第八十三頁 ラブ・イズ・アライヴ2
「キャハッ…」
ポタッ。
「バカなこ、と言って…うぇっ…」
ビシャッ。
「まだ幻覚……見て、るんじゃな…ゴボッ……」
ビチャ、ビシャ、ビチャ、と赤い液体が、スミレの足元を染めた。真っ赤なドットが1、2、3と増え、繋がり、面積が少しずつ広がっていく。
「う……うそ……ゴボッ!ゲヘッッ!あわわ…わ…アア…」
目を見開き、だらしなく開いたスミレの口から、ダムが決壊したかのように次々とドス黒い血がゴボゴボと溢れ出てきた。
「お、おっさん…何だ?何が起こってんだ…?」
ガガの疑問に答える事もなく、街田はまっすぐスミレの様子を見ながら態勢を立て直した。
周りの"偽物"達はバラバラと分解し、いつもの大量のお菓子になって地面に降り注ぐ。
「い、痛、痛痛痛痛い痛い痛い……」
続いてボコボコとスミレの身体中に無数の穴が開いた。蜂の巣と言うのが正しいのか、銃弾で散々撃ち抜かれたかのような大量の穴。
「あ!あれ…」
ガガはその穴に見覚えがある。
当然だった。
あれは自分が彼女につけた傷だ。
「ダ……ダスピル…は……」
ボゴッ、ボゴッ。
「ダスピル、は、スミレ、を…い、い、いつも……遠くから…みま、みまみまままま見守っ、て……ゲエェッ!」
メキメキ、と次はスミレの身体中に窪みが出来た。まるで何かの打撃を大量に浴びせられたような。
遂にスミレは立っていられなくなり、両膝を地面についた。
「ダスピルという男…彼はもう"この世には居ないんじゃあないのか?"」
苦しさに歪んだスミレの目玉が、ギョロリと街田を睨んだ。
「お前は彼が生きていると。そう思い込んでいるのであろう。どこかで生きていて、自分の前に姿こそ現さないが、常に見守っていると。お前さん、記憶が度々飛ぶ事はないかね」
「あああああ、ああっっっあっああああああ………あぇっ」
ゴキリ、とスミレの首が、ありえない方向に曲がった。
何もしていないのに、独りでにだ。
「ヒッ………ヒッ…」
膝をつき、壊れた人形のようにブクブクと泡を吹く姿をものともせず街田は続けた。これがとどめだ。
「お前の能力…ゴールドナントカは単なる思い込みだ。お前さんは自分にもその幻覚能力"ラズベリー・タイム"をかけ続けているのではないのかね」
「あっあっあっ」
可愛い衣装と髪型に身を包んだスミレは見る影もなくズタズタになっていた。
街田は構わなかった。
ガガから街田の顔は死角になっており、どんな顔をしているのか分からなかった。
ただ、少し猫背がかったその背中を見てガガは恐怖していた。街田康助、この男の事をガガはまだそこまで知らない。全身兵器の改造人間、1人でも無敵艦隊に匹敵する松戸ガガが、生身の、ただの作家である男を怖いと思った。犬憑きだとかそういった事ではない。
とんでもなく非情で、冷たくて、敵とは言えグズグズに壊れゆく少女を目の前にしても容赦ない姿を怖いと思うのには、表情なんて見なくても充分だった。
「ダスピルは死んでこの世に居ない。お前が幻覚で作り出したもう一つの人格だ。それをお前は…」
「あっああああああひぃえああああああああ!!!!」
「理解しているのだろう」
グチャリ、と横一直線にスミレの身体に凹みが出来た。皮膚が裂け、口や鼻から残りの全てが吐き出された。お腹からもそれなりに出てしまった。
パタリ、と地面に倒れた少女はまるでたった今4トントラックに轢かれたばかりです、という風にしか見えなかった。身体からは、"中身"に混じってお菓子がボロボロと、粉々になって散らばった。
スミレがそれ以上動く事はなかった。
「…なあ…つまりはこういう事か、おっさん。もう一つの人格、ダスピルも結局スミレの生み出した幻覚だった。ダスピルはかつてスミレが愛した男だったけど、何かで死んじゃった訳か。それをスミレは受け入れられずに、彼は生きてる、遠くから自分を見守ってると思い込んで…そうこうしてるうちに自分の中に自分の能力で、人格を作り出したんだ。知らず知らずに…」
「丁寧に誰に向かって言ってるんだ。その通りだった、と言ったところだ。人格が変わる度にリセットされたダメージはどこにも逃げず、蓄積されていた。それが一気に決壊すれば…まあここは予想もしていなかったがな」
街田はスミレの真っ赤な残骸を、なるべく見ないようにしているように見えた。少なくとも、ガガには。
「何でそうだって分かったんだよ」
「ダスピルがごちゃごちゃヒントを喋ってくれたであろう。小生はそれを頼りに、カマをかけたに過ぎない」
「あ……」
ガガはスミレをチラリと見た。あさっての方向に向いた顔についた目は、生気こそ消え失せていたが、どこまでも純粋な少女の目に見えた。
「行くぞ」
最後までスミレから目を逸らしながら街田はビルに向かって歩き出した。
消したいとか、忘れたいとかいった痛々しい過去は誰にでもあるもので、それは、そんなもんはお前だけのモンじゃねえんだよ、馬鹿野郎が。
クソッタレが!
ガガは少し複雑で、少しイラついた思いで街田の背中をヨロヨロと追った。
……
「桜野さん…私これ知ってるよ」
椿木どるが、教室の窓から身を少し乗り出しながら不安げに、少し得意げに告げた。
「コロスケ…コロ……コロコロ…」
「ころっせお、でござるな」
「何で!戦国時代の人がなんでコロッセオ知ってるのよ!」
どるは悔しそうに地団駄を踏んで見せた。
「師が言っていたであろう。あの学問は誠に面白い。海の向こうの事など、拙者の時代には知るよしも無かった事でござるからな!」
どるは世界史も地理も苦手だ。
桜野は嬉しそうにしているが、やはり妙なもので、ここはいつもの学校とは違うという事が分かる。昨日まで校庭にあんなものは無かったし、一晩でここまで巨大な施設をこさえられるはずもない。
「見て!桜野さん」
悔しさはどこへやら、どるが勢いよく指差した先はコロッセオ闘技場のど真ん中。
「む…あれは」
人がいた。大きな円盤状の中心に仁王立ちに立ち尽くす者がいた。
よく見るとこっちを向いている。体格からして男であろう。おそらくこちらを認識している。
「ねえ、こっち見てない…あの人」
「ふむ…」
すう、と桜野が息を吸った。
「おーーーーーーーーい!!!」
大声で思いっきり手を振った。か細い女性の幽霊とは思えないほどデカい声に、どるの耳がぴりぴりと震えた。
「ちょ、ちょちょちょっと桜野さん!明らかに変でしょ!こんな所にいきなりあんな所で、あんな人が…」
焦ったどるの口からは語彙力より先に色々な物が飛び出した。相変わらず何を考えているか分からない。人の心を読める能力は辛いものがあるが、全く読めないのも困る。正直言って。
「敵かもしれないよ!」
サッ、と男が手を挙げた。さすがに声も届いているらしい。
空高く掲げられた手の平の、中指、薬指、小指が折りたたまれ…
人差し指が、スッと桜野たちの方へ向けられた。
「指差してる…?」
「君達は!!!熱くなってるかーーーーーッッッッ!燃えながら!!!火の鳥のように!!!熱くなれるのかァァァァァーーーーッッッッ!!!!」
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