--/--/--:--――円つみれ・違和の引き抜き

「電子戦技術は、持ってないんだよね?」

 生態調査部の部室――まあ、つまりいつもの薄暗い、飲み物は基本的に珈琲の部屋の中、ノート型端末を叩く普段のまどかつみれは、やはり相変わらずむすっと黙ったままのサミュエル・白井を隣に置き、静寂を打破するように、そんな質問を投げかけた。

 あれからもう五日になるが、本格的にミルエナからの連絡はなく、姿もない。調べてやろうかなー、なんて思うことはできるものの、実行するだけの余裕をもっていないつみれもまた、動向は調べていない。

 以前の件において、つみれは実力不足を噛みしめていた。何より電子戦技術そのものに関して、もちろん狩人であるところの義父に追いつこうとは思わないし、並びたいと切望するほどではないにせよ、現実的にあまりにも使えていないことがわかったため、一歩ずつ前進するつもりで、いくつかの対応するプログラムを組み立てている。ここ五日、ほとんどそうした時間ばかりなので、実は授業にも出ていない。

 逆に白井は、だいたい午前中の授業を適当に出ているらしく、午後からは居座ったり、大した用事がなければそのまま午後の授業にも顔を出しているそうだ。本人の口から、バカンスに出た先でホテルに閉じこもってる馬鹿はいない、なんて言葉を聞いたのは久しいが、未だに半信半疑である。

「電子戦、という括りならば」

 珈琲と一緒に、昼食の余りであるエネルギーバーを口にしている白井は、飲み込んでからそう返答した。

「さすがに、一般的な使い方はできる」

「うん。携帯端末も最新型だしね」

「これは支給品だ。鈴ノ宮の知り合いから貰った。……正直、つみれに逢うまでは仕事の連絡でしか使っていなかったな」

「んでもさ、あたしがやってること、それなりにわかってるんじゃないの?」

「そうだな……何ができるのかはわかる。だが、どうやればできるのかは、不明だ。海の上にいた頃、専門の兄貴がいたが」

「ちなみに、どんなことしてたの、その人」

「主に海路の操作だな。今は自動運転が主流だから、遠隔でごくごく小さな進路変更があっても気づかない。それが大きくなって気付いた頃には餌食になっている。それに、海の上ではそのくらいしか情報収集する方法がない」

「なるほどねー」

「一応、手伝ったことはある。入門書もなかったし、こちらに来てからは休暇のつもりでいたから、やろうと思ったことはないな。――ああ、そういえばその兄貴が、確か」

 あの時、力仕事なら任せろといったような体格のごつい兄貴が、ちょっと似合わんだろうと周りから笑われながらも、小さなキーを叩きながら、言ったのだ。

 それは、今にして思えばプログラムのコードを読まされていて、それがいわゆる一般的な情報なんだと、そう思い込まされていた頃のことで、読めないことをさんざん馬鹿にされたから、ぼうっと俯瞰していて気付いたことを口にしたら――。

「――お前は癖を見抜くのが上手い、と言われたことがあった」

「……え?」

 作業をしているからか、生返事だったつみれは、そこで一旦手を止めてこちらを見た。ついでとばかりに、冷えてしまった珈琲に手を伸ばす。マグカップは白を基調にして、小さな小鳥の絵柄が散りばめられている。ちなみに白井のものは黒の円形が散らばる柄だ。以前、前崎あけびのところで貰ったものである。

「癖を、見抜く?」

「ああ……どういう理由かは知らんし、どういった意味合いかはよくわからんが、たまに手伝いで呼ばれた。俺はただ、よくわからんコードを見て、こことここに違和感があると、そんなふうに言っただけで――感謝はされたが、何をしていたかさっぱりだ」

「……それ、試してもらっていい?」

「ああ、それほど集中するわけでもなし、構わない」

「んじゃこれ、一応説明しておくと、組み立て中のセキュリティね。まだ三層までしか構築してないけど」

「そう言われてもたぶんわからんが」

 部室に置いてあるノート型端末をそのまま白井の前に移動させ、拡大表示させる。そもそもプログラム言語そのものがつみれのオリジナルだが、白井は大して気にした様子もなくスクロールを始めた。

「多少時間がかかるぞ」

「いいのいいの。あたしも休憩挟まないといけないし。思考そのものの速度は上がっても、常時続けられる限界もあるから」

「なんだ、試したのか」

「そりゃ自分の躰だし、やっとかないと。どういうわけか安全装置(セイフティ)が用意されてたから、限界まで行く前に落ちたけどねー」

「無茶をするな……、とは言えんな」

 おそらく、同じような立場ならば、白井もやるだろうから。

 流し読みをしていると、つみれは授業用のノート型端末を開き、有線コードを使って二つを繋いでいた。作業をよりしやすい形にでもしているのだろうが、あまり理解はしていない。

「あんまし端末は使わないでしょ、ミュウは」

「ああ。買い物も基本的には外に出る。情報集めは今までする必要がなかったし、情報屋の知り合いはそれなりにいるから問題ない。娯楽が欲しいなら、港から出てる漁船に乗り込んで、針のついてない糸でも垂らしておけばいいからな」

「……あれ? でもほら、うちに来た時に」

「あれは狙撃の電子制御だろう、使ったこともあったし、内容もだいたい理解できる。さすがに出てきた結果がわからんほど無知じゃねえ――ただ、中で何をどうしてるのかがわからんだけだ」

「知ってるのはせいぜい銃くらいなもんってことか」

 ふんと、鼻で小さく笑った白井は僅かに口元を緩めた。

「――そういうことだ」

 よくわかってるじゃないか、と続けようとした言葉は、笑みと共に引っ込めておく。

「海賊とはいえ、兄貴たちからいろいろと教わったこともある。酷い無茶もあったが、今では良い思い出だ」

「解体の際、ミルエナが関わってたんだよね」

「ああ。だが……海賊なんてのは、最初から短期間のものだと、俺は団長から教わっていた。そうなった時、艦と一緒に沈むのが海賊で、陸に上がれたのならばそれを忘れろとも言われてな」

「確かに、だからこそ持続しようとあれこれ考えるものだもんね」

「つみれ、自動スクロール設定は既存のものと変わらないか?」

「うん」

 キーの下部にあるタッチパネルで操作していた白井は、すぐに自動スクロールにして腕を組んだ。この方が手間が少なくて済む。

「その頃ってどんな生活してたの? 一日中ずっと海の上なんでしょ、基本的には」

「生活か……そうだな、時間を目安に動いていたのは確かだ」

「そうなの? スペインの人って、時間に規則正しいって感じじゃなかったと思うけど」

「まあ、目安だな」

 時間にはルーズだったが、しかし陽が登ったり沈んだりには敏感に生きていた。そのため、朝、昼、夜にぴったり時計合わせをするような感覚が近い。それに、そもそも海賊団内部では、規則正しい何かがあったというわけでもなし、だ。

 状況に応じて意識を切り替え、状況によってはいろんなことをやらされる。

「艦内ではそれぞれ、適当に仕事が割り振られる。週ごとに変わる、なんてものはなかったな」

「できる人に任せるってことか。まあ専門とかあるよね」

「逆に言えばそれ以外は楽なんだが」

 白井はまだガキだった。だからこそ、割り振られた仕事は一通りやらされたのだけれど。

「鼻が利くとわかってからは、ずっと夜間警備をやらされていたな」

「この前みたいに、外で?」

「ああ。俺の当番は基本的に、二十時から翌日の四時頃までだ――時系列に話せばいいな、これは」

「うん。どうぞ」

「それから陽が上る頃、五時くらいに交代がくる……というか、艦の操縦する兄貴が起きてくる頃合いで、一言あれば監視は終わりだ。それから朝食までの二時間ほどは、甲板掃除」

「ころ、ほど、頃合い……曖昧だなあ」

「日本人は時間に忠実過ぎるだけだ。朝食が終わったあと、三時間――いろいろひっくるめて十一時くらいまでは休憩時間、まあ睡眠時間だな、この場合は。起きたら厨房行って昼食の準備、あと材料の確保も結構な頻度でやらされた」

 スクロールが終わったので、最初に戻ってもう一度だ。

「昼食が終わってから、片付けの手伝いも含めて十三時から二時間くらいは屋内清掃だな。それが終わったら訓練のために、適当な兄貴や姉貴を掴まえて、十五時から十八時くらいまで躰を動かす。で、十九時には夕食だからその準備。それで二十時からは夜間警備――」

「ちょっと待って。……睡眠三時間?」

「まとまって取れるのはな。あとは夜間警備の間に、眠らずに休む技術を覚えた」

「ひっどい生活」

「だから言っただろう、ここでの生活はバカンスだと」

「でも、苦にしてたわけじゃないんでしょ?」

「まあな。――つみれ、気になったところを出したい」

「ん……じゃあ、カーソル合わせて外寄せして。こっちに表示されるようにするから」

 頷き、手元のパネルで指定して気になった部分をつみれ側のディスプレイに移動させていく。そこでちょうどノックがあり、どーぞとつみれが声を上げた。ちなみに、白井が一人でいる時はもちろんのこと、一緒にいてもまず白井は声を出さない。気配でわかっている相手がほとんどなので居留守を使っているわけではないが、面倒なのだ。

「――あら」

「なんだ、鷺城か」

「あれ……鷺花さん、学園にきてたんだ」

「調べてないの? 真理学科に在籍しているし隠してもないわよ。在学リスト、学園のサーバに置いてあるんだから盗みなさいよ――ああ、作業は続けて。珈琲は勝手に貰うわよ。白井の?」

「そうだ。味には期待しないでくれ」

 ふうん、と言いながら、まるで我が家のように入り込んだ鷺城鷺花は、黒色のコートを肩に引っかけたまま、珈琲を適当なカップに移す。胸の下と腰付近にベルトで留められるタイプのものだ。防寒用には見えないし、一般的ではない。

「……? なんだ鷺城、何かしているのか……? つみれ、これで全部だ」

「あ、うん」

 つみれは頷き、どこの部分のコードなのかを確認しながらも閲覧を開始した。ざっと見て、抜き出された部分は十と少しくらいなものだ。

「どう見える?」

「カタチがはっきりしているように感じる。曖昧さ、いや、柔軟さが欠けた……防御を意識し過ぎてがちがちに固まっている新兵に似た気配、とでもいうべきか」

「そ。なるほどねえ……あ、ここミルエナの席よね。借りるわよ」

「どぞー」

「私の言ったことをきちんと受け止めて、自分なりに改良してるみたいね」

「わかるか」

「呑み込みが早いって言われたことない?」

「ある。芯が通ってないから、何にでも適応できるんだ、と言われたことも」

「それは少し違うけれど、似たようなものかしら。で――ん、いや、つみれが気付いてないなら口出しすべきじゃあないか」

「え、なんだって?」

「今やってる作業のことよ」

「うえ、また先読みされるし……でさミュウ、これなに?」

「知らんと、俺は言っただろう。ただ違和感というか、気になった部分だ」

「といってもさ、これ全部違う意味合いのコードだし――」

「発想の転換をなさいと、遠回しに忠告したでしょ。セキュリティを組むなら、アタックする側として捉えなさい」

「えっと、それはわかってるつもりなんだけど……」

 テーブルに肘をつき、頬杖をついた鷺花がつみれを見て、視線が合った当人は首を傾げるが、視線はすぐにディスプレイへ向かった。

「んー……?」

「白井が何を気にしたのかは、この際まず横に置く。コードが発揮する効果が理解できてるのなら、まずそれを壊すことと、壊されることを考えなさい」

「……――あ、ああ!」

「鷺城、ちなみにどういうことなんだ。俺としては違和感を指摘しているだけで、癖を見抜いているわけでもないんだが」

「癖を見抜くなんて言われたことがあるのね? まあ実際には、その通りよ。セキュリティやコードの中に含まれる癖は、本人には気付きにくい弱点でもあるし、硬い部分でもある」

「硬いがゆえに脆くもある、か。内容は理解できないんだがな……」

「だからこそでしょうね。つみれが対策を打ってるから、珍しく本題は後回しにするけれど――ああ、これも本題の内かしら」

「よくわからんが、どうした」

「スティの話は聞いたのよね?」

「……? 誰だそれは」

「狼の話」

「ああ、スティークとかいう人物のことか。すまん、どうも人の名前ってやつは覚えるのが苦手だ。一応は聞いたが」

「ミルエナは捜索中?」

「手がかりを探す、とは言っていた。俺とつみれも手伝うことになってる」

「へえ……ん、まあいいでしょ。つみれは知ってた?」

「ちょっと待って……よし、うん」

 さすがに今すぐ組み立て直しをするわけではなく、リストアップされたコードにいくつかの付箋をつけてメモを書いておき、後から読み直せばわかるようにしておいた。それから顔を上げる。

「で、なに?」

「スティについて知ってた?」

「ミルエナが捜してる人のことなら、話してる最中は知らなかったけど、翌日に起きたら記録の中にあるのを見つけてた」

「そう……やっぱり記録結晶が使われてる形跡があるのね。それほど難しい技術じゃあないけれど、夢を基点にして大規模な記録参照が行われるなら、作れる人間は限られる……でも、問題になるのはやっぱり知ってたって方かしら」

「あのう、なに? なんの話?」

「スティーク・ゲヘント・レルドの存在を知っている人間なんてのは限られるって話。そうねえ……一概にどうとは言えないけれど、狂狼の名は知っていても、スティの名前を知ってるとなると、それこそランクAのレベルの情報収集能力が必要だし」

「げっ……」

「直接本人を知ってるとなると、ベルのレベルになるわよ。たぶん、エイジェイでも当人を探り当てるのに半月はかかるんじゃないかしら。今のところそのつもりはないみたいだし、逢ったこともない様子だけれど」

「でもあたし、知ってんだけど」

「そうね。事情を推察できてる私や、まあ知り合いの数人にとっては何の問題もないし、関わった当人のところに顔見せて、なんでまたそんな気まぐれでも起こしたのか、なんて軽口を叩く程度で済むけれど、つみれにとっては問題になるんでしょうねえ」

「ミュウ、ねえミュウ、なにこの鷺花さんの凄いの」

「随分と曖昧な物言いだな、俺にはよくわからん。ただ――」

「ただ、なによう」

「俺にとって鷺城は、抵抗はできても挑める相手ではない、ということだ」

 拒絶よりも、否定よりも、受け入れて抗うことが賢明だと、そんな判断をしていただけなのだが、つみれは唇を軽く尖らせる。

「不満か?」

「べっつにー」

「……? つみれの問題は、俺たちの問題だろう。何かあるなら口に出して言ってくれ、その方がわかりやすい」

「んー」

 まあいいんだけどと、つみれは珈琲を置いた。

「それよか鷺花さん、本題って? そっちのために来たんだよね?」

「そうでもないけれど、まあ本題ね――これをつみれに渡そうと思って」

 コートの中に手を入れて取り出したのは、ハードカバーの書物だった。テーブルに置かれた時点では表面にタイトルもなく、文芸書にしては厚い部類に入るし、なんだろうと思ってノート型端末を閉じてから手を伸ばそうとするものの、その手首を横から白井が掴んだ。

「え、なに」

「ちょっと待て。……害はなさそうだが、何かある」

「何かって――うわお!」

 唐突に足元で術陣が展開し、音を立てて立ち上がったつみれの椅子を、白井が支える。手首を離して自由にさせてから、白井は鷺花を見てから足元を見た。

 吐息、いや、感嘆が小さく漏れる。

「確かに……凄い、としか表現する術を持たんな」

「でしょ」

「つみれが胸を張ってどうする。鷺城、まずこの下の術式だが、封印……いや、隔離や防護といった意味合いで間違いないか?」

「概ね」

「へえ、ミュウわかるんだ」

「同一じゃないが、似たような感じを以前に経験してる。――触るぞ」

 掌が書物の表面に触れると、白井は苦渋に満ちた表情を見せる。あれ珍しい、なんて思っていると、白井は瞳を閉じて深く椅子に座り直した。

「見解は口に出して言いなさい」

「……雰囲気が違って見えたのは、これを所持していたからだろう。守っていたようにも感じられるが、どちらかといえば隠していた。となればコレがそもそも危険なのではなく、コレを持ち歩くことに危険性がある……とも読める。ただ、その本にあるのは封印じゃなく、本来の仕様だろう」

「これが何か、知ってるのね?」

「いや――厳密には、知らん。扱える人間が限られるのと、読める人間に適性があること、そのどちらもが良い効果を生むわけではない。兄貴が一人、似たようなモノで処罰を受けたことがある」

「処罰って、なに?」

「身内での殺害だ。あまりないんだが……な」

「じゃあそれも経験かー」

「そういうことだ。それに、どちらにせよ俺に渡すものじゃないんだろう」

「もちろん、つみれによ。ただ、白井がそこまで見抜けたのは嬉しい誤算ね。一ついいかしら」

「なに?」

「あなたたちは、お互いへの対策はしてる?」

「当たり前だ」

「もちろん」

 ほぼ同時に答え、二人は顔を見合わせてから、やはり鷺花の方を見た。

「敵に回った時に何もできないのは、ただの間抜けだ」

「っていうか、そもそも手綱なんてないし――あたし敵になんかならないよ?」

「俺はこれでも手綱を握られていると思っているが」

 やはりまた顔を見て、しばし停止し、鷺花へと戻すと、彼女は口元に手を当てて笑っていた。

「あははは、良い関係じゃない」

「えっと……鷺花さんの知り合いとかは、そういうんじゃないわけ?」

「武術家連中に顔を出せば、武術を見せろって言われるし、魔術関係じゃおい教えろと言われる上に、面倒だからやっとけって仕事を放り投げる馬鹿もいるし、めんどーとか言って動かないクソッタレもいるわね……」

 なんだか聞いて悪かったと思ったので、ごめんと言ってつみれは本題に戻す。

「でも、なんでこの本を、あたしに?」

「覚えてない? 久我山くがやまのところでサーヴィスするって言ったじゃない」

「あ……そういえば、あたしの術式を覗いた対価とかなんとか」

「それがこれ。とりあえず説明してあげるけれど、これは魔術書よ。危険性はそれほどない――あくまでも、ある魔術師が記録した書物であって、それを読み解けるかどうかは別問題だし、それを使えるかどうかもまたべつの話」

「魔導書ではないんだな……」

「知ってるのね?」

「ああ。分別しろ、と言われてもできんが、理解はしている。魔導書は文字通り、魔に導くための書物であり、読み解くものではなく、読まされるものだ。多くは一般人が魅入り、魔に堕ちる。魔術書は、鷺城が言った通りのものだろう」

「へえ……だからミュウは警戒したんだ」

「そういうことだ」

「よろしい。で、私がこれを保護してた……この部屋の隔離を念のためしたのもそうだけれど、基本的にこの手の書物はVV-iP学園に持ち込めないようになっているのよ。理由は説明しないけれど、まあ厳密にはなっていたのよね。私なら対策はできたけれど……五月くらいに、ちょっと事件があって、その辺りが緩くなってたの。だから一応の保護」

「理解できた」

 言って、白井は立ち上がった。

「え? どこ行くの?」

「授業が始まる。それに、――つみれのことだろう。問題がなければあとで話してくれ。ちなみに、これから興味本位で情報処理学科に顔を出すが、なにか伝言はあるか」

「んー、じゃあこころがいたら、今度時間ちょうだいって言っておいて」

「諒解だ」

 そのまま部室を出て行ってしまう白井に、なんだろとつみれは首を傾げる。

「電子戦に興味でも持ったのかな?」

「どちらかといえば、つみれに興味を持ったんでしょ。ああいう手合いは、気に入った相手がやってることを理解しようって努力は無駄だと思えない性質でしょうし」

「……そっかな? んー、まあお互い様ってことかなあ」

 手元の珈琲がなくなったので、つみれは立ち上がって新しい珈琲を注ぐ。

「――鷺花さん、ちょい気になるんだけど」

「なに?」

 立ったまま、やっぱり間近で見ると美人だよなあ、なんて思いつつも定位置に座り、落ち着かせる意味も込めて珈琲を飲む時間を置く。

「対価って、ちゃんと釣り合ってるの?」

「察しが良くてよろしい。本来は過不足なく、対価はそもそも釣り合わないと意味がない。千円のものには、千円を支払わなくてはね。けれど物品ではなく情報の場合、自分が意識せずとも他者にとって有益なことは多くあるのよ」

「それ、見極めてるってこと?」

「だいたいはね。私の場合は自然と制限もかかるし――と、この辺りはたぶん説明しても理解はできないわよ。ただそうね、これは受け取りが終わってから言うつもりだったのだけれど」

「え、うん、先言ってよ」

「こっちは伝言よ。スティに逢ったら……っていうか、掴まえないと終わらないから、必ず逢わなくてはならないんでしょうけれど、鷺城鷺花からの伝言として、フォセを掴まえておけって伝えておいて」

「わかった……けど、そんだけ?」

「それだけよ」

「うぬう……これさあ、しばらく考えてはいたんだけど、そもそもスティークさん? 発見するの、鷺花さんから見てどう? できそ?」

「過不足なく、私の目から見て、そうねえ……一人なら、スティが歩み寄らないと無理よ。実際、前回のミルエナはそうだったでしょうし。けれどあなたたち三人なら、いや、今のあなたたちなら、そう難しくはないわよ。意図できるかどうかが問題だけれど」

 鷺花に言わせれば、もう縁は合っている。ただ、その縁をどうやって手繰り寄せるかが問題で、そのための技術など、そう簡単に得られるものではない。だとすればむしろ、意識せずに、自然体でいた方が良いのかもしれないが。

「一ヶ月くらい見ておけばいいでしょ」

「そっかあ……ミルエナも大変だなあ」

「他人事ね」

「あたしは楽しむつもりだから」

「そう。説明、続けるわよ」

「そうだった、うん、お願いします」

「これは魔術書だと言ったけれど、元の持ち主はイヅナね」

「――義父とうさんが?」

慶次郎けいじろうだった頃に所持してて、けれど手から離れたあと、イヅナになる頃にまた手元に戻した。今は一応、保管が鈴ノ宮になってて、所持者はいないことになってるのよ。そこで私が独断で持ち出したってわけ――と、その辺りは気にしなくてもいいわよ。納得はさせてきたし、もしつみれが誰かに盗まれても、私がちゃんと取り返すから」

「あ、うん、心配はしてないけど、それよか義父さんの」

「そうよ。役に立つかどうかもつみれ次第、好きにしていいわよ」

「……うん」

 とはいえ、そう簡単に読み解けるものではない――が、それでもだ。

 鷺城鷺花にしてみれば、だからこそ面白い。これからつみれがどういう成長をするのか見るのは、先輩の醍醐味でもある。

 だがしかし、待てと思わなくてはならない。

 鷺花はまだ若いんだぞ、同い年だぞーということなのだが、いかんせん鷺花当人がそこの当たりに自覚的であれ、こういう時に思わないのだから、どうしようもないのだ。


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