第9話 1-A(8)帰国子女
「カレンといいます。これからよろしくお願いします!」
1月中旬にカレンがログインしてきた。仕事が午後に延びたとかで、最低購入単位の10分間のみ1年目を過ごすそうだ。3月中旬までなら、ちょうど春休みに入る頃だ。
「僕は2年目は『留学』で不在にするからね。早目の『帰国』は嬉しいよ」
「はい、あたしも嬉しいです、お姉様!」
さてと、マキノはカレンに任せて、俺は部室でひとり作曲に励むか。なあに、心配するな。ふたりにお似合いの曲を作ってやるさ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。カレン、ここではクラスメートなんだから、その『お姉様』っていうのは…」
「いいえ、これだけは譲れません!たとえ現実世界では数分のことであっても、お姉様はお姉様なのです!」
「そうだぞ、マキノ。あ、俺は応援しているからな。結婚式と新居にはぜひ招待してくれ」
「さすが霧島雪夜、お姉様の長年の友人だけあるわね。あたし達の仲をここまで理解してくれているなんて」
いやあ、ヤツが身を固める日か来るとはな。これでようやく平穏が訪れる。
「マキノさん、愛人枠はいくつまでなの…?」
「マリちゃん…」
◇
「帰国子女といえば、サトミがそうよね。正確には違うけど」
「そうなの?」
「高校から父方の祖父母の家で暮らしていますけど、『帰国』ではなくて」
「もしかして、国籍がお母さんと同じ?」
「はい。スイスの日本語学校に通っていましたので、言葉の問題はないんですけど」
親御さんとは離れて暮らしているようだ。ちょっと複雑な事情があるのかな。
ん?スイス…ミュリシア…はて、どこかで聞いたような…?
「だから、ここの図書館で日本の本がたくさん読めるのが嬉しいんです。購入するとなると、結構お金がかかっちゃって」
「ウチの高校の図書室、たいして本がないみたいだしね。市の図書館は時間が限られるし」
電子化もあまりされてないから、借り出したり通い詰めたりするのも煩雑そうだ。
「1か月前に、ああいや、現実世界での1か月前ね、あの時フルダイブ端末を買ったのは、親御さんと『会う』のを兼ねて?」
「いえ、それは携帯端末でいいかなと。時間加速された仮想世界サービスだと、どうしても会うのがズレちゃって。時差もありますし」
「メジャーな時間設定でも、ログインが数秒違うだけで何分も待たなければならなかったりするからねえ…」
この世界に至っては、数秒のズレは何時間、何日ものズレとなる。加速設定されなければ、現実世界と同じ時間制約が出てしまう。なんとも難しい。
「向こうの家にはフルダイブ端末がないの?」
「1台あります。両親共にほとんど使わなくて、3つ下の弟がたまに使ってます。MMORPGで」
「弟さんがいるんだ。このサービスの2年目あたりに誘ってみたら?」
「弟は、刺激が少ないのは苦手みたいで…」
「あー、まあ、普通はそうか。日本的な生活が体験できるかっていうと、それもちょっと違うし」
この世界は、日本の学園生活を知っているからこそ、楽しんだり役立てたりできるサービスだよな。
「かなり違うわね。アニメもマンガもないもの」
「お姉様出演のテレビ番組も観られません!」
「マリナはともかく、カレンのそれは、本人が文化祭とかでライブやったりしてるぞ。撮影した動画観るか?」
「観るわよ当然!」
カレンは嬉々として動画を鑑賞し始めた。横にマキノ本人を言葉巧みに引っ張ってきて。よーしよーし。
◇
「お姉様、ここはどのようにすればいいんですか?」
「ああ、それはね…」
ちょうど今リアルで学んでいる内容が授業で出たというので、カレンがマキノに教わりながら宿題を進めていく。うん、学園コースならではの光景だ。
「ユキヤさん、この本って読んだことありますか?」
「ん、ああ、この短編集ね。あるけど、これがどうしたの?」
「どうしても意味がわからないお話があるんです。これなんですけど…」
「ああ、これね。日本のある昔話のパロディだから、それを知らないと意味不明かも。昔話は確か、書籍アプリ経由でタダで読めたはず」
ひさしぶりに、本のことでサトミと話をする機会ができたな。これまでは、滞在世界に関わる事柄が多かったのだけれども。
「マリナせんぱーい、もう走れませんよー」
「…おおう、ユキヤさんの気持ちが少しわかったような。1年目も終わりが近いし、がんばって島内一周を達成するわよ!」
「「「えええー」」」
「完走後に見る夕日は格別よ!」
おい、せっかく増えた陸上部ユーザを、いきなり某作品のラストシーンに叩き込むな。
なんだかんだ言ってそれなりの学園生活を楽しみつつ、コース1年目の終了が近づいてきた。
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