第6話 1-A(5)夏休み
「あれ?サトミ?」
「あ、ユキヤさん、マキノさん」
夏休みに入った頃のお昼前、マキノと公園を歩いていたら、ベンチで本を読んでいるサトミに会った。
「今日は図書館じゃないんだ」
「はい。夏休み中は図書委員の仕事をしなくても良いので」
委員AIに任せれば別に授業期間でも…などと無粋なことは言わない。
「ユキヤさんはマキノさんと一緒にお出かけですか?」
「ああ。ユキヤが未だにハンバーガーショップに行ったことないって言うのでね」
「え、そうなんですか!?私は、マリちゃんや他のユーザさんと何度も行ってますよ」
「おかしいだろ?下校中の寄り道の定番だってのに」
「あんまり興味なかったんだよ…。ショッピングモールのどこかにはあるだろうなあとは思っていたけど」
「いや、ハンバーガーショップは学校最寄りの公園に隣接している」
「…あれ?」
えっと、ここは学園寮最寄りの公園だから…なんだ、まだ結構歩くんだな。
「…ふふっ。そういえばユキヤさん、辺境世界には月が2つあることも、何か月も気づいていませんでしたね」
「きみはじつにばかだな。」
サトミからの痛恨の一撃。マキノは無視。
「じゃ、じゃあ、なんかオススメのメニューある?それほどラインナップはないと思うけど」
「ポテトが美味しいですよ。中身ホクホクで表面はサクッとしていて」
「ハンバーガーじゃないんだ…」
◇
「…という感じなんだけど、どう思う?マリナ」
「サトミ、わかって言ってますね。マキノさんがいるのに、『デート』じゃなくて『一緒におでかけ』とか」
「授業期間中は毎日のように図書館に迎えに行っていたあたり、ユキヤの方も意識しているのは間違いないと思うんだけどなあ」
「でも、迎えに行くだけなんですよね。図書館で一緒にいることはほとんどないみたいです」
「下校時にこっそり、一緒に夕日を眺めながら…ああいや、ユキヤならひとりで眺めてるな」
「マキノさん、また連れてって下さい!」
「ああ、喜んで」
「でも、ということは、『たまたま会って、約束もせず別れる』の繰り返しなんでしょうか、あの2人」
「朝食と夕食、登下校はほぼ一緒だから、約束は要らないのかもね。今は寮食時のみだが」
「通信手段がなかった時代みたいですねえ。でも、それならなおさら『約束』が必要かな」
「そういうわけでこの時期、今の僕はとても不便に思っている。寮に掲示板がほしいところだ」
「あ、いいですね。ショッピングモールの店に付箋とか売ってませんでしたっけ?」
「なるほど、自分で作ればいいのか。…こういう『工夫』はユキヤの十八番のはずなんだがなあ」
ある日を境に、寮の食堂の壁にたくさんの付箋が貼られるようになった。ほとんどがマキノへのデートのお誘いメッセージなのはどういうわけだ。管理人AIに定期的にひっぺがしてもらおうか?
「ユキヤさん、HRでの連絡事項もここに貼ることにするのはどうですか?」
「それなら1-A教室の方が…ああでも、ろくに教室に来ないヤツ向けと考えると…」
それから独自ルールが設けられ、付箋には必ず『1週間以内の掲示期限』を書くことにした。期限を過ぎた/期限がない付箋を剥がすくらいなら管理人AIにもできるだろう。結局、マキノ宛が圧倒多数となったのはしゃくだが。
◇
「そういえば、もう4か月近くもこの仮想世界にいるんですねえ…」
「そうだなあ。てっきり、2か月も経たずにみんなログアウトしちゃうと思ってたのに」
寮の食堂でいつもの朝食を食べながらサトミと話す。夏休み中はゆっくり食べられるから、話せる時間も長い。
しかしこの食事、季節によって少し変化があった方がいいんじゃないかな。おかずに旬の素材を使うとか。
「…私もログアウトしていくかも、って思ってたんですか?」
「い、いや、サトミはともかく、マリナとかさ。まさかこれだけ長いこと走り込むとは思わなかったよ」
「たまに一緒に部活をするユーザがやってきて、楽しんでいるみたいですよ。短距離だけじゃなく、長距離走とかも」
「長期滞在できるユーザとできないユーザの違いが見えてきそうだな…。マキノも相変わらずだし」
VR業界としてはその辺注目しているらしいんだけど、我ながらよくわからないのだよな。
「夏休み中に島を一周するわ!」
「うわ、いきなりだな。メシはもうないぞ」
「流れるように嘘つかないでよ。それはともかく、走ってる途中で裏山のログハウスを見てきたわ。なかなかいい雰囲気だし、みんなでキャンプしない?マキノさんも一緒に」
「マキノを誘うと他のユーザももれなく付いてきそうだし、実質的な林間学校になりそうだ…」
「いいじゃない、もともと行事予定にはないんだし」
というわけで、思いついた今日から早速キャンプを始めた。二泊三日を目安にしたけど、いつまでって期限を定める必要はないからな。面白かったら延期していこう。
「あはははは!」
川で泳ぎたかっただけか!ひとりで勝手に泳いでろよ!
ちなみに、川の魚はやっぱり映像だった。
「すごいねえ、現実世界でも速そうだ」
「はい!いつかリアルでも試合を見に来て下さい!」
「そうだね、水着姿で泳ぐマリナもキレイだろうね」
「え、そんな、あたしなんて…」
…心の中ですらツッコむのに疲れた。
「料理はやっぱりできないんですよね。食事なし、でしょうか」
「夜空を眺めるくらいかなあ。そういえば、星の配置は東京から見えるものと同じらしいな」
「辺境世界ではあまり星がなかったですね。2つの月の印象が強かったせいかもですが」
よし、俺はここで釣り竿リベンジといこう。
マキノに爆笑されたのは言うまでもない。
◇
学校からボールを持ってきて、浜辺でビーチバレーをしてみた。
マキノ圧勝だった。次点はマリナ。
「お前、なんでそんなに強いんだよ…。スポーツほとんどやってこなかったはずだろ?」
「こんなおいしい競技、僕がマスターしないはずはないだろ?」
ああ、高校は海が近いって言ってたっけか…。俺の知らない高校生活でこいつはどんだけ…いや、考えるのはよそう。
「ねえ、あの建物入ったことある?」
「ああ、あの海岸近くにあるビルな。なんだろ?」
「ずいぶん古い感じですね…。仮想世界なので、わざとなんでしょうけど」
「よし、みんなで探検だ。きっと、定番のホラースポットに違いない」
「まあ、実装しようと思えば幽霊も出せるだろうからなあ」
ピクっ。
「ん、サトミ、おばけとか苦手か?」
「いえ、大好きです!ある意味本物が見られるんですね!早く行きましょう!」
ああ、そういえばホラー物の小説を率先して読んでたなあ…。
結論を言うと、幽霊は出なかった。その代わり、ゾンビが出た。また『冒険コース』キャラの流用かよ!
「残念です…」
「そうだね。どうせなら撃ち殺すシステムがあったら良かったのに」
「それ完全に別コース」
◇
「夏休み、あっという間でしたね…」
「そうだなあ…。なんか、こういうのだけは現実世界の時間換算で捉えてもいいくらいだ」
「明日からまた学校です。少ししたら体育大会、その後は文化祭ですね」
「文化祭は、今から準備した方がいいのかな。早速明日のHRで提案してみよう。9月から『転入』してくるユーザも多いだろうしな」
夏休み明け初日のHR、マリナとマキノは欠席した。というか、その日は学校に来なかった。
「え、夏休みってもう終わったの?」
「ずっと夏休みがいいなあ…」
誰がそんなお約束をやれって言った。ていうか、自分たちで設けた掲示板くらい見ろよ。
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