第九十六頁 グルーヴ・ウェポン 6

「おいおいおい、まずいんじゃないか」

 ロボットに振られ、水平に弧を描くハンマーはガガの顔面を狙っている。街田とらいふがいるコクピットはちょうどガガの目のあたりにある為、このままだとガガの顔面もろとも街田もらいふも木端微塵になってしまう。

「うーん…」

 らいふは一切慌てる事なく冷静に状況を見守っていた。得策があるのか無いのか、性格的に全く読み取れない。

『上等だぜ。ユー・フォーゲット・エブリシング・アンド…』

 ガガの言葉に、ぽん、とらいふが手を打った。

「じゃんぷ」

 らいふが特に何かするでも無かったが、羽交い絞めにされたガガの両腕はまるでトカゲが尻尾を切り離して逃げるかのように、ガチャリとクラッチがはずれ、胴体から離脱した。同時に、両脚のブーストで垂直に飛び上がる。

「おおおおお…」

 遊園地のフリーフォールのようなGで、街田はちょっと気分が悪くなった。しかし、脱出したようだ。ガガを羽交い絞めにしていたはずのロボットは態勢を崩し、そのまま相方のハンマーの餌食になり爆発した。いちいち爆発する仕組みのようだ。

『いくぜ!このまま…』

「ミディ・サーーーフ!」

 らいふが両手を挙げて叫ぶと、そのままガガの両腕は残りのロボットの群れに突っ込み、次々と敵を破壊していく。10体は連続で爆破させたように見えた。


「なあらいふ。お前さっきから何か…その辺のレバーとかボタンとか、ちゃんと操作してるのか?技の名前を叫んでいるようにしか見えないのだが」

 街田の口からは突っ込みの言葉が自然と出た。突っ込みの言葉が自然に出るようになってしまったら不条理巻き込まれ系の主人公としてはもう完成形といった所だが、出るものは出るのだから仕方ない。

 その時のらいふの表情を見て街田は、しまった、と後悔した。その質問に対し、横目でこっちを見るらいふの目は完全に座っていた。「何故そこに触れるの。空気を読めないの」と言われているような冷ややかな目だ。今後の人生、なんとも言えない侘しい気持ちになった事があるかいと問われれば、これだろう。ほんの一瞬の出来事だったが、凍り付くような空気が一瞬だけ、狭いコクピットにあった。勘弁してほしい。

 しかし、とりあえずこのコクピットはそれっぽくするための飾りで、ガガはらいふの制御の下でなく、完全に自分の意思で動いているのだな、とちょっと安心した。

 次の瞬間、両側からまた別のロボットがガガめがけて突進してきた。

『おっ、テメーらは…』

 片方はメルヘンチックな帽子を被ったウサギ、もう片方はのほほんとしたヤギのような出で立ちをしている。先ほど、まだ元の姿のガガを捕え、瀕死状態にした因縁の2体だ。

 ウサギは可愛い見た目に似合わず武闘派らしく、片脚を高く上げガガに振り下ろした。

『短けぇーんだよ、脚が!さっきのお返しだ!』

 ガガは真剣白刃取りのようにウサギの脚を両手でキャッチし、そのままグルグルと自分の体を軸にウサギを振り回した。

「おいやめろ、酔う、これは酔う」

 回るガガに連動して同じく回る街田の抗議もおかまいなしに振り回し、ついに遠心力で頭部の部品がバキバキと剥がれ、メルヘンから一転、なんともグロテスクな形相になってしまった。

『オラァ!』

 そのままウサギを、待機しているヤギの方へ投げ飛ばす。ヤギはどうも最初と同様お零れをもらおうと近寄っているだけで、攻撃する気が無さそうだ。失敗作なんじゃないのか。ウサギは勢いよくヤギに衝突し、2体は木端微塵に爆発した。

 その時、遥か前方からものすごいスピードで地表を突き進むロボットがいた。一直線にこちらに向かっている。

 他のロボットの群れはモーゼの十戒のようにそいつを避けたが、避けきれなかったロボットは哀れスコーンと跳ね飛ばされ、爆発してしまった。

「あいつだ!」

 先程街田を踏みつぶそうとしたペンギンロボだった。砂のはずの荒野がまるで氷上であるかのように、お腹で滑りながら突進してくる。どういう仕組みなのかは分からないが、摩擦もなく滑っている。

『あんなモン簡単に避け…』

 その場から退避しようと飛び上がろうとしたが、脚が動かない。見ると大勢の小型のロボットが、ガガの脚をその場に固定していた。よく見ればそれぞれみんな、小さな猿のような見た目をしている。

「モンキーに警告!モンキーに警告!」

 らいふが珍しく焦っている。言っている意味は相変わらず分からないが、彼女が焦るという事はピンチなのだろう。

「脚も外れるんじゃあないのか?さっきみたいに外し…」

「あああああー!モンキーに警告!!!!」

『なんだこりゃ!おい、どこ触ってんだバカ!変態!』

 見れば小型の猿ロボット達は群れになってガガの脚から次々によじ登り、股間や腰の部分まで、肩までをもガッチリ埋め尽くしていた。すなわち、肩と腕、脚と太もものアタッチメント部分も固定されており、外す事ができない。ペンギンのクチバシで串刺し必至だ。

「かくなるうえは…」

 らいふが真剣な目つきで叫んだ。


「おっぱいミサイル!!」


「……」


『ね、ねねねねえよそんなもん!こんな時にふざけんなよな宇宙人ちゃん!!』

 ガガが胸の部分を覆い隠しながら真っ赤になって抗議した。らいふは人差し指を斜め上に挙げるポーズのまま、固まっている。

 街田はらいふの口からそのようなベタな、なんとなく懐かしい気もする言い回しが放出された事よりも、普段から下着を見せるような無防備な服装で言動も乱暴なガガにも乙女としての恥じらいがあったという事実に驚いていた。

「おい、首とか外れないのか」

『簡単に言うな!脚だって飾りじゃねえー!』

「脚?首の話をしているのだが」

 60メートル、50メートル。ペンギンはなおも加速しながら滑り、確実にガガの身体の中心を狙って迫ってくる。おそらく、ガガを捕えているサル型のロボット達もろとも破壊するつもりだろう。

「あれしかない」

 決意したかのように、らいふが呟いた。奥の手があるのか。

『うーん、あんまり使いたくなかったけどよ…』

 ハァ、と巨大ロボらしからぬ溜息をつきながら、ガガはキッとペンギンを睨み付ける。


『「マルティプライズ」』

 申し合わせたかのようにガガとらいふが同時に呟いた。息ピッタリだ。コンビでも組めば良いのではないか。ユニット名はわかりやすくGAGA LIFE.とかどうだろう。

 突如、モニターが真っ白になり街田は目が眩んだ。故障ではなく、ガガの目が光ったのだ。

「目からビームでも出せるのか」

「ちがう。これはフラッシュ・ガガ・メンソールのオリジナル…」


 ガガの目が光ると同時に、ペンギンのクチバシは折れ、目が潰れ、ボディは次々と細かく切り刻まれ…やがて骨格だけになり、動力炉らしき装置も破壊され、またお約束的に爆発した。

「おお!ペンギンを倒したぞ。やはりビームではないのか」

『まあ~、これは元々アタシにあった機能じゃないから不安ってのもあったんだけど』

 続いて、ガガの機体にガシ、ガシと連続的な振動が響いた。モニターを見ると、ガガの身体にくっついていたサル達が次々と破壊され、爆破されていく。よく見ると、無数の何者かがサルのロボットを殴ったり蹴飛ばしたりしながら暴れている。

「あれは…」

 無数の何かは、すべて同じ格好をしていた。外ハネの赤い髪、身体には漫画でよく見る宇宙人だか未来人だかみたいな、ピッタリしたスーツのようなものを身に着けている。

「……あれはガガか?小さい、いや、元の大きさのガガが…」

『だーっもう!!恥ずかしいからあんまり見るなあああ!!』

 ガガが赤面しながら足をジタバタさせるので、街田のいるコクピットもガクガクと揺れる。

「おわ、おわわっ」

「マルティプライズ…増殖」

 なるほどこれはらいふ改造版オリジナルの能力で、無数のガガを登場させ兵士のように戦わせる、と。

『はずかしいだろフツーに考えて!小さいアタシがいっぱいとかー!』

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