だ。被弾してしまっても、復帰して二人を脱落させようとは思っている。きっと、あちらの二人もそのつもりでいるだろうし、そうでなくとも動きに注目しているはず。
――注目、か。
それは警戒という意味合いでもあるが、それを逆手にとれないだろうか。
策士にとって、裏を掻くのは二流だ、と蒼凰(そうおう)蓮華(れんか)から言われたことがある。これはもう癖になっていて、たぶん養父の慶次郎がそういう戦闘を見せたから、それが基準になっているだろうことはわかっていて、それでもまだ直していない。
どうしてだと問うと、裏を掻くとそれに相手が気付くからだ、と蓮華は言った。
「裏を掻くッてこたァ、表があるッてことよな。戦闘ならいいぜ、裏を掻かれたと気付く時にゃァ既に手遅れだからだよ。けど、戦闘を含めた戦場を動かしてェンなら、裏を掻く強みッてのはそれほどねェよ。なにしろ、戦場にゃァ戦闘をしてねェ連中もいる。いわば、相手の指揮官ッてやつにその裏を読まれちまったら、そこで終いじゃねェか。だから一流の策士は、結果が出るまで誰にも読まれねェ策を使うのよな、これが。一手が読まれるなんてのは当たり前よ。読まれちゃならねェのは結果よな」
正直に言って、それを聞いた時はわからなかったし、今でもよくわかっていない。つまり、結果が出るまで負けを望んで作っているのか、勝ちをいやいや取りに行っていたのか、そんな本心を最後まで見せない――なんてことに近いのかもしれない、くらいの理解力だ。
以前の事件とは違う部分がここにはある。実戦か訓練かの違いもあるが、何よりも。
あの時は白井が先に結果を出して、落としどころを探して結末を得た。しかし、今回は自ら動いて結果を出し、結末まで導かなくてはならない。
望み通りに動くのならば、そもそも考える必要なんてない。現実は都合よくないし、他者の思考なんて読み取れない。いつだって意表を衝かれるのが現実で、未だ決まっていないことばかりが連なっていく。
だから、まずは望む流れを想定して、そのためにはどうすべきかを思考するのだが、それも上手くいかない。どうすべきか、その手段が多くあり過ぎるのと、実現の可能性が極端に低くなってしまう。以前、養父にはできるものとできないもの、その選択を除外して考えろとは言われたが、何ができるのかを前提にしなくては身動きができない。
「想定外への対処……? いや、そもそも」
たとえば、蒼凰蓮華ならば。
最大の失敗を、なにと捉えるのだろうか。
「ううむ……」
「どうかしたの、つみれちゃん」
「いやあ、いろいろと問題が山積みで。この訓練で少しくらい解消さっればいいんだけどね、どうなることやら。そっち、作戦はいいの?」
「一応ね。フォワードは田宮と佐原くんで、戌井ちゃんが中心、私が後方支援っていう基本的な配置で対応するつもり」
「ららさんはこういう訓練は?」
「もちろん、初めて」
「そっかあ……ららさんの役目は、なに?」
「え? 狙撃だけど」
「何のために?」
「……敵を仕留めるために」
「うん」
そうなのだろう。そして、それはきっと間違ってはいない。
だからといって、狙撃手の誰もがその考えであるとは限らないわけで――連携がそこに加われば、状況は多様化する。
さて、どうしたものか。
部隊を一つとして捉えるのか、個人として捉えるのかではまた違ってくる。そのどちらもするのが正解なのだろうけれど、せいぜいできたとしても、相手になる一つの部隊へ思考を割くくらいが限度のはずだ。あまり考え込み過ぎて、あとに響くようでは問題になる。
「――っと、先に言っておくけど、開始の合図と同時に最短最速で向かってね?」
「うん、それはいいけど、理由は?」
「そうしないと、ほかの連中に見つかるから」
たぶん、その可能性は――というより、間違いなく、そうなる。
大抵の部隊なら一人か二人、必ず斥候を出すし、何よりミルエナが配属されているエコーは、特に単独行動を好む連中が集められているのだから。
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