第1話 入学式
「あっはっはっ、そこを真っ先に気にするとは、相変わらずだなあ、君は」
「うるさい。中学の時はお前のせいで、そう呼ばれる機会があまりなかったんだよ」
「僕と過ごした中学校生活がお気に召さなかったと?」
「ああ、お気に召さなかったね、この僕っ娘。いや、もう娘って年じゃないか。僕女」
「これが僕の芸風なんだけどなあ」
学園寮の食堂で、同じ日にログインしたマキノと話をしている。俺の中学時代の悪友だ。小さい頃のピアノ塾が初対面だから、幼馴染とも言えるか。
今は、入学式の数日前、という設定だ。全寮制であり、最初から参加するユーザは、入寮手続きを済ませて生活の準備をしてから入学式に臨む、というわけである。
現実世界では、土曜日08:15-09:15を3週分。08:15ジャストにログインできず数十秒遅れるユーザもいるから、4月の最初の数日に余裕をもたせている。現実世界でもたいがいそうだしな。
「しかし、そもそもの発案者がお前だったとはな。もう一度学校に通いたかったのか?」
「まあね。もちろん、君と一緒に」
「カレンにもそう言って誘ったのか」
「残念ながら、2年から『転入』という形だけどね。今週末は仕事が入っているんだよ」
「あの子、デビュー早かったなあ。…そういえば、アバター名は『カレン』のままでいいのか?」
「いいさ。彼女も気に入っているし、君だってその方が都合がいいだろ?」
「だからお前は、苗字の方を使って『マキノ』か」
「君にはずっとそう呼ばれていたから、僕も嬉しいよ」
「お前の方がほんっと変わってないよ…」
昔も今もボーイッシュの風貌をもつマキノは、とにかくモテる。男女関係なく。プロデビューのきっかけとなったバンド結成だって、有志というよりはマキノの取り巻きだった。デビュー後もとっかえひっかえらしい。男女関係なく。
ああ、サトミに会わせたくない。会わせたくないけど、マキノのこと連絡したら『必ず参加します!』となぜか意気込んでいた。ファンだったのかなあ。マリナは、まあ、単純に気が合いそうだ。
「あ、僕は2年目はパスね。やっぱり仕事が入ってるんだ」
「転校して転入、か。発案者のお前じゃなくて俺に支援の話が来るから変だとは思ったが」
「ちなみに、1年間留学、という設定」
「くそう、なんかカッコいい」
◇
「ユキヤさーん」
「おー、来たかー」
サトミとマリナが揃ってログインした、いや、寮に到着した。ふたりとも、最初から制服を着ての登場だ。
「うわ、背が低い」
「男の子は中学の頃が一番の成長期なのだよ」
アバターは元の身体情報を自動調整して、12歳~15歳の平均身長に合わせて『成長』するようにしたらしい。新しい試みのひとつだ。
「ね、ね、ユキヤさん、その人もしかして?」
「あ、ああ。男に見えるが『牧野華恋』。名前負けした造形なので苗字で呼んでやってくれ」
「酷い紹介だなあ。この世界ではマキノと呼んでほしい。よろしく」
「マリナです!よろしくお願いします!」
あれ、マリナの方がファンだったのかな?サトミは普通に…ん?
「初めまして、『霧島雪夜』さんにはお世話になっています、『里美・F・ミュリシア』といいます」
「…へ?」
「え、ちょっと、サトミ?」
「あ、ああ、よろしく。サトミ、でいいかな?」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、マキノさん」
えっと…俺、今初めてサトミの本名聞いたんですけど。別に悪用するわけではないけど、でも、なぜここでいきなり?しかも、なんというかその、超日本語離れした…。
「あ、あたしの本名は『鈴木真里奈』です!」
うん、同姓同名が多そうだね。
◇
マキノは入学式の準備に行った。入学生代表の挨拶を担当するらしい。
「…ごめんなさい、いつかはお話しようと思っていたんですけど」
「いや、いいよ。というか、現実世界での素性は無理に話さなくていいから」
「でも、私の方だけユキヤさんの素性を知っているのはどうかと思って…」
「本当に気にしなくていいから。それに、この世界で不特定多数のユーザに本名とか知られるとマズいしさ」
「はい…」
マキノの参加を伝えた流れで、サトミとマリナに俺の素性がバレた。あいつ、経緯が経緯だから、本名使ってデビューしたからなあ。まあ、俺のクレジット表記もそうだけど。
「でもさ、ユーザってそんなにたくさんいる?ダミーの生徒AIばかりだよ?」
「途中参加の方が多いだろうからなあ。入学式の出席は十数名だけかも」
「それだけ?」
「土曜日の午前というのも、接続過多を避けるためらしい。大学の友達はまだみんな寝てると思う」
「なんか、辺境世界並に過疎りそうねー。オープンβ相当だから別にいいのかな」
「学校って、割と閉じた空間だからな。リソース消費も辺境世界並らしい」
俺達は180分コースだが、途中参加なら10分単位の購入も可能だ。1~2か月だけの転校生、ってのも面白いかもしれない。ロールプレイの要素が強くなりそうだ。
あ、今回は俺が3人分の料金をまとめて払ったよ?急遽、別のコースへの変更をお願いしたんだからさ。まあ、運営会社から既に有料VRアプリをたくさんもらったからプラマイゼロだけど。
「ま、それでも気をつけた方がいいのは確かね」
「もちろん、ユキヤさんやマキノさんの素性は他の人には喋りません!」
「あー、よろしく。でもあいつ、アバター名と顔でバレるかも。自分から言いそうだし…」
「ん?」
「いや、なんでも。そういえば前に、恋愛シミュレーションをVRMMO化したら、クローズドβの段階で酷いことになったってニュースがあったな」
「あれ、『接触不可』であってもR-18にするべきよね…。結局、オフライン専用になっていったみたいだけど」
「それもあって、この世界ではアバター間の連絡機能は削除されている。学校では携帯禁止ってやつだ」
「マキノさんに連絡がとれないの!?やだー」
◇
入学式は、滞りなく終了した。
が、マキノのやつ、目立つ目立つ。早速、HR教室に向かう途中の廊下で、他のユーザの何人かに囲まれた。あいつの素性は公然の秘密となりそうだ。
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