第八十一頁 ゴールド・サン・アンド・シルバー・ムーン4

(アタシとした事が、この科学の最先端たるガガちゃんが同じ奴に二度やられるなんて…)


 ガガの性格ならどちらかといえばそっちの心配といった所だが、その科学の最先端たるガガちゃんにすら理解できない現象が起きていた。

 ジキルとハイド。遊戯と闇遊戯。乱馬とらんま。

 一個のダウトは良しとして、二重人格というものはそこまで珍しい話ではない。日常生活で出くわす事は稀の中の稀だが、映画や小説などではよくある題材だ。街田の作品にもかつて二重人格の男が登場した事があるが、途中からそれ自体はどうでも良くなり、以降は片方の人格しか出ずにそのまま完結したというとんでもないものだった。

 とは言え、いくら二重人格とは言え体格や髪型の見た目だけでなく、性別や服装まで変わってしまうなど馬鹿な話がある訳はない。

 悪魔だからそういう事もあるのか、と街田は思っていたが、科学的に頭の固いガガには信じがたかった。

 ダスピル…数秒前まではスミレだった…の拳が、思い切りガガの腹に抉り込まれ、背中を突き破った。

「か………は……あっ……ああっあ………」

 今度こそガガの手脚からは完全に力が抜け、ボロ雑巾のように地面に叩きつけられた。

「くそっ…」

 街田も頭に空けられた穴のせいで意識が朦朧としている。目の前のダスピルが、ガガからの興味を早々に無くしてこちらを向いている事だけは理解できた。

 実質、スミレが操る偽ガガの銃弾はまたも街田の脳天にまで達していなかった。

「グルル……」

 一度は屠った敵を目の前にして、"犬"は目を吊り上げ、牙を剥いて威嚇している。

「スミレ…アイツは可愛らしい奴だが少々はしゃぎすぎる。すぐに勝ちを確信し油断する。一度は敗北したが…」

 ダスピルがまたも構えの姿勢をとる。

 目は霞んでいたが街田はしっかり気づいていた。スミレの時と同じだ。一度"犬"によってボコボコになったはずの彼は、傷ひとつ無くピンピンしていた。

「次は同じ失敗は繰り返さない!と宣言しておこう…名乗れ人間!その傷は深くはないのだろう」

(何か…)

 街田は考えた。

 何か条件があって、2人は入れ替わるのだろうか。それとも自由自在に入れ替えられるのか。前者であればその条件を見つける事が得策だ。

 ただ、ダスピルの口ぶりからすると2人の人格はお互いを認識し合っていると言える。となると後者である可能性が高い。厄介だ。入れ替わった途端に傷が完治、所謂リセットがなされてしまう。

 悪魔とは言えこんな奴(ら)が存在するのか。


「ゴールド・サン・アンド・シルバー・ムーン。オレはこの現象をそう呼んでいる。俺とスミレ…どちらが太陽でどちらが月か、それは大した問題ではない。我らは常に表裏一体だ。どちらも表であり裏。陰であり陽だ」

 珍しく流暢に語り、格闘家らしいポーズをとるダスピル。

 やはり自在に行き来できるという事か。厄介だ。街田はうんざりしたが、痛みがだんだん引いてくる感覚があった。

「………」

 妙に身体が軽い。

 気付けばそこに"犬"はおらず、街田はポツンとダスピルと対峙していた。

 丸腰だ。

 頼りきっていた訳ではないが心細い。

 ガガは微かに呼吸をしており、幸い腹部を貫かれたくらいではくたばらないようだ。分かってはいたが、誠、しぶとい女である。

 ダスピルが正統派な格闘術で翻弄し、スミレが反則同然の幻術でとどめを刺す、という連携プレーだ。正反対だが抜群の相性だ。友人でも恋人でも、性格の似ない同士の方が長く続くように。

「一度は滅びた身だが…オレはスミレに感謝している。スミレに、カイン様にこの恩義を返す為!」

 ダスピルがまた、タスッ、と地面を蹴った。

 空中からの強烈な回し蹴りだった。街田は何とか腕でガードしようとするが、人間か?と思うくらいの…いや、悪魔なのだが…威力であった。

「うっ!」

 骨にヒビが入ったのでは、と思える程の衝撃と痛みによって、街田の身体は人間2〜3人分くらいの距離をズズズ、と移動した。

「先程の犬男はどうした…?貴様一人で戦えるのか。弱き人間よ」

 確かに犬はさっきから忽然と姿を消している。どこにも居ない。

「よく分からんよ…出たり隠れたり何を考えているのかな…あいつが小生を守った事は確かだが、小生の言う事を聞くとは期待していない」

 ダスピルは意外そうな目で、血だらけでこちらを見つめる街田を凝視した。

(こいつの意のままに動かしている訳ではないのか…?存在や…役割を把握していない)

 言い換えれば、街田がどう思おうと何をしでかすか分からない。用心が必要だが、ダスピル個人としてはあの犬とやり合いたかった。格闘家としての血なのか、丸腰で少しケンカも心得ている程度のこの人間では物足りない。

 ただの魔界への侵入者駆逐だと思っていたが、こんな弱い生身の人間より、ちょっと強いだけのサイボーグよりも面白い相手だと言う事を彼の本能が理解していた。

「ならば」

 ダスピルがまた動く。

 シンプルなパンチとキックを街田に向けて連打した。単純だが、一発一発が重い。避けも出来ず、ガードするのみの街田の足は数センチ、数センチと地面を後退りする形になった。

「さあ出ろ!異形の者よ!」

 ああなるほど、街田を攻撃すればまた彼が守りに現れるというのがダスピルの考えだ。俺より強い奴に会いにいくごっこに付き合ってる場合じゃないし、ダシに使われる自分はたまったものではない……街田はまた己の運命を嘆いた。

 が、なんだこの違和感は。


(なんだあのおっさん…あんな拳と蹴り…なんで余裕でガードしてんだよ)


 もはや首をもたげるしか気力のないガガも、異変に気付くのに時間はかからなかった。

まともに食らったガガなら分かる事だが、金属バットで殴打する何倍もの威力があるはずだ。そうでなければ自分はこんな風に呑気に横たわってなどいない。

 フ、とダスピルの攻撃が止まった。

「貴様…やはりおかしいぞ。スミレの幻術に対してもそうだが…オレの拳と蹴りをここまでガードすれば、生身の人間ならもはや立ってはいられないはず」


「そんな事…」

 街田が突然消えた。


 消えたと言ってもあくまで、ダスピルの視界から、だが。

「小生が聞きたいと思っているが…」

 いつもの、勘弁してくれよ、的な無気力な街田の声はダスピルのすぐ真後ろから聴こえた。

「えっ?」

 ガガの特殊な目でも追えなかった。

 街田はとんでもない勢いでダスピルの後ろを取り、続けたのだった。

「お前を倒せる気は、なんとなくするな」

 華奢で背の低いスミレから変わったとはとても想像できない、大きく筋肉質な背中に思い切り蹴りを入れた。的が大きいので蹴りやすいので、ついつい蹴りたくなるよね、奇しくも小説家だし…

「うっおおおおおおお!!!」

 凄い勢いでダスピルが吹っ飛び、道路に飛び出した瞬間。

 ゴスッ!ゴリゴリゴリ。

 魔界にもトラックがあったのだ。一体何を運ぶ用事があるのだろうか。

 おそらく人間界で言う4トンはあるであろうトラックが、ダスピルの身体の上を通過した。ここまで来れば、たくましいだの筋肉がどうだのは関係ない。

 むごい。

「何だ…?」

 何故、自分にここまでの力が。街田は半ば事故ながらも彼を倒した達成感より、自分の体の異変が気になった。

 ケンカはよくやってきたが、まさかここまでではない。まるで漫画だ。


「おっさん」

「おお、生きてたんだな」

「お前さ…」

 ガガが、ギチギチと身体を軋ませ四つん這いになり、言った。

「科学の申し子のアタシが言うのもだけどよ…」

 腹の風穴が痛々しく、相変わらず何かしらの液体がドロドロと漏れている。。


「憑依…されてんじゃねえの。犬に……」

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