第五十四頁 パール・リバー 2

 激しく蠢く黒の中、一際目立つ赤と白。

 河原で殴り合う時代錯誤な不良達に紛れ、ガガは野郎達をバッタバッタと倒していく。不自然な腕力に跳躍力、反対方向や空中など変な方向から襲ってくる拳または変なもの。見るからに人間の動きではないのに、連中は大真面目にグワーッとかチクショーなどと言ってぶっ飛ばされたり、再度立ち向かったりする。恐らくガガの全身兵器をもってすれば一瞬でここにいる全員を亡き者にする事もできるのだが、さすがの彼女にも分別はあるようで、それをしないのは不幸中の幸いだった。

 らいふは自ら攻撃をしかける事は一切なく、不良達の猛攻をふわりふわりと躱す。その姿は丁度ステージで舞い踊る時と雰囲気が似ていた。彼らは皆硬派だからアイドルには興味がないのか、流行に疎いのか、喧嘩に夢中で気付かないのか…トップアイドルである彼女を見て騒ぎ立てる者は居なかった。

(らいふちゃんは…何しに行ってるんだろう)

 なんとなく、いつも常軌を逸した不条理に悩まされる街田先生の気持ちが分かる気がする、と自身を思いっきり棚に上げてサシが物思いに耽りかけたその時。


「やかましいなあ。静かにせえ、静かに。人ん家や」


 突然、その場に関西訛りの男の声が響いた。

叫んだでもないし、よく通る声という訳でもないのだが、妙に存在感のある声だった。

 男はのそのそと連中に歩み寄り、独特のけだるそうな口調で続ける。

「何人おんねん。主(あるじ)の僕に挨拶も無しで不良の真似事かいな。おーい、勝手に寝んなや」

 男は、喧嘩のフィールドから少し離れた場所…星凛町と都心を繋ぐ橋の下から現れた。見すぼらしい格好とは裏腹に、オーラというのか、妙な威勢の良さがあった。

 不良達はほとんど地面で伸びており、最後の1人にパンチを食らわせたガガが男に気付いた。

「ん?なんだアンタ…」

 薄汚いダウンジャケット、無精髭に大きな眼鏡、ニット帽からはボサッとした髪が飛び出しており、見るからに"ここの住人"という事が分かった。

「あっ…」

 その場に駆け寄ったサシは彼に見覚えがあった。いつもこの橋の下に居るホームレスのおじいさん…いや…

(おじいさんじゃ、ない…?)

 確かに、遠目では年老いて見えるし老人だと思っていた。しかし近くで見ると若い。確実に街田康助よりも若い。

「あんな、喧嘩やったらよそでやってえな。それか入場料払ってえや。1人あたりジンジャーエール1本でええわ」

「何だよジンジャーエールって」

 妙な条件にガガが返した。

「ジンジャーエールはジンジャーエールやろ。他に何かあるかいな」

「おいしいよね」

 ボソッとらいふが呟いた。

「お、分かっとるやん、宇宙人のお嬢ちゃん。うまいけどしばらく飲まんかったら味忘れんねんなあ。こんな味やったけな、て」

 サシはちょっと気になった。何も言ってないのにらいふの事を宇宙人と呼んだ。もしかして、この人…


「震えるぞ…ハート!」


 突然、後ろから声が聞こえた。不良の1人…おそらく黒服の方の親玉、番長だろう。一際立派なリーゼントと短ランの男がガガに殴りかかった。

「燃え尽きるほど…ヒート!!!」

 妙な掛け声と共に、角材を振り下ろす。

「ガガさん、危な…」

「オール・ナイト・ロング…」

 瞬間、ピッと番長を指差してらいふが呟いた。あの技だ。サシは、初めてらいふと出会った時の事を思い出した。

「お、おお??おおおおお?」

 番長の体はそのまま、ズルズルと"らいふから見て右"の方向に移動した。らいふの宇宙的必殺技「オール・ナイト・ロング」は"対象物を右に寄せる"という、宇宙人の超能力にしては極めて地味な技だ。

 ただ、右に寄せたものをらいふの力で止める事はできない。そして今回の場合らいふから見て右は、川。ご存知、小さな町と巨大な都会を隔てる広大な岸田川と呼ばれるだ。

「おおおおーーーーーっっっ!!!!????」

 番長は何らかの打撃を食らったでもなく、角材を振り下ろそうとするそのままの姿で岸辺から川面へ、見えないベルトコンベアに運ばれるように勢いよくスイィーッと飛んでいった。

 移動した対象が"何かに接触"すれば移動は止まる。番長の移動は、800メートル以上離れた向こう岸…都心側の土手に接触して終わるだろう。接触時にダメージはないから、長い長い橋を歩く体力が残っているか、1駅分の電車賃でも持っていれば星凛町には無事に戻ってこれるという寸法だ。彼の移動ルートにボートなどが居なかった事が救いだった。もしボートか何かにぶつかれば、彼の移動はその場で終了し、けっこう深い川のど真ん中で溺れていただろう。


「はっはははは!へえ、なんや自分。面白いやんか。宇宙人ってこんな事できるんかいな!傑作やなこれは」

 ホームレスの男が大笑いしながら絶賛した。さっきまでの剣幕とは違った、称賛と好奇心の表情だった。

「ん」

 らいふはぐっと親指を立てて見せた。

「ええわええわ、気に入った。ゆっくりしていきや。そっちの猫娘ちゃんと、サイボーグの姉ちゃんもな」

「サイボーグじゃねえよ、改造にんげ…」

「自分らちょっと待っとりいや。その辺のヤンキーも起きたらここで待っててもらい。仲良くせえや」

 ガガの主張を無視し、男はスタスタと川岸の方へ歩いていく。生え放題の雑草を掻き分け、ボロボロのスニーカーのままザブザブと水辺に入っていった。

「な…何やってるんですかね」

「知らねえよ…帰ろうぜ、サシちゃん、宇宙人ちゃん。変な奴だ。関わらない方がいいぜこれ多分…あっ、腕、腕…と」

 ガガはぶつくさいいながら踵を返し、飛ばしてそのままになっていた片腕を回収した。関わらない方がいい変な奴じゃなければ、落し物を拾う感覚で自分の腕を回収したりなどはしない。パーカーの袖から入れてガッチリ装着し、伸びている不良をまたぎ、土手へ向かう。

「や、でもガガさん。あの人がここで待ってろって…」

 ホームレスの言葉に気を遣っているのか、サシが呼び止めた。

「何だよ、真面目だなあサシちゃんは。こういうのは…ん?」

 ガガははっとした。

 水辺に入っていったホームレスの姿が無い。忽然と消えていた。その代わりに、何かが水の中に潜った後のような波紋がゆらゆらと水面を揺らしていた。

「おい…まさかあいつ」

 男はどこに行ったのだろうか。最後に見たのは川の中に入っていく姿だった。という事は。

「じさつ」

「ぶ、物騒な事言うのやめようね、らいふちゃん…」

 辺りは静かで、ついさっきまでの乱闘が嘘のようだった。

「ガ…ガガさん…ガガさんって泳げますか?」

 サシが恐る恐るガガの方をちらりと見た。

「いや…アタシは空は飛べるけど…水はダメなんだよなあー…」

「錆びちゃうとか」

「錆びはしないよ。ロボットじゃあないんだから。ほとんどの部品は錆も腐食もゼロの高級チタンもしくはステンレスSUS306だ。だけど…動力炉がすんげー重い。正直、沈む」

「そですか…」

 無敵だと思っていたガガにも弱点があったと知り、サシは妙な安心感を覚えたのち、何に安心してるんだと自身を戒めた。

「サシちゃんは…無理だよなあ。猫だもんなあ」

「はい、まあ…」

「宇宙人ちゃん…あれ?」

 ガガがらいふの方に目をやるとそこに彼女は居なかった。遠くの方、橋の柱の陰に隠れてこちらを伺い、ガガと目が合った瞬間に首をふるふると横に振った。

「ダメか…」


 待つ事20分。男は現れないどころか、川面は先程よりも静かにゆらめいていて、それがかえって不気味さを増していた。

「け、警察呼びましょうよ…」

「え〜。ポリスめんどくせえからなあ。ガバメントウォールはよぉー…」

「意味わかんない事言わないでください…」

 しばしの静寂だった。さらに30分が経った。

「ん」

「どうしたの、らいふちゃん」

「ん」

 らいふが指差す先では、ガガの攻撃で伸びていた不良達が次々と起き上がり仲間になりたそうに…いや、憎悪と復讐の目でこちらを見ていた。

「…この…アマァ…」

「ガ、ガガさん…」

「おおーやっと目ェ覚めたのか。弱っちいんだから寝とけよなー」

「まだじゃ!まだやれんじゃオルァァー!」

 起き上がった不良達が一斉に襲いかかってきた。


 その時、静かだったはずの川の水が一気に太い柱となり、重力を無視して空中へ飛び出した。

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