第18話 おじいちゃん
街道沿いに歩いて、宿のある村に到着する。
本当はここは通り過ぎるだけの予定だったのだけれど、キリクが予想外にいろいろちょっかいかけてきた結果、やっぱりというか案の定というか、進むスピードは遅れ……次の村まで移動するには遅い時間になってしまったのだ。
幸い、ここは小規模ながらもダンジョンのある神殿に行く道との分岐点にあるため、宿は多い。そのうちの一軒を宿と決め、一階の酒場で少し早い晩飯となった。
この村――ヴィントっていうんだけど、ヴィント特産のちょっとねばねばした野菜を使った麺料理は実に美味だった。そのほか、白ラビのねばねば焼きとか、イコ(いぼのある蛙)の木登り焼きとか、ヴィントは特産料理が豊富で、思わず端から頼んでしまった。
もちろん、他の三人は目を剥いたけど、これほどの美味な特産料理、食べなきゃ損でしょ!
一皿取ってシェアする。ユーリ嬢は青い顔して目を背けてたから、男二人と分け合う感じで食べきった。
デザートがまたおいしくって。
白くてプルプルするビーニャのゼリーなんてお代わり頼んだほど。これはユーリ嬢も男二人も絶賛してた。
あんなに甘いくせにのど越しが良いだなんて。
飲み込むときにつるりとのどを下りていく感覚が忘れられない。ああ、朝食のあとも頼まなくっちゃ。
屋台も出ているという話だったから、食後出かけてみることにする。
この村、大通りも広場もかがり火で明るくしてあるので、夜に出歩くのも珍しくはないらしい。
宿では出ない料理が出るっていうし、珍しい品も並んでるというからには、行かないわけには行かないでしょ。
そう、三人に主張したのだけれど。
「俺はパス」
まずユーリが拒否った。
その顔からは、くたびれたから早く眠りたいという願望がありありと読める。
「んー、僕も今日はパスかなあ。疲れちゃった」
キリクも拒否る。
ええい、いい男が二人ともなにを甘えたことを言ってるのだ。
屋台だよ? めったに見られない品だって並んでるかもしれない。とりわけ魔具は流れ業者が来てればあたりを引くこともある。
――往々にしてほとんどがはずれではあるんだろうけど。
願いを込めてユーリ嬢を見ると、彼女は困ったような顔をして、首を横に振った。
「わたくし、おなかもいっぱいですし、荷物もぱんぱんで、これ以上は持ち歩けそうにないですから、遠慮しておきますわ」
ぐはっ、ユーリ嬢にまで拒否られたっ。
いーもん。
一人で行く。行くったら行くもん。
「わかった。じゃあ、少し見て回ってくるね。鞄取ってくる。ユーリちゃん、先に寝ててかまわないから」
「はい、わかりました」
そうと決まれば財布と鞄持ってこなきゃ。部屋の鍵を手にさっそく立ち上がる。
そういえば、いつまでもユーリさんと「さん」づけをしていたら、本人からやめてくれと言われた。曰く、他人行儀で嫌なんだそうだ。仕方がないのでユーリちゃん呼ばわりしてる。
「おい、お前」
横を通り過ぎようとしたらユーリに腕をつかまれた。
「何? 日が落ちる前には広場に行きたいんだけど」
だから時間ないのよ、と眉根を寄せると、ユーリは立ち上がった。
「俺も行く」
「だめ。あんたと二人きりになるつもりないし、キリクと一緒にいて」
ちらりとキリクに目をやると、ニコニコとほほ笑んだまま、うなずいた。
「そうだね、ユーリ君には別の用事があるから残ってもらわないと。クラン、行ってらっしゃい。気を付けて。ああでも浮気しちゃだめだよ?」
出た、キリクのだだ甘芝居。げーっと舌を出しそうになるのを何とか食い止めて、引きつりながらも笑顔を見せる。
「ありがと、キリク。ほら、キリクがああ言ってるから。じゃあ、ユーリちゃん、ちょっと待っててね」
ユーリの手を振り払うと、あたしは部屋まで駆け戻った。
財布と鞄と、一応念のため短杖を腰に忍ばせて、鍵をかけると酒場に戻る。ユーリちゃんに部屋の鍵を返すと、まだ立ちっぱなしで額にしわを寄せたユーリの恨めしそうな視線をはねのけて、宿を出た。
あーっ、久しぶりに完全一人!
宿から広場に走りながら、思わずくるくると踊りだしたくなる気分を抑えるのが大変だった。
いつぶりだろう。仕事が終わったあとはいつもぶらぶらしてたんだよね。
次の仕事が決まるまでの宿さえあれば、お互いに干渉することはなかったし、あたしもユーリもいろいろやることはあったから、常に一緒にいることのほうが少なかった。
だから、たぶん二人の護衛依頼を受ける前が最後だ。
ユーリと二人で動いてるときはそれほどストレスを感じたことはなかったけど。
今の仕事……いや、二人の護衛依頼を受けてからこっちのストレス度合いが半端ないのは自覚してる。
なにせ、美味い物を食べる、より何かを殴りたくてしょうがないのだ。
だから、一人で出歩くのも賛成だった。
ユーリと二人でいると、やはり周囲はユーリの庇護下にある人物だと思い込むらしくて誰も寄ってこない。ならず者すら寄ってこない。
でも、一人なら。
ユーリの目の届かない範囲で一人になると、なにがしかのちょっかいをかけられる。
「ちょっとお嬢さん」
ほら、この通り。
振り向くと、ぼろいマントで身を包み、頭をフードですっぽり覆った男が立っている。声からすると結構なお年の様子。
「なんでしょう?」
にこやかに愛想を振りまくと、すっと頭上に影ができた。
「聞きたいことがあるんじゃが、『リュカの瞳』はまだ無事かのう?」
「……は?」
リュカの瞳?
はて、どこかで聞いたことあったっけ。伝説とか神話とかに出てきたような覚えはない。
首をかしげると、目の前の老人――と言い切ってもいいと思う――が笑ったのがわかった。低くくぐもった声が聞こえるから。
「用はそれだけ? なら先を急ぐので失礼します」
「そうはいかん」
くるりと背を向けて広場のほうへ向かう。
が、ぐいと肩をつかまれた。
「勝手に触るなっての!」
つかまれた腕を両手でホールドすると、風の魔法で体を浮かしてぶん投げる。あ、殴るの忘れた。
老人の体は通りに面した家を越えていった。どっかで破砕音が聞こえる。
本当をいえばもうちょっと殴りたかった。でもまあ、無理すると変なの釣れちゃうからなー。
今回も、おじいちゃんが魔法使いだったからあれでなんとかなったけど、戦士だったらちょっとパワー不足だったかな。
「はー、すっきりした。さ、食べにいこっと」
日が傾き始め、影が長く伸びる広場へと、あたしは急いだ。
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