第25話 聞いてない

 突然だった。何の予告も無しに『I my me mine』はスタートした。彼女から何か連絡があったわけではない。俺がサイトで見つけたのだ。

 『あたしのお気に入り』が更新されていないかと見に行ったアイさんのページに、新作として堂々と鎮座していたのを『偶々』見つけたんだ。

 まさか下書き段階のものを間違ってアップしてしまい、本人がそれに気づいていないのでは……と心配した俺は、即座に近況報告ページを確認した。が、なんとそこには『新作アップしました』とハート付きで思いっきり宣伝してあったのだ。

 しかも。そこに書かれていたことが実に恐ろしい。


――『あたしのお気に入り』の読者の一人を口説き落として、コラボ作品として書き始めました。あたしは『side舞』彼は『side伊織』を書いてくれてます。『side伊織』の一話目を彼がアップしたらここでお知らせするので、みんな『side伊織』もよろしくねっ!――


 マジか。しかもタイトルが『I my me mine - side 舞』になってるよ。カタカナとか漢字だとか言ってたのはどうしたんだよ?  しかもこれ、俺も同じような体裁でタイトル付けろって事だよな? まあ、向こうで全部決めてくれるのはすごく楽でいいけど、せめて一言連絡くれても良くないか? LINEってそういう連絡のために使うものじゃないのか?

 さらに、俺はその投稿日を見て面食らった。花火の日じゃないか。鶴見川の花火のあと、その日のうちに一話目をアップしている。そして今日、既に二話目が上がってる。

 俺が地味に書いてる間にこんなにアップしてたとは。アイさんは一体何話分書き溜めてあるんだ? 俺なんかまだ五話しか書いてない。ヤバい、今は『ヨメたぬき』は一旦中断してこっちを少しでも書き溜めよう。ああ、ラブコメのタイトルが既に俺の中で『ヨメたぬき』になってしまってる。もういっそ、それでもいいか。


 待て待て、それどころじゃない『I my me mine』にもう読者がついている筈だ。反響は? コラボ相手について憶測が飛び交っているかもしれない。

 俺は今にも誤作動を起こすんじゃないかってくらい心臓をバクバクさせながら、アイさんの読者感想ページを開いた。

 マジか。人気投稿者四天王って言われる『春・夏・秋・冬』四人組がもう反応してる。


春野陽子はるのようこ

アイさん、こんにちは。

新作の王子様はどなたかしら。アイさんのお知り合い?

コラボのお相手さんに恋しちゃいそうね。


*榊アイ*

陽子さん、ありがと!

あのね、もう恋しちゃってるかもしれないの。くふっ。

なーんて、冗談。

でもね、コラボの相手はまだ一作も書いて無くてね、このコラボが初作品なの。

だから楽しみ♡

ほんとに恋しちゃうかも!


夏木大地なつきだいち

読んだがな。相変わらずの詩人さんやのう。

なんでコラボの相手に俺を選んでくれへんかったんや~。待っとったのにぃ、シクシク……。相棒さんが誰なんか楽しみにしてまっせ。


*榊アイ*

大地君、ごめんねー。

関西弁の王子さまはアイの辞書に無いの。

横恋慕する役で出してあげるからねー。


冬華白群とうがびゃくぐん

side伊織はどなたが描くんでしょうか。

きっとアイさんの気持ちを動かすほどの素敵な男性なのでしょうね。

いつかアイさんの相棒に選ばれるような作家になりたいです。


*榊アイ*

冬華君、ありがと。

うん、彼は凄く素敵なの。

たまに感想をくれるんだけど、その感想に撃ち抜かれちゃった。てへ。

だけど結構クールな人だから、あたしだけ盛り上がっちゃってる。


秋田あきたなまはげ太郎たろう

アイちゃん、こんばんはっす!

舞ちゃん読みましたよー! 

しょっぱなからラブラブ展開っすかー(≧▽≦)

これは伊織の反応がメッチャ楽しみっすね!

なまはげ太郎、最寄り駅が生田で、いきなりテンションMAXっすよ。

三話目待ってまーす!


*榊アイ*

よっ、なまはげ!

伊織君の名前、最初は生田じゃなくて豪徳寺にしたかったんだ~!

だけど、相棒が「豪徳寺じゃ剣豪みたいでヤダ」って言うから生田になったの。

面白い人でしょ? そういう本人のペンネームも駅の名前なのに。くふっ。


 ……ちょっと待て、何だこれは。『榊アイの相棒』で盛り上がってるじゃないか。しかも夏木大地さんと冬華白群さんって、アイさんにラブラブ光線出しまくりの二人だ。

 夏木さんは堂々と読者感想欄で求婚(!)してたし、冬華さんは『あたしのお気に入り』の第4話のラムネの瓶の色を見てから『白群』とペンネームを変更してる。しかも彼女は俺の『甕覗』を採用してしまった。


 あああ、俺、絶対この二人に目を付けられる。


 きっと『side伊織』をアップしたら真っ先に夏木さんがすっ飛んで来るんだろうな、あの人ストレートだし。

 冬華さんはじっと様子を伺ってから、何事も無いかのように涼しい顔で現れて、何か一言チクリと刺していきそうだな。ううううう、怖い。実に怖い。

 大体、アイさんもアイさんだよ、ハードル上げんなよ……。

 これはあまり話が大きくならないうちに連載を開始した方が良さそうだな。先延ばしにすればするほど、俺は王子様にされてしまう。化けの皮は早めに剥がした方が安全だ。

 その後、俺は一話目を二十回ほど推敲し、その日のうちに『I my me mine - side伊織』の一話目をアップした。

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