昼休みだった。

 だが、彼らに休息はなかった。


 バスケットコートの片隅。

 樹と汐音はランチを菓子パンで早々にすませ、ボールかご一杯のバスケットボールに必死にワックスを掛けていた。


 「なんで僕たちこんなことしなきゃいけないのさ」

 汐音はもうこの単調な作業に飽きたらしい。


 「それはおまえのただならぬ運動神経の欠如のせいで、2対2のパスゲームに連敗したからだろう。俺だってうんざりだよ」

 そう文句を言いながらも、ボールの手入れはミニバスから始めた樹にとってはなつかしい作業だった。


 「ホッシーだって、ちっとも本気出さなかったじゃないか。それになんで僕たちが手入れしなきゃならないのさ。バスケ部の連中がすればいいじゃないか」


 「このボールはバスケ部の持ち物で授業で借りる際にきちんと手入れをして返すって約束したんだとさ。聞いてなかったのか。おい、そんなにワックスつけるなよ。また一からやり直しになるだろ」


 拭き終えたボールをかごに戻そうとしたところ、伸びてきた長い腕にふわりとボールをさらわれた。


 あっという間に、一目でバスケ部員とわかる長身の学生たちの一団がミニゲームを始めた。

 ボールを奪っていった当人はゆらゆらと攪乱するようなドリブルで敵陣を突破して、回り込みながらのふんわりとしたレイアップシュートを決めた。


 樹はその一連の動きの正確さより、まるで力みのない半端じゃない脱力加減に目を似張った。


 「!」

 振り向きざま。

 にやりと樹に笑いかけたようにみえたその端正な顔立ちは、紛れもなく今朝の謎の青年のものだった。


 「おい、草間。あいつは一体何者だ?」


 「何者って、ホッシー知らないの。生徒会長の速水有栖はやみありすさんだよ」


 「バスケ部員なのかい」


 「いやほかの面子はバスケ部だけど、速水さんは生徒会以外課外活動はしていないよ。噂では放課後は司法試験の予備校に通っているとか」


 「なんで今から」


 「さあ、ただ速水さんは余裕で日本最難関の大学に入れるし、卒業後はハーバードあたりに留学するんじゃないかって噂だ」


 「へえ、そんな少女漫画みたいな眉目秀麗、スポーツ万能、超優秀な生徒会長がいるんだね」

 なんだか嘘くさい。そして、とてつもなく胡散くさい。


 だが、樹が内心そう思っている端から、速水有栖はやみありすはバスケ部の猛者たちを相手に今度はロングシュートを決めた。


 「・・・・・・実は、兄さんが参加していた合宿、二年くらい続いていたんだけど、本当は速水さんが行くはずだったんだ」

 口ごもりながら、汐音が話し始めた。


 「その合宿ってなんなの? スポーツかなにかなの」


 「いや、なんていうかニダバの統一検査で抽出されたメンバーで、速水さんと同じくらい優秀な人たちだった。内容は兄さんもよく教えてくれなかったけど、なにか心理実験の被験者だったようなんだ」


 「じゃあ、君の兄さんは優秀な人だったんだね」


 「それが、違うんだ。兄さんはごく普通の人だった。うん、本当に普通の学生だった」

 考え込みながら、汐音が答えた。

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