第16話 キス以上はだめ
結局腰を抱かれたままで街道を歩く羽目になった。正直勘弁して欲しい。周りの目が痛い上に歩きにくいし。何の罰ゲームよ、ほんと。
キリク、目立つ容姿なんだよねえ。というか、どちらかといえば美形に入る。そんなのにくっつかれてるあたしの身になって欲しい。
自分のものでない体温が移ってくるのとかも正直気持ち悪い。その上、時々脇腹をくすぐられる。何度言ってもやめてくれない。
一体何考えてんだ、キリクは。
半日歩いてるだけで、精神的にも体力的にもごりごり削られて青息吐息だ。
実際、前を行く二人のユーリからあたしとキリクはかなり離れてしまっている。
ちょうどよい切り株を見つけたところで、あたしはへたりこんだ。
「あれ、もうギブアップ?」
思いっきり文句を言いたいところだけど、息が上がって声が出ない。
仕方がないから睨みつけると、キリクはニッコリ微笑んだ。
「この程度で倒れてちゃ先が思いやられるなあ。それにしても本当に慣れてないんだねえ。ユーリくんは一体何してたんだい?」
「何も……というか、ユーリ関係ないでしょう?」
「うーん、人選誤ったかもしれないなあ。もう少し男慣れしてくれてる方が扱いやすいんだよね。まあ、初心な反応はそれはそれでイイんだけど」
「他にあてがあるんなら喜んで譲りますよ」
「……忘れた? 君たちには選択肢はないんだってこと。頑張って慣れてもらわなきゃ困るからね。何なら今日から宿では僕と同室にしようか?」
笑顔はそのままで……いや黒い笑みを浮かべて、キリクはあたしの耳元でそんなことを囁く。
マジ勘弁して。
そうでなくとも、時折前方から飛んでくる鋭い視線が怖いってのに。
「手、繋ぐだけなら……耐えられるから」
「だーめ。これも特訓だと思って我慢してよ。仕事の一部だし?」
そう言われると言葉がない。そう、これは仕事なのだ。
目の前の男は札束だと思えばいい。
「そろそろ動ける?」
「……ええ。ユーリたちは?」
「うーん、こっちが足止めたの気がついてないね。まあ、次の宿は決めてあるから」
「そう」
仕方なく腰を上げる。少しは回復してきたみたいだ。立ち上がったところでキリクに手を引かれた。
「じゃ、行きますか」
そのまま歩き出す。腰に手を回されずに済んだのだけは幸いと言えようか。
「それにしても初日からこの遅れはキツイな。街道沿いだから宿はいくらでもあるけど、ユーリと別の宿になるのは不味いんだよなー。まあ、そうなったらそうなったで」
「ちょっと、何考えてるわけ?」
「いーや? 別に何も」
そう言いながらニヤニヤするのはやめて欲しい。何考えてるか透けて見えるっての。
「とにかく、腰抱きながら歩くのは禁止。町中ならともかく、街道で延々やってる必要はないでしょ。移動スピードを犠牲にしてまでする演技じゃない」
「ええ〜? 僕的には旨味もあるし、一石二鳥だからやめたくないなあ」
「演技はするって言ったけど、性的な接触を許したつもりわないわよ」
「ええ〜? 必要に応じてって言ったよね? 必要さえあればキスだってその先だって、応じてもらうつもりだよ?」
沸騰しかける頭をクールダウンさせるべく頭の中で呪文を唱える。
こいつは札束。こいつは金づる。こいつは……。
頭抱えてる間にまた脇腹にさわさわとくすぐる感触があった。つい本気で肘鉄入れると、キリクは軽い足取りで離れた。
「十歩譲歩してキスまではいいわよ。でもその先はだめ」
「いいねえ、初々しいのは大歓迎だよ?」
にやりと笑う。あたしはキリクを睨みつけた。
「ま、それはそれとして。ユーリくんにもユーリにちゃんと婚約者らしく接触してくれるように伝えてもらえない? 後ろから見てるとただの同行者にしかみえない。いや、むしろただの護衛にしか見えない。……あれで婚約者を名乗っても信ぴょう性がないだろうからね」
「自分でそう命じればいいじゃない」
「やだよ。彼、僕の言うことは聞かないだろう? かといってユーリの口からそういうのを強請るのははしたないし」
「あたしが言うのははしたなくないわけ?」
「だって君、ただのパートナーなんだろう?」
彼の視線をまっすぐ受け止める。
そうだ、そのとおりだ。彼の言うとおり。
キリクにとってはあたしたちはただの手駒で、彼は金づるだ。
ため息をついて、あたしはうなずいた。
「わかったわよ。……その代わり、二人で話す時間を作って」
「いいよ。でもユーリくんの態度が変わらないようなら、お仕置きするからね?」
「……変態」
そう詰ってもキリクはにっこり微笑むだけ。
お仕置き宣言とか、絶対遊び慣れてる。
ああ、頭が痛い。
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