2043年
01/06/09:00――刹那小夜・卒業、配備
相変わらず本拠としている艦にて、現地任務を終えてしばらく休養をとった彼らはディの部屋へ呼ばれた。その全員が入ってすぐに監視カメラの位置を確認し、直立不動の姿勢を取る。
「来たか」
「第九班、四人揃って応じました」
席を立ったディがテーブルを迂回して全員の前に立つ。それから監視カメラの青色のランプを一瞥した。その色が示すのは稼働中、ということだ。
「これで前期、後期ともに研修は終わりだ。よくやった諸君」
「ありがとうございます、サー」
「さて、本来ならば上層部に所属することになるのだが、貴様らはインクルード9からお呼びがかかっている。構わんな?」
「はっ」
「――ケイオス・フラックリン伍長」
「はっ」
「所属、マルヒト。登録番号は○一八七」
「拝領致します」
「アイギス・リュイシカ伍長――所属、マルナナ。登録番号は○七七九」
「はっ」
「ジェイル・キーア伍長。所属、マルゴ。登録番号○五一六」
「拝領します」
「刹那小夜伍長。所属」
そこで初めて、まるで言いよどむように言葉を停止させたディは、しかし。
「所属、マルナナ。登録番号○○○九」
「――はっ」
「以上だ。こちらに資料を用意した、受け取って戻れ」
諒解であります、と返事をして資料を受け取ってすぐに、部屋の隅にあったカメラが翠から赤色のランプに変わり、偉そうな雰囲気を出していたディが相好を崩した。
「……ったく、面倒くせえ」
「ジェイ」
「ああ、そうだな。すまんディ、回線を少し借りるぞ」
ポケットから携帯端末を取り出したジェイがすぐに手近なケーブルを引き抜いて接続、アクセスを開始する。
「アイはフォロー」
「わかってる」
「――貴様ら、何をしている。というか何の指示を出しているセツナ。おいジェイ、勝手に――ああ、ったく貴様らは」
「さっきの映像、どこに送るかと相手の出方を探り入れてんだよ。オレが指示したわけじゃねー、同じ行動をしたいっつー意志がたまたま同調を見せただけだ」
「余計なことするから俺は減棒されるんだけどな……クソッタレ」
「で? んなことはどうでもいい」
「よくねえ」
「いいから諦めろ。んで、オレだけ妙な扱いになってやがる説明をしろ」
「……上からの命令でな、セツナはスペシャル扱いだ。とりあえずマルナナに所属しろ、ということらしい。その先は知らん」
「どこまで上だ」
「知らんな」
「椅子に座ってるケツの光った間抜けの裏にいる相手ってことか?」
「知らない、と言っている」
「そうかよ」
「ジェイ、そっちどうだ? 俺は一応、艦内ネットワークからカメラが再起動しねえよう止めておいたぜ」
「合格だケイ、あたしもそこまで気ぃ回らなかったな。――と、足取りが消えたな。記録は正常、こっちの回線は切るぜ」
「後でデータを寄越せ、解析してみる……が、さすがに簡単には追えないな。据え置き端末が欲しいところだ」
「オーケイ、その辺りは楽しめ。こっちじゃ追いつけなかった事実がありゃそれでいい。ここじゃ茶も出てこねーし、外に出ようぜ」
じゃあまたなと、それぞれ挨拶をして共有スペースに移動し、ジェイは珈琲を淹れに行く。もう言わずともわかっている辺りは、慣れなのだろう。
「にしても伍長に昇進か……だからどうしたって感じだな。まあオメデトウ、ケイだけエリート街道まっしぐらだな。あたしはマルナナで助かったぜ。セツ、よろしくな」
「おう。んでジェイがマルゴか。打診したのか?」
「嫌というほど、海以外の仕事はやらんと言っておいたし態度にも見せた」
「つーか俺がマルヒトってのも、なんだろうな……まあ受けるけど」
「べつにいいだろ、出世街道。――オレはどっちみち抜けるだろうから、たぶんオレの知り合いが手を回して、こういう立場にしたんだろうぜ」
「なんだお前、先が決まってんのか? あたしゃ初耳だ」
「そりゃ言ったの初めてだからな。同じ組織とはいえ、次に逢うのはいつになるかわかんねーだろ。その前に一応な。言ったろ? オレは、常識を身に着けるために来たんだ」
「そういえば、そうだったな。――待たせた、飲め」
「ジェイの珈琲もしばらくはお預けってやつか」
「お前らの場合は面倒を押し付けているだけだろう」
「おいおいジェイ、んなこと言うなよ。マジであたしゃジェイの珈琲が美味いと思ってるぜ? だから残念だってのも嘘じゃねえよ。なあセツ」
「ん? おー、まあそうだな、その通りだ」
「どうしたセツ、何を考えている」
「いや……詮無いことを少し。アイツが手ぇ回してんなら、つまりはそういうことなんだろ。だから……ん、おう、まあいいや」
「いいのかよ」
「今んとこはな。ケイ、ちゃんと出世しろよ」
「うるせえ」
「ジェイは海だろ? ゆくゆくは提督か?」
「俺は潜水艦に乗りたいだけだ。やはり、海の底が一番落ち着く」
「ま、とりあえず望みは通ったんだ、気楽に行こうぜ。オレもまあ、しばらくとどまってから日本に戻るつもりだし、こっから先はてめーらの見た道を行けよ」
「当たり前じゃねえか」
「今までもそうだった」
「クソッタレ、俺を保護してたつもりかよあれで」
愚問だったなと、セツは苦笑して立ち上がった。
「んじゃ準備してくら。ま、元気でやれ。くだばんなよ」
お前もなと、返答がある。今さら話すことはないと言わんばかりの態度だが、これが今生の別れではないことを彼らは自覚しているし、何よりも、決別に拘泥するほどの仲間意識は、彼らにはないのである。
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