第22話 書くの好き?

 数日後、俺は東京に戻った。ここにはメシを作ってくれる母さんもいなけりゃ、ちょこっと外出するのに使えるバイクも無い。横長だった景色も縦長に戻って、視界を圧迫している。まあ、が無くても数分歩けばコンビニがある訳で、そういう意味では一人で住むには便利な街ではある。


 あれから俺は、アイさんがお土産を買いに行くのに付き合って、新潟駅まで送った。しっかり『えご』と『かんずり』と『へぎ蕎麦』と『万代太鼓』と四角い缶に入った(ここ大切)『元祖浪花屋の柿の種』を仕入れ、電車の中で食べると言って『サラダホープ』とテイクアウトの『越後もち豚ヒレカツバーガー』を手にし、彼女は意気揚々と新幹線に乗り込んだ。

 笹団子は、俺たちが笹川流れに行っている間に母さんが伯母さんに話してすぐに作って貰ったらしい。出来立ての笹団子をアイさんに持たせてやることができて、母さんはなんだか凄く喜んでいた。まだ湯気の立っている笹団子をその場で一つ食べたアイさんが「ヨモギが濃いっ!」と言って大喜びしているのが可愛くて、母さんも「またおいで」って何度も何度も念を押して言うのが可笑しかった。本気でアイさんを嫁にしようと企んでいそうで怖い。実に怖い。


 実家にいる時は何もやる気にならずダラダラと過ごしていた俺だが、東京に戻って来ると生活サイクルが戻るせいか、あれもしようこれもしようという気になる。人間は時間があるといくらでも怠けるが、時間が限られてくるとその中で何とかやりくりしなければと次々動きたくなる不思議な生き物なのだ。

 お盆休み残りあと三日、何をしようかと考えていると、アイさんからLINEが入った。内容は「笹団子が美味しい」だの「今日はへぎ蕎麦を食べた」だのというどうでもいい話だったが、その様子から新潟をいたく気に入ったことがひしひしと伝わってきた。まあ、つまらんところだったと言われるよりははるかに嬉しい。次は福浦八景に連れてってくれと次回の予約までされてしまった。あそこは柏崎のはずれの方だったか。それなら途中、寺泊で浜焼きを食べさせてやりたいな……。


 などと考えていたら、アイさんから思いがけない話が飛び出した。例の東京湾ダイブしたくなるラブコメの話だ。ここのところずっと舞と伊織の話で盛り上がっていてすっかり忘れていたが、そうだ、あれをPCに打ち込めと言われていたんだった。

 アイさんを連れて行くと約束した鶴見川の花火が土曜日……って明後日だ。今日中にやっつけて、明日アイさんに送り付けようか。

 そう思って午前中から打ち始めたんだが、打っている途中で気に入らないところがどんどん出て来る。改稿しながら打つような感じになってきてしまった。

 半分打ったところで日付が変わったことに気づいて焦る。俺、昼飯も食ってねえ!

 戸棚を空けると非常食のカップ麺や缶詰、インスタントラーメンやらスパゲティなんかが出て来る。一人暮らしには欠かせないアイテムたちだ。

 とりあえずスパゲティを茹で、同じ鍋にそのままレトルトのトマトソースを入れて一緒に温める。何事も時短だ。明日はちゃんと買い物に行って、野菜を仕入れて来よう。インスタントやレトルトばかりじゃ体を壊す。


 スパゲティを食べながらビールを飲むと、なんだかホッとする。こんなに夢中になって何か一つの事をするのは学生の時以来だ。改稿は麻薬的に楽しい。麻薬の味は知らないが、二食も忘れるなんて俺には考えられない。

 俺、もしかして文章書くの結構好きなのかな。普段そんなに本を読むわけでもないし、これだってラブコメの真似事みたいに書いてる。脳味噌もまるっきり理系だし、この方面は全く向いてないとは思うが、好きなのと向いてるのは別次元の話だ。もしかしたら俺、割と書くの好きかもしれない。

 そんな事を考えていたら、俄然書きたくなってきた、このラブコメもどきの続き。表に出すのは少し抵抗があるが、アイさんだけなら見せてもいいかなという気がする。彼女は言葉に裏表が無い、つまらなければつまらないと言ってくれるだろうし、具体的にどこが面白くないのか教えてくれそうだ。

 俺はスパゲティを食べ終えると、実家から持って来た焼きうるめをビールのアテに、再びPCに向かった。

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