第20話 贈り物
「――で、これを僕に?」
翌日。朝食のテーブルで三人に昨日の戦果を渡す。戦果っていうほどでもないか。
怪訝そうに飾り房をつまみ上げたキリクにあたしは頷いた。
「そう。旅の道中のお守りにね。マントの裾だとひっかけそうだから、フードの端につけるといいよ」
「へえ。ありがとう。あとでつけとくよ。で、一人ひとり形状が違うのはなんで?」
「なんでって……こういうお守りは一つ一つ手作りだし、同じ形のはあまり置かないんだって。だからだけど」
キリクの言葉に首をかしげながら答える。まあ、嘘は言ってない。効果は違うけど、効果と形状は一致しないしね。
「だからユーリのはリボンなのか」
「そう。女性用なんだって。髪の毛に編み込んで使ったり、髪の毛を束ねるのに使うの」
「まあ、ありがとうございます」
うふふ、と嬉しそうにユーリ嬢は顔をほころばせる。
「で、俺にはこれか。しかし、どうやって使うんだ?」
「あ、それはね」
ユーリがくるくると輪っかになった短い飾り紐をひねくっているのを取り上げる。
「手首に巻いて使うんだって。ここの金具は取り外しができてね」
昨日買うときに使い方とか金具の取り外し方とか見せてもらっておいてよかった。
「えっと、ユーリ、聞き手は右手だったよね? 左手出して」
「これでいいか?」
「うん。こうやって……」
出された手をひっくり返して、金具が腕の内側に来るようにする。金具部分が外に来ると、こすれて金具が外れることがあるかららしい。
ユーリの肌に触れると、短い飾り紐がするりと伸びた。太かった飾り紐が細く伸びる。
「おおっ、それ伸びるの? こんな技術あるんだ」
「うん、こういう仕掛けらしいよ」
食らいついたのはキリクだった。商人としては金になる技術だということなのだろう。ユーリの手首にぐいぐい顔を寄せてくるのでちょっと怖い。
ユーリの手首を十分めぐる長さになったところで金具をぱちりとはめ込んだ。するすると余分に長いところが縮んで行き、最終的にはユーリの手首にぴったりとはまり、幅も元の幅になった。
「これで完了。手を振ってもずれないらしいわよ」
「へえ」
ユーリはぶんぶんと左手を振ったり握ったりしては紐の様子を手で確認していた。
「なるほど、触ってもずれたりしないのだな」
「うん、冒険者御用達のお守りらしいからね」
「ありがとう。……ところで、これはどうやって外したらいい?」
「ああ、それはね」
伸ばされた手を再びひっくり返して金具を触る。確か金具の出っ張った部分を両側から押えれば……。
「あれ?」
「どうした?」
平べったい紐に合わせた形の金具には、どこにも出っ張りはなかった。それどころか、金具の切れ目すら見あたらない。
「出っ張りがないの。それに……継ぎ目がない」
「え?」
「ちょっと見せてもらえる?」
キリクが割り込んできてユーリの腕をかっさらっていった。
いじったり角度を変えたり爪を立てたりじっくり見ていたが、やがて腕を離すとキリクはにやっと笑った。
「面白い。……こんな金具、見たことも聞いたこともない」
「あたしも初めて見た」
「お前……一体どこでこんな得体のしれない飾り紐もらってきたんだよ」
眉間にしわを寄せたユーリは、腕から飾り紐を引きはがそうとする。が、腕に食い込んだかのように全く離れようとしない。
「駄目だよ、爪でケガする。それに、得体のしれないものじゃないよ。女神さまが女性たちに作らせたという幸運のお守りだよ」
「だが、外れないお守りなど、呪いのような……」
そうつぶやいたとたん、ユーリは顔をゆがめた。
「どうしたの?」
「いや、飾り紐が」
「……とりあえずさぁ、クラン。それ売ってくれた露天商、紹介してくれない? 気になることもあるし、彼の飾り紐のこともあるしさ」
「うん、それは構わないけど。ちなみに、そのお守りだけど、女神さまが作った本物だって露天商のおじさんが吹聴してた」
「そんなの信じて買ったのか?」
あきれ果てたようなユーリの言葉に、あたしは頬を膨らませる。
「そんなわけないでしょうが。そういう逸話をつけたほうが売れやすいからでしょ。でも幸運の効果はありそうだから買ったのよ」
「話は行きながらでもできるだろう? 急がなければその露天商、店を閉めてしまうかもしれない」
キリクはさっさと席を立つとあたしの腕を引っ張った。
「痛いってば。それにまだ朝ご飯……」
「そんなのあとで食わせてやるよ。とにかく案内して。ユーリ君も」
「ああ。……どうやれば取れるのか聞かねばならんしな」
別に幸運のお守りなんだからつけておけばいいのに、と言おうとしたが、ユーリの顔はいつもになく厳しく、眉間のしわが増えている。
おなかすいてるのに、お預けとかあんまりだっ。
ごはんの前に渡すんじゃなかったっ!
「何ぶつぶつ言ってんのさ。とっとと行くぞ」
ずるずると引きずられる。昨日の腰を抱かれるよりはましだけど、マントの襟掴んで引きずるとかありえないっ。
後ろを見ればユーリは渋面、ユーリ嬢はにこにこしながら小走りでついてくる。
助けを求めようとユーリを見たが、視線が全く重ならない。
左手の飾り紐部分を右手で押さえながら、前をまっすぐ見ている。なんだか額に脂汗が浮いてるようにも見える。
もしかして、痛いの?
本当にあれが呪いの品なら、解呪してもらいに行かないと。
声をかけようとした途端、ぐいと引っ張られて腹にキリクの腕がめり込んだ。
「ぐえっ」
「こっちのほうが早い」
荷物のように肩に担ぎあげられるなんて屈辱だっ。というか、あたしを担ぎ上げられるほどの腕力があるとはびっくりだ。キリクって商人じゃなかったっけ?
あたし、でかいほうだし重たい自信あるんだけど。
「離せっ」
「広場に着いたらね」
その言葉通り、広場の入り口に着くまであたしを担ぎ上げたままキリクは走り続けた。
……もちろん、ユーリもユーリ嬢も、である。
二人とも、職業冒険者って言われても納得するよ、あたしは。
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