白刃と槍Ⅳ
土を固めただけの簡素な道を歩きながら、アーロンドとサイネアは街道をまっすぐ北に進んでいた。
「まったく、あの村じゃ結構慕われてたってのに、薄情もんだねぇ」
「これもいい機会です。あなたの壊し方がわかれば、ついでにやってしまいましょう」
「あーあー、怖い怖い」
軽口を叩く村正とアーロンドに不安の色は少しも見えなかった。過去にこうして定住の地を求めて
なによりも、自分はこの少女が去っていくのを見逃さないで済んだということがアーロンドの心を満たしている。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、なんでもありませんよ」
不思議そうに見たサイネアに、アーロンドは微笑んだまま答えた。この妖刀の声はどうにもアーロンドにしか聞こえていない。もちろんアーロンドの体を村正が使い始めれば話は別なのだが。
「これからどこへ行こうかのう。夜は獣も出る。安全な寝床はないぞ」
「獣が出たら火で追い払いますから平気ですよ。それにめったに出ないでしょうから」
斬っちまえばいいだろ、と言った村正に、アーロンドが眉間にしわを寄せる。サイネアは自分のせいで不機嫌になったのかと思ったのか、アーロンドの服の裾をぎゅっとつかんだ。
「まずは首都のダマスカスに向かいましょう。あそこは大図書館もありますし、資料には困らないでしょう。あなたの服も揃えたいですし」
アーロンドはティーシャツ一枚だけを
「ずっと着ねばならんのか? 羽が苦しいんじゃが」
「それほど大きなものではなかったですし、問題はないでしょう?」
サイネアが体を揺らして、背中の羽を動かしているらしい。二回りは大きなアーロンドの服を着ているのだからそれほど締め付けられるものでもないはずなのだが、慣れないもののせいでずいぶんと敏感になっているらしい。
「バーリンだと気付かれたら処刑、あるいは実験材料にされるかもしれませんよ」
実際のところはどうなるものかわかったものではないが、アーロンドはつとめて怪しく恐ろしく言葉を並べ立てた。
「そ、そうなったならそれまでのことよ」
諦めはとうについている、と言わんばかりにサイネアは物寂しく答えを返した。すでにバーリンの仲間の中でひどい扱いを受けていたのだろうか。元に戻るだけというようにも見えた。
「あなたがどうであれ、私も処刑されては困るので着てもらいますけどね」
「うぬぅ、ぬしには迷惑はかけられんな」
森を切り
それはまるで人間の文明が発展していく様子を早送りで見ているようだった。
「なんじゃ、村と様子が違わぬか?」
「あの村は文明から離れていくことを選んだ人が住んでいる村ですからね」
ラスクニアの村にはなかったものが目の前に並んでいて、サイネアは困惑したようにアーロンドを見る。これが本来の世界の姿であって、ラスクニアが特殊なのだが。
人間が石油を失ってエネルギーが枯渇した結果、人々の生活は大きく様変わりした。魔法を使いかつての生活を取り戻そうとした人間もいれば、また資源を失うのを恐れて自分たちの生活を不便にした人間もいる。魔法を無限のエネルギーにすべく研究を続ける人間もいれば、魔法なしに生きることを目指す人間もいる。
王都ダマスカスはかつての繁栄を再現し、ラスクニアは穏やかな魔法に頼りすぎない生活を選んだ。人間は互いに押し付けあわず、かといっていがみあうこともなくこうして集まりを隔てて暮らしている。
「これから行く首都はもっと不思議なものがありますよ」
「うぬう、魔法とはこんなにすごいものなんじゃな」
感心したように明かりの灯った街灯を眺めながらサイネアはつぶやく。
「あなたは全く魔法が使えないんでしたね」
「うむ、どうしてかはわからんがのう。バーリンの中ではもはや同族ではないと言われておったくらいじゃからな」
「人間でもバーリンでもないもの、ですか。少し
アーロンドは腰に差した二本の杖に目を落とした。刀型の杖が小さく擦れる音を立てながら揺れている。
「なんだよ、俺のことか?」
「私も同じように、人間から外れてしまった存在なのかもしれませんね」
村正に意識を奪われている間の記憶は、アーロンドにはない。いつも気が付くと目の前にはバーリンの死体が転がって、手にはビリビリと痺れるような重さが残っている。
人と深く関われば、いつか村正がその相手を斬ってしまうかもしれない。村正の抜け、という衝動にアーロンドは耐えることができない。
アーロンドは月がのぼった空を見つめながら、自分もまたサイネアと同じく人間とともに過ごせないことを考えていた。
もうどのくらい歩いただろうか。道はすっかりと整備されて、コンクリート製の道路に変わってきている。かつて道路と言えばアスファルトという石油を固めたものだったと遠い昔、学校の授業で聞いた覚えがある。地上のすべてを覆うほどだったというそれは、どれほど利便性の高いものだったのだろうか。
真夜中の道路を行き交う自動車の数は少ないが、それだってラスクニアに住んでいれば年に数回、アーロンドを訪ねてきた富豪が乗ってくるのを見るくらいのものだ。
「うぬ、なんじゃかわしはわけがわからなくなってきたぞ。人間はどうなっとるんじゃ?」
ラスクニアを出て、まだ数キロほどしか歩いていないはずなのに別世界に迷い込んだのかと
「そろそろ見えてきますよ」
月明かりと一定間隔で並んだ街灯の先、真夜中だというのに光を発している大きな都市が見える。魔力を使って発電を行い、前文明と同じく電力に頼って生活している首都、ダマスカスは周囲の暗さも相まって
「あれが首都ダマスカスです。もう少しですから頑張ってくださいね」
「おぉ、あれが理想郷か。意外と近くにあるものなんじゃな」
「いえ、全然違います」
初めて見る電気の輝きにサイネアの目も輝きを増してくる。
「のう、早く行こうぞ」
「わかりましたよ」
子供の頃、一度だけ遊園地に連れて行ってもらったことをアーロンドは思い出した。キラキラと輝くアトラクションに目を輝かせたものだ。バーリンがどんなところで暮らしていたのかはわからないが、あの色とりどりの光はサイネアにとっても心躍らせるものなのだろう。
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