第11話 番外編 花村春人と石井君
花村春人とは高校の時からの友達だ。昔からなんかへらへらっとしてひょろひょろとしていた。クラスでも目立つ方じゃないし、どっちかというと地味な感じだ。
なんとなく一緒につるんでいたけれど、積極的に関わるという感じでもなかった。どこか一歩引いた様な感じが、花村にはあったからかもしれない。
ここまでは入れないというような花村独自の壁というか線というか。花村自体は人当たりもいいし、話していても普通に楽しいし、無駄に人に気を使わせないし、すごく親しみやすい方だと思う。だけど、親しくなればなるほど、これ以上は入れない場所が花村にはあったという印象だ。
普段から柔和な雰囲気しかない花村だけど、割と負けず嫌いだった。成績なんかずっと上位をキープしてて、結果うちの高校の進学率に貢献した。
彼女とかはいなかったような気がするなあ。そういう色気のある話もしなかったような気がする。こう、込み入ったというかちょっと花村の生活に突っ込んだ話って無かったような気がする。好きなテレビとか映画の話とか、クラスで誰がかわいいかとか、よくある話はするんだけどね。
だから今思い出しても、高校時代の花村の事は漠然としちゃって。
それでも俺たちは、高校を卒業しても付かず離れず、最近どうだとかそんな話を酒を飲みながらするくらいの付き合いは続いていた。相変わらず大した話は無いんだけど。
ここまでの付き合いになると、若い時に感じていた花村という人間は、心の壁がどうのという小難しいものじゃなくて、単に面倒くさがりなんだということが分かってくる。
突っ込んだ話を避けているんじゃなくて、単にそういう話は面倒くさい。
女関係の話も、面倒くさい。
いい年になって、どこでも好きな場所に出かけられるようになったというのに、あいつときたら、趣味が映画をDVDで見る事なんだから。
映画館でも好きなだけ行けばいいし。それこそ女でも誘ってね。
でも、面倒くさい。
休みの日に外出なんてしたくない。女を誘うなんて面倒くさい。
あんな人のよさそうな顔してるのに、全てが面倒くさいでできていた。
それでよく営業なんてやってられるなと、不思議でしょうがないんだけど、結構成績は上げているらしい。面倒くさがりだけど、負けず嫌いだから、きっと一番面倒じゃない方法かなんかを編み出して実行してるんだろう。
いかに面倒くさいことを避けるか、ということについては、あいつは相当量の時間を使って考え続けるからな。俺からしたら、そっちの方が死ぬほど面倒くさいけど。
最近話題の草食系というよりは、あの面倒くさがりはむしろ花村自体が草なんじゃね?
なんて思っていたころだった。急に花村が、合コンを頼んできたのは。
花村が合コン?あの面倒くさがりが、わざわざ人が集まるところに行って、面倒くさい女と会話しなくちゃいけないようなことを希望してくるなんて、天変地異でも起こるんじゃないのか?と思いはしたが、俺たちももう26。俺はまあ、大学でもそこそこの女の子たちとそれなりにお付き合いはあったが、どうも花村は面倒くさいの一辺倒で26まできたようだ。
「合コンって、お前今彼女いないのか?」
「今っていうよりずっといないよ。そろそろなんかヤバいって周りからも言われ出したし、かといって出会いもないから、とりあえずそういう場に行ってみようかなって」
ずっといない、のどこが始点の「ずっと」なのかいまいち分らなかったが、長い付き合いの花村の頼みだし、快く引き受けた。
そういえば、花村に会うのは2年ぶりだった。大人になると、連絡はしても会わないなんて月日を2年も過ごすことができるものなんだなあとなんだか切なくなった。
場所はちょっとこじゃれた洋風居酒屋だ。多少値は張るけど、この年の合コンとなるとやみくもに大手のチェーン居酒屋にするわけにもいかない。
こういう店を、引きこもりの(真実ひきこもりじゃないにしても)面倒くさがりが知ってるとは思えないので、メールに地図を添付して、どこかで待ち合わせでもしようか?と提案したんだけど、行ったことあるから大丈夫と言われた。
へえ!あいつ、さすがに彼女を合コンで探そうというくらいには行動が広がったのかもしれない。
なんにしても2年ぶりだし、ちょっと早めにどこかで待ち合わせを提案すると花村は快諾し、そして今日にいたる。
真夏の暑さを迎えるたびに、なんでこんな暑い日にスーツを着なくてはならないのかと、世の中の産業システムを呪いながら待ち合わせ場所まで行くと、花村が以前と変わらぬ笑顔で俺に手を振った。
「久しぶり~」
「久しぶりだね」
そう声を掛け合って、どっか喫茶店でもと思ったんだけど、そこまでの時間は無いから先に店に行ってるかということになった。
こうして並んで歩いたのもずいぶん前のような気がしてならない。だけど、何となく違和感を感じて隣を見る。
なんだろ。特に変わって無いような気がするのに、なんとなく雰囲気が変わったような……。
店に到着後、この違和感はすぐに知れた。スーツを脱いでハンガーにかけ、ネクタイをゆるめてシャツの腕をまくった時に、俺は目を剝いた。
あのひょろひょろしていた腕はどこへ行ってしまったのだろうか。
見慣れぬ腕の太さに、しばし言葉を無くす。
ところが花村はそんなこと一向に構うでもなく、メニューをじっくり見ていた。
「花村」
「んー?なに?あ!これこれ、これ頼む?」
そうして長い指で一品を指さす。ああ、おいしそう……じゃなくて!
「いや、あのさ」
そう言いかけて、正面に座る花村を改めて見る。それで、肩とか胸とかが、過去の花村とは比べられないほどがっしりしていることに今更気づいた。
「お前、スポーツでも始めたのか?」
「えー?スポーツ?ああ、あのさ、姉の旦那がスポーツクラブ経営してて、それで誘われてたまに通ってるだけ」
それだけ言うと、再びメニューに目を落とす。いやメニューよりも近況の話しようぜ。相変わらずいろんなことに無関心というのは変わらないもんだな。と、しばし遠い目をした。
それにしても、たまに通ってるくらいでここまで変わるかよ。あれだな、花村の事だから目標設定されると、負けず嫌いが顔を出して、相当通いこんだんだろうなあ。
変わらない花村の性格に苦笑する。
「石井は彼女いないの?」
メニューからほとんど顔も上げずに花村が言う。
「いないから合コン引き受けたんだよ。いたら無理だって!」
「へえ、そうかー」
「そうかーってお前だってそうだろ?」
「だって俺、彼女いたことないからわかんないし」
「……えー?!」
「えー?」
「マジで?」
「マジで。だから今日はよろしく」
そう言ってにこりと笑った。そんなことを言われたら、幹事として張り切らないわけにはいかない。草食系ならぬ、道端の草、苗字が体を現しているぜ等と考えながら、今日は自分の事より不慣れな花村の援護に回ろうと誓った夜だった。
ところが。
全然心配いらなかった。むしろ、女の子の興味を花村が全部持っててるんですけど
体格の良さはさすが女子の観察眼で一発で見抜くらしいし、勤務先もそこそこ。しかも営業。感じの良い笑顔。優しそうな声。酒もザルのように強い。それでフランクに話せるとか!
あいつ、本当に彼女いなかったのだろうか?にこにこしながら優しい口調で女の子たちと親しげに話すさまは、まるで百戦練磨!おいおい!どうなってんだよ!
そのうえ、ここが一番難しい連絡先の交換を、いとも簡単にやってのけた。
「あー!私も花村さんと交換したい!」なんて俺の目の前の子まで言いだす始末。
あーあ。なんだこれ。心配して損したぜ。これなら難なく花村は彼女ゲットだろ。俺は花村の事なんかより、自分の心配しなくちゃな。
と、まるで蚊帳の外の合コンで、俺はため息をついた。
しかし、世の中はシナリオ通りには進まないようだ。しばらくすると、また花村から合コンの要請が来た。
「おまえ、この前の合コンの成果はどうだったんだよ」
「んー?ダメに決まってるから連絡したんじゃん」
「ってか、あの状況でダメってなんだよ!」
「だって俺モテないし」
そう言うと、花村は軽快に笑った。モテない?どこら辺がモテないという表現にあたるのだろうか。
こんな風に、あれから花村が合コンに来ると大体同じ感じになる。そこで指をくわえてみているわけにはいかないから、俺だってかなり頑張るようになった。俺ががんばるように、花村もがんばるだろう。最初の食いつきは良いんだから、あとのやり様は経験を積めば分かってくるだろう。俺が女の子の連絡先を気張らずに聞けるようになったように。
そうして1年以上経つ。結局花村には彼女の一人も出来ていない
なぜ合コンでここまで釣果ゼロが続くのか。
それは、ごく最近明かされたのである。
あの時も合コンでそれぞれが連絡先を交換して、そして二次会のカラオケまでこなした。花村もかなりいい雰囲気になっていたように見える。やれやれ、いよいよ花村も……。と思っていたのだが、それからしばらく後、花村といい感じに見えた女の子から俺に連絡があった。なぜなら俺も交換していたからだ。 まあそれはさておき。
「花村君、合コンの次の日から急に冷たいんだけど」
交換したアドレスにさっそくメールをしたが、帰ってくるのは半日以上経ってから。しかもほとんど一言。
どんなものか花村本人に一度見せてもらったけど「おつかれ~」くらいしか書いてない。予定を聞かれれば「無理」「いそがしいし」「また今度ね」の三つくらいしか使ってない。というか単語登録かなんかしてるだろこれ。
電話をかけても折り返してくるのが二日後とか、郵便とか電報の類なんですかね、スマホは!
そりゃ無理だ。彼女出来ない理由はそこだよ、花村。関心が無いならアドレスなんて聞かなきゃいいのに、聞いてる時はすごいノリノリに見えるんだけど。
それで俺はというと、そんな花村に対する愚痴を聞くという相談役から、見事、その子の彼氏に抜擢されました!
逆に花村ありがとうだなこれ。
それで俺は花村に、合コンとは何たるものか、今こうしてビアガーデンで語っているわけだ。
「いいか!花村。お前のやってることは、魚が食いつこうかどうしようかというところで竿上げちゃってるわけよ。釣った魚には餌をやらないとはよく言うけど、お前は釣り針にも餌ついてないからな!」
「石井、酔ってる?何言ってんのかよくわからないけど」
「がーーー!!なんでわかんねーんだようう!俺は心配して言ってるのに!」
「うん、ありがとう」
「いや、そうじゃなくてー!彼女を作るにはそれなりに手間暇かけなくちゃいけないんだよ!釣りのように、引いたり餌を変えたり、逆に糸を緩めてみたり!」
「あー」
「あー?」
「面倒くさー。さてビールビール!」
くっそ!お前なんて草だ草!!草になってしまえ!!
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