白刃と槍ⅩⅠ
「それで、何を調べに来たの?」
「あぁ、おとぎ話を」
「おとぎ話?」
アーロンドは本来の目的には触れないまま、サイネアにも話した人間とバーリンの共存する村の話をミニアに伝える。当然ミニアもその
「そういうのはバーンの方が詳しいんじゃない?」
「バーンもダマスカスにいるんですか?」
「ううん。今はマギステルの研究所にいるわよ。結構頑張ってるみたい」
バーンはミニアと同じくアーロンドのゼミ仲間で、とにかく大喰らいで有名な男だった。そういえばここの店でも特盛りメニューでは飽き足らず、裏メニュー化した鬼盛りメニューなるものがいくつかあった。
「バーンがですか。みんな立派になっているんですね」
「アーロンドだって有名人じゃない。よく聞かれるわよ、杖の取引を仲介してくれないかって」
「あまり忙しくしたくないもので。すみませんね」
アーロンドが小さく頭を下げると、ミニアはくすくすと笑って手を払った。
「いいのよ。それよりバーンなら今、パンドラの匣の研究をしているはずだからその手の噂には詳しいかもしれないわ」
「ありがとうございます」
バーンですか、とアーロンドは箸のせいでなかなか進まない天津飯を見た。まだ半分ほど残っている黄色い半円がバーンの丸々とした頬を思いおこさせる。早く食べ進めてしまおう。自分たちと同じように不摂生をしていてはバーンはまた大きくなっているのではないか、と不安を覚えながら、アーロンドは食べにくい天津飯に箸を入れた。
「うーん、久しぶりにおなかいっぱい」
食事を終えて店を出る。こんなにゆっくりと時間をかけて昼食をとったのはいつ振りだろうか? 仕事があれば簡単に済ませてしまうかとらない時もある。他人との関わり合いを避けてきたアーロンドは誰かと食事をとるなどめったになかった。
フロアに出ると同時にミニアが大きく伸びをして背筋を伸ばした。彼女もまた忙しい身であり、食事に対する意識はアーロンドとさほど変わりはないのだろう。
「きちんと食べないといけませんよ。人のことは言えませんが」
「うむ。せっかくの美味を感情もなく食べるのは感心せんぞ」
満足げなサイネアのダメ押しにアーロンドは額を掻く。
「そういえば、ミニア。仕事は大丈夫なのですか?」
「うーん、さすがにそろそろ戻らないとまずいかしら」
そっけなく言ったミニアの表情にアーロンドは苦笑いを浮かべる。こういうなんでもないふりをするときのミニアはたいていいろいろなものを置いて自分の好きに行動しているときだ。仕事を放りだすのは大学の講義をサボるのとはわけが違うのだが。
小言の一つでも言っておかねば、とアーロンドが心に決めたとき、けたたましいサイレンがモールの中に響き渡った。
「すわっ! なんじゃ!?」
慌ててサイネアはすっかり定位置になったアーロンドの背中にしがみつく。怖がるサイネアに対して、慣れている二人は冷静だった。
「バーリンの襲撃警報ですね。そういえばこちらではバーリンの数が増えているようなことはありますか?」
「そうね。元から安定しているわけじゃないけど、最近は増えているような気がするわ」
ダマスカスの防壁が突破されたことは一度もない。その経験が二人を安心させている。アーロンドは慌てるサイネアの手を握ってやりながら、出口を目指した。
「さすがにそろそろ戻らないと怒られるわね」
「やっぱりサボっていたんですね」
「毎日こき使われてるんだから、たまにはサボらないと持たないわよ」
もっともらしく言ったミニアだが、そんなことが許されるわけもない。ちょうどモールを出たところで焦ったように辺りを探し回っていた職員らしきスーツ姿の男が額に汗を滲ませながらこちらに駆け寄ってきた。
「主任! 困りますよ!」
「何よ、さすがに警報が鳴ったら行くわよ」
「警報以前に昼休みを勝手に延長しないでください!」
腰に手を当てて少しも反省する気のないミニアの代わりにアーロンドが頭を下げる。どうやらいつものことらしく、職員は苦笑いを浮かべながら手を振るとそのまま引っ張るようにしてミニアを連れて行った。
「まったく。変わっていませんね」
「しかしこれからどうするんじゃ? 奴らがいなくなるまで外には出られんじゃろう」
「いえ、今の混乱に乗じて出てしまいましょう。今なら門の魔力検知も止まっているはずですから」
魔力を発する武器を手に衛兵が出ていく正門でいちいち魔力を検知していてはうるさくて仕方がないはずだ。
「良いのか? あの女に黙って」
「いいんですよ。むしろ、その方が」
事情を説明すれば、彼女はアーロンドについてくるに違いない。行く先も知れない放浪の旅に彼女を巻き込むわけにはいかなかった。
「よし、では次はその、なんじゃったか?」
「マギステルですよ。また歩きますからね」
よし、と頷いたサイネアと手をつなぎ、アーロンドは慌ただしく衛兵の入り乱れる正門へと向かって走り出した。
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